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惑いの域  作者: 風雨
14/20

暗雲

夕暮れを追いかけ駅に向かう逸海は今日の仕事ぶりに自己満足しながら空腹に鳴くお腹を気にしていた。


「まだヨウとの約束は終えてないから……また明日でいいか?」


逸海とヨウの契約はヨウの身体を取り返すまで。

今日の収穫は、

珠ノ美高校周辺はここ数日でより危険な土地となった。

ヨウは親戚の間柄であり逸海に乗り移ることができる。

テンは逸海を守る存在であり、父の忘れ形見であること。


「……十分すぎる成果だな」


大雑把にまとめたがその内容は逸海の安心を確保するものが多い。なによりテンが味方であることが大きく、逸海の知らない世界を彼女が補完することで道を拓くことができる。


「ヨウはどうするんだ。どうせテンはついて来るだろうけど、」

「私がいなければ逸海さんも今頃は病院送りですからね。私は、ちょっと人との距離の詰め方が下手くそな愛らしい守護霊ですからね」


ムキ―と怒りを露わにして捲し立てるテンを適当にあしらい視線をヨウの返答を待つ。

 これからのヨウの動向によっては逸海も対応が変わる。さすがに世界中を旅するなんて突拍子もないことを言い出せば逸海はヨウと縁を切るが、そうでなければ命の恩に報いるためにも彼女に尽くすつもりでいる。


「私は……どうしようかな。誰とも話せないのは退屈だけど、それでも」


キイイイイイイイイ

ヨウの言葉を遮る耳を劈く甲高い音。この音を逸海は聞いたことがある。

「電車のブレーキ音か?」

今朝、学校へ向かう途中に事故に巻き込まれた際に聞いた気が狂う耳障りな音。

逸海、ヨウ、テンはその後の音に耳を澄ませる。車内アナウンスが聞こえれば幸い、それ以外にも車両が倒れれば住宅街に轟音が響き渡る。が、


「………何も聞こえないな。テン」


逸海がテンの名前を呼ぶとテンは理解したと言わんばかりに空気に溶け込み消えた。


「逸海、帰りの足が潰されたよ」

「……たしかに。いや、二十キロだから六時間も掛ければ歩いて帰れるけど」

「無理しない方がいいよ。いつ襲われるかわからないのに筋肉痛で死にましたなんて笑えない」

「なら変化したテンに乗って帰るか。まだ上り方面が事故を起こしたとは限らないし───」

「いいえ逸海さん。残念ながらそれはありえません」


戻ってきたテンは逸海の精神を衰弱させる言葉を吐いた。


「ここから高校の方角に三〇〇、電車も、車も横転に衝突で機能しません。それに駅も確認してきましたが起きている人は片手の数。タクシーも機能しませんよ」

「ならチャリをパクって……いやそれはだめだな」

「えぇ未成年は罪になりづらいですが、未成年でも悪を極め死刑になった例もありますから。それに悪事に手を染めては真人さんに顔向けできませんから」


電車、タクシー、自転車。そのどれもが使用できない。


「それでテンに乗るのも?」

「走れて五㎞が限界ですよ。それにそれ以降は運んでいただけるのなら」

(五㎞……家から最寄りまでは行けるのか。今度から運んでもらうか)


テンの言葉に別の案が浮かぶがそれを振り払い現状打破を思案する。


「電車内の人は気絶している……晩飯時に倒れているけど家の方は大丈夫なのか?」


逸海は否応なく視線に入る住宅地に目を向ける。

逸海の悩みの一つは晩御飯の内容である。

つまり、


「テン、ヨウ、火の確認をしてくれ。倒れているとしたら火災でみんな死ぬぞ」


火災が起きるだけなら最悪の最低ラインである。だが住宅街での火災は近隣に燃え移る。そして気絶しており逃げ出すこともできないとしたら。それは最悪のケースの最上級。百人単位がこれから起きる火災で死ぬ。


「ヨウは何かあったら俺かテンに。テンは火を止めてくれ」


二人とも逸海の指示を聞き終わるや否や逸海の目の前から消える。何もないところから出現し、目の前から消える。逸海の想像通りの怪異像。

 逸海ができることはヨウから話を聞きテンに合図を送るだけ。防犯意識の高い今日、窓ガラスを割ろうものなら逸海は警察に厄介になる。それだけは避けたい事象である。

怪異の本質は人に興味を持ってもらうことにある。だから驚かして印象を残す。殺戮を幾重に繰り返して名声を上げる。


「けど、ここまで派手に動いている割にはこの現象の根本が分からないんだよな」


不穏な気配、嫌な感触、目に見えない恐怖。それらがこの辺りに充満している。

その原因は何なのか。土着のものだとしたら、ここでは何が起きたのか。

思いつくのは戦争が関わっている事である。さらに言えば、ここで多くの人間が死んだわけではない。あくまで戦争に送り出すための兵士の訓練を行っていた場所である。

 テン曰く、忌み地の原因は戦争以前から存在する。

では戦争以前に何かあったが秘匿されている『ナニカ』が原因でここが忌み地となる。

そこまで思考すると気になる場所が浮かび上がる。

何かを隠すには都合のいい場所。日に当たらない闇の中。

常の闇ならば人ならざる者も活動しやすいであろうそんな場所。


「やっぱり石碑の地下通路に何かあるよな」


昨日、珠ノ美高校にいた先生、生徒が倒れた。そして今日、そこからある程度離れたこの住宅街で似たような現象が起きた。これが偶然、順番に起きた可能性もある。

しかし、呪詛の強まりにより範囲を拡大したとすれば話は変わる。

昨日起こった事件はどれも危険があれども死者はいない。今日の午前中もそうである。結果的に危険な事故であるが起きたことは相手を気絶させただけ。だが今日の午後、氷奈音は死に追いやられることとなる。

あくまで仮定であるが、昨日よりも今日の方が命を抉る脅威を持っている、と解釈ができる。


「逸海、あの家が危ないよ」


ヨウの叫び声に我を取り戻し現状の対処に意識を向ける。

作業を並列で行えれば効率が良いが、逸海はマルチタスクの才は持ち合わせていない。そのため優先順位をつけてそれぞれの対処を行わなくてはならない。

 ヨウの案内の元、入り組んだ住宅街をひた走り目的の家に駆けつける。だが自分にできることは。逸海は自身に問いかける。そしてわずかな可能性に掛けて玄関の呼び鈴を鳴らした。


「………はーい、今行きますよっと」


聞こえたのは寝起きのような気怠そうな女の人の声色。だがそれだけでも逸海にとっては十分すぎるほどに歓喜できる声である。

相手が出てくる前にチラッと表札を確認する。そこには『明癒(あけいえ)』と聞き慣れない苗字の表札。

 玄関を開けて出てきたのはモコモコの寝間着姿の女性。身形で判断はつかないが逸海やヨウと同じ高校生かその程度。大人びた印象とともに幼さの残る容姿をしている。

彼女は逸海と顔を見るなり不機嫌な表情に切り替え眉間に皺を寄せる。


「なんですか。悪戯なら通報しますよ」


この不機嫌さは逸海も逆の立場なら共感できる。なにせ花蓮に対する感情はコレと同種。知らない人間でありセールスでもないなら素性の知らない相手に心を開くなど逸海は想像できない。


「えっと………」


表札を確認し相手の苗字を確認したが、顔を合わせてから何を話せばいいのか考えていない自ら招いた突然の出来事に思考はまっさら白紙になり何も浮かび上がってこない。疑心に陥らせるとわかっていても、視線を右往左往とさせてしまう。

ふと視線を落とすと、玄関の奥では女性に懐いている数匹の猫が足元で身体を擦りつけていた。


「逸海、焦げ臭いから確認してって」


緊張し挙動不審の逸海を察してかヨウは白紙の思考に下絵を描いた。


「あぁ、このあたりで焦げ臭い香りがしたから……確認してほしいと思って」


ヨウの下絵に逸海は色を塗り思考を完成させていく。


「はぁ、なんで家にくるんですか。まぁいいですけど」


舌打ち、溜息と不機嫌を露わにする彼女に逸海は愛想笑いを浮かべて取り繕う。自分に似ているせいか対処方法は自然と思いつく。コレ相手には深く関わる方が自身にダメージがある。若気の至り、怠惰の権化には適当に流して日常に回帰することが共に被害の少ない接し方である。


「あんた逸海さんでしょ。隣の席なら一回くらい話したりしたでしょ?」


彼女はキッチンへ向かい背を向けたことを確認し、逸海はその場を去ろうと一歩後ろに下がった時、その足を止める一言が聞こえた。気怠そうな声色は変わらないがその中に、思考し迷路のゴールへ近づいた逸海の時の様に少しだけ気分の高揚が感じられる。そんな声色。


「ねぇ、なんでヨウが死んだのか理由知らないの?」


その表情は声色とは正反対に冷酷なものだった。


「死んだ理由は知らない。そもそも死んだなんて話も知らない」


逸海は視線も表情も動かさない。その言葉を吟味する僅かな間も取らなかった。だがその言葉は雑ではなく真実のみで構成した。


「……そっか。あぁ私、ヨウと小学校からの友達なの、これからもよろしく」


彼女は顔の前で手をヒラヒラさせるとそのまま背を向け戻っていった。

 扉が閉まりインターホンから死角に移動すると逸海は大きく息を吐き捨てた。嫌な緊張感を冷や汗と一緒に拭う隣に浮遊するヨウを睨む。


「知っていたのか?」

樰落(ゆら)ちゃんだね。小学校からの友達だよ。学校で話すだけのビジネスパートナーみたいな」

「そうか、それにしては気になることがあったが」


今の会話を振り返り


「なぜヨウが死んだことを知ってる」

「たしかに。彼女は電車に乗る必要はないのに私が死んだことを知っている」


電車に乗る必要がない。

駅に居る意味がないという説明も可能だが、ヨウの言葉も同じ言葉で括ることができる。


「死んだと言っても轢かれたとは言っていないのが断定できない部分だが」

「身近な人が犯人は鉄板だね。アイツが悪い、私の大事なものを奪ったから。みたいなね」

「お前、よくその状態で呑気に演技ができるな。俺だったら顔面蒼白、怒り心頭、その他諸々」

「恨まれない人間はいないからね。逸海だって私の賢さに嫉妬しているでしょ。それが恨めしくなり殺意を抱く。可能性はゼロじゃないよ」

「否定はしないよ。数手先まで分かればヨウみたいに達観して人生謳歌できるのかね」

「隣の芝は青く見えるものだよ、ワトソン君。それに私は怒り方もわからないだけだから」

「標準機能のはずだけどな。俺なんざ面倒事を聞くだけでも舌打ちや貧乏ゆすりするのに」


ヨウが温厚すぎるのか。逸海が短気すぎるのか。二人とも極端なのか。

逸海は自分の短気さをヨウと比較し誰に気づかれることなく項垂れ反省した。

 明癒の一件があったがそれだけで住宅街火災防止活動が終わるわけではない。

火を消すことが可能なのは樰落の様に無事な人間とテンのみ。そして対象範囲は未知数。

そのことに気がついた逸海はヨウと一緒に最寄り駅まで一直線に向かう。目的地は駅の向こう側。どの範囲まで未知の力により意識を奪われているのか判断するためである。

 だがその確認はしない方が幸福である。

テンの報告通り、駅前は死屍累々。倒れた生者は死者と見分けがつかず口から吐瀉物、血液が零れる。細菌兵器が投入されたと見紛う悲惨さである。

これだけでも逸海の精神は昏倒し狂乱に駆られるが逸心を折る最大の要因は道路の先。

高校から一キロの位置にある駅。そこから数百mにわたって車同士の事故による列が形成されていた。あるものは植木に突っ込み、あるものは対向車と正面から激突する。

逸海が確認したのは一方向である。だが被害が同心円状に広がるのであれば───。

逸海はそれ以上の思考を放棄した。

 一方を解消させても他方では甚大な被害が出ている。中途半端では助かるものも助からない。だが優先順位をつけようにもこの異変を解決できるのはテンだけである。ヨウは物理干渉ができない。逸海はただの人間である。

罪を犯せば火災は最小限で抑えることができる。そう心で分かっていても、その後の汚名を全て背負い生きていくほどの漫画の主人公のような強い精神を逸海は持ち合わせていない。


「………うっし、諦めるか」


解決策は浮かばない。感情が壊れていく。肉体も疲弊に悲鳴を上げている。

これ以上足掻けば逸海の方が先にガタが来てしまう。そうなる前に思考を放棄した。

逸海の決断にヨウは眉を上げて驚きつつもすぐに表情を笑みに変えた。


「そうしなよ。救えるものは両手だけ。希望を見出された者は逸海を恨むからね」

「経験談か?」

「どうだろうね。少なくとも私は他人に希望を見させる人ではなく汚名を引き受ける方だから」


ヨウの翳り顔を見た逸海は視線を他に向けた。


「俺にとっちゃヨウは原動力、それだけは変わらん」


その言葉はヨウに届いたのだろうか。返事をしない、顔も見ていない現状ではその判断は難しく。またどちらにせよ逸海にとっては栓無きことである。

 テンと合流する為、逸海は高校の方角へと足を運ぶ。夕方の静かで不気味な住宅街。

誰の足音も、話し声も、車、電車の音もない。音無き世界に砂とコンクリートが擦りつけられる音だけが響く。前までは不気味に思えた空間も今では逸海の心象風景に思えてしまう。

心が腐ったわけではない。ただ諦めただけ。

自分の決めたことはキチンとこなす。それが逸海の心情であった。だが救えないものがある。それを自覚させられれば否応なく人生を否定された気分になる。

足取りは普段通り快活に。それがまた自己を騙して嫌になる。

夜は生者が休み死者が活動する時間。

生を持たぬものが生を渇望し生者を襲い死者へと招く。その行為は道理であり矛盾である。

テンやヨウの様に人間に親しければ生は得られずとも活動は続けられるだろうに、死者は生者からの認識を感じ取りその者を殺し認識を失う。生きたい欲望と殺戮衝動の堂々巡り。

天から見下ろす月は日の光を反射している。月は人を狂わせる、というように怪異もまた月によって機能が狂わされているのかもしれない。

しかし月は太陽の反射。それならば反射した光は陽光ではないか。

それとも反射することで死者を活動的にさせる効能に変貌しているのだろうか。


「逸海、独り言がうるさいよ」

「いや、モノローグだから。心を読むお前が悪い」

「お待たせしました。いやぁ数が多すぎてちょこっとズルしちゃいましたよ」


額の汗を拭う仕草をするテンだが表情に疲れはない。浮遊するヨウも人にはない筋力を使用しているだろうに能天気に振る舞うのだから生者だけでなければ体力は必要としないのだろうか。


「まぁ体力って結果的に疲労や酸素不足だろうからね」

「心臓の無いヨウさん、空間を走る私には関係ない話ですね」

「……ねぇ、心を読むことって怪異の必須技能なの?」


目は口程に物を言う。されど幾度も思考を読まれれば諺程度で済ませられない。


「逸海殿、怪異は生者の認識が必要。しかし『私、あなたの事を認識しているよ』と口にする者はいない。しかれば、」


テンは小学生にでも教えるように到達点へと案内する。というか、答えの一歩前まで説明したテンは人に教える才能がない。


「自然と分かるってことか」

「存在によって程度に寄りますが概ねその通りです。ですがヨウさんは少し特殊ですね」


ヨウはキョトンと首を傾げる。

表情から真意を悟らせないのか、穏やかに微笑むだけである。

だがテンの言葉に賛同できることがある。

むしろこれまで接してきてヨウもテンも幾度か口にしたことのあることである

 ヨウは死んでいるのではなく生きている。怪異ではなく生者である。

つまり人間の認識を必要としない半死半生の状態こそがヨウである。


「まぁ話す気がないなら無駄か。そのうち恩でも売って吐かせるさ」


獲物を射殺す瞳と口元が笑っていない逸海にテンは渇いた笑いで言葉を濁した。


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