サンダーワイバーンとの決着
エストが空へと羽ばたいた。
俺たちの真上にエスト。
サンダーワイバーンは前方上空。
ファイヤーバードのオスが左側上空。
ファイヤーバードのメスは、巣を護るように地上で待ち構えている。
「再度バリアを張っておくが、攻撃を受けてバリアが消えた場合、また張り直すまでの対処は、お主達に任せるぞ。」
「ありがとうございます。私達はなんとか援護します」
「うむ!」
エストがアイシャに応えるとほぼ同時、サンダーワイバーンが魔法を放った。
「グルゥオオオオオオ!」
Lv7雷魔法、レールガン。
雷元素が収束し、パリパリと音を立てて、開放された。赤熱した雷が一筋の光となり、エストに当たる。
いくらなんでも只じゃ済まないのでは、と焦ったがエストにはあまり効いていないようだ。
多元素のバリアを張っているのか、ほとんど打ち消されている。
ならばと、今度はファイヤーバードに向かってレールガンを放つ。火花が派手に散りはしたが、、こちらもファイヤーバードの炎によって威力が減衰しているようだ。
炎鳥の守護というスキルか?
魔法のバリアとは違うが、揺れる炎がファイヤーバードの前方を覆っている。
「援護を開始する。サンダーワイバーンが攻撃するタイミングや怯んだ時だ。」
「はい!」
魔法。
俺が使える種類はまだ少ない。
それと元素タンク、つまりMPも低い。
MPは、消費しなければ徐々に回復していく。
峠に来る前に休んで回復したのもあってほぼ最大値に近かったが、サンダーワイバーンの攻撃を避けるための身体強化も、僅かにMPは消費する。
だから回避のための最低限の魔力は残さないといけない。
しかしどれくらい魔力を練ったら、どれくらいの威力になって、どれくらいMPが減るのかがまだ掴めていない。
それは当然だ。何事も試して、経験して覚えるしかない。強敵にこそ、己の限界を試す価値はある。
幸い、俺には仲間がいる。
やれるだけやればいい。
「風の声を聞き、風の怒りを聞き、風を己の手に。荒れ狂う旋風、研ぎ澄まされしその眼は、風塵の宝玉。今ここに顕現せよ!」
初めての詠唱。
風の元素を感じ取り、身体の中心へとかき集める。
身体が高揚してフワフワしてくる。
「ふむ? いいだろう。我が隙を作る。当ててみせよ。」
俺の詠唱で察したのか、エストがチャンスをお膳立てしてくれるそうだ。
早速とばかりに急加速して爪で切りかかるエスト。サンダーワイバーンはそれをひらりと躱し、バチバチと放電する尾で反撃。
しかし反撃の尾を、エストが掴み、そのまま近距離で魔法を放つ。何発もの闇の弾丸が、サンダーワイバーンにぶち当たり、バリアを破っていた。
さらにウォーデンがスプラッシュレーザーを放ち、怯んだサンダーワイバーンに直撃する。魔法の操作が上手くて狙いがいい。見習わないと。
ピンピンしていたとは言え、ファイヤーバードの炎の渦もサンダーワイバーンのHPをバリアの上から削っている。
MPも減っていき、張り直す度にバリアが少し弱まっていくみたいで、今までのみんなの攻撃でサンダーワイバーンのHPが6割近くまでは減っている。ちなみにMPは残り半分。
このままいけば押し切れるか。
しかし、そう上手くはいかなかった。
サンダーワイバーンが鋭く強い光を放つ。
「サンダーフラッシュか!」
くそ!眩しくて目が開けられない!
その間、僅か数秒だがサンダーワイバーンは距離を取り、空高くへ昇る。
強烈な光が収まり、視界を取り戻す一同。
何をするのかと身構える全員の前で、サンダーワイバーンが吼える。
「グルゥオオオオオオオオオオオオオオ」
轟く咆哮に、思わず耳を塞いでしまう。
すると空に目を疑うほどの変化が起きた。
急に轟音を響かせながら雷雲が立ち込めのだ。雷雲はサンダーワイバーンの周りに集まっていき、姿が見えなくなる。
そして雷雲の中から閃光が漏れた。
再び姿を現した飛竜の見た目は、変わっていた。
新たに金色に光る角が1本伸びている。
尾からも二又の槍のようなものが出現していた。
そして、全身を激しくスパークする雷が覆い、羽ばたく度にビリビリと放電する。
「なんですかあれ。さっきよりヤバそうですよ。」
「魔力覚醒というやつか? 」
「攻撃範囲も広がってそうですね…。」
「敵に不足なし!そう来なくてはな!」
「グオオオオ」
覚醒したサンダーワイバーンはすぐに動いた。
警戒する俺たちを他所に、飛竜としてのプライドなのか、強敵と認めたのか、最早俺たちには目もくれず、挑みかかるようにエストに向かっていく。
いまだ暗雲が漂う天空に魔法陣が出現し、そこからエストへと吸い寄せられるように、激しい稲妻が落ちた。
さらにサンダーワイバーンの両翼から、質量を持った雷が3本ずつ剣のように伸びる。スパークブレイドって魔法か? 高速飛行のすれ違いざまにエストを斬り裂こうとしているのか、突進していく。
バリアで稲妻はなんとか防いだが、エストのHPも1割は減っている。
「覚醒したサンダーワイバーン相手じゃ、いくらエストでも危ないんじゃないか!?」
「心配するな!そう簡単にやられはせん!いいからお主は魔力を練るのに集中しろ!」
そう言うと、迫るサンダーワイバーンを身を捻りながら躱し、高速で距離を離してから魔法を放つ。
身を翻して再び迫るサンダーワイバーンの軌道上に、碧色のエネルギーの塊がいくつも出現し、爆発したのだ。
星の爆発が立て続けに起こり、空に線を描く。たまらずエストを追うのを止めるサンダーワイバーン。
「グオオオオオオオオ!!」
それでも負けじと、今度は先程よりも太く光るレールガンを放った。が、エストは翼を畳み、飛行機のロールのように飛びながら華麗に避ける。
そしてその勢いのまま、碧色の残像を残し、エストの渾身のドラゴンクローが、サンダーワイバーンの胸を捉えた。
「今だそ!ヨウスケ!!」
エストの声は遠くても聞こえる。
「おう!!待ってました!!」
ずっと機会を待っていた。
詠唱して。
魔力を練り続け。
体内の風元素と融合させて。
溢れそうになる力を押さえ込んで。
それを解き放つ。
「うおおおおおおおおおお!」
本来は、俺の魔力操作の、限界を超えているのだろう。魔法を形にしようするが、風元素元素が漏れないようにするのが精一杯だ。
でもエストが作ってくれたこのチャンスを、活かさないわけにはいかない。例え俺なんかがやらなくても、それでも勝てるとしても。
気持ちの問題だ。
この時は知らなかったが、俺が放ったのは、
Lv7の風魔法『サイクロンブラスター』。
いくつもの風の輪を纏う、暴風の塊だ。
濃密に凝縮された嵐が、緑色に光る球の中で、激しく回転し、うねり、吹き荒れている。
本来は弾速が遅く、当てるのが難しい魔法らしい。
しかし俺の放ったサイクロンブラスターは、威力もさることながら、加速度的にスピードを上げていく。
エストの攻撃を受けて、地上に落下するように吹き飛んでいるサンダーワイバーンに、俺の放った光球が着弾した。
無数の風の輪が、何度もシュルシュルと音を立てて斬りつけたあと、光の弾が破裂し、中で荒れ狂っていた暴風が吹き荒れる。
魔法と物理、両方の威力を持つ魔法。最後に拡散する嵐がサンダーの身体を貫いた。
「グウウウウウウオオオオ!!」
サンダーワイバーンが身を捩って唸る。
「やりましたね!」
「凄まじい威力だな!」
「で、でも、喜ぶのは、早いみたいだ。」
まだまだ俺の魔力操作では、高レベルの魔法を使うと反動が重いらしい。肩で息をしながらサンダーワイバーンを目で追う。
エストの攻撃と俺の魔法で、3割近くまでHPを削れたが、まだ目に意志を宿すサンダーワイバーン。それどころか、バチバチと放電の密度が増している気がする。流石にタフさも化け物中の化け物だな。
「なかなか良い魔法だったぞ。お主にしては上出来だ。では我も少し本気を出すとしよう。」
そう言うと、エストが深く集中し始めた。
サンダーワイバーンはそれを邪魔しようとする。
しかし、この場には他にも強者がいる。
彼らも機会を探っていたのだろう、巻き込まれないように様子を伺っていたファイヤーバードだ。
「「キュオオオオオオオオオッ!」」
いつのまにか高度を上げていた、オスとメス2匹のファイヤーバードが、再び燃え輝く。しかもファイヤーストーム時よりも炎の量が多い。まだ本気を出していなかった事に驚く。
今度は我々だと言わんばかりに。
炎の軌跡を残しながら、互いに交差するように円を描き、舞うファイヤーバード。
無視できなくなったか、ファイヤーバードを睨みつけ、彼らに向かってサンダーワイバーンがブレスを吐いた。だが直撃しHPが減ったのにも関わらず、体勢を崩すどころか放つ赤色の魔力が増していく。
そして2匹が背中合わせに空を上昇していき、急に止まったかと思うと、今度は回転する紅蓮の弾丸となって突撃した。
「グオオオオッ!!!」
サンダーワイバーンは当然避けるかと思われたが、なんと逆に紅蓮の弾丸に向かっていった。そして翼からまた稲妻の剣を伸ばす。まさか正面から切り結ぼうとしているのか。
瞬きをする間もなく。
炎と雷が交差した。
激しく爆発と共に黒煙が広がり、火花が散る。
やがて黒煙の中から、落下していくオスのファイヤーバードの姿が現れた。スパークブレイドが直撃したのだろう。
しかしサンダーワイバーンも只では済まなかった。
2匹の大技を喰らって、飛翔がフラフラと不自然な動きになる。HPも残り2割を
「お前は良くやった。たった1匹で我らに挑み、逃げずにここまで闘ったのは賞賛に値する。一対一では無かったのは少々残念だが、せめて我の力の片鱗を見せてやろう。悔いなく逝くが良い。」
神獣であるエストにそこまで言わせるとは。
でも大丈夫なのか?
この一体が崩壊したりしないよね?
なんて要らぬ心配をしていると、エストの身体が翠色に煌めき始めた。エストの身体にさえ収まりきらない、膨大な量の元素と魔力が渦巻いて居るのが分かる。
しかし当然俺とは違い、溢れる元素は霧散せずに、エストを中心に衛星のように廻っている。
「蒼穹の宙に輝く、幾千の星よ
天窮の碧楼に瞬く、幾万の欠片よ
我の名に従い、敵を射ち貫け
星元素魔法 レイジングブラスト」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
空が翠色に染まった。
翠色の粒子がまるでオーロラのように、宙に光の帯をつくる。
粒子一つ一つが星のように煌めきながら、それぞれ意志を持つかの如く、サンダーワイバーンへと降り注いだ。
殺到する光は、小さくヒュンと音を発しながら、しかし爆発もせず黒煙も吹き上げること無く、ただただ身体を貫いていく。
なすがまま、逃げ場所もなく、空を見上げるように唸るサンダーワイバーン。既に覚醒状態は解けている。
そして最期だと言わんばかりに、残った翠色の粒子が、細い菱形のような五本の槍を形作った。
輝く槍はヒュッという静かな音と共に、深く突き刺さり。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
激闘を繰り広げたサンダーワイバーンは、最後の雄叫びを上げ、地に倒れ伏せた。