【14 ナッツさん】
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・【14 ナッツさん】
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僕はまだ薄暗い朝四時半から歩いて公園へ行った。
するとナツツさんはもうベンチに座って待っていた。
僕を見るなりナツツさんは指を差しながら、
「遅い!」
と言って笑った。いや
「全然早いよ、僕もナツツさんも」
早速僕もベンチに座った。
ナツツさんは今か今かといった感じに、
「じゃ! 早くこの世界の話を教えて!」
「まずナツツさんの家にはテレビはあるの?」
「すごいいっぱい見た! ずっと見てたよ! あれ面白いね!」
「魔法使いを管理する組織の人からテレビは見たほうがいいとか言われたの?」
「それは言われた! とにかくこの世界を知るにはテレビだってさ!」
まあ確かに教材としてはネットほどには尖っていない、テレビが最適だろうなぁ。
ある程度向こう側から情報を選んでくれているし。
「魔法使いを管理する組織の人からこうするべきみたいな話を教えてもらった?」
「うん! 基本的に普通の人間より早く動くモノに当たるなって言われた! 私は当たっても大丈夫なんだけども普通の人は当たるとアウトらしいから!」
酷くザックリとした”しちゃダメなこと”だけども、何か納得できる。
この世界の法則に触れてしまうところは事前にいけないという話が渡っているみたいだ。
「じゃあ横断歩道とか、信号機とか教えてもらった?」
「それも教えてもらったよ! でも石じゃないモノが光って面白いね!」
「僕としたら石から火が出るほうが変だったよ」
「言ってくれれば良かったのに!」
まあ言っても何にもならないだろうから言わなかったけども、こういう常識の違いというモノはいっぱいあるだろうな。
でもいざ常識を教えないといけないってなった時、何を言えばいいか分からないなぁ。
なんせ常識というモノはもう体に染みついたモノなので、何を言えばいいのかが分からない。
う~んと唸って考えていると、
「早く! 早く! いろいろ教えてよ! 呼吸の仕方とか!」
「呼吸はもうしているはずだよ」
何だろう、やっぱり法律とかマナー・モラルになるのかな。
「まず人を無闇に攻撃してはいけない、とか」
「それは私の世界でもそうだったじゃない! 基本中の基本チュウ! チュウチュウ!」
「チュウはいらないよ、そんなネズミの真似をされても困るよ」
「もっとこの世界ならではの話をしてよ!」
ならでは、の話。
ならば、
「お金という概念は向こうの世界にもあったけども、お金の使い方は知っている?」
「それも教えてもらったよ! 結構金額がいっぱいあって覚えるの大変だったよ!」
じゃあ結構教えてもらっているんだなぁ。
ナツツさんは物覚えがいいほうなので、もう教えることとかないのかな?
えっと
「お店にあるモノは絶対お金を出して買わないといけないことは分かる?」
「うん、分かるよ。でも物々交換もいいんでしょ?」
「それはダメだよっ、物々交換がありの買い物屋さんは無いと思って大丈夫だよ」
「いやでも宝石とかならいいでしょー?」
そう言ってニッコリしたナツツさん。
いや
「宝石も一旦お金に換えないとダメだよ」
「えー、それは面倒だよ! こっちは宝石だよ! 水が出る石だよ!」
「あと多分違う世界間の道具の持ち込みもダメだと思うよ」
「それはダメだって言われた、服以外」
まあ服はいいだろうなぁ、いちいち着替えるのは変だから。
あとはそうだなぁ、
「あんまり他の世界から来たことは言わないほうがいいかもしれない」
「それは教えてもらった! 魔法使いを管理する組織共々言っちゃいけないって!」
「あと何だろう、マナーとしてはあんまりモノや人にベタベタ触っちゃいけないというのはあるかもしれない」
「えっ? じゃあタケルの手を握ったりしちゃダメなのっ!」
と言いながら僕の手を握ってきたナツツさん。
いや
「親しい仲なら大丈夫だけども、急に人の肩を叩いたり、売っているモノをただただ触るとかはダメかな?」
「なるほど、そうだったのかぁ……あっ、タケルには触っていいのね!」
「いやまあ一応大丈夫だけども」
手を離したナツツさんは拳を握りながら、
「珍しいモノはつい触っちゃうけども、それは止めたほうがいいみたいだね!」
「そうだね、あんまり触っていると変に思われるかもしれない」
「決して触りすぎて龍に変化するからとかじゃないよね?」
「全然そんな変化とかはないよ、というか龍って突拍子が無さすぎるよ」
それにうんうん頷きながらナツツさんは、
「じゃあ水は? 触りすぎて水に変化する、は?」
「液体もある意味龍より突拍子が無いよ、まあ氷は触りすぎて水になることがあるけども」
「熱くなったりとかはしないかな」
「熱くなったりは意外とするよ、熱がこもるが理由だけども」
「いろいろあるなぁ」
と言って天を眺めたナツツさん。
でもそうだ、
「こうやってマナーやモラルの話を説明していく漫才っていいかもしれないね、ナツツさんも覚えることができるし」
「それすごくいいね! じゃあどんどんそのマナーやモラルという話をしてよ!」
そこから僕はいろんなそういう話をしていった。
ナツツさんんは頷きながら、そして時にメモをしながら僕の話を聞き、またナツツさんは要所要所でボケていった。
時間はいつの間にか登校する時間になり、僕は自分で作ってきていたおにぎりを食べてから、一緒に学校へ登校した。
教室に入るなりナツツさんは叫んだ。
「みんな覚えたっ? ナツツだよ!」
僕はすぐさま
「スタートが荒すぎるよ!」
とツッコむと、クラスメイトたちがウケて良かった。
クラスメイトたちは口々に「仲良いね」と言い、それに対してナツツさんは「勿論だよ!」というツッコミのような返答をした。
そんなやり取りにクラスメイトの一人が、
「何だか漫才みたいだね」
と言うとすぐさまナツツさんはこう言った。
「そうそう! 私とタケルで漫才コンビをすることにしたんだ!」
その言葉に沸くクラスメイトたちはこんなことを言い出した。
「今すぐ漫才してみて!」
「見たい見たい!」
「どんな漫才か楽しみ!」
いや漫才はまだ全然できていないけども、と言おうと思ったらナツツさんが、
「じゃあ早速やってみようか!」
と目を輝かせながら、こっちを見てきた。
いや
「まだネタもできていないじゃない」
「でも朝のやり取りは私結構覚えてるよ!」
「いやまあツッコミはボケの台詞に合わせて言うだけだから、ナツツさんができるのならば、だけども」
「できる!」
そう言って拳を強く天に掲げたナツツさん。
ナツツさんはもうやる気満々だ。
いやそれ以上にクラスメイトたちが見る気満々だ。
正直後には引けないような状況。
あとは僕が大丈夫か、だ……なんて悠長なことは言ってられないような状況。
僕は人に注目された状態で喋れるかどうか不安だったけども、ナツツさんが今朝僕が教えたように喋り出した。
「はいどうも! よろしくお願いします! ナツツです! 前世はタケルです!」
「いや時系列どうなっているんだ、タケルは相方の僕です。よろしくお願いします」
もうナツツさんが喋り出してしまったから止まらない。
ナツツさんは楽しそうに続ける。
「私、マナーやモラルが無いほうでやらせてもらっているから、いろいろ教えてほしいんだっ」
「無いほうなんて無いけども、まあ僕が教えられることならば」
一応僕も言葉がスラスラ出てくる。
でもよくよく考えたら当たり前だ。
僕はナツツさんの世界で、大人と対等に会話してきたんだから。
「じゃあまず交通マナーというヤツを教えてほしいなぁ、あの、自動車がぷるぷる動くところ」
「何かゼリーの擬音みたいだけども、自動車がビュンビュン走るところね。まず信号機、赤は止まるで青は進む」
「そして虹色は浮く、ね」
「虹色なんてないし、浮く動作は人間に不可能だよ!」
ナツツさんはイキイキと喋っている。
本当にボケることが楽しいみたいだ。いやまあ知っているけども。
ナツツさんは何かを思い出そうとするポーズをしながら、
「でも他にもう一色あったような? 何色だっけ? ジュース?」
「ジュースは素材によってそれぞれの色でしょ! 黄色だよっ」
「あぁ、オナラのジュースねっ」
「ジュースは関係無い上にオナラをジュースにする技術は無いよ! 黄色は注意しろ、だね」
「えっ? 命令形なのっ? 断る!」
「断らないで! とにかく注意しないといけないってことだから!」
クラスメイトたちは結構笑ってくれている。
そのおかげで僕も必要以上に緊張しないで済んでいる。
でもそれもナツツさんの明るさがあってのことだと思う。
ナツツさんが喋るだけで空気が整うというか、天性の陽気さがあると思う。
「じゃあ赤色止まる、青色進む、黄色は注意して下さい、本当によろしくお願いします、あっ、これ粗品です……だね!」
「いや粗品までいくともう違う! へりくだり想像はしていいけども粗品はもらえない!」
「止まってる時に使って下さい。タバコです」
「粗品がタバコの時なんてないよ! というかタバコは二十歳にならないとダメだから!」
ここでナツツさんがうまいことテーマを変えてくれた。
やっぱりナツツさんは頭の回転が早いと思う。
「タバコって二十歳にならないとダメだなんて知らなかった。じゃあ私が飼っていたタバコは逃がすね」
「そんなペットみたいに言われても! というかペットも動物だったら逃がしちゃダメだからね!」
「いやでも私よりも良い人に飼われてね、って、山に吸っていたタバコを逃がすよ」
「いろんなダメなヤツがごっちゃになっているよ! 吸っていたタバコは本当にダメ! 火を消してゴミ箱に捨てて!」
ナツツさんは小首を傾げている演技をしながら、
「結局どこからどこまでがダメだったの?」
「全部だよ! 粗品がタバコもアウトだよ!」
「それだけは認めない!」
「マナーに認めるとかないんだよ! 全部了承するもんなんだよ! マナーって!」
「じゃあアンチ・マナーになります」
「それは絶対ダメ! もういいよ!」
「「どうもありがとうございました!」」
最後は2人でちゃんとユニゾンして挨拶することができた。
クラスメイトたちにも大ウケで大成功のまま終わった。
そこから僕たちは漫才キャラになって、いつでもボケツッコミをするようになっていった。
そんなある日、事件が起きた。
それは僕たちのクラスではないんだけども、他のクラスで漫才を模倣したイジメが起きたのだ。
学校の先生がこう注意喚起した。
「今、無理やり生徒同士に漫才をさせて笑い物にするイジメが起きています。うちのクラスはまだ流行っていませんが、他のクラスではそういったイジメがあると聞きます。皆さん、当事者にならないようにして下さい」
放課後、僕とナツツさんは校庭の隅で話した。
「こういう時こそ魔法の使いどころだと思う! 私が懲らしめてやるんだから!」
「ちょっとナツツさん、暴力で解決は良くないと思うよ」
「でも体で分からせるのも方法の1つだと思う!」
「それだとずっとナツツさんが誰かを傷つけ続けるようなことになると思うよ」
「じゃあどうすればいいんだ!」
頭を抱えてしまったナツツさん。
ここはまず
「正攻法でやってみることがいいと思います」
「……正攻法って? タケル! また何か良い案が浮かんだのっ?」
そう言いながら抱きついてきたナツツさんにドギマギしてしまった僕。
僕は一旦ナツツさんから離れてから、こう言った。
「そんなイジメよりも絶対に僕たちのほうが面白い、と言い張るんだ。結局イジメはイジメている側からしたら暇つぶしなんだ。だから僕らがそれ以上に暇つぶしになればいい」
「なるほど……でも具体的にどうするの?」
「今まで僕たちはクラスの中だけで漫才をしていたけども、定期的に全校生徒の前で漫才をして、面白がってもらえばいいんじゃないかなと思っている」
分かっている。
これは僕に負担が掛かることだって。
きっとナツツさんは度胸も据わっているし、全校生徒の前で漫才することになっても、いつも通りボケることができるだろう。
でも僕はどうだろうか。
果たして今まで通り上手くいくだろうか?
でもやらなければ。
僕はお笑い芸人になって司会者をやりたいんだ。
こんなところで躓いてられない。
というかこれをチャンスに変える。
「ナツツさん、先生方に直談判へ行きましょう」
「さすが! タケル! それでいこう!」
僕たちは、善は急げといった感じに職員室へ行った。
まだ残っている先生もいるはずだから。
「なるほど、自分たちの面白さでイジメをかき消すか。それができれば理想だろうな」
職員室にいた、とある先生は顎に手を当てながら、そう言った。
ナツツさんは力強い瞳で、
「お願いします! 私とタケルが漫才をするステージを用意して下さい!」
先生はう~んと唸ってから、
「でもそうすることにより、君たちがイジメのターゲットになるかもしれないよ」
それに対してはすぐさまナツツさんがこう言った。
「大丈夫です! 私は強いし、私はタケルの用心棒でもあるので!」
いや急にそんなこと言っても分かりづらいでしょ、と思いつつ、僕は、
「ナツツさんは確かに体も強いですし、僕も護身術程度には習っていましたから、イジメには負けません……って、暴力で、じゃなくて心も負けないつもりです。というか全部笑いに変えます」
そう、僕も向こうの世界でクラッチさんから護身術は習わせてもらっていた。
勿論そんな闘う前提じゃなくて、ちゃんと笑いに変えてやる自信はある。
というかこんな学校程度で潰れていちゃお笑い芸人になんてなれないだろう。
修行の場だと思って。
僕はもう心に決めていた。
僕とナツツさんをじっと見る先生は深呼吸をしてから、こう言った。
「よしっ、じゃあ一応校長先生に伝えておくから。もし校長先生がOKを出さなければ、今度は俺と一緒に校長先生に直談判しよう」
ナツツさんは嬉しそうに飛び跳ねた。
僕はあえて喜びを前面に出さず、静かに頷いた。
なんせこれは遊びじゃない、勝負だから。
その日はもう下校して、次の日の昼休みの時間。
僕とナツツさんは職員室に呼び出された。
するとあの先生と校長先生がいて、校長先生が、
「今度の金曜日の全校集会の時、タケルさんと夏さんで漫才をすることを認めます。というより、よろしくお願いします」
許可も得て、ニコニコしながら僕の手を握ってきたナツツさん。
僕はナツツさんにこう言った。
「やるからには全力で、イジメよりも僕たちのほうが面白いということを分かってもらおう」
「勿論! 絶対頑張るんだから!」
それから全校集会の金曜日までの3日間、昼休みと放課後は勿論、中休みも漫才の練習をした。
クラスメイトたちが話しかけてくることもあったけども、それも漫才の練習になるので率先してボケツッコミをした。
そして当日の全校集会の舞台袖で、僕は少し震えていた。
やっぱりいつもとは違う緊張感。
これが成功しなければきっと次も無いだろう。
その一発勝負感がなおさら自分を緊張させていた。
するとナツツさんが僕の背中を優しく叩きながら、
「大丈夫! タケルはいつも最高だから! いつも通りよろしくね!」
と言って笑った。
そうだ、このナツツさんの笑顔があれば僕はいくらでも頑張れるんだ。
ナツツさんがいてくれるだけで気分は百人力だ。
よしっ、
「ありがとう、ナツツさん。漫才頑張りましょう!」
「その意気! 一緒に最高の漫才をしよう!」
司会をしていた放送委員から僕たちのコンビ名”魔法”が呼び込まれた。
僕とナツツさんは走って舞台上にあるセンターマイクへ向かって走っていった。
「「はいどうも! よろしくお願いします! 魔法です!」」
「いつも元気で肩が外れているナツツです!」
「肩が外れていたら元気じゃないよっ、僕はタケルです。よろしくお願いします」
掴みはそこそこのウケ。
悪くないスタートだ。
「私ってマナーに詳しくないからタケルに教えてもらいたいんだよね、手話で」
「僕は手話に詳しくないから、そこは普通に口頭で教えるね」
「データで脳内に送ってくれてもいいよっ」
「ナツツさんはコンピュータじゃないから、普通に言葉でいきましょう」
さてここから漫才の本題だ。
ちゃんとウケるかどうかドキドキしてきたけども、それはもう止めよう。
今は考えてきたこと、練習してきたことを間違わずにやるだけの時間だ。
「横断歩道というシステムがイマイチまだ理解できないんだ、あんなにアスファルトを白く塗って大丈夫なのっ?」
「言うほど塗っていないから大丈夫だよ、横断歩道はまず信号に準ずること」
「信号ってあの、赤進む・青注意・黄止まるのヤツ?」
「全部違う! 赤止まる・青進む・黄注意ですね。あと横断歩道には黄ないです」
ナツツさんは相変わらず緊張ゼロの自然体。
やっぱりナツツさんはすごいと思う。
まああんな魔法のある世界でモンスターと闘っていたんだからこれくらい訳ないか。
さて、僕は。
まだ心臓の高鳴りが止まらない。
いやいっそのこと止まらなくていい。この緊張感を楽しまなければ。
ナツツさんは大げさに驚きながら、
「横断歩道には黄無いのっ? そういう仲間外れって楽しいよね!」
「いやその考え方一番ダメだ! 仲間外れよりみんな友達のほうが楽しいじゃないですか!」
「じゃあみんなで一緒にビールかけでもしちゃおう!」
「ビールは二十歳になってからだし、ビールかけという文化も元々微妙だ! もったいない!」
ナツツさんは小首を傾げる演技をしながら、
「ビールって本当に二十歳からなのかなぁ?」
「いや疑わないでよ! 疑う余地は無いですから!」
ここからマナー・モラル・法律違反の畳みかけに入る。
「信号機の黄って実はビールで、黄はビールを飲んで休むとかじゃないよねっ?」
「絶対違います! 二十歳以下の人も、運転している全年齢も絶対アウトだよ!」
「じゃあビールは諦めます。でもタバコは良いよねっ! 煙が出て面白いから!」
「煙が出て危ないという考え方を子供は持って下さい!」
「というか信号機どうこうよりも、渡りたい時に、手持ち花火を道路に放てば渡れるんじゃないのかな?」
「やり口が荒い! 花火は特定の場所でしかしちゃダメだし!」
もしかしたら物々しい漫才なのかもしれないけども、ナツツさんの明るさが雰囲気を柔らかくしている。それはナツツさんの才能だ。
じゃあ僕は、と思えば、まだ何も無いから、今は必死に食らいつくだけだ。
ナツツさんは快活な声で、
「というか信号機の色って花火の色では! 信号機を打ち上げ花火にしちゃおう!」
「信号機は設置のままにして! 信号機無いと大渋滞が起きますから!」
「でも大渋滞になれば逆に道を渡り放題かも、よしっ、大渋滞、起こします!」
「ダメだよ! 方法は問わず大渋滞を起こした時点で全てダメだよ!」
ナツツさんは可愛く舌を出してから、
「マナーって難しいね! もう脳内も大渋滞だよ!」
「そりゃナツツさんが勝手に難しくしているんですよ! 横断歩道は信号機を見て、最後は手を挙げて渡るんです!」
「手をあげるって、暴力ということ?」
「いやその手をあげるじゃないです! 普通にこうやって手を挙げるんです!」
そう言って僕は横断歩道を渡るように手を挙げる。
その僕の腕をナツツさんは掴み、
「捕まえました! コイツがイノシシ逃がしまくり事件の犯人です!」
「いや勝手に犯人に仕立て上げないで下さい! そういうのもモラル違反ですよ!」
そう言って手を下げる僕。
「タケル、逆に何していいの?」
「マナーとモラルと法律を違反しないこと全部OKです!」
「じゃあここでダンスすることは?」
「いいけども漫才のルールからは外れますね」
と言った瞬間からすぐさまダンスをし始めたナツツさん。
ナツツさんは運動神経抜群なのでアクロバットな、ヒップホップダンスを披露。
ただ漫才してもウケない可能性があるので、こういった動きがメインの保険も入れておいた。
案の定、今まで笑いに対しては少し鈍かった層が大きな反応を見せた。
その大きな反応を測れるのが僕の魔法だ。
僕はずっと全校生徒のハートマークを見ていた。
本当はもうちょっとローテンポと抑えたツッコミで漫才をする予定だったんだけども、周りのウケを見て、ちょっとテンポを上げて、かつ、ツッコミの声を大きくしていた。
そしてここのナツツさんのダンスで一気に鈍かった層も掴めた。
ここでプランはそのままのAからBに移行するツッコミに変えた。
「いや漫才のルールから躊躇無く外れた!」
プランAは僕が手で制止のポーズを出して、すぐさま止めるんだけども、ここからはプランB。
ナツツさんの動きで笑わせることをメインにした漫才だ。
ナツツさんは頭を床につけて、頭を軸に回転、いわゆるヘッドスピンをした。
それに対して僕はツッコむ。
「いやもう、ちょっとダンスするノリのルール越えてる! やりすぎのダンス!」
ナツツさんはここでバック宙をして、
「もう漫才じゃない! これが漫才じゃないというヤツだ! ダンスだよ! ただのダンスだよ!」
ナツツさんは膝に手を当ててゼェゼェ言う演技。
「やっぱり疲れた! めちゃくちゃ疲れてる! 無理しないで下さい!」
さらにナツツさんはしゃがんで、タバコを吸っているようなマイム。
「いやだからタバコはダメですから! そういう休み方は三十歳越えてからにして下さい!」
ナツツさんはそこからノーモーションで、床に一瞬手をついて跳ね起きをした。
「急に無理しないで下さい! その休み方からすることじゃない!」
ナツツさんは完全に立ち上がってからカカトを軸にクルクルと回転しまくり。
「いやここにきてシンプルなクルクル! バック宙とかの後では見劣りするよ!」
ナツツさんが回転を止めてから、
「こういうシンプルなクルクルはシンプルに目が回るから最後じゃないとダメなんだよ!」
と言いながら、あからさまに目が回っているような演技。
ふらふら舞台上を大きく使って動く姿に、会場は大ウケ。
逆に学校の先生方が心配のハートマークになってるけども、実際ナツツさんは大丈夫なので、そこは気にしなくていい。
僕は言う。
「もうナツツさん! 舞台袖に戻りましょう!」
僕がナツツさんに近寄って、そう言う。
もうセンターマイクという概念は無視だ。
ナツツさんは僕のほうを見ながら、一言。
「そうだね、このままだと漫才が落ちちゃう前に私が舞台上から落ちちゃう」
と言いながらステージ上から落ちて、ここで一番のウケ。
勿論、危なくない落ち方なので先生方もホッとしている。
僕はステージの上からナツツさんへ向かってこう言う。
「いや先に落ちちゃったから、もう終わりだよ!」
「そりゃそうだ!」
「「ありがとうございました!」」
と全校生徒の前で、その場で一礼してからナツツさんはヒョイとジャンプで、ステージ上にあがり、会場はちょっとした「おぉっ」という歓声。
僕とナツツさんは舞台袖に下がり、すぐにナツツさんはこう言った。
「これ上手くいったんじゃないのっ!」
「ナツツさん、ハートマークを確認していましたが、漫才自体は成功しました」
「やったぁ! タケルのおかげだね!」
「いえ、ナツツさんが明るくてアクロバットも最高だったおかげです」
それぞれ称え合い、僕たちの全校集会は終了した。
それからちょっとしたら、僕たちの小学校はそういう笑い物にするイジメが無くなった、と、先生から教えてもらった。
その分というかなんというか、僕とナツツさんは全校生徒からボケやツッコミを振られるようになった。
でもそのやり取り自体、僕もナツツさんも楽しんでいるし、こうやって人気者になれて、すごく嬉しい。
全てナツツさんのおかげだ。
今日もナツツさんと放課後一緒にいる。
そんな時、ナツツさんがこう言った。
「今度は私の世界にも漫才という形を伝えたいなぁ」
「じゃあ一緒に行きましょう、シュッカさんにも会いたいですし」
「シュッカさんはいいとしてっ、まあとにかく! また私の世界にも一緒に来てね! というか行こう!」
僕とナツツさんはしっかりと手を繋いだ。
この手は離したくない。
いや絶対離さない。
僕はナツツさんとずっと一緒にいたいから。
(了)