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1話 ちっぽけな自分と星々と太陽

人生初の執筆、初の投稿です。


記念すべき1話ということで気合いが入りすぎ、つい長くなりましたが読んでくだされば嬉しいです。

竜胆洋介。それが俺の名前だ。

ゲーム、アニメ鑑賞、YouTub鑑賞、スポーツ鑑賞。それと便座〇バー…ではなく美味い食べものが好き。つまり普通の技術職25歳だと思う。


昨日の朝からの泊まり勤務で、3時間の仮眠後、明け朝の業務をこなした。総務部に提出する書類作成も終わり、今朝出勤してきた同僚に引き継ぎも済ませた。


退勤完了!

泊まりの現場を出て陽の光を浴びると、すごい開放感あるんだよねぇ。


現在時刻はいつもより少し遅い午前10時半。

コンビニで弁当とつまみと酒を買って、帰宅するまでもうひと踏ん張りだ!


家に着いたらシャワーを浴びて、いつも通りビールを飲みながらウイイレを2試合だな。


そのあとは壮大なストーリーと広大なオープンワールドに、色んな美少女が出てくる某大人気ゲーム『オリジンクエスト』の新マップを、新キャラで探索でもするとしよう。


まあ現場での仮眠は文字通りで、それだけでは睡眠が足りないから99%寝落ちるけど。


「ふ~、着いたぁ~。」


1時間10分をかけ、まだ改築部分が新しい最寄り駅の階段を降りたところで小さく独りごつ。年々重くなる足を前に出す。


(こりゃまじで時間を見つけて運動した方がいいか?)

なんて自嘲しながら、いつものコンビニへの横断歩道に差し掛かった。



次の瞬間。


急転直下の非日常。


目の前でそれは起こった。


まず耳に飛び込んでくる、車の大きなクラクション。

それから一瞬遅れて、急ブレーキの鋭い音。


昔話に出てくる金太郎のようなロゴが描かれた運搬トラックと、驚いて立ちすくむ女の子が視界に映る。


景色がスローモーションになっている気がした。


そして、重くなったはずの自分の身体は、気付いた時には既に前へと飛び出していた。


女の子を突き飛ばし、そのまま自分もトラックを避けようとする。でもおそらく間に合わないか。


タックルの要領で抱き込むように女の子を庇いつつ、自分もトラックを避ければ良かったかもしれないが、時すでに遅し。


入れ替わりのような形で自分だけ轢かれそうだ。


女の子が、青ざめて焦燥の表情を浮かべているのが見える。


これで人生終了??


あ。走馬燈って本当にあるんだ。

この間0.5秒とかってやつもマジなのか。


うっ。子供の頃のトラウマ。

うわ、3年付き合った彼女にフラた日。

出た、仕事で大失敗して、ブチ切れたフリーザ様みたいな顔になった上司に呼び出されたやつ。



なぜかイヤな事ばかり思い出す。

なんでだ。


まだ他にもやりたい事はあったのに。

と思ったけどよくよく思い残すのはゲームの続きとか新キャラ、読んでる漫画の続きくらいで正直しょうもない……。


なんか、なんだろう、死が間近に迫っているのに驚くほど今の人生に未練がない。まぁある程度は楽しんだし、どうせ多分このまま独り身だもんな。


元々人間はちっぽけだ。無力だ。特に俺なんて。俺が死んでも世界に影響なんてなにもない。46億年繰り返してきたのと同じように、地球が太陽の引力で周り続ける事実があるだけだ。


まぁそういう事なので…。流石に親は悲しむだろうし妹にも色々フォローさせるだろうからそこは申し訳ないが、49日もすれば家族以外は忘れる。大丈夫。


歴史にも何にも残らず、ここで幕を下ろそう。



………………と、意識はそこで途絶えた。



これが人生の最期。




だったはずなのに…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今俺はなぜか地球の外にいる。

どういう事だよって?

こっちが聞きたい。

どうやら宇宙空間にいるようだ。


意識はまだハッキリとしないけれどそれだけは分かった。身体の感覚がほぼ無く上下左右も分からないけど。



俺、死んだんだよな……?

トラックに轢かれそうな女の子を助けて、代わりに悟って覚悟ガン決まりで死んじゃって…。


それが今の状況は一体…。

えっ。もしかしてこれ新手の地獄!?


いやいや地獄に落ちるほどの事はしてないよね!? そりゃ『生きているだけで何かに迷惑はかけているのですよ~』的な哲学もあるかもだけど、最期に女の子を助けたしプラマイプラスでしょ!?


そもそも宇宙地獄とかあんの? 生前の悪行次第では、地獄の更生施設?魂の浄化?のレベルや行き先が変わるとか聞いた事あるけど、いくらなんでも宇宙の塵になってポイーは斬新過ぎない?


クソ。いいやもう。騒いでも仕方ない。


改めてワケが分からないが、有難いことに宇宙なのに寒くも熱くもないし常識は関係ないらしい。


あれ、ていうか……。もしかして前に進みたいと思うだけで前に進める?


行きたい方向に自由に移動できるの!?

すげぇナニコレ!


生身で宇宙空間を自由に遊泳なんて、超金持ちでも無理だろ。折角だからこの機会に銀河の絶景を優雅に観光してやる!



そうして完全に開き直って宇宙の星々を見ていた。感覚ではおよそ数十分。


うん。サイコーです。地球は青かった。所々に雲の掛かったそれぞれユーラシア大陸、アメリカ大陸、アフリカ大陸が分かる。


あれが俺の生きていた星か …。

ふつくしいとしか言いようがない。

こうしてる今も様々な人や生物、自然が自分の生を謳歌しているのだろう。


………イカン、そんなこと考え込んだら死んだという事実に気が滅入ってしまいそうになる。そ、そんなのは後回しだ!気を取り直して観光だ観光!



さてさて。

その地球の横には、まるで歳の離れた妹が隣にチョンと座っているかのようにお月さんです。ただそんな親近感を感じつつも、やはり人を魅了する独特な何かがある。ここから見ると、ほんのり金色にも銀色にも見える。いつもありがとうございました、キレイなお月さん。あなたのおかけで夜も明りがありました。他にも色々。



あ、一応言っておくと、星座や宇宙科学には全然詳しく無い。けれど有名な星は分かる。あれがデネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角が文字通り手が届きそうなほど目の前にある。不思議と地球から見た時とは違った存在感。綺麗としか言いようがない。


あとは北斗七星もすぐ分かった。

確かおおぐま座の一部で腰から尻尾の部分。春が見頃なんだっけ?


他にもガスと塵の輪っかを付けた土星があったり、様々な色の星雲がキレイに瞬いている。宇宙は広い。


そして。


勿論忘れてなどいない。

何よりも大きい。何よりも眩しい。

この銀河の中心にして地球の数多の生命を支えるメインヒロイン。


そう、太陽だ。

燦々と輝く炎の星。


宙で見ると、美しいとか壮大とかいった言葉が陳腐に感じるほど、言葉には表しきれないものがある。


まさに言葉を失う。


しばらくボッーと見ていた。

近くて怖いとか熱量に圧倒されるとかじゃない。なんとなく、自分もそれ以外も、宙の全てが存在ごと包まれるような暖かさを感じて。


本当に何となく。自分でも不思議だけれど。ついさっき死ぬ直前は未練なんて無かったのに。


生き物に。

自然に。

星々に。

太陽に。

もっと触れていたい。

もっと生きたい。


ちっぽけな自分でも存在が許されるならば。

世界に自分が産まれ落ちた意味を持ちたい。

もっと自分という存在で生を謳歌したい。

そう願ってしまった。




その瞬間。急に何かに引っ張られるような感覚に陥った。


声をあげる間もなく。


太陽に吸い込まれるように引っ張られる感覚が強くなり思わず目を閉じる。


考える暇もなく意識はまた途絶えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ん?


パチッと目が覚めた。あんな謎体験をして途絶えたわりに意識がハッキリしている。しかしここは何処だ?

真っ暗でなにも分からない。


宇宙を漂っていたせいか、まだ身体の感覚は変な感じだけれど仰向けに寝そべっているらしい。


「今度はなんなんだよ…。いや待て。身体の感覚?」



ほとんど何も分からない状況なのでいきなり体を起こすのを躊躇してしまったが眼球は動かせるみたいだ。理解がまだ追いつかないが呼吸も出来ている。


俺死んだよね?

そんでなぜか宇宙の塵になって太陽の光で成仏……してない?


恐る恐る指を動かしてみる。

グーパー。チョキ。よし右手が連勝。

足も動かしてみる。逆さエアけんけんぱ。

うん出来る。狭いかもと思ったけど何もぶつからず。

身体にも問題なし…? マジ?生きてるの? それとも今度こそ地獄?


試しに声を出してみる。

「あーえっ?」

自分の声が思ったより反響していて、声を出せた安堵よりも驚きが勝って小さく驚嘆の声が漏れた。


「あー!おー!いー!」

今度は少し大きめに声を出す。やはり狭い場所に寝ていたみたいだ。くぐもった微妙な反響からすると部屋とかトンネルとかのそれじゃない。


どういうこと?

大きい棺桶とか?

やっぱりコレ死んでるんじゃ…。

ゾンビ??ミイラ??


自虐的に有り得ないことを考えて笑えてくるが、意を決して上半身を起こしてみる。


視界も少し慣れてきたのかさっきよりも今いる空間が把握できる。どうやら本当に箱?の中にいるらしい。


嘘でしょ? シュレディンガーの猫に転生した?

んなバカな。


試しに自分の腕や身体を触ってみると違和感はあまり無い。頬をペチペチしてみる。うん痛い。


そんな事をやってる内にかなり気持ちは落ち着いてきた。相変わらず暗いので視界は悪いがこのまま寝てても仕方ない。動けるならばといざ立ち上がってーーーーーー


「いっっっっっで!!!」


頭頂部への痛みと同時に響いた、ゴンッという鈍い音と自分のダメボ。


「ちくしょ…いってぇぇぇ……!!」

涙目で頭をさする。


手を上に伸ばしながら立ち上がるべきだったか。エアけんけんぱが大丈夫だからと油断していたけれど、どうやらギリギリだったらしい。


次は天井に手を伸ばして蓋?を持ち上げるのを試みる。考えたくは無いが本当に棺的なモノの可能性があって、でもそれなら内側から開けられるはず。


重い……けど…

「よし、良かった開くぞ!」


重くてツルツルで冷んやりした石の蓋を、何とか持ち上げて横にズラすと光が見えた。


そのまま蓋を上げつつ、出れるくらいにどかして外を見ると。


「うわすご」


つい暢気な感想が漏れたけどそれも仕方ない。なんとそこはめちゃくちゃ豪奢としか言いようがない部屋だった。


若干マトリョーシカの気分になったのも束の間、ゲームに出てくる神聖な祠とか、伝説の装備がある洞窟の最奥部な雰囲気に見蕩れる。


床は竜らしき模様が彫られた石造り。かなり古いのか所々がヒビ割れて、そこからぼんやり光るコケと低いツクシみたいな植物が生えているのに、安っぽさは感じない。


そして壁がまた凝っているというかなんというか。深い緑色のタイルとエメラルドグリーンと黒の3種類で格子状になっている。


どういう材質なのか気になって壁を触ってみると、ツルツルしているのにしっとり手に馴染む。


また壁面の中央には顔くらいのサイズの透き通った赤い宝石が埋め込めれていたり、等間隔に壁についている燭台の先には微かに緩れる光を放つランプがある。


そして、さっきまで自分が入っていた棺も全体が黒で緑色と白色の装飾が施されている。これまた装飾がシンプル且つ洗練された細かく豪華な作りだ。


ついでに自分の格好はというと、肌触りのいい緑色の長袖Tシャツ的と、下は薄いグレーのポケット無しカーゴパンツみたいな格好をしている。もちろんこんな服に見覚えは無い。なんとなくだけど日本にある普通の衣料品とは違う。



「うーん…一体なんなんだ…」


自分の置かれている状況が未だに全く解らない。強引に解釈すると部屋の作りや棺もあるから王族の墓所なんだけど、それでも現実の尺度からはちょっと逸脱している気もする。


女の子を助けて死んだと思ったら宇宙遊泳した後に生き返って王族に転生していた件について。


なに?古いうえに脈絡が無い?


でも実際そうとしか言いようがないだもの!まさかだよな。そんなの現実に起こる分けないし。まぁこの世界が現実なのかすらまだ分からないのだが。


なんて自分を落ち着けようと、くだらない事を考えながらも壁を観察していると違和感があった。


真横に少し出っ張るように壁に嵌め込まれている赤い宝石のひとつが、台座から明らかに飛び出しているのだ。もしかしてスイッチの要領で押せるパターン?


いや待て待て。こういうボタンって押したらアレでしょ? 足元に穴が開いて落ちた先が剣山だったり、天井にトゲが出て下がってくるやつでしょ。


ダメよ、ダメダメ。ダメ、絶対………………………。


ポチッとな。


え?ハイ押しましたよ。

だってどう見てもこの部屋出口ないじゃん!これ押さないと出れない気がしたし!そこにボタンあったら押すんだよ!


性懲りもなく脳内の俺Aと俺Fが言い合いをしていると、重そうなゴゴゴゴッという音と共に、分厚い壁中央が上にズレて登り階段が現れた。


ハッ!そのパターンか!!石が転がり落ちてきたり!?それともモンスターのご登場!?


………………身構えても、何も出てこない。


とりあえず即死トラップを免れてホットする。と同時に階段の1段目の手前の壁がくり抜かれていて、そこに置かれたあるモノ気付いた。


刀だ。


しかもご丁寧に、時代劇とかで見るような刀を横にして飾ったり保管する為の台座に置かれている。更にその手前には、刀を差して腰に固定する為の帯と道具もある。


台座の下の灰色の床にはギリシャ語?ドイツ語? 分からないが、ともかくちょっとカッコイイ感じのどこかの言語の文字が掘られている。スマン、外国語はサッパリなんだ。


読めないものは仕方ない。そんな事よりだ。


さっきまでの部屋の作りに似合わず、置いてあるのはやはり日本刀。


鞘は黒を基本に、品の良さを感じる碧色の龍が描かれている。柄も黒を基本にシンプルだが金の装飾がされている。唾は濃い緑色。


せっかくだし鞘から刀身を抜いてみちゃう?

ヤバい、かなりワクワクするぞ。えーっと確か…。動画で見た事あるのだ。


まず鞘を握った左手の親指で鍔を持ち上げる。チャキと音が鳴る。今のが鯉口を切る…とか言ったはず。そして柄を右手で握る。最後に左手で鞘を水平に持ち上げて…右手の柄を一気に引き抜く!


シュインッという鋭い音と共に刀身が露になる。


「うおおおおぉ…やっべ!かっこよ!!」


手に取って始めてみる実物の刀。キラリと光る刃文、薄く鋭い刃先、美しい反りに思わず興奮してしまう。そりゃそうでしょ!男なら誰でも一度は憧れるシリーズのひとつだと思う。


にしても、これ貰っちゃっていい…のか?

思いっきり銃刀法違反&窃盗罪だよなぁ。

いやでも誰もいないし……?


ていうか現実感があんま無いんだよなぁ。

いっそ夢か異世界かあの世であってくれ。

めちゃくちゃカッコイイ日本刀を持てるのは嬉しいし武士とか騎士にはちょっと憧れがあるけど、実際にこれを使うような場面になったら普通にビビる。


でもここが何処かも分からないのに、まともな武器を持っていないのも正直怖い。トラックが目の前に迫ってくるのとはまた違う死の恐怖を、この状況でリアルに感じてゾッとした。


「と、とりあえず一旦この刀は預かります!」

誰もいないのに敬語になる。


ちなみに日本刀は、帯を腰に巻き、そこに刀を差し、紐と道具で鞘を固定して携帯している。


よし。完璧。今日から武士で候。


さてそうなると。あとはどうするかと言えば。この階段だ。


この部屋とは違って石を掘ったような少しゴツゴツした、壁も床も灰色の階段。


小さいランプが等間隔で点いているが、階段の長いのか先は遠いらしく終着点までは見通せない。思わずゴクリ…と唾を飲み込む。


芋が出るかジャガ出るか。

こんな冗談を考える暇もない地獄が待っているかもしれないが、逆に天国かもしれない。


「行くしかないよな」


刀を握り、気を引き締めて1歩ずつ階段を踏みしめて登り始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


なんと登り始めて体感20分。子供の頃に登った東京タワーの階段600段より多いのでは。こんな地下の階段なんて世界広しと言えど有り得るのか?


でもそれ以上に驚きなのは、それだけ登っても全く疲れていないこと。運動不足なんて無かった。


不思議に思いながらも登っていると、唐突に階段が終わった。相変わらず真っ直ぐにしか進めないが、空気の流れを感じた。


そのまま進むと、外の景色が見えてくる。

少し逸る思いで、出口から1歩外に出る。


「ん」


今なにか、ホログラムのような、蜃気楼のような、映像のような。ともかく視界に揺らぎがあった。一瞬すぎてそれ以上は分からなかったけど。


気のせいか? 他に異常は無さそうだ。それよりもやっと外の空気を吸えることが嬉しい。


目の前には、背の短い草と土の混じる、少し開けた空間。その10メートルくらい先は暗い森だ。この墓所?の周囲を森が囲んでいるような地形だろうか。風でザザァと葉が揺れている。


どうやら時刻は夜。

出口横のランプしか灯りがないので辺りは暗いが月明かりもある。気のせいか、かなり大きく見えるうえに金色に輝く月。スーパームーンってやつか?


相変わらずここが何処なのかも何も分からないが、久々の外の空気に少し気分が晴れる。ついでに深呼吸しよう。


深く息を吸うと、冷んやりした空気が肺に入る。


随分湿気が多いな…雨でも降ったのか? いや違う?地面は濡れていないし雲一つない。


何か違和感を覚えた。


次の瞬間。


「!」


横に気配を感じて振り向こうとした俺を目掛けて、黒い何かが鋭く迫ってきた。ビュッという風切り音が一瞬遅れて聞こえる。


「ッ!!??」


何が起こったのか認識するよりも早く、反射的に()()を避けるが、顔に鋭い痛みが走った。頬から血が出て滴たっているのが分かる。反射で少しでも避けていなければ死んでいたかもしれない。


1歩下がり眼前を凝視する。


「えっ」


掠れた戸惑いの声が漏れた。理解は追いつかないが身体が危険を感じ取ったのか、尋常じゃないほど鳥肌が立っている。心臓の鼓動が早くなる。


刀身が適当に削った石のように凸凹していて、鈍く光を反射する1m近い黒い長剣。


こちらに向けて剣を構える相手を見据えた。


黒いローブを頭から被っている、俺と同じくらいか少し高い背丈の…男?


「ちっ」


そう舌打ちをすると、ローブの男はまた横薙ぎに剣を振ろうとしている。


考える暇もなく、動揺と恐怖にいちいち身体が強ばる。上手く身体が動かず足も震えているせいか、後ろに尻もちを付くような格好で転んでしまった。


男の横薙ぎがギリギリを掠める。切られた髪の毛がハラりと顔に落ちる。


慌てて地面に手をついて、たたらを踏みながら距離を取る。


「逃がすかっ」

男は俺を逃すまいと距離を詰める。

間違いない。殺意が向けられている。


なんで?俺が何をした?

どうする。森まで逃げればなんとかなるか。焦る気持ちでなんとか足を動かす。


しかし、線でダメなら点で。黒剣で突きを放とうとしているのか、男は片手に持った剣を僅かに後ろに引いた。



ーーー予感。


ーーー死ぬ。


ーーーこのままでは死ぬ。


一瞬また、死を受け入れるという考えが過ぎった。

トラックに轢かれた時のように。


でも、今このまま死にたく無い。


それを認識する。すると心の奥から気持ちがふつふつと湧いていくる。


どうせ死ぬなら闘ってやるという、吹っ切れに近い気持ちがある。何も分からないまま襲われることへの怒りもある。



腹を決め思考が少しクリアになったか。足の震えが収まっている。生きることに集中できている。


まず迫る男の黒剣による突きを躱すため、身体を捻る。僅かに二の腕が斬られて血が飛ぶが、深くは無い。死んではいない。


しかし男が上手だった。突きを躱すとこまでは予想していたのか、突きの後に素早く足を運び、短く息を吐き、蹴りを俺に放つ。


「ふっ!!」


「がっ」

横腹が蹴られた衝撃で俺の口から息が漏れる。


2m近く吹き飛ばされた俺は、蹴られた横腹の痛みを堪えすぐさま立ち上がろうとして、


腰にある刀に手が当たった。そうだ。避けるのに必死でこれがある事を忘れていた。


反撃しないと、防戦一方でいつか殺られる。

反撃の為のもの、武器だ。



男はこちらにトドメを刺そうと、黒剣を斜めから袈裟斬りに構えている。


ダメだ。横に避けるにも体勢が悪い。後ろには大きな木があり、退くスペースもない。


いよいよ逃げ場がない。上等だ。


俺はまた身体を捻りながら、しかし避けるのではなく、帯刀した鞘を左手で思い切り前に出す。鞘からシュッと擦れる音がして男の黒剣の軌道が逸れた。


黒剣は俺の身体の数cmを斜めに掠めた。

男の態勢が流れてわずかに崩れる。



その刹那。

俺の頭は驚くほど無駄な雑念がなかった。


自分の身体が勝手に動く。

男の隙をつき、脇腹目掛けて、居合切りの要領で横薙ぎを返していた。


「くっ!」

男は呻きながらもギリギリで後ろに飛び退いて躱したか。いや違う。当たっている。

男の横腹辺りのローブが切れ血が滲む。


「流石だな。目覚めた直後にこの動き…。だがこちらにもやらねばならん理由がある。もう後には退けんのだ……。」


そういいながら、男はこちらに駆け寄るでも距離を取るでも無く、仁王立ちしている。


「下手に手数をかければこちらが危うい。貴殿には悪いが………早々に死んでもらう」


そう低く圧力を増した声でいうと、両手に黒剣を持ち直して力を込めた。


なんだ?何をしようとしている?


「生命と激流を司る水の神獣よ 我が蒼い闘志に応えたまえ 我がこの剣に力を貸したまえ 敵を穿ちたまえ ヴァッサレオニード カムンガイスト ウォルレーヴェ!!」


「え、なんっ


俺の困惑と驚愕の声は別の音に掻き消された。


男が何かを呪文の詠唱のように叫び終わると同時に、黒剣がゴウッという音と共に青白いオーラを放っていた。


おいおい何だそれ。

一矢報いた矢先だってのにそんなの聞いてないぞ。


3m近く離れたこの距離でも感じる波動の威圧感。どう見ても魔法かそれに似た何かだ……。


警戒して身構えていると、やがて吹き出たオーラが収束し、ゆらゆらと剣に宿り揺れ、黒剣だったものが透き通った青色に変色していく。形状もさっきまでとは違い滑らかに見える。


長く、美しく、鋭く、青い剣に形を変えていた。


直感が告げる。


あれはヤバい。元々ヤバいけど、もっとヤバい、絶対ヤバい。


さっきまでの普通の剣戟ーーーーーーーー


そもそも普通は剣戟なんてやらないだろうし、剣戟と呼べる動きが出来ていたのかは疑問だがーーーーーーーー


黒剣ならまだしもあの青剣を、俺の持つ刀で受けきれるのか???


この刀がどれ程の名刀かは知らないが、使い手の力量に加えて、あちらの剣は単純な殺傷力もあがっているだろうし、それ以上に魔法のようなオーラを纏っている。万が一で反応はできても、刀ごと身体が切られて血が出るくらいじゃ絶対に済まないだろう。


そう逡巡している間にも、男は青剣を青眼に構え、僅かに腰を落とす。脚に力を溜めて今にもこちらへ斬りかかってくるだろう。


まずい。


どうする。


どうすればいい。


ここで終わりたくないんだ。


考えろ。


生きろ。


考えるんだ。


己の思考をもっと加速させろ。




星々や太陽を見て強く生きたいと思っただろう?



あれは嘘だったのか?



何があってもそこに在り続ける無限の宇宙で。



光で繋がる星々に。



輝き燃える太陽に。



この手は この願いは きっと届いていた




そう意識した瞬間だった。

身体の奥底から、心の奥から、



湧き出た力が全てを駆け巡った。


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