001_AIと働く夜>>
夜のオフィス。
一人の男が、モニターに映る無数のデータと格闘している。
キャンペーンの効果検証、SNS反応の集計、改善施策のレポート作成……タスクは山積みだ。
「たくさんあるな……」
男の呟きには、疲労がにじみ出ていた。
時刻はすでに23時を回っていたが、デスクから立ち上がる気配はない。
背中にのしかかるプレッシャーと、かすむ視界。それでも、手を止めるわけにはいかなかった。
男の名は平沢。
社内で進行中の「マーケティング・オートメーション(マーケティングの自動化」プロジェクトを率いるリーダーだ。
重い責任と膨大な業務が、彼の肩にのしかかっている。
「……でも、あと少しで、まる助が――」
呟きながら、画面に並ぶ解析結果を確認する。
最近導入された「マーケティング支援AI(通称:まる助)」は、施策の立案から効果計測、改善案の提示まで、業務全般を支えてくれる。
正式な略称はMAAI(マーケティング・オートメーショAI)。
開発者は、大学からの友人・織田。
社内ではカリスマ、そして世界では異才として知られる存在だ。
平沢は、このAIを自分の“右腕”にすべく、チューニングを織田に依頼し、自身のライフログを丸ごと提供していた。
次第に親しみが湧き、「まる助」と呼ぶようになったのは自然な流れだった。
(……まる助の予測だと、SNS広告は投資効果プラスか)
眠気をこらえながら、AIが生成した統計モデルとレポートを精査する。
まる助は、平沢の思考パターンを学習し、先回りするように提案を返してくる。まるで「未来の自分」が示す道筋を追いかけているようだ。
そのとき、腕のスマートウォッチが振動した。
PCモニターの隅に、メッセージウィンドウが浮かび上がる。
「まる助バージョン3完成。明日、アップデートについて説明する」
送信者は、織田。
大学時代からの親友だが、こんな時間に返信する気力はない。
眉間にしわを寄せ、平沢は再びデータに視線を戻す。
(オダリオン……そんな名前だったか)
朦朧とした意識の中で、織田の話がふいに頭をよぎる。
量子技術とAIを駆使して、経済全体をシミュレーションする仮想世界――その名も『オダリオン』。織田が構想し、開発を進めているプロジェクトらしい。
天才なのは認めるが、ネーミングセンスはやっぱり壊滅的だ。
壮大な構想に敬意を払うとしても、今は自分の仕事が最優先。
レポートを仕上げ、明日の報告会議に備えなければ。
冷めたコーヒーをすすり、再びモニターに目を戻す。
まる助のレコメンドに従い、次のタスクに取りかかる。
気づけば、時刻は深夜0時を過ぎていた。
平沢は大きく伸び、落ちかけたまぶたを無理やり開ける。
どれだけ目をこすっても、視界の霞みは消えない。
限界が近い――そう思いながらも、手を動かし続けた。
「もう少し、やっておかないと……」
しかし、脳は悲鳴を上げ、思考が途切れ始める。
重たくなるまぶたに抗えず、平沢の体はデスクに沈み込んだ。