【09 教科書】
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・【09 教科書】
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ナツツさんとの作戦会議で、僕がすぐさま思いついたこと。
それは宿屋で働く店員さん達だった。
人前に立つことが苦では無くて、丁寧な口調もできる人は先生として適任だと思った。
ただそれだと店員さんが一人減ってしまうので、代わりの店員さんも同時に見つけないといけないけども。
ユラシさんとは毎日情報交換をして、どこまで教科書ができたかの話をしている。
ある程度、見込みもついたらしいので、早速まずは代わりの店員さん探しを始めることにした。
ナツツさんは小首を傾げながら、こう言った。
「でもどういう人が店員さんに向いているのかな?」
「やっぱり基本的にはやりたい人を探すということですかね。例えば、店員さんをやりたいけども、やらせてもらえていない人とかっていますか?」
「やらせてもらえていない人ねぇ、う~ん、大体みんな自分のやりたいことを自由にやっているから、やりたいことをやっていない人ってあんまりいないんだよねぇ。選択肢として”何もやらない”という選択肢もあるから」
僕はう~んと唸ってから、こう言ってみた。
「例えば子供とか、まだ早いみたいなことを言われていそうな人を探すってどうですか?」
するとナツツさんの顔とハートマークは一気に明るくなって、
「それはあるかも! 親が何もやらない人なら『何かすることは得しない』と子供へ言う人もいるから、その子供のやりたいことを制限する人はいるかも!」
早速僕とナツツさんは、子供が遊んでいる空き地のようなところにやって来た。
そこでナツツさんは人差し指を天に掲げながら、大きな声で叫んだ。
「宿屋の店員さんになりたい人はこの大きな雲の上に集まれ!」
いや!
「雲の上には誰もいけませんから! 普通に僕たちの前に来て下さい!」
ナツツさんとはずっと一緒に居て、結構大きな声でツッコむことができるようになってきた。
いやそんな進化はどうでもいいんだけども。
少し待っていると、1人の女の子が僕たちの前にやって来た。
「わたしも店員さんしたい!」
ニコニコと笑っている女の子。
すぐ愛想の良い子だと分かった。
ハートマークもキラキラに輝いていて、本当に店員さんをしたいことが分かった。
女の子は続ける。
「わたしね! 宿屋の店員さんがカッコイイと思うの! いつかあれになりたいと思っているんだ!」
するとナツツさんの表情とハートマークが曇ってきた。
何だろうと思っていると、ナツツさんが、
「そう言えば店員さんの枠が減らなきゃダメだよねぇ……先にこっちを決めて良かったのかなぁ……」
いやでも
「店員さんだって休みたい日もあるかもしれませんし、その時の代わりって絶対いたほうがいいので、まだ枠のことを考える段階じゃないと思います」
「それなら安心だぁ!」
そう言いながら僕の手を握ってきたナツツさん。
それを見た女の子も僕の手を握ってきて、
「よろしくお願いします! 知らないお兄ちゃん!」
と言ったので、僕は、
「僕はタケルといいます。君の名前は何ですか?」
「ノノ!」
と元気に答えたので、これは店員さんに向いていると思った。
早速僕とナツツさんとノノちゃんの3人で宿屋に向かって歩き出した。
するとその道中で、この村へ最初に来た日に見かけた、杖の先端から大きな雪の結晶のようなモノを出している男性から話し掛けられた。
「おい、オマエたち、というかノノ、何してんだ」
「パパぁー!」
そう言ってノノちゃんはその男性に抱きつきに行った。
どうやら大きな雪の結晶のようなモノを出して、涼んでいるだけの男性がノノちゃんのパパらしい。
ナツツさんは元気に手を振りながら、
「ノノちゃん! 早く宿屋に行こう! カタツムリのように!」
と言ったので、僕はすかさず、
「いやセカセカと行きましょう!」
とツッコんだ。
ノノちゃんはパパから離れて、
「じゃあこれから宿屋に行くー!」
と言って今度はナツツさんに抱きついた、ところで、ノノちゃんのパパが急に怖い目になりながら、こっちへ向かって叫んだ。
「宿屋なんて行くな! 子供は子供らしく空き地で遊んでろ!」
ノノちゃんは肩をすぼませて怖がった。
それを見たナツツさんが、
「いやノノちゃんは宿屋で働きたいんです。だから交渉に行こうと思うんです」
と毅然とした態度で言うと、ノノちゃんのパパはすぐさま、
「ノノが宿屋で働きたいことは知っている! だけどもダメだ! 働いたって意味は無いからな!」
僕は疑問に思ったことをそのまま聞いてみた。
「何で働いても意味が無いんですか?」
「働かなくたって働き者が食べ物を持ってきてくれる! だから何もしなくても生きていけるんだよ!」
「でもそれは善良な働き者のお方がいるだけですよ」
「それでいいじゃねぇか! それ以外に何がある!」
……確かにそれで成り立っているのであれば、これ以上口出しすることは無いのかもしれない。
でもそれは
「ノノちゃんパパの話は分かりました。でもこれはノノちゃんの話なんです。ノノちゃんが働きたいのであれば、働くべきだと思います」
それにナツツさんも応戦する。
「そう! ノノちゃんがやりたいことをやらしてあげるべきだよ! 親とノノちゃんは別々の人間なんだから! ね! ノノちゃん!」
しかしノノちゃんはぶるぶると震えて怖がるだけで。
だから僕はノノちゃんの手を握って、こう言った。
「大丈夫、自分のやりたいことをハッキリ言ってみよう。僕たちはノノちゃんの味方だから」
するとノノちゃんは意を決した表情になり、ノノちゃんのパパのほうを向いて、こう叫んだ。
「わたしやっぱり宿屋で働いてみたい! 宿屋の店員さんは憧れなの!」
ノノちゃんのパパは少し怯んだように後ずさった。
僕は言う。
「何もしないことも選択肢としてあると思います。でもそれが何かする選択肢を壊すことはいけないと思います。何もしないなら何もしないらしく、反対もしないで下さい」
ノノちゃんのパパは溜息をついてから、むしろ深呼吸をしてから、こう言った。
「なるほどな、何もしないでいることが好きなら反対もするなということか。これは一本取られたな。じゃあもういいだろう。俺はまたいつも通りここで雪の結晶を作って涼んでるさ。まっ、もし何もしなくてもいい仕事があれば手伝ってやってもいいぞ」
そう言ってこっちに手を振ってから振り返り、また雪の結晶を出し始めたノノちゃんのパパ。
嬉しそうに飛び跳ねるナツツさん、そしてノノちゃんは、
「パパありがとう! 大好き! また一緒に雪遊びするからぁ!」
ノノちゃんのパパは一瞬振り返って、柔和な笑顔を浮かべた。
さぁ、ノノちゃんのパパからも許しをもらったし、意気揚々と宿屋へ向かおう!
宿屋についた時はちょうど昼頃で、宿屋が比較的暇な時間帯なので、すぐさま僕とナツツさんは交渉を始めた。
「すみません。宿屋の店員さんの中で、勉強を教える先生をやってみてもいいと思う人はいませんか?」
その僕の言葉をオウム返しするようにノノちゃんが、
「いませんかー!」
と大きな声で喋った。
するとシュッカさんがやって来て、こう言った。
「いや宿屋の店員の総数が減るやないか! うちらは結構忙しいねん!」
それに対してナツツさんが自信満々に、
「このノノちゃんがまず宿屋の店員さん見習いとして参加するので大丈夫です!」
それにノノちゃんも胸を叩きながら、
「大丈夫です!」
と叫んだ。
シュッカさんは一瞬う~んと唸ったが、すぐさま、
「いや、子供の頃から育てていくことは大切なことかもしれん。というか普通に店番ならしてくれるかもしれんわ。よっしゃ、じゃあノノちゃんを雇うのは絶対やるわ」
その言葉にノノちゃんが嬉しそうにハシャいでから、
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
と言ったのを見て、シュッカさんは嬉しそうに、
「おっ! ちゃんと言葉遣いできとるやん! 即戦力や! 即戦力や!」
と言ってから、すぐさま他の店員さんを呼んで、ノノちゃんに仕事のイロハを教えるように指示を出した。
ノノちゃんはそのまま他の店員さんとバックヤードへ行った。さて、ここからが本番だ。
「シュッカさん、僕とナツツさんで魔法を教える学校を作ろうと思っているんです。字や礼儀を覚えたりもしたいと思っています。その先生として、店員さんをやっている方々が適任だと思ったんです」
すぐさまシュッカさんの顔色とハートマークの色が変わった。
透き通った色に変化したのだ。シュッカさんは口を開いた。
「学校かぁ……ええなぁ、学校……アタシは前の世界では奴隷やったから学校なんて夢のまた夢やった……その分、この世界に来た時、すぐに文字を覚えたけどな。そうか、アタシが先生かぁ……」
「いやシュッカさんじゃなくても大丈夫ではあるんですけども」
「いや文字を覚えてる店員は今のところアタシとムロちゃんとヒガくんとエイチちゃんだけや」
「結構いるじゃないですか」
僕がすかさずツッコむと、シュッカさんは首を優しく横に振って、
「先生やるんならアタシや、アタシが先生と言われる世界、それはもうゴールやん。1つのゴールやん。それ」
「じゃあシュッカさんが先生をやって下さるんですか?」
「そうやな、やりたいのは山々やけども、アタシ、肝心の魔法が使えへんねん」
「それならナツツさん、まずはナツツさんの家にある適正を見る水晶で適性を見ましょう」
すぐさまナツツさんは宿屋をあとにしながら、
「今、持ってくる! すり足で!」
と言ったので、ギリギリもう聞こえるかどうか分からないけども、大きな声で、
「できればダッシュでお願いします!」
とツッコんだ。
するとシュッカさんがこう言った。
「ええやん、ええツッコミするようになったやん。馴染んできたみたいやな、この世界に」
「そうですね。だいぶ喋れるようになってきました」
「タケルやったっけ? タケルは元の世界に本当に戻りたいんか?」
そりゃそうです、と言おうと思ったのに、僕は何故か言葉が出なかった。
腕のカウンターを見る。カウンターは既に半分を越えていた。
もう折り返し地点は越えていた。じゃあ思ったよりも早く戻れるかもしれない。
でも、でも、僕は、と思ったところで、シュッカさんが笑いながら、でも申し訳無さそうに、
「いや! イジワルな質問だったかもしれん! スマンな! まあいろいろ考えてみるといいで!」
そんなところでナツツさんが戻ってきて、ナツツさんが本気で移動すると本当に速いなと思った。
ヘッドフォンみたいなモノが繋がった水晶を持ってきて、ナツツさんはこう言った。
「この部分を頭に装着して5分待てばこの水晶に自分の得意な魔法が分かるようになります!」
と言ったところでシュッカさんがめちゃくちゃデカい声で、
「いやそんなんあるなら全員に開放せぇやぁぁぁああああああああああ!」
とツッコんだ。
いや確かに、でも学校が始まったら、そうしようと思っていたけども、確かにそうだ。
もっと早くていい。今は教科書が先で、とか考えていたら遅くなってしまった。
シュッカさんはすぐさま装着し、水晶にはキラキラと輝く緑色の光が移った。
それを見たナツツさんは「わっ!」と驚いた。
何なんだろうと思っていると、ナツツさんが興奮気味にこう言った。
「これ! 回復魔法です! 数少ない回復魔法ですよ!」
「えっ? 貴重なんっ? というかやったわぁ! 嬉しいわぁ!」
シュッカさんはブイサインをした、と思ったらすぐさま考え込むポーズをしたので、
「シュッカさん、どうかしたんですか?」
「いやアタシがマッサージしたあと、みんなやけに気持ちが良いとか、むしろ治ったとか言っとったけども、もしかするとアタシ、無意識に使ってたかもしれんわ」
その時、僕はとある言葉が浮かんだので、言ってみることにした。
「魔法って念じると強く使えるような気がするので、シュッカさんは一生懸命治したい治したいと思ってマッサージしていたんですね」
「そりゃそうや、どうせなら役立ってほしいやん、アタシのマッサージが」
「そして今、自分の魔法を知って、自分の特性を意識したのならば、きっともっと強く魔法が使えると思いますよ」
「確かに、自分の特性を意識したほうが、より強く何かやれるかもしれんわ。よっしゃ、誰か、誰か、ケガしとるヤツはおらんかっ?」
そう言いながら周りをキョロキョロし始めたシュッカさんに、ナツツさんが、
「ちょうど今、風魔法で移動する時に、急ぎ過ぎて少し足首を痛めたので、お願いします!」
ナツツさん、そんな急がなくてもいいのにと思いつつも、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
シュッカさんは深呼吸をしてから、気合いを入れた。僕は言う。
「多分マッサージの時も手を使っていたと思うので、シュッカさんは手で直接患部を触る時が一番力が出ると思います」
「そうやな! 何か魔法の杖無いか探してもうたわ!」
それに対してナツツさんが、
「魔法の杖は魔力が少ない人や楽に魔法を使いたい人が魔力を増幅させるために使うモノなので、手で直接いけるのならば、それが一番いいと思います!」
「じゃあいくで!」
シュッカさんがナツツさんの足首を優しく撫でたその時だった。
「すごい! 治りました! 痛くない! もう何も怖くない!」
僕はすかさず、
「いや怖さは大切な感情なのでちゃんと持って行動したほうがいいですよ!」
とツッコみ、またシュッカさんは、
「やったで! 魔法使えたぁ!」
と叫んだ。というか
「厳密には使えていたんですね」
「いやちゃう! 意識的に使った感覚があるで! これならホンマに魔法を教える先生になれそうや!」
「それではシュッカさん、学校の先生をよろしくお願いします」
「ええで! 魔法も礼儀も文字も何だって教えたるで!」
これで先生問題もクリアした。
その直後に、ユラシさんへ会いに行くと、教科書も完成し、その教科書をまたシュッカさんのところへ持っていった。
そこから僕とナツツさんとシュッカさんで打ち合わせ。
さらに学校を始めるという知らせをクラッチさんに伝え、クラッチさんが大勢の方々にそのことを伝えて下さった。さぁ! ついに学校が始まる!