11話 食い逃げガール
前半の一部、文章を修正しました。
「ふぉふぇふぁふぃ!!ふぁふふぇふぇ」
「えっなに、なんだって?」
頬がパンパンで目を見開いた女性はかなり焦っているようだ。
「落ち着いて。どうしたんですか?」
宥めると、女性はゴクリと口の中の何かを飲み込んだ。こちらは事態が飲み込めない。
「た、助けて!!男の人に追いかけられてるの!!」
「そうなんですか!? 追手は!?」
何かに巻き込まれているのか!?
女性を追い掛ける理由なんて、良くない事に決まってる!
「あっ、あの人です!」
彼女が指を差す方を見ると。
白いエプロンと三角巾をつけた男が、息をきらせて膝に手をついている。どう見ても料理人の格好。
「この人?」
黒ずくめの悪そうな風貌を想像したが違った。
女性は怯えたように俺の後ろに隠れる。
「コッ、コノヤロウ!!金を払え!!食い逃げで衛兵を呼ばれたくなかったらな!!」
待て待て…………。食い逃げってどういうことよ。
「おい兄ちゃん!その女のツレか!? だったらアンタがキッチリ金を払ってくれ!この女はウチでたらふく食べて支払いもせず、逃げやがったんだ!!」
「この人が食い逃げマジ? あ、ツレじゃないです。」
「ヨウスケさん!!ヒドい!!今日はお祝いで奢ってくれるって言ったのに、勝手にいなくなるなんて!! 私のことはどうでもいいの!?」
「何だって!? ひでぇ野郎だな!おい、いいのか!? 衛兵を呼ぶぞ!!」
「エエエエエェェェェエエエエエッ!!!!!なんでそうなるの!? 俺の名前!?」
このままじゃマズイと、すぐ後ろにいるはずの仲間に助けを求めようと全力で振り向く。
すると何故かジト目になっていたアイシャが、ヤレヤレと言った感じで
「申し訳ありませんでした。私もヨウスケ様のツレです。私が支払いいたしますよ。」
助け舟を出してくれた!
アイシャ様!!真の神はここにいたのだ。
でもなんでジト目?? 俺悪くないよね?
料理人は支払いを受け取り、二度とするなよ!!と、まともな捨て台詞を吐いて去っていった。
俺は食い逃げガールの顔を改めて見る。
ホッとしたように息を付いている。
口の端に、食べカスと何かのソースがついていた……。
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「ほふぃふぃーーー!!ほんふぁほはふぇはほほふぁい!」
ジャイアントブラックブルのステーキを頬張る、食い逃げガールズ。10分に1回は食いながら喋らないといけない。そんな呪いにでも掛かっているのだろうか。
頬を両手で挟み、ニコニコで口の中をモキュモキュしてからやっと飲み込んだ。
「すっごい美味しい!!こんなの食べたことない!」
食い逃げガールがあまりにも美味しそうに食べるので、なんとなく見守ってしまった一同。
でも確かに。めっちゃ美味いんだわこれが。
2kgはあるだろう、分厚い肉から脂身と旨みが、噛んだ瞬間にブワッと染み出して溶ける。
肉だけではない。大きな木のボウルに入った、白菜とサニーレタスの中間のような野菜も、瑞々しくて美味い。
「確かにこれはガツガツなかなかムシャムシャ美味いな!!」
俺の隣には、食い逃げガールに負けじと、食べながら喋る神竜。
エストはイスに立ち、特別に出してもらった獣魔用の、平たい皿の上にある肉をガツガツ食べている。俺たちの倍の量だ。
「これは人気な理由も分かるな。」
「えぇ。舌が覚えていたのか、私はこの街に入ってすぐ、このお肉の為の胃になりました。ふふ♪」
それぞれ美味いステーキに舌鼓を打っている。俺は木製のジョッキに注がれているエールを飲みながら聞いてみた。
「それで、なんであんな事になってたんだ? 本当に食い逃げしたの?」
「あ、ち、違います!ちゃんと払うつもりだったんですよ? でも、久しぶりのまともな食事で夢中で食べてたら、カバンの中の財布が無くなっている事に気付いて。どうしよう無銭飲食で怒られる!って思ってたら丁度あなたがいたんです。」
「はぁ……。それは災難だね。巻き込まれた俺たちと、追いかける悪い男みたいになってたあの料理人も。」
てゆーか、勿体無いからって急いで全部平らげて、店を飛び出してきたって言ってたよな。その食い意地は一体どうなっているのか。
俺が今食べているステーキは銀貨5枚。
エールは銀貨1枚。
ここの食事も全部アイシャの財布からだ。グラド大森林で採ったリンゴとかレッドグリズリーの素材もあるし、これからモンスターの素材やらでお金は入るだろう。その時に返していくつもりだ。
そして、食い逃げガールを追ってきた料理人にアイシャが支払った金額は銀貨20枚……。
「でも本当に1人なんですか? あんな金額ってことはあの店はここより高いんです?」
「はい、1人ですよ。誰かと一緒にギルドの任務を受けても、みんな次の日にはパーティを解散しようと言ってくるから………。あ、そのお店はここより全然安いです。」
ここより安い…だと?
1人で銀貨20枚分も食べてて?
パーティをすぐ解散される理由が分かった気がする……。
さすがのアイシャもウォーデンも、嘘でしょ?って顔で驚いている。
「とこホで、お主の名前はハんというのだ? なかなか良い食いっぷりの娘だ。 名前くらい聞いておホう」
「ふぉーだ!自ふぉ紹介がまだでしふぁ!」
肉を飲み込む食い逃げガール。
「ファナ・リーズ・メルトです!見ず知らずの私を助けていただいて、ありがとうごさいました!そのうえ食事までご一緒させていただいて…。絶対お金は返しますので!」
そう言って頭を下げるファナ。
ちょっと、いやかなり変な子だけど、まぁ悪い子ではなさそうか? 見ず知らずとは言え、女の子を助けるのも冒険ってやつか。
ん?見ず知らず?
「そう言えば、なんで俺の名前を知ってたんだ?」
「あっそれは……。」
口ごもるファナ。
「鑑定スキルだろう?」
まさかの鑑定スキル!
エストが契約の繋がりに鑑定スキルを使って、俺のステータスも偽装・隠蔽をしているから、神獣士候補や転生者の称号などの、あまり知られたくない部分は大丈夫だと思うけど。
「はい。ごめんなさい、助けてもらうために名前見ちゃいました。えへへ」
えへへって。まぁ名前くらい減るもんじゃないからいいけど、アイシャの路銀は減っているんだよな。
「いえいえ。あまりお気になさらず。困った時は助け合いですから。度は道連れ、世は情け、と偉い人も言っています。」
すげぇなアイシャ。聖人か?
ガバッと身を前に乗り出し、アイシャの手を掴むファナ。
「アイシャさん…って呼ばれてましたか? 神様!それかアイシャ様って呼んでもいいですか!?」
「良くないです。アイシャでいいです。」
なぜかそこだけはきっちり断るアイシャ。
ガーンという効果音が付いてそうな顔のファナ。
俺も便乗して…。
「あの、オレもヨウスケ様ってのと敬語そろそろ止めて欲しいんだけど…」
「分かりました。様呼びは止めます。」
敬語は譲らないんだ……。
「ホれで、ファナはホれからどうするのだ?」
モグモグしたあと、ナプキンらしき布で拭きながら聞くエスト。相変わらず変なとこ人間くせえ。
「えっと、確か執政ギルドがあったと思うので、サイフが届いていないか聞きに行こうと思います。」
「そうか。ならば食事が終わったら私達もついていこう。中身があるなら多少はアイシャに返せるだろうしな。」
黙々と肉を食べていたウォーデンが提案する。
「はい!確か、任務を終えたばかりでお金は結構あったはずなので!」
財布が届いて、しかも中身がそのまま。そんな事が当然なくらいに治安が良い街なのか?
そんな心配をよそに、ファナはステーキを1切れフォークに刺して、エストの口元に持っていってあーんしている。それにパクッと食いつき美味そうに食べるエスト。なんか仲良くなってるし。大食い同士で気があうのかね。
そんな光景をみながら、ウォーデンはエール、アイシャはオレンジ色のジュースを飲みながら、ゆったりとしている。久しぶりの街での食事に2人も気が緩んでいるのかな。
気が緩んでるのはもちろん俺も。食事も相当だけどこのエールも美味しい。地球のコロナに近い味で、飲みやすくてつい進んでしまう。
この国では成人が16歳なのだが、アルコールは14歳から大丈夫らしい。他の国も大体似たような感じらしい。
満足しながらお店を見渡す。
落ち着いた色の木製のイスとテーブルで、照明は明る過ぎず暗過ぎず。天井の真ん中にはシーリングファンが回っている。
数日しか経ってなくて大変な目にもあったけど。
いいねぇ。
異世界。
言葉とか日付けの概念とか、色々と地球の常識がそのまま通用していることに、後から気付いて驚いたこともあったけど、見た感じ中世後半レベルの文明なのかな。
日本語が通じて普通に会話ができるのは、エスト曰く 「転生者の称号の効果だろうな。この世界の公用語に変換されている。我が話せるのも似たようなものだ。これは魔法に近いものでどうたらこうたら」 と小声でブツブツ言っていた。
別の大陸の地域には他言語もあるみたいだけど、今は深く考えても仕方ない。
ただ公用語で会話はできても、文字は読めないのは不便になりそうなので、余裕ができたら勉強してみるつもりだ。
ともかく。衣食住の食は十分そうだ。あとはこれで衣住も整えば素晴らしいけど、住居に関しては別にか? 移動する旅だしな。それよりさらにシンプルな願望をいえばスマホとか携帯ゲーム機が欲しかったけど、あるわけないよな。寧ろあったら色んな意味でビビる。
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で、ファナにそれぞれ簡単な自己紹介を済ませた。
ドラゴンちゃんはなんて呼べばいい?って呼ばれた時は、顔を赤くして
「ちゃん!? 我し……仕方ない!好きに呼ぶがいい!」
なんて言ってたけど、まんざらでも無さそうだ。結局ファナもエスト呼びに落ち着いたけど。
そのあと3分くらい歩いて、今はとある場所に来ている。
「ここですね。」
執政ギルドだ。
街の中央に位置する大きい建物である。
全体的にシックな茶色の壁で、てっぺんの方には大きな鐘。そのすぐ下には大きな時計がついた、オシャレ感の漂う外観だ。
ここは街や国への要望や、様々な手続きを行う場所みたいだ。それだけなら役所みたいな感じだけど、警察のような治安維持の役割も兼ねてるという。
門番や外壁の見張りから街中まで、要所にいる衛兵は執政ギルドとの互助組織らしい。
両開きの木製ドアを開けて中に入る。
中は思ったより人が多かった。
10人くらいが、ロビーの椅子に座っていたり、ツレと話したり。少しザワザワしてる様子だ。
ファナは3つあるうちの、空いてる右側の受付に近づいて、カウンター越しにお姉さんに声をかけた。
「あのーすいません。財布を失くしちゃったんです。届いてないですか? 黄色のヘビ口です」
ヘビ口?がま口のことか?
「またですか。今日だけで財布の紛失が16件なんですよ。」
「えっ、そんなに? 多すぎませんか?」
「そのせいで、ここの賑わいがいつもの倍以上です。少々お待ちくださいね、えーっと……」
何かの紙をペラっとめくって確認するお姉さん。
ファナの横にいた俺も、お姉さんに聞いてみる。
「普段は紛失って何件くらいなんですか?」
「そうですねぇ、日に3件から5件くらいなら珍しくはないですね。でも街を巡回する衛兵もいますし、ゼロの日もありますよ。私の知る限り、多くても9件です。」
思わずファナと顔を見合わせる。
「あー、すみません、やはり届いていません。それではここにお名前と財布の中身、特徴を書いてください。もし届いたら保管しておきますので。」
「分かりました。」
サラサラと名前、おおよその中身、財布の特徴をカキカキするファナ。
「では以上で承りました。それであの、こちらからも1点いいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「何か分かるかもしれませんので、もし新しい情報がありましたら、衛兵かこちらにお伝えくださると助かります。他の紛失者と同じ原因の案件かもしれませんので。」
「あ、はい。分かりました。ありがとうございました!」
礼をして立ち去るファナと俺たち。
ひとまず用事が終わり執政ギルドを出ようとする俺たち。すると鉢合わせのように、1人の壮齢の男が建物に入ってきた
「あっ、すいません。」
「おや、これは失礼。」
1歩横にずれて道を空ける男性。
「む?」
男は俺たちを見て不思議そうな顔をした。そしてエストで視線が止まる。
俺はお辞儀して、横を通りすぎ執政ギルドを出た。
「最後すれ違った人、なんか貴族っぽい雰囲気の人だっけど、すごいこっちを見てたな。やっぱ小さいとはいえドラゴンって目立つのか?」
「分からんが、なかなか腕の立つ人間だな。向こうも我を鑑定したかもしれん。」
「マジ? エストがそこまで言うのか。あと鑑定スキル持ち多いな。」
「たしかに。こうも立て続けにとは。」
「エストも鑑定出来るんだ!もしかして、すごいドラゴンとか? 私も始めて見たよドラゴン。」
「うむ!特に我はすごいぞ!」
「はいはい。エストは特別。すごいよ。」
「そうなんだ?」
フンッとエストが胸をはる。
「ふふ。あとヨウスケさんの格好も目に付いたかもしれませんね。」
「そうだな。早めに服を変えた方が良さそうだ。」
え?と思って自分の服を見る。
「あー……。こりゃ見るかもしれないか。」
戦闘やらこれまでの道中で、切れたり汚れが多い。
今日の朝とレッドグリズリーと戦ったあとも、一応水洗いしたんだけど…。このシャツはもうダメか。
「では軽く装備や服を買いに行きましょうか。」
「助かりますアイシャ様。」
「ありがとうアイシャ様。」
ファナもなぜか便乗して感謝&様呼び。
ウォーデンは苦笑いしている。
「装備屋、衣服関係は確か街の左に多かったはずだな。こっちだ。」
そうして装備屋に向かっている途中。
ファナが顎に手を当ている。
「それにしても。財布の紛失がそんなにあるって絶対おかしいですよね。」
「そうですね。」
「おそらくだが、これは盗賊の類いだろうな。」
「やっぱりそうですか?」
頷くウォーデン。
「私はガルセロナのとある街を拠点にしたことがある。そこは治安が良くない区画もあってな。だがそこでさえ、この時間で既に17件はそうそう無かったように思う。発覚していないのも含めたらさらに増えるだろう。」
「なるほどね。盗賊家業の人ってやっぱりいるんだな。」
「あぁ。大っぴらにされてはいないが、盗賊ギルドもある所にはあるからな」
盗賊ギルドねぇ…。義賊の場合もあるし、正直少しロマンは感じるけど、実際に絡まれたくはないな。
と、急にファナが立ち止まった。
「あのー…。それで私、流れで付いてきちゃってますけど、結局アイシャさんにお返しも出来ないので、返せるまでご一緒してもいいですか?」
「あ、そう言えばそうでした。私はいいですよ?」
「私も構わないぞ。」
「いいんじゃない? 財布の件もちょっと気になるしね。」
「仕方ないな。良いメシの食いっぷりに免じて許可しよう!」
エストからやや謎の許可も出た。
「ありがとうございます!頑張りますので、何か役に立てることあったら言ってください!」
元気にそう言ってペコリとお辞儀するアイシャ。
ていうか返す金の前に、自分の路銀だってないんだろ? いや俺もそうだけど……。ここでじゃあサヨナラ頑張ってね~はちょっと気が引ける。
旅は道連れ、世は情けだ。
決して、ちょっとカワイイからとかでは無い。
決して。
いいね?
やっとメインヒロインが登場しました。
ヒロインの雰囲気や、食事の後の展開など、かなり悩みましたが何とか話が進みそうです。