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018_ベテランたちを動かす>>

 朝のギルド執務室。

 まる助は「BPO計画:ギルド業務改革3ヶ月プラン(Draft)」をベルザに差し出す。


 ベルザは無言で書類へと視線を落とす。ページをめくる手付きは淡々としていたが、琥珀色の瞳が次第に鋭さを増していく。


「……お前、これを一晩で?」


 ベルザの声には半ば呆然とした響きが混じる。


「はい。昨晩、書き上げました。急ぎ足のドラフトですが……」


 まる助の目を見据えながら、ベルザは書類を置き、短く息を吐いた。


「……面白い。全面的に協力しよう」


 その一言は、計画の完全な承認を意味している。まる助は内心ほっと安堵する。書類の端を指でトントンと揃えながら、ベルザは短く問いを投げる。


「BPOの具体的な効果は?」


「ギルド職員一人あたり、月37時間の業務削減を見込んでいます。その分を、より冒険者支援につながる業務へ再配分します」


 即答すると、ベルザの眉がかすかに動いた。


「……リスクは?」


「初期費用の回収見込みは約11ヶ月。3ヶ月目の試験運用で再評価し、問題があれば修正します。ただ、結果次第では、回収期間が延びる可能性もあります」


 ベルザは再び書類に目を落とし、瞳を細めた。その琥珀色の瞳に浮かんだのは――疑念ではなく、“評価”の光だった。


「計算済みか……。生意気だけど、悪くない」


 棘のある言葉の裏に、満足の色が滲んでいた。



 その後、まる助はギルドの大部屋へ移動した。

 そこには既に、ニックに声をかけてもらった「ベテラン冒険者班」のクセ者たちが待ちかまえている。


「待ってたぜ、小僧!」


 威勢のいい声と同時に、巨漢の男が机を叩き、部屋全体に重々しい音が響く。彼の名は『ガルザック』。元Aランクの武闘派。モンスターを拳だけでねじ伏せるという剛腕の持ち主だ。


「クエストは拳で語るもんだろう! 数字? んなもん、ただの飾りだろ!」


 低く響く声は、空気を震わせる迫力を帯びている。


 続いて、ローブ姿の老婆が椅子にもたれながら、杖の先で床をトントンと鳴らす。

 ――『モーラ』。かつて頂点Sランクに立った伝説級の魔道士。その魔術の腕前と洞察力は、誰もが認める折り紙つき。しかし、職人気質の厳しさと辛辣な物言いで、ギルド内では“扱いづらい大ベテラン”として恐れられていた。


「クエスト管理ってのはな、様式の積み重ねよ。お前、ギルドの“伝統”ってもんを分かっちゃおるまい?」


 モーラの瞳が細くすぼまり、射抜くような視線が突き刺さる。ローブの袖口から覗く無数の古傷が、幾多の戦歴を物語っていた。その言葉はただの“口うるささ”ではない。“歴戦の重み”が滲んでいた。


 そして、壁際に立って軽薄そうな笑みを浮かべているのは――『カイン』。

 元Bランク冒険者。詐欺まがいの言動による評価だが、その実力はAランク以上とも囁かれる。


「へへっ、ギルドはビジネスだろ? で……儲かる話か?」


 笑みを張りつけたまま、目だけが鋭くまる助を値踏みしていた。


 ガルザックの豪放な声、モーラの冷徹な視線、そしてカインの胡散臭い探り――三者三様の圧が絡み、部屋は一気に混沌の場と化す。


 まる助は、背中に滲む汗を感じながら、心の中で呟いた。


(……ニック、このメンツ……カオスすぎる)


 心の中で苦笑するが、ひるんではいられない。BPOプランを成功させるには、ベテラン勢の協力が不可欠だ。


「皆さん! お集まりいただき、ありがとうございます」


 意図的に声を張り、場の空気を切り裂くように響かせる。カインは「小僧が偉そうに」と言わんばかりに唇の端を歪める。だが、まる助はまっすぐ3人を見据えた。


「BPOの目的は――“冒険者支援の最大化”です」


 言葉を一度区切り、目線をゆっくりと3人に配る。その視線は、挑発ではなく“信頼の請願”だった。


「あなた方の経験こそ、クエスト管理を進化させる“切り札”です。数字だけでは得られない、現場を知るプロの知見――それが、この計画の成否を決める鍵となります」


 声の端に熱を帯びながら、言葉を押し出す。一瞬、場に張り詰めた沈黙が落ちた。


 ガルザックの瞳に宿るのは、試すような光。モーラの杖の先は止まり、その皺深いまぶたがわずかに細まる。カインの口元は笑みを保ったままだが、その瞳の奥が鋭く光を反射する。


(上等だ――真正面からぶつかるまで)


 まる助が覚悟を決めた、その刹那――


 バァンッ!

 巨漢のガルザックが拳を叩きつけ、室内が重たい音に震えた。


「計算でモンスターが倒せるのか? 現場も知らねえお前に、何が分かる!」


 机が悲鳴を上げる。ガルザックさん、頼むから壊さないで……

 だが、まる助は揺るがない。むしろ声に力を込めて返す。


「確かに、俺に戦闘の経験はありません。だからこそ、あなたがたの経験を“データ”という形で継承し、未来に活かすんです」


 ガルザックは「ふん……」と鼻を鳴らした。だが、その目の奥に、わずかな好奇心が閃いたのを、まる助は見逃さなかった。


 モーラは眉間に深いしわを刻み、低く響く声を放つ。


「薄っぺらな流行り言葉で丸め込もうとしても無駄じゃ。ギルドの“様式”を軽んずれば、秩序は崩れる。数字は魔術式と同じ。意味を解さず弄れば、暴走するだけぞ」


 その言葉は厳しくも、長年の経験に裏打ちされた真理だった。まる助は一瞬だけ息を整え、真正面から視線を返す。


「モーラさんのような偉大な冒険者が培ってきた“様式”や“美意識”――それこそが、次世代に残すべき財産です。ガイドラインとして形にしなければ、貴重なノウハウが散逸してしまいます」


 その眼差しは、押し通すための強さではなく、伝え切るための誠実さを帯びていた。


 モーラの目がわずかに細まり、その奥で探るような光が揺れる。杖の先が一度、コツリと床を打つ。そして、言葉の代わりに訪れた沈黙――それは、彼女が、まる助の言葉を吟味している証だった。


 最後に、カインが軽薄そうにニヤリと笑う。


「で、儲かんのか? ギルドが潤えば、俺たちにも回ってくるんだろ?」


「ギルドの信頼度が上がれば依頼は増え、報酬の総額も自然と伸びます。それだけじゃありません。“安全と効率”が向上すれば、冒険者がより多く生きて帰れる――それが何よりの利益でしょう」


「ふーん」


 その声は気の抜けた調子だったが、視線はまる助の言葉の裏を見透かそうとしている。


 3人は一瞬沈黙し、互いの表情を探るように視線を交わした。

 言葉はいらない。幾度となく死線を潜り抜けた者同士が交わす、無言のアイコンタクト――


 最初に口火を切ったのは、ガルザックだった。


「……いいぜ。試してやらあ。ちょうど暇してたとこだしよ!」


 その声は粗っぽいが、どこか楽しげでもあった。続いて、モーラが冷たい息を吐くように「ほう」と唇を動かし、細めた瞳に僅かな光を宿す。


「ガイドラインだのデータだの、口先の飾りは聞き飽きとるが、お主には意思が宿っておる……本気でやるなら、この老骨もひと肌脱いでやる。じゃが――」


 杖の先がコツリと床を打つ。


「誇りを汚す真似をすれば、即刻手を引く。覚えておけ」


 最後に、カインが肩をすくめ、唇の端をつり上げる。


「まぁ、儲かりそうなら乗ってやるさ。勝負は嫌いじゃねぇ」


 その笑みの奥に潜むのは、狡猾さか、それとも――


(――これで、“最強?の協力者”がそろった)


 まる助は心底ほっとする。難航を覚悟していた最初の交渉が、思いがけず早くまとまった。だが、このスピード感は偶然ではない。荒々しい言葉の隙間から滲むのは、研ぎ澄まされた“本物”の勘。この即決は、経験を極めたプロの嗅覚の賜物だろう。


 3人が協力を表明したのを確認すると、まる助はすかさず折り畳まれた紙を取り出し、彼らに一枚ずつ手渡す。


「早速ですが、今後の要点をまとめておきました。空いた時間に目を通してください」


 その紙には、クエスト査定に必要なチェック項目案がリストアップされている。それを受け取ったガルザックが、うっすらと目を見開いた。


「やけに用意周到だな……」


 続いて、まる助は部屋の壁際にある棚を指差した。


「それから、あちらの棚を見てください。“まる助スペース”があります。そこには『ご意見帳』と、俺からの返答を記す『回答帳』を設置しています。帳面はタスクごとに分かれていて、同じ名前の帳面同士がペアになっています。疑問などがあれば、『ご意見帳』に書き込んでください。返答は翌日までに『回答帳』に記します」


 まる助の言葉を聞いた3人は、一瞬キョトンとした表情になる。カインが棚を見やりながら、口の端を歪める。


「へぇ……意見箱か。回答帳までセットとは手が込んでやがる」


「ええ。皆さんが書き込んだ意見と、それに対する俺の回答を同じ場所で共有すれば、課題の共有がスムーズになります。ギルドの他の人たちも同じ情報を見られますから」


 モーラは目を細め、感心したような声を漏らす。


「他の者の考え方や、そこに対するお主の回答も――誰でも閲覧できるわけじゃな」


 まる助はうなずき、熱のこもった声で続けた。


「はい。皆さんの経験やノウハウを集約するには、“意見の見える化”が大切だと思っています」


 ガルザックが唸り、白黒させていた目をぎょろりと向ける。


「軍師のような抜け目のなさだな。アンタ何者だ?」


 まる助は少しだけ照れくさそうに眉を下げる。


「素人ですよ。だからこそ、準備には人一倍頭を使うんです」


 すると、カインが軽く舌打ちのように息を漏らした。


「まったく……見くびってたぜ。いい意味で裏切ってくれるじゃねぇか」


 そう言いつつも、その瞳にはどこか楽しげな光が宿っている。



 一方その時、ベルザは少し離れた場所から、そのやり取りをじっと見つめていた。

 ガルザックの怒声やモーラの鋭い詰問を聞きながらも、一度も口を挟まず、成り行きを見極めていた。


「“人を動かす”……なるほど、見事だな」


 そう呟くと、彼女は音もなく廊下の影へと姿を消した。


 部屋を出たまる助は、緊張の糸がほどけるのを感じながら、大きく息を吐いた。


(はぁ……これが、“人を動かす”ってことか)


 まだ道のりは始まったばかり。ベテランたちの協力を得て、ギルドを変えていく。そのためには、信念をロジックで補強して、柔軟に立ち回る必要がある。


 まる助の胸には、確かな手ごたえと、未来への期待が宿っていた。

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