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惑いの域  作者: 風雨
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クラスメイト

 体育館の天井の崩落はあの場にいた一学年は当然として、二、三学年と教職員にも迅速に通達された形跡が見受けられる。その理由は単純で、学生は嬉々として体育館に向かい、それを教職員が必死になって叱責し抑え込む光景が目に入る。

逸海からすれば何を喜んであの場に向かうのか理解に苦しむ。彼の冷たい視線が物語る。

だが逸海も体育館の方へと視線を移した。人込みが目の前を横切り視線が誘導されてしまうことも一因ではあるが、目的は体育館方面のグラウンドにある。

 逸海の視線の先。そこには巨大人骨が倒れた際の痕が地面にくっきりと残っている。

体育館の天井を破壊した拳、こちらを覗く虚空の瞳。猛威を振るった怪異が虚構のように。

なぜあの時現れたのか。何をしたかったのか。

消えてしまった今では全てが夢の話。泡沫の思い出の様に現実味がない。

今、感じている恐怖もあと数分もすれば記憶に靄がかかり薄れていくのだろう。


(巨大人骨とヨウ。不可思議な存在が同時に現れたのは偶然なのか?)


グラウンドに向けた視線は隣に浮遊するヨウに向けられる。

 約束を交わした逸海はヨウと共に行動すると考えていた。だがそれを伝えるとヨウはキョトンと首を傾げていた。まるで逸海が間違えていると言わんばかりの表情は不愉快を煽る。


「だって、私は私と会話できる人を探す。逸海は幽霊について詳しい人を探す。目的は似て非なるものでしょ。それなら二手に分かれて行動する方が効率いいよ」


効率を考えればヨウの意見に納得せざるを得ない。

だが実行する立場として考えると逸海は億劫になる。

 例えば、入学して数日であり会話をしたことのない人間に、


「幽霊について何か知っていたら教えて?」


と、聞かれれば相手がどんな反応、対応を取るのかは自明の理。

対してヨウは教室に行き自由に宙を浮遊する。それに反応する人間を見つけるだけの簡単なお仕事。逸海とヨウでは実行するにあたっての代償が大きく違う。


(でも、ヨウと一緒にいたところで俺の負担は変わらないか)


そう、例えヨウと行動を共にしても逸海が誰かに聞かなければならないのは確定事項。

それなら効率的に行動するヨウの意見に賛同することにした。

さらに一点、逸海には欠陥が存在する。それは友人がいないことにある。

 入学して数日。逸海が友人を作れないことには『面倒』という理由が関わっている。中学校でも友人はいたがそれは小学生からの仲。小中で一貫のため新しく仲良くなった人はいない。

幼い頃など目を合わせれば会話が始まる。しかし年を経た今、視線が交われば不意に逸らす。

余計な手間を増やさないライフハックだが社会に生きる人間としては退化である。

 殻に閉じ籠る逸海の考えに賛同するように、同調するように、溶け込むように。

ヨウは逸海に接してきた。初対面の逸海の全てを知っているかのような態度と言動で。

逸海に気を遣うことなく近寄ってくる。これが逸海にとってありがたい。


(まぁ今朝話しかけてきた彼も似たような存在ではあるか)


名前を憶えていない彼も逸海の求めるモノを持っていた。重たい沈黙を破る言葉、逸海と似た不謹慎な感情、危険を察知し最適な逃げ道を見つけ出した冷静さと効率さ。

彼に足りなかったのは初対面の配慮だけ。

逸海はうろ覚えの彼の顔を思い出して小さく笑った。


「それじゃ、私は他の教室に行くから。また会う機会があれば、」


ヨウはバイバイと手を振るとスッと壁をすり抜けて消えていく。


「どこかで落ち合うとかはしないのか?」


ちょうどお尻だけが残るタイミングで逸海はヨウに話しかけたがタイミングが悪い。なんだか放屁と会話している気分になる。


「明日の十二時ちょうどに下駄箱でどう? お互いに時間があるから問題ないでしょ?」

「学校にいる限りどこかですれ違いそうな気もするが、経過報告は明日の昼ってことで」


改めてヨウが手を振ると今度は逸海もヨウに振り返した。


「十二時って授業中じゃないか。まぁ多少の遅刻は赦してくれるよな」


逸海は騒がしい廊下を足早に抜けて自分の教室へと帰っていく。


 教室は先の騒動によって鎮まることを知らず廊下の外まで騒音が響く。それは教室の扉に手をかけた逸海が開けることに躊躇いを覚えてしまうほどに煩わしい。

その一端、廊下に届くは彼の声。逸海が崩落に巻き込まれ探しに行こうと救援を求める声。面倒事など御免被りたいと嫌な顔をする逸海は扉から離れてトイレに向かおうと踵を返す。


「ちょっと兄弟を探してくる」


勢いよく教室の扉が開かれ彼と逸海は対面する。逸海はこの先の顛末に怪訝そうな顔を、彼は剣幕と困惑が交じる表情。互いに頭が真っ白になり口と瞼を開いては閉じてを幾重に繰り返す。

 まず動いたのは彼の口。逸海の発見を知らせるかのように口を開いた。

その瞬間、逸海は反射的に彼の口を手で塞いだ。ビタンッ。と、音が響き渡ったがそれはそれ。逸海は今まで以上に目を丸くする彼をトイレまで引きずりながら移動した。

 トイレまで移動した彼が開口一番に逸海に発したのは帰還による歓喜の言葉。

彼は逸海が落ちた後、逸海の安否を確認するために外階段を降りて部室棟に向かったものの崩落による土煙が立ち込め中の様子を確認できない。突入しようと試みたその時、爆発が起こり彼もまた吹き飛ばされたが植木のクッションに守られた。

それから一人で逸海を探すことを断念し教室へ戻った際に二回目の爆発が発生。難を逃れ教室に戻ってからは先の展開に繋がる。


(……たしかに服が異様に汚れているな)


彼がどんな目に遭遇したのかは服に残る焦げた痕、植木の草、土の汚れがそれを物語る。

それらを経験し逸海と再開したため言葉が立て板に水の如く流れ出てくる。


「よく生きていた兄弟。爆発が二回も起きたから亡骸だと思った俺を許せよ」


相変わらず彼は笑えないことを口にするがそれでも本気で心配していたことは伝わる。

それに亡骸と思っていたのなら、あの時必死になって呼びかけはしない。


「心配してくれてありがとう。でだ、」


逸海は気まずそうに彼から視線を外した。それから何度が口籠り、頬を掻き覚悟が決まるまで足踏みをする。その間、彼は何することもなく逸海の言葉を待っていた。


「お前の名前って何?」


十秒の沈黙の後。逸海は意を決し彼に問う。

ここまで心配してくれた人を、これからも会話する人を他人行儀で接したくない。

されどここまで親しく話しかけてくる彼の名前を改めて聞くことに躊躇いがあった。

そのための十秒。覚悟を決め、羞恥心を飲み込むための時間。


「俺か? 神楽沙紀(かぐらさき)花蓮(かれん)。女っぽい名前だから一度聞けば忘れない。教えていなかったな」

「花蓮か。まぁ逸海も男らしくはない名前だからな」


花蓮は「たしかに」とケラケラ笑った。


「にしても兄弟が死んだら不気味なことになっていたぜ」


やはり彼は不謹慎の権化なのだろう。今日日死は日常に潜んでいるがそれを平然と口に出すことが憚られる中、彼の話題は常に死にまつわる何かというイメージがある。

だが拒絶反応を起こすほどに嫌いになれない逸海であった。


「どうして不気味なことになるんだ? まぁ人が死ねば不気味なのは確かだけど、」

「今朝の話、電車に轢かれて死んだ奴がいたろ、あいつ兄弟の隣の席だぞ?」


花蓮の言葉を聞いた逸海はフリーズした。

今朝の集会の内容はきちんと把握している。むしろこの学校の生者の中では一番詳しい自負がある。被害者の名前はヨウ。電車に轢かれたがまだ生きている半人半霊。

ヨウは逸海の事を知っていたきらいがある。逸海もその点に気づきクラスメイトであることまでは推論を立てることができた。だが隣の席に座っていることまで彼女は告げなかった。


「…………隣の席?」

「絶対の証拠はねぇ。名を明かさないからな、端から今日の欠席者を探した。片手の数の一人が逸海の隣の席に座っている。なぁ面白いだろ?」


彼の面白いとは『笑える』ではなく『興味深い』の意味である。


「未だ顔と名前が一致しない以上確証はねぇ。だが勘が叫ぶのさ、死んだ奴は兄弟の隣ってな」

「……話だと、まだ死んでいないけどな」


自信満々に語る花蓮の言葉に逸海は愛想笑いを浮かべるだけ。

なにせ数分前まで逸海の隣にはヨウがいた。彼の適当な推論は的外れではない。


「あぁ別に兄弟達に死んでほしいわけじゃない。不謹慎だが好奇心が疼く感覚だな」

「あぁ不謹慎の自覚はあるのね」


花蓮は不謹慎の自覚があるようで安心した。そしてその感情を逸海は否定しない。

逸海とて怖いもの見たさで深淵の先を知りたくなる冒険心を備えている。


 キーン コーン カーン コーン


一時限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響く。


「それじゃ教室に戻ろうぜ兄弟」


チャイムが鳴り終わると花蓮は親指で出入口を指さすと教室に促した。学生であれば授業の終始を告げるチャイムに従順になる。それは不謹慎の塊でも、物臭の塊でも、学生であれば例外なくチャイムの下僕である。

ただトイレを出る前に、逸海は花蓮に質問をした。

それはヨウのとの約束であり逸海の休日を取り戻すための必須事項。


「あのさ、幽霊って存在すると思うか?」


まず口を衝いたのはそんな質問。いきなり本題に入る勇気がなく遠回しな質問になった。

だが逸海の予想に反して、花蓮の反応は意外にも興味を示していた。


「幽霊は存在するだろ。そうでなきゃ仏壇もお盆も意味を成さない」


逸海は思わず感嘆し動揺が口から零れた。

 幽霊を信じるかどうかなど小学生が嬉々として行うような会話。高校生にもなって信じていると口に出せば笑われるような事柄。大人になるにつれ現実を知り、幽霊の存在など『見たことないから存在しない』と実体験から判断する。

逸海も花蓮に質問する際には幼稚な質問をしている自覚があった。

だが真剣に返事をされると嬉しいものがある。これに似た経験をどこかで───。


「なら変なことを聞くんだけど、幽体離脱した場合ってどうやって体に戻ると思う?」


花蓮の先の考察は即答にしては精度が高く感じた。だから逸海は直球で質問した。彼なら適当な解答を返してくれることを期待して。そんな逸海の期待しに反して花蓮は苦い表情をした。


「わからん。お盆にキュウリやナスに箸を刺して精霊馬作る。あれに霊が乗ってくるなら、幽体離脱しても何かに付属することはできるとは思う」


花蓮は思いついたことを口にするが、その内容に逸海は小さく何度も頷いた。

彼の意見は適当に聞こえても適当な理由付けがなされている。

集会に向かう前の逸海も同じであった。雑な答えの中にもきちんとした理由がある。逸海にとっては面倒臭さもあるが会話が嫌いなわけではない。花蓮にもその面影を感じる。やはり同じ穴の狢である。しかし彼の場合、それに加えて当然の疑問を口にする。


「でだ、なんでそんなこと聞くんだ?」


花蓮の表情は純粋な好奇心のみ。突飛な質問に対する疑心も蔑みもない。

逸海は花蓮と視線を交わしながら頭の中で思考を始めるが、逸海が返答を思いつく前に花蓮は自ら解答に辿り着いたようで、逸海に向かって「待て」と手を前に出した。

それから小さく唸りながら逸海を舐めるように足元から顔までをじっくりと眺めた。


「……わかったぞ。さては兄弟、身体を置いてきたんだな」


花蓮の顔に曇りはない。むしろ誇るような気さえしてくる。


「いや、俺足があるんだけど」

「それはあくまで従来の概念だろ。足のない幽霊は丸山応挙が描きそれが後世───」


花蓮は嬉々として言葉を並べ始めた。逸海が突っ込む暇を与えず、されど聞き流そうにもどうしてか興味を惹く話術を用いてくる。

 花蓮の話を一言でまとめると、

あの爆発で生き残ることは不可能だから逸海は死んでいる。

という帰結に至る。


精霊馬:お盆につくるキュウリやナスのやつ。先祖の霊が往来するために作られるお供え物。

丸山応挙:足のない幽霊を最初に描いた人(と言われている)

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