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惑いの域  作者: 風雨
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エピローグ?

 その後、逸海はベッドに戻ると帰る準備を進めていた。と言っても、自分の持ち物はスマホと財布くらいのもので替えの服も暇をつぶす本も飲食物も持っていない。そのため準備が終わるのはものの数分。精々が服を着替えて患者衣を畳んでおくだけ。

治療費は、と心配したがいつの間にか膨れた財布を確認すればどうすればいいかは検討がつく。


「さて、帰るまでにいくつか聞いておきたいことがあるんだが」


病室を出るには身体が悲鳴を上げている。だが動かない事には帰れない。

逸海は痛みを堪えながら廊下に出ると手すりを頼りに一歩一歩慎重に足を踏み出していく。

だが無言のままでは余計に意識してしまうと考え、気になる話題をテンに振った。


「アイツとの関係から聞きたいかな」


このテンは逸海の知りえたテンではない。同一存在であり別個体でもある。


「親子と言えば分かりやすいかと。ただ肉親ではなく発生の都合です。八奼家を守る一族として私達は生まれます。子息を授かると女性として、主を守る存在として私達も生まれてきます」

「ほぅ、どうして八奼に固執する?」

「真人さんとの約束と聞いています。我々は八奼家との縁は結ばれているからこそ子供が生まれるたびに私達が生まれてくるわけですから」


きっと先祖が罠にかかったテンでも助けたのだろう。知らないところで主人を助ける話の冒頭はそうなっている。これを解き明かせばテンは八奼家と縁が切れ自由になることができる。


「それなら志玲奈にもテンが憑いているのか?」


今のテンの説明では子供が生まれる度にテンが発生することになる。つまり逸海だけでなく妹の志玲奈にもテンが憑いていることになる。


「いえ志玲奈様には誰もついていません。真人さん曰く跡継ぎとして逸海さんを守るようにしたかったとか。親族の関係からして自ら命を絶たない様にと考えられたのでは?」

「なら妹を過剰なほどに守った方がいい気がするが。有能な人間こそ守るべきだ」

「たしかに人間の世界では妹君は有能かもしれません。しかし私からすれば逸海さんだからこそ一緒にいたいのですよ」


臆することなく恥ずかしいセリフを言ってのけるテンに逸海の思考は停止する。

逸海の心には喜びが訪れると同時に慈母の愛に似た庇護欲が生まれる。

 今、目の前にいるテンは昨日までのテンとは異なる存在である。

だが同姓同名であり全く同じ容姿をしており記憶の整合性も取れている存在は別個体なのか。

パラドクスの一つであるテセウスの舟に似た事象。

船を改修する際に全てのパーツを入れ替えた場合、それは元の船と同じと呼べるのか。

今のテンは昨日までのテンと何一つ変わらない存在である。では昨日と同一存在なのか。

 このパラドクスにおける答えを逸海は持ち合わせていない。

だが心情としては異なる存在と思いたい。だって昨日の死があってこそ逸海がいるのだから。

 ふとした表紙に逸海はテンの頭を撫でては手櫛で髪を梳かしていく。

見た目通りの触り心地の良い毛並みは幸福と哀愁をもたらす。


「そうだ。先代のテンが俺の傍にいた間、テンはなにをしていたんだ?」

「普段は逸海さんのおそばに。ただ珠ノ美高校付近は陰の氣が強いので遠くから見ておりました。実は、火災を防ぐのにも一役買っていまして、方々へ消化活動を」

「なるほど、ズルをしたってのは仲間を呼んだのか。ありがとなテン」


火災の危険性は逸海の心を深く傷つける出来事である。

動ける人間が自分だけでありながら助けることが不可能な問題に直面したあの時。まるで全校生徒が昏倒した場面の再来とばかりに無力を痛感した。


(あぁあの時からテンを好きになっていたのか)


幼い子がヒーローに憧れるように、窮地を救ったテンは逸海にとっての英雄になった。


「本来ならリョウメンスクナを事前に処理していないことが原因だったのですがね」

「そんなに強い呪いなのか? たかがミイラ……とは言わないが、」


逸海が大怪我を負った原因は呪力の強い両面宿儺ではない。あくまでテンが肉体をもたらした末の剛力無双型両面宿儺である。

呪力型のリョウメンスクナも珠ノ美高校の九割九分を意識不明にした力を持っているが、剛力無双型であれば時間次第では全滅も可能。

単なる脅威としては剛力無双型の方が圧倒的な恐怖である。


「肉体を持たせなければ呪いは概念的存在ですから。倒すには相応の手順や力が必要です。むしろ命一つを使わなければ勝てない相手と考えれば」

「強さは納得いくか。そうだな、テンのおかげってことを忘れちゃいけないわな」


あれほど嫌っていたテンがいつの間にか英雄に変わる。命の恩とはそれほど重要な恩。それこそテンに悪態を吐くことを躊躇うほどに。

 あのテンは逸海の父を慕っていた。

それは先祖の縁ではなく特別な縁があったのだろう。命を賭して尚満足なことに説明をつけるとすればそれ以外に思いつかない。それもこのテンといればわかる日が来るのだろうか。


「ただあのミイラも厄介な仕組みだったんですよね」

「厄介ってのは?」

「先代のテンに憑依できたのは同一存在という親和性はあることも一助です」


ミイラのリョウメンスクナの元ネタは日本神話に書かれる両面宿儺と言われている。

同一存在、同一容姿だからこそテンの肉体に対してすんなりと乗り移った。


「ではリョウメンスクナのミイラには誰がとり憑いていたのでしょうか」

「それはリョウメンスクナ自体が怪異の根本なんだから……魂は抜け出ることはないか」

「えぇその通りです。しかしあの怪異には思考を司る頭部が二つありました、つまり?」


テンは答えに誘導するようにヒントで導線を作る。だが答えを半分言っている為思考する必要がない。今のテンは教師には向いていないことがはっきりとわかる。


「二つあるリョウメンスクナの魂の一つが入り込んだのか」


厄介という言葉通りである。

魂の存在は肉体に一つと仮定する。リョウメンスクナは双子が背中合わせに交わった怪異であり魂が二つ存在する。その片割れが今回の怪異事件の首謀者である。


「聞くところによるとリョウメンスクナはお寺で見つかり供養のために移送されたそうです。しかし祓われた魂は片方。もう片方が身体を見つけて乗り移ったのが今回の経緯ですね」


理解できないわけではない。しかし人間の事情から離れた出来事だけに納得ができない。

同じ映画を見た者同士が他言語で感想を言い合うような、そんな感覚である。


「あと一つ気になったんだが、魂と肉体は別の存在だろ? それなら魂だけがミイラに入り込んでも肉体のスペックを超えることはできないんだろ?」


ヨウは逸海の肉体に入り込んだ時には逸海通りの行動をした。

両面宿儺の身体に入り込んだリョウメンスクナの魂は呪詛を撒き散らすのではなく物理的な破壊を行っていた。


「そうですね、魂が入り込んで悪行を成そうとしても身体こそが生きている証なので」

「ならリョウメンスクナはどうしてヨウの身体に入り込もうとしていたんだ?」


ふとした疑問を口にした逸海は自身でも先代のテンの言葉を思い返す。

だがそのどれもが曖昧な表現である。

例えば、


「恐らくはヨウさんの身体を求めているのでしょう。ですが魂だけ乗り移っても意味は──」

「乗り移るまでに時間を作るために封印した、というのが妥当な考えかと」


この二つの言葉からわかることは先代のテンには確証がなかった。


理屈を理解していても理論を理解していない様に形式的な答えしか知らない。

 テンは逸海の言葉を飲み込むと同じように不思議そうな顔をした。

先代のテンが知らないのであれば今のテンが知らないのも無理はない。

だが一つだけ気になることがある。しかしこれ以上進めないのであれば今は心に留めておこう。


「中庭の餓者髑髏はどうなった?」

「復習がてら丁寧に経緯を話しましょう。中庭の石碑は死者を弔うと共にリョウメンスクナを封印する用途も兼ねていました。地震によって封印が壊れリョウメンスクナが復活。そして死者が魂を手に入れて復活したことで餓者髑髏の存在が成立した」


逸海は先代のテンやヨウとの会話を思い出し経緯を照らし合わせていく。


「餓者髑髏はテンのような怪異は襲わないのか?」

「ミイラ自体に意味はありません。魂を得ることで生者と同等になることが悪なのです。私達とは作られ方が違うのですよ。そして脅威を感じた餓者髑髏は攻撃を開始といった流れですね」

「わかったような、わからないような」

「大切なのは『怪異は特定の条件を満たさなくては活動できない』ということです」


テンのまとめに逸海は首を傾げながらも頷いた。

リョウメンスクナは人間に対してのみ効力を発揮する呪詛を振り撒いた。

餓者髑髏は死者を冒涜する者に鉄槌を下した。

どちらもそれ以外に被害はない。いや、餓者髑髏は二次被害があったが。


「なるほど。特定の条件が揃わなければ怪異は存在できないんだな………あれ?」


感慨に耽り、恩義に想いを馳せ、隣を歩くテンに温かい目を向け病院の廊下を歩いていると気になるものが目に留まる。それは名前の書かれたプレート。


「神来社遥………ハルカ、いやヨウか。苗字が特殊だから別人ってことはないだろう」

「では某が確認するでござる……こんな感じでいいでしょうか?」

「疑問に思うならやるな。やったところで評価が下がるだけだ」


逸海は手を払い早く行くように促すとテンは空気に溶け込み消えた。逸海は病室の扉をノックし返事を待つ。


「はーい、どなたですか?」


返ってきたのは女の子の声。扉越しで確信を持てないが聞き覚えのある声色は逸海の知るヨウ。ノックをしてから霊体として顔を出さないということは自分の肉体に戻れた可能性がある。

逸海は期待に胸を膨らませると緊張と興奮の入り混じる声で、


「えっと、逸海だけど。覚えているか?」


と、扉越しに話しかけた。


「逸海? 入っていいよ、私しかいないから」


許可が下りれば次は身なりを整える。昨日まで当然の様に近くにいたいとこであり気兼ねなく話していたのに、今ここでは緊張する。


「失礼します」


緊張と不安。高揚と期待。達成感と寂しさ。様々な感情を抱えながら逸海はその扉は開けた。

 そこにいたのは霊体ではなく上体を起こした神来社遥本人。顔や腕など見える肌には凄惨な傷跡が残っているがそれでも自らの意思でこちらを見ては穏やかな笑みを浮かべた。


「逸海、ありがとう」


聞き慣れた声、されど初めて聴いた感動に襲われる。

胸が苦しくなり無意識に込み上げてくる涙を悟られない様に必死に押し殺す。

その近くではテンがコチラを見ていた。が遥はその姿に気づいている様子はない。

霊体であれば見えていただろうが肉体を取り戻したことで怪異としての力は失われたのだろう。喜ぶべきことだが、少しだけ悲しい気持ちになる。

これまでの出来事は遥がきっかけだった。

半死半生、半人半妖だからこそ逸海は怪異の世界を知ることができた。


「よかったな、身体に戻れたんだな」


逸海の目的は遥の身体を取り戻すこと。それが報われたことへの安堵に大きく息を吐く。

 出会ったのは数日前。

逸海を死の危険から救った遥へのせめてもの恩返しはここに終わりを告げた。

あれほどの苦悩を乗り越えた同志として、これからは互いに人間同士のクラスメイトとして日常を謳歌していくことになる。

これまでの経験が経験だけに距離感への不安が今から頭を悩ますが嬉しい悲鳴である。


「逸海が頑張ってくれたおかげでね」


遥は逸海の目を見るとニコッと微笑んだ。


「地震によるリョウメンスクナの目覚めと遥の事故は偶然。だけど、」

「恐ろしい偶然もあったものだね」


逸海の言葉を遮った遥。その声量は大きく声も耳元で聞こえた。


「それだけの傷、身体は痛いよな?」

「ううん、まだ身体に戻れていないからわからないかな」


遥の言葉に逸海はフリーズし脳をフル回転させ現状の把握に努める。

遥の声は間違いなく逸海の近くから聞こえている。否、普段通り隣から聞こえる。

その声の主を確認しようと視線を向けると、いつの間にか合流した霊体の姿をした遥がさも当然の様に逸海の隣に浮遊する。


(あぁ嫌な予感は当たるものだな)


逸海が心残りの懸念点が一つ。リョウメンスクナが遥の身体を乗っ取らなかった可能性の話。

リョウメンスクナは魂だけでは殺戮を行えない。むしろ呪詛を振り撒くのはミイラの力。

であれば遥の身体を奪う意味が通らない。遥の身体を封印している事への説明は否定させる。

つまり、リョウメンスクナよりも前に身体を奪取されている可能性。

それが逸海の考え得る最悪の結論である。

 あまりの出来事に止まっていた逸海の時は動き出す。

逸海と霊体の遥は視線を合わせるとベッドにいる遥を見やると口を合わせた。


「さて、一つ質問させてくれ遥」


「私も一つだけ気になるかな、」


「「お前は誰だ」」



ひとまずお終いです。

身体を取り戻してよかったねでもいいのですが、ヨウを落とした犯人が出てこないのでこのオチにしました。

予定では、二話が身体を取り返す話、三話が犯人捜しで解決、のイメージです。イメージでありまだ何も考えてはいませんが。

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