016_心に刻む勝利の方程式>>
執務室の扉が閉まる音を背に、まる助は深く息を吐いた。
「ふぅ……やった」
ベルザから、ギルド内を自由に動く許可を得た。けれど、浮かれている暇はない。
(力を貸してくれた人たちに、まずはお礼を言わなきゃな)
そう思い、エリナのデスクへ向かう。近づくと、彼女の栗色の髪がふわりと揺れた。
「お疲れさまです! 結果はどうでした?」
期待と不安が入り混じった瞳で、エリナがこちらを見つめている。
「……OKだったよ」
「本当に!?」
彼女は勢いよく立ち上がり、両手を握りしめてぴょんと跳ねた。その無邪気な喜びに、まる助の頬も思わずゆるむ。
「相談に乗ってくれたおかげだよ。ありがとう」
「いえ、ほんのちょっと口を出しただけです。でも、役に立てたなら嬉しいです!」
真面目な仕事ぶりとは裏腹に、こうしたリアクションはエリナらしい。彼女はそのまま小走りでモラン課長のもとへ向かい、明るい声を上げた。
「モラン課長! まる助さん、ギルド長から許可をもらいました!」
モランは驚いた様子で椅子から身を乗り出す。
「本当? あのベルザさんが一発OKって……魔法でも使った?」
「いえ、課長の助言があったからですよ」
「おだてても何も出ないけど……ま、よかったじゃないか」
その笑顔に、まる助も素直に頭を下げた。そして改めて感謝を伝え、執務室を後にする。時計を見ると、昼食には少し遅い時間だった。
ギルドの外に出ると、まる助は小さく息をつく。
(成功の要因を把握し、再現性を高める――それが次につながる)
思考を切り替えようとした瞬間、ふと苦い記憶がよみがえる。
―――――
「現状を踏まえると、これが最適なマーケティング戦略です」
緻密に組み立てた提案。しかし、会議室には沈黙が流れる。
重い空気を破ったのは、専務の一言だった。
「平沢君、君のプランは理にかなっている。だが……ダメだ」
「即効性だよ。私が欲しいのは。君のは、時間がかかる」
―――――
気づけば食堂に着いていた。カウンターで日替わり定食を注文し、席に着く。運ばれてきたのは、こんがり焼かれたチキンステーキと彩り豊かな温野菜。
「おぉ、うまそう……いただきます」
一口噛めば、皮はパリッと香ばしく、ジューシーな肉汁が広がる。
箸を止め、再び思考を再開する。勝利の余韻に浸るだけでなく、次のために“勝ちパターン”を見つけなければ。
(今回の成功は、ベルザの性格とニーズを正確に読み取れたことが大きい)
合理性と即効性――それがベルザの判断基準。BPOは、それに合致した提案だった。
「決定権者のニーズに寄せる」
過去の失敗から平沢が学び、まる助が実践した鉄則だった。
やがて食事は終わったが、胃袋はまだ物足りなさを訴えている。
「腹八分どころか……腹三分って感じかな」
立ち上がり、カウンターへ戻る。
「すみません、おかわりお願いします」
「えっ、おかわり?」
店員の女性が目を丸くする。
「ええ。今日は、頭を使いすぎたもので……」
軽く肩をすくめると、彼女は半分呆れたように笑った。
思考も、食欲も、満たされるまで突き詰める――
こうして二皿目のチキンステーキを前に、“勝利の方程式”は、ゆっくりと心に刻まれていった。




