10話 ブローニャの街
「それでは、再び街へ向かうとするか!」
「だな。いよいよ街だ!」
エストの背に乗り込む3人。
「掴まったな?では行くぞ!」
「オッケー!ゴーエスト!」
バサッバサッ
初めて乗る時より、強めに羽ばたいて上昇するエスト。
一気に加速していく。
けれど2回目でかなり慣れたのか恐怖はほぼない。
エストの背中から見える景色が綺麗だから。
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エストに乗って飛び立ち、どれくらい経ったか。
地球よりも近く見える太陽はてっぺんに昇ったかというところだ。眩しさや暑さは特にないのが不思議。
にしても、3人を乗せてこんな速く長距離の移動が出来るのか。
「いくら神竜と言っても、エストって俺たちを乗せてこんなに飛んで疲れないのか?」
「わ、我、神竜ぞ? これくらいで疲れは…しない!」
「お、おい、やっぱり疲れてるんじゃないか!?」
「神竜殿、ムリはしないでくれ。」
「神竜様……。」
「だから…ムリなどしていない…と言っている!
それより見ろ。ドラグ大森林の終わりが…見えてきたぞ!」
「おっ!!本当だ!」
これまで、大森林と言っても木々だけじゃなく、様々な地形を超えてきた。
森と森の隙間にある湖、川、丘、崖、谷。
それらの終わりがやっと見えてきたのだ。
「やっとですね!神竜様!街に着いたら癒して差し上げますからね!」
「う、うむ…? いや大丈夫だ」
「遠慮するなよエスト」
「遠慮などではない!」
「ア、アイシャ、ほどほどにな?」
何も思ってないようで実はちょっとアイシャの爬虫類好きに引いてる?
てか今更だけど神竜を爬虫類と見ていいのか?
アースコルトの生物学は知らないけれど、爬虫類と呼ぶのがアイシャだとガチ感しかない…。
そんなこんな言っている間にも、眼下では大森林が終わり、綺麗な草原が現れた。
少し先には街道や、アーチ状の橋が架かる川。大きな風車の着いた建物。牧場のような草原と囲いの中には羊?のような動物もいる。
いいねぇ。牧歌的でいて風光明媚だ。
そしてそのさらに遠くでは、ゆらりと霞む先に街が少しずつ見えてきた。
「見えたな。街だぞ!」
あのウォーデンもテンションが上がっている。
「エストもうちょっとだ!頑張れ!」
「任せろ。ここまで来たら飛ぶしかあるまい!というか主らが騒ぐほど疲れてはいない!」
エストがラストスパートをかける。
ここまで来たらあっという間。
とは言え、街の中に降りるワケにもいかないので、2km先くいで地上に降りる俺たち。
「ふぅー。漸く森と空の旅も終わりだな。」
「お疲れ様ですエスト様。ありがとうございました」
「我は10日間以上掛かったのだが、本当に1日で帰って来てしまったな。神竜殿には感謝しかない。」
「フン、我にかかればこの程度の移動は余裕だ。」
そう言いながら、大きくてカッコイイ四本足ドラゴンから、二本足で立つ小ドラゴンに変化するエスト。こっちはやっぱりカワイイ。
疲れたーって感じで伸びをしている。
街で落ち着けた時にもまた労ってやらないとな。
「ところで、あれはなんていう街なんだ?」
街に向かって歩き出しながら聞いた。
「ブローニャという街ですね。グレンシャリオ皇国でも皇都に次いで、3番目に大きな街と聞きます。」
「あぁ。ドラグ大森林に入る前に1日滞在したが、なかなかいい街だったぞ。大体の施設は揃っているな。周辺のモンスターも比較的、危険度が低いので駆け出しの冒険者が多い街と聞く。」
「ほお~いいね!新米冒険者か!まさに俺だ!ギルドはこの街にもあるんだよな?」
「勿論あるぞ。冒険者ギルドと商人ギルドだ。なかなかやり手の公爵が街を治めているので各ギルドなどの統制も取れているらしい。」
「公爵かぁ。もしかして、神獣と神獣士ってそういう偉い人に謁見しに来い!とか言われたりする?」
俺はそんな実感ないけど、世界でも特殊な存在なのだろうし大厄災の事もある。国とかが放っておかなそう。んでそういうのって、大体権利争いとかの道具にされたり矢面に立たされたり、面倒なイメージしかない。
「んーどうでしょう。確かにそういう場合もあるらしいとは聞きますが。国とその皇族や貴族によるでしょうね。ただ、グレンシャリオ皇国内では、無作法に顔を見せろなどとは言われない気もします。なにせ大昔にドラゴンと竜騎士が興した国だそうですから。」
「そうなの!? じゃあ余計になんか関係あるんじゃないの?エストがそのドラゴンの子孫とかだったり!」
「我は知らん。どうせ何千年も昔の話だろう」
「いやそうだけどさ!」
「本当に何千年も昔の事ですが、未だに畏敬の念があるのでしょうね。皇王になる者は代々、ドラゴンと契約をしないといけないと聞きますし。」
「ほぇー、如何にもそれっぽい。あとアイシャ詳しいな。」
「私、里の外の歴史や街を調べるのが好きなので」
歴女みたいな?趣味が多くていいな。
「ともかく、私達の住んでいたガルセロナは十数年前から情勢が不安定なのだが、この皇国の方が安定した良い国だという評判が多い。実際そうだと私も思う。」
二人の母国、そうなんだ…。里の問題もそうだし色々と複雑そうだよな。
「どちらにせよ神獣と神獣士は、アースコルト全体で見れば、1つの国の王よりもある意味で身分が上ですから。こちらが何か問題でも起こさない限りは、無礼で面倒な儀礼などは突っぱねても良いと思います。」
「うむ……。我は人間の揉めごとに興味は無い。だが大厄災を前に、協力しないとならん事があるのも分かる。
その為にある程度は人間のしきたりに合わせるが、余計な争いまでは知らん。」
「なるほどね。十分理解がある神竜様だよ。」
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その後も各国の情勢や、世界の事をあれこれ聞いていたら、街の入口に到着した。
ヨーロッパとかファンタジーによくある、石造りの高い外壁にぐるっと囲われた街。いい雰囲気だ。
外壁の上には、皇国のシンボルらしき竜を型どった旗があり、旗の傍では衛兵が見張りをしている。ただちょっとザワザワしているようだけど。何かあったのか?
俺たちの目の前には、鉄製に木枠で補強された門扉があり、4人の衛兵が門番をしている。
「この間のブローニャの滞在証明書をまだ持っていますので、私が先に行って話を通してきますね。」
そう言って衛兵に近づこうとするアイシャ。
だがそれより先に、別の衛兵3人が街の中から出てきて、こちらに駆け寄ってきた。物々しい鎧をガチャガチャと鳴らしている。
な、なんだなんだ?
早速トラブルか? 捕まる!?それとも謁見!?
「貴方たち!ちょっといいでしょうか!」
意外にも敬語。
「はい。どうしたんですか?」
アイシャが応える。
「さ、先程、大きな緑色のドラゴンが、北のドラグ大森林の方向から飛んで来て、地上に降りたと報告があってですね。貴方達はその方角から来ましたよね? 何か見ていませんか?」
あちゃー。結構遠くに降りたと思ったんだけど、しっかり見られてたか……。見張り番、目がいいな。まぁでも10メートル近いドラゴンがいたら目立つか…。
「大きな緑のドラゴン? いえ見てませんよ? グリーンロックバードなら見ましたが、それじゃないですか? 私達も警戒しましたが、空高くに急上昇して見えなくなりましたよ。」
アイシャが上手いこと誤魔化す。ナイスすぎる。
「ロックバード?? ですが報告だと間違いなく……。そちらの子竜は…?」
「見ての通り、仲間の契約獣の子ドラゴンだ。」
ウォーデンがさらに誤魔化しの追撃。
「はい、俺の契約獣なんです。な、エスト」
「う、うん。」
いつも通りうむ。と言おうとして、ギリギリで幼い子ドラゴンを演じる神竜。
「人語を喋る子ドラゴンですか。十分珍しいですね……。だが街から見えるほどの大きいドラゴンには見えない……。ふむ……。」
今喋っている衛兵が上司なのか、何かを考える仕草のあと、もう二人の衛兵に何やら指示を出した。指示を受けた衛兵二人は街の中へ走っていく。
「申し訳ありませんが、上に話しを通さねばなりませんので、ここで少々お待ちいいただけますでしょうか?」
「なんだと? わ、ボク、旅で疲れてるんだけど!」
エスト!話をややこしくするな!ここは耐えろ!
「すみません。ですが、貴方達にもこの街で安心して過ごしていただく為にも、どうかお時間を。」
子ドラゴンにも俺たちにも丁寧な対応の衛兵。いい街ってのはホントみたいだな。規律が行き届いているのが分かる。
「分かりました。私達も事を荒立てるつもりはないですから。」
周りを見ると、行き交う商人のような男や住民が何事かとこちらを見ていた。マズイ、既にちょっと目立ってきてる…。
これ以上ここにいるのも良くないので、ちょっと歩いた所にある外壁沿いのベンチに腰掛ける。
「焦ったぁ。誤魔化せてよかった。それにしても…………ぷくくくッ。エストがうん、ボクだって。ププッ」
子ドラゴンのフリをするエストを思い出して吹き出してしまった。
「笑っとる場合か!!神獣で神竜で星竜であるこの我に、あんなマネをさせるとは!!この街はダメかもしれんぞ!!」
「ダメかもしれんって、フワッとしてるな」
まだ笑いが込み上げる。
「ふふ。私達もちょっと迂闊でしたね。街からギリギリ見えていたとは。」
「こうなったら待つしかないな。あの様子なら、そこまで野暮な事にはならないだろう」
それから約10分後。
1人の衛兵がこちらに駆け寄ってくる。
「申し訳ございません、大変お待たせしました。ようこそブローニャへ。お通りください。」
「ありがとうございます。」
お辞儀して横を通る俺たち。
エストはふんぞり返っている。思わぬトラブルもあったけど、これでなんとか街に入る事が出来るな。開きっぱなしの門扉を通る。
「おおお~!!」
街の中はいかにもヨーロッパって感じだ。
赤いレンガと石造りでできた家屋は、煙突がある三角頭のかわいい屋根。壁が白く塗られた家屋の横では、簡易テントが張られていて、果物などを売っているようだ。
「めちゃくちゃ良い雰囲気!海外旅行ってハワイしか行ったことなかったからテンション上がるわ!うっわ!アレもすごいオシャレ! 」
木造のスロープ付きの建物は喫茶店か? 外にテーブルと椅子があるのだが、建物や周りの景観とマッチしてい素晴らしい!
「おい、お主、流石にテンション高すぎないか?」
「しょうがないじゃん!アースコルトで初めての街だし!元々こういう街が好きなんだよなー。」
全体的な雰囲気としてはフィレンツェに近い?
ともかく、詳しくは無いけど、ヨーロッパ建築全般がなんとなく好きな俺には最高だ。
しかも、もう1つテンションが上がる要素がある。
それは。
そう。獣人がいるのだ!
街に入る前から、通行人の中にいて目にはしていたのだが、猫や犬や様々な種の獣人がいるのだ。
ビバ!異世界!ビバ!ファンタジー!!
いやー本当この目で本物を見ることになるとは。
実は空の旅の最中に聞いてたし、別に獣人フェチってワケじゃないんだけど、やっぱり夢とロマンがあるよね。普通に街に溶け込んで、一緒に暮らす多様な種族って。
「ヨウスケ様、完全に子供のおのぼりさんになっていますね……。」
「だな。そこまで珍しい街並みでもないと思うが。地球とやらでは一体どんな所に住んでいたのか。」
「全く仕方がないヤツだ。おい。はしゃぐのもいいが、我は腹が減ったぞ。肉が食べたい。」
「あぁごめん!もうあちこちに目新しさがあってつい。俺もお腹空いたし、まずは腹ごしらえだな!」
「ではあそこの店なんてどうですか? 『竜の尾』というこの街でも人気のお店です。私もこの間食べましたが、ジャイアントブラックブルのステーキが美味しかったですよ。」
「ステーキ!!よしそれにしよう!」
エストも聞いてテンション上がっている。
竜の尾だけど肉は牛?
と、店に入ろうとした時。
急に横から何かがぶつかって来た。
「あ、ごめんなさ
「ふぁふぉ!!!!ふぁふふぇふぇふふぁふぁふぃ!!!!」
「は?」
ぶつかってきて謎の呪文を詠唱した相手を見やる。
それは、リスのように口をいっぱいに膨らませた女だった。