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015_ギルド長:ベルザ・ナイトグレイス>>

 執務室の扉を開くと、そこには無駄のない整然とした空間が広がっていた。


 壁一面の書棚にはびっしりと資料が収められ、中央の大きな机にはオルデストの街図が広げられている。窓から差し込む午後の陽光が、室内を静かに照らしていた。


 その奥に立つのは、深い褐色の肌と青黒い長髪を持つダークエルフの女性。腰には短剣、鋭い琥珀色の瞳が、まる助をまっすぐに見据えていた。


 落ち着いた、低く響く声が室内に満ちる。


「ニックとエリナから、面白い話を聞いている」


 威圧的ではないが、自然と背筋が伸びるような重みを持った声だった。


「私はベルザ・ナイトグレイス。オルデスト探索ギルドのギルド長だ」


 まる助は一歩進み、丁寧に一礼する。


「はじめまして。平沢まる助と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 ベルザはまる助をじっと見つめ、しばし沈黙した後、ふと口を開く。


「……あだ名か?」


 想定どおり、名前に関する質問がきた。まる助は笑みを浮かべながら最高の返しで応じる。


「いえ、本名です。『平沢』としての過去があり、『まる助』はそれを背負って築いた今の自分。この名前には、そのすべてが詰まっています」


 ベルザは目を細め、口元にわずかな変化を見せる。


「変わってるな」


 しかし、その声色はやや和らいでいた。やや芝居がかった返答ではあったが、印象としては悪くない。むしろ、興味を引けた感触がある。


 短い間の後、ベルザが本題に入る。


「それで? ギルドに提案したいというのは、何だ?」


 まる助は一呼吸置いて、真っ直ぐに答えた。


「ギルド業務の効率化について、ご提案したいと考えています。まずは事務作業の一部を専門の人員に委託することで、職員の負担を軽減する。そうすれば、皆さんが本来の職務に集中できる環境が整います」


 ベルザは腕を組み、慎重に言葉を返す。


「仕事の一部を、外部の人間に任せるということか?」


「はい。具体的には、クエスト管理や報酬の精算業務などを専門の事務担当に分担することで、ギルド内の人材をより重要な任務――戦略立案や対外交渉などに集中させられると考えています」


 ベルザの視線が鋭さを増す。


「理屈は理解した。だが、人材の確保はどうする? コストは? そして何より、管理の手間は増えるのではないか?」


 ここは勝負所だ。まる助は、想定済みの質問に落ち着いて頷いた。


「最初から大規模には始めません。まずは私自身が業務を引き受け、最低限のコストで試験的に運用します。目標は三ヶ月以内に課題を洗い出し、このギルドに最適なBPOプランを構築することです」


 ベルザが興味深そうに眉を上げる。


「三ヶ月で、課題の洗い出しとプランの完成か。資金の目処は?」


「人材確保や初期費用は、自分で用意します。報告書の代筆を受注しながら、三ヶ月で二百万円を貯める計画です。職員や冒険者との関係構築と資金確保を並行して進め、その後の展開に備えます」


 ベルザは無言のまま、まる助をじっと見つめた。そして、ゆっくりと口を開く。


「……実現性は、ありそうだな」


 そう言いつつも、視線は鋭くまる助を射抜く。


「だが、ギルドが実績のない者に予算を割くことはない。必要な人材や手段は、自分で用意すること。それと、ギルドの評判を損ねるようなことがあれば、即座に打ち切る。いいな?」


 ここで引くわけにはいかない。いや、引く必要はない。この条件も想定済みだ。 ――『交渉パターンC21』、次に出すべきカードは一つ。


 まる助は小さく頷き、顔を上げる。


「承知しました。そのためにも、一つだけお願いがあります」


 ベルザの眉がわずかに動く。


「何だ?」


「現場の声を徹底的に分析し、最良のプランを作りたい。そのために、一定期間……」


 背筋を伸ばし、息を深く吸い込む。そして、核心へ。


「「ギルド内で自由に動く許可をいただけますか?」」


 ベルザは静かに椅子へ背を預けた。


 沈黙。


 まる助は、指先から体温が引いていくのを感じた。これが通らなければ、計画は大きく後退する。数日かけて組み立てた戦略、想定問答、ロジックの全ては、この一言に集約されている。


(答えろ、ベルザ……)


 長い数秒のあと、ベルザは目を閉じ、小さく息をついた。そして再びまる助を見つめ、はっきりと答えた。


「……いいだろう。ただし、三ヶ月後には成果を見せてもらう」


 緊張の糸が緩む。まる助は内心で歓喜を噛みしめつつ、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。必ず、結果をお見せします」


 姿勢を正したまま、まる助はにやりと笑い、口を開く。


「実は、今いただいた許可について、書面を用意しています。サインをいただけますか? 事情を知らない職員に咎められて、余計な説明が増えるのは避けたいので」


 ベルザは一瞬あっけに取られ、それから声をあげて笑った。


「いいだろう。そこまで用意していたとは。ついでに、明日の職員ミーティングで、まる助に協力するよう周知しておく」


 まる助は再び深く一礼する。胸の奥に、達成感がじんわりと広がっていく。


 執務室を出て廊下に立つと、まる助は静かに息を吐いた。


(……やった。計画どおり、いや、それ以上の大成功だ)


 一方、部屋に残ったベルザは、窓の外の街並みに目をやりながら、口元に静かな笑みを浮かべていた。


「ふふ……なかなか面白い」


 琥珀色の瞳が、淡く光を宿す。


「さて、どこまでやれるかな」

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