怪異の集う場所
ひと悶着を終えようやく駅を出ると駅前には人だかりができていた。その原因は昨日起きた事故、ではなく再び車が駅の入口にぶつかったことによる。事故現場は昨日と全く同じ。
今回はタクシー運転手が誤って事故を起こしたことが外から伺える。
「さっきの音はこの音か………昨日の今日でテンが何かしているわけじゃないよな?」
「当然、妾ができるのは謀ることが精々ですよ。ささ、今は移動しましょう」
テンが案内したのは駅から歩いて十分ほどの小さな公園。見晴らしがよい公園は良くも悪くも注目の的である。それは人だけでなく怪異に対しても。
逸海は怪異を視認できるが全ての存在を視認できるわけではない。テンが認識し逸海が認識不可能な存在が襲ってきた場合、逸海は囮にされるだけ。そうでなくとも高校生が平日の昼間に公園にいる事実が周囲の人間の視線に対して過剰になる。
逸海は公園のブランコに座る。するとテンも逸海に並んで隣に座る。
ここから高校は目と鼻の先にあり、高校の方角からは雑多の声が聞こえてくる。
今朝テレビでニュースを見たが今も入れ替わりで野次馬をしているのだろう。
冷たい風が逸海を身震いさせ目を覚まさせると意識は周囲からテンへと向き直る。
疑問はいくつか存在する。だが全てを問うには時間がないだろう。なにせ逸海が呆けている時間もテンは忙しなく周囲を見渡している。危機が迫れば会話を中断して逃げるにしかず。無事に生きられる保証はないとくれば聞くべき順位は絞られる。
だが逸海が質問しようと口を開くとテンが話し始めた。
「逸海さんも疑問に思っていると思います。なぜ昨日になって危険な怪異が現れるのか」
テンの冒頭に顔をしかめた逸海であったが疑問を突かれると怒りを棚上げし思考に耽る。
テンの言葉は逸海の持つ疑問に含まれている。だが優先度で言えば低い疑問である。
ヨウへの疑問の方が数段気になる。それにテンを信頼してよいのか。今の逸海は概要よりも詳細を求めている。だがテンは逸海に構わず話を進めていく。
「この辺りは怪異が多い地域ですね。居心地がいいというのが適当でしょうか」
「ヨウがここに引き寄せられたのはその影響なのか?」
「彼女は半死半生なのでなんとも。他にも怪異が存在しますが……見えていないようですね」
「他に持って………」
逸海は周囲を見渡すがそれらしい影は見えない。確認取れたテンは小さく頷くと話をつづけた。
「逸海さんの高校の名前、珠ノ美高校ですよね」
テンは足元の砂に『珠ノ美』と描いた。
「ですがこうすると理解できるかと、」
テンは『珠ノ美』の下に『霊の扉』と書いた。
「霊の扉ね。高校は戦時中に訓練目的で使用していたらしいけどそれと関係あるのか」
「今は昔、戦争よりも前の話ですね。原因はわかりませんが負の溜まりやすい場所の様ですね。あの高校にいる骨やミイラは戦争前後でここに住み着くようになりましたね」
「霊の扉、テンはどうしてそんなことを知っているんだ?」
話の流れからすればテンは戦前からここに住み着いていた可能性がある。それほど長く存在しているのであれば彼女の存在はかなりの強度である。
怪異は人間の認知が存在を決めるのであれば、テンは五十年以上生きていることになる。
五十年あれば若者は老人となり亡くなる人もいる。記憶が薄れる人もいる。時の流れはテンへの認識が薄れることを意味するはずである。
だがテンが現在も存在しているのであれば可能性は二つ。
一つはテンが勤勉であり怪異の過去を学んでいる場合。
もう一つは彼女が常に人間に認知される存在である場合。
(後者はもう一種の信仰なんじゃないのか?)
神が神である由縁は人間が神と信仰しているから。それも権能を含めている。
学問の神である菅原道真は学問の神であると信仰するから菅原道真は学問の神として成立する。菅原道真は自身が豊穣の神と自称することはできない。故に神は人間に依存している。
視認できるかは別問題として、神は長期間生存している。
同様にテンも長期間生存しているのであれば神と同じように信仰対象と言える。
例えば、お地蔵様のような身近な存在。
(けれども怪異なんだよな………ん? 怪異なのか?)
テンは妖怪の一種である。キツネやタヌキが人間を化かす話が現存し妖怪として扱われている。そう考えた逸海はテンを妖怪であると考えたしテンも怪異と神が同一視であると力説していた。
だがテンが自身を怪異と呼称したとはあったか。
キツネであれば稲荷信仰が存在する。伏見稲荷神社は代表的な神社であるがテンも同格の信仰対象ではないのだろうか。
逸海は自問自答を繰り返すがテンに問うことはない。理由は単純、テンの存在が不鮮明すぎることにある。
仲間か敵か。神か怪異か。キツネかタヌキか。
だが以前のような嫌悪は少なく好印象を受けている。
「弱者は情報こそ命ですから。この近辺の怪異を知らないと生き残れないんですよ。まぁ正確には生きてはいませんけど………あの、普段のように話してもいいですかね。真面目キャラはどうにも痒くなってしまって」
「別にいいけど、話す度に好感度下がるけど」
「えぇそんなご無体な。わしゃ、あんさんにええ情報話とるのに嫌われるって、」
逸海の言葉を聞くや否や逆鱗に触れる態度と口調で話を再開した。
今にして思えば、テンのこの態度は他人をバカにする態度ではなく自身の姿を隠す蓑ではないのか。と擁護する考えが浮かんでくる。
だがそれはそれ。
逸海は宣言通りにテンの態度を見るなり眉間には深い皺が刻まれ汚物を見る眼をテンに向ける。
「さぁさ話を続けましょう……えっと扉の話だっけ。あぁこの地域は謂わば忌み地です」
「忌み地って?」
「端的に言えば、呪われた土地です」
逸海の疑問の顔を見てテンは説明を重ねていく。
商売が長く続かない土地、そこに住むと災いが起こるとされる土地。事故物件。
前の住人が自殺をした物件を事故物件と呼び次に住む住人は怪奇現象に悩まされる。
そんな話は夏の怪談の鉄板である。
忌み地と呼ばれる土地はそんな負のスパイラルが続く土地。足を踏み入れるだけでも呪われる。ある行為をすると祟られる。そんな危険な土地が世界に点在している。
テンに対する不快な気持ちを抑え込み一通り説明を聞いた逸海は再び思考に走る。
人が死んだ場所が忌み地になるのであればこの世界全てが忌み地となる。だが忌み地は忌み地として括られている。そして普段生活する場所は安全な場所として成立している。
では忌み地となるには明確なラインが存在していなければならない。
事故物件には様々なカタチが存在する。自殺、他殺、老衰が長時間放置された状態。正しく弔われない状態のままに放置された場所が忌み地となる。
餓者髑髏は死者を嘲笑する者、貶すものに鉄槌を下す妖怪である。
死者を弔わない行為は貶すと言い換えても差し支えない行為である。であれば餓者髑髏が珠ノ扉高校に現れたことに不思議はない。
(戦争が原因か、それともそれ以前から? テンの話からすればそれ以前から?)
そこまで考えて逸海は思考を止めた。放棄ではなく停止である。
様々な思考を張り巡らすがここに来て逸海は自分のすべきことを思い出す。
それはヨウの魂を身体に戻す方法。それは口頭で交わした契約であり逸海が協力する期限でもある。だがこの話は間接的なかかわりはあれども本質的には意味がない。
料理の上達のために材料を血眼になって探すことに意味はない。学力向上のために勉強の環境を整えるだけでは意味がない。
「眉間の皺がほぐれたのであれば続けてよいですかな」
テンの口調は能天気、逸海の思考もまた能天気である。二人とも警戒心を持ち続けるも所作や言動、思考中の表情に仕草は似た者同士。だが警戒心を高めると途端に二人とも余裕がなくなり怯えた様子に変わる。
テンが逸海の袖を握った次の瞬間、気を抜いていたことを後悔しながらテンを凝視した。
テンの表情、声色、視線が現状を物語っていた。
逸海はテンに誘われて視線を動かしていく。テンから正面、正面からテンの向くその先へ。
────────────ッ‼
遠くから聞こえる野次馬の声をかき消した音が鼓膜を激しく振動させる。逸海の目の前には人間を嫌悪させる風体がある。
「「ウワアアアアアアアァァ‼」」
見上げるほどの大きさである大量の足を生やした節足動物『ムカデ』が文字通り目の前でこちらを見降ろしていた。
────────────ッ‼
人間であれば奇声でも挙げているのだろうか。それともご馳走を前に舌なめずりだろうか。
目の前の生物の行動を考える前に醜悪な外見に眼を逸らす。それでも記憶には鮮烈に残り瞼の裏でもハッキリと想像できてしまう。
「マズイ、気持ち悪……」
自身に害を及ぼされた記憶はないが、見た目、雰囲気、イメージが不快感をもたらす。さらにそれが人間を見下ろす大きさとなれば恐怖と混じり合う。
「逸海さん、こちらに」
胃から込み上げる吐瀉物を押し込める逸海をテンは力いっぱい手繰り寄せて逃げの一手を選ぶ。
昼日中の住宅は異様な静けさを放つがそれを引き裂くようにテンと逸海の足音が響き渡る。その後ろをピタリ二mの距離でコンクリートを這いずる音が耳に届く。餓者髑髏とガスボンベの時も恐怖を感じ必死になり逃げたが、今回は精神的恐怖が上乗りしている。
潰されるならまだいい。だが捕食されることを考えると、
「……テン、俺吐きそうなんだけど」
テンに引っ張られる逸海の顔はだんだん青くなる。
日本では生きたまま食べる『踊り食い』が存在する。海外からは異常だと揶揄されるが新鮮さを売りとする食べ方である。逸海は踊り食いをしたことはないが捕食される側に決める権利はない。人間の犯した業が人間に還るように逸海も踊り食いをされてしまうのだろうか。
人間がムカデを踊り食いすることはないと思いたいが思うだけで現状は変えられない。
決まった道しか通らない逸海にとって一度でも異なる道に入ると世界が変わる。
慣れた土地と見慣れぬ景色の対称性による気色悪さに脳がグルグルと回転する。普段通る道に出てもすぐには気づけない。
その間、背後からは当然の様に這いずる音と鼓膜や窓を震わす奇声が聞こえ続けている。
異質な空間、異様な光景、異形な怪物。
絵巻で描かれるような逃走劇の中、現実で起こるはずの行為がその時には起こらなかった。
それは、
「おい、誰も外に出歩いていないけど、この辺りってそんな規則あったりするのか?」
逸海の足音に反応しないことは問題ではない。昼間に家にいる人数は予想がつく。
仕事に向かう者、パートに向かう者、子供は学校に。珠ノ美高校の学生は自宅待機、専業主婦も自宅に、老齢もまた自宅にいるだろう。
この辺りには田舎では大きい駅がある。そんな駅前では交通量も多い。だが視界には動く物を捉えていない。自動車、人間、電車、野鳥に住宅内の生物の動作さえいない。
「なんだか悠久の廊下の様ですね。よっこいしょっと」
息を切らして走る逸海にテンは逸海の背中に引っ付くと真面目な口調で語りかける。普段のふざけた口調でない点を考慮すると余裕はないのかもしれない。
悠久の廊下とは夕暮れ時に教室に向かい廊下を歩くが決して目的の教室に辿り着けない。おかしいと思い帰ろうと元来た道を戻っても辿り着くことはない。そしてそのまま帰ることはなく永劫に彷徨い続ける。
この空間はテンの言葉通り、同じような景色が永遠と続く住宅街。
外部からのアクセスはなく逸海とテンと大ムカデだけが永遠と走り続けている。人間のいる世界に戻ることもできずに永遠と鬼ごっこを続けるこの世界から脱出できることは可能なのか。
「で、怪異の代表であるテンの意見は、ちなみに俺はそろそろ限界だから早急なものを頼む」
ランナーズハイなのか逸海は普段よりもハイテンション。その態度が真剣なのか、ふざけているのか。逸海にも判断ができない。むしろ久しぶりの運動に身体が解放感を覚え、その影響で表情筋にもゆるみが生じた。
「えっと、人を化かす存在ですので怪異への対処法は……」
「オイオイ、茶化すだけの怪異かよ。いざという時に頼れないと信仰も何もないぞ」
「それはその通りですけど、私よりも化けるのが得意な存在に勝てないし、どうせ私なんてキツネやタヌキよりも認知度が低い……」
テンの語尾は尻すぼみとなり並走している逸海の背中からも徐々に後退している気がする。
逸海は逸海でテンを心配する余裕はない。
走ることが愉しくなっているがいつまでも走れるわけではない。心身共に限界を感じている。
逸海の足音は壁に反応し耳に届く。その音が無人であることを示し恐怖を更に搔き立てる。
背後の足音は先程よりも近づいている………気がする。気のせいかもしれないが。
(悠久の廊下……迷い戻ることのできない空間……それを知る術は?)
世界に残る話は現実に帰還し広めなければ存在できない。であれば悠久の廊下は帰還する方法が存在するはず。と逸海は自身に言い聞かせる。
「まぁ仮にここがそうだとすればですがね」
どこまで逃げても、何度曲がっても、ムカデの這いずる音は逸海の精神を蝕んでいく。運動不足がたたり身体が悲鳴を上げ始めた頃、逸海はムカデから距離を離すために足に力を入れた。
「それは……って逸海さん。急な方向転換は、」
ぎゃあああああああああああ‼
────────────ッ‼
大ムカデの奇声と共にテンの悲鳴も聞こえなくなった。
だが逸海は振り返らない。例えテンが犠牲になろうと逸海は生を放棄する選択はできない。否、端から選択肢にない。ヨウの価値観を否定するため逸海はテンを犠牲にした。
駅から珠ノ扉高校までの距離は約一㎞。テンが肩から落ちたことで身体が軽くなった逸海は決死の想いで高校に向かう。
テンがいない為か背後がやけに静かな事に気がつく。今でも鮮明に再生可能な地を這いずる音と奇声が今は耳に届かない。
(テンの捕食に時間がかかっているのか?)
思い当たる節はその程度である。テンを丸呑みにしようともアレは口内で暴れる。さすれば捕食するにあたって噛み砕く必要がある。もしくは血を吸いだしている可能性。
どちらにせよ逸海の逃げる時間が生まれたのは僥倖。テンも本望だろう。
だがやかましい存在がいなくなると余計なことを考えてしまう。
不可解な生物、不可思議な現象、不自然な空間に閉じ込められ頼る存在すらいない独りの世界。一歩進めば思考が濁り、二歩踏み出せば死を考え、三歩歩けばスタート地点に還る。
取れる行動を全て行っても解決する糸口が見えずこの時間こそ死までのモラトリアム。多芸なテンであれば策を弄するだろうが無芸な逸海はただ待つのみ。
逸海はゆっくりとし足取りで珠ノ美高校へと向かう。運命が決まっていようが、不明瞭であろうが、逸海の心情は変わらない。約束を違うことは自己の信条に反する。違えば罪悪感に苛まれ精神が自身によって殺される。
逸海は昨日の記憶を遡り出会った怪異を思い出す。あれほど濃密な一日だったにもかかわらず思い起こせるのはほんの一部。忘却を望むが故の記憶力なのか、それが人間なのか。
鮮明に思い返される落下による浮遊感に身震いをする逸海はそのまま目を見開き思い出す。
自己の落下の原因は? と。それは餓者髑髏である。餓者髑髏が体育館の天井を破壊した時、いち早く異音に気づいたのは逸海であり花蓮は気づいていなかった。また部室棟からの帰り道、校庭に仰向けに倒れた餓者髑髏に関して誰も言及していない。
あの異物を受け入れるほどこの世界に魑魅魍魎は跳梁跋扈していない。
「少なくとも餓者髑髏を視認している人間はゼロにちかい」
「いやあああああああああああああああ」
耳障りな異音に逸海はビクッと肩を振るわせて音の響く方へと視線を移すとケモ耳愛好家には満点で、逸海は評価に値しない害悪生物が嗚咽の混じる悲鳴を上げてコチラに向かっている。
涙を浮かべる瞳は振り落とした罪悪を煽るが二つの害悪が消えるのならば漁夫の利である。
「やや、これは逸海殿ではござらんか。後生ですから助けるでござる」
「余裕があるならこっちに来るな。俺も後生だから」
逸海は踵を返すとテンを振り切るように全速力で高校へと走り出す。
地獄のオルフェでも流れていそうな逃走劇。逸海が走りテンが追いかける。未だ大ムカデの姿は見えないがテンも命からがら逃げてきた。
情に絆されたか、逸海が限界を迎えたのか。逸海はすぐ追い付かれ、背中に飛び乗られた。
────────────ッ‼
テンの一息が逸海の耳に届き神経を逆撫でさせたとき、ストレスを踏み潰す恐怖の音が背後から響いた。それは振り返らずともわかる、むしろ視界に入れたくない醜態である。
「おい、お前のせいで見つかったじゃねえか」
「あなたこそ殺人未遂ですからね。法廷に出たらぜったい私が勝ちますからね」
「人でもない癖に人間を語るなよ。所詮、人を知ったつもりの化け物のなりそこないが」
「人間こそ自分の基準に押し込むことでしか他生物を理解できないくせに。なぁにが霊感だ、怪異だ、信仰だ」
「あぁ? 俺の知識なぞタヌキだかキツネだかが授けた知識しかありゃしねぇんだよ。知名度の低い害獣じゃ教鞭に向かないわけだ。獣は所詮獣よな」
「云いましたね、私のことをタヌキやキツネと呼ぶならまだしも害獣と。これは戦争ですよ」
「でたよすぐに戦争とか口にする低能。先も見据えず反射で行動するから駆除されるわけ。簡単に戦争を口にする神や怪異は信仰どころか存在抹消待ったなし」
「もう怒りました。こうなったら実力行使でトラウマという名前で記憶に植え付けましょう」
「トラウマ? ウマシカの間違いじゃない………イッタァ‼」
首筋に走る激痛に逸海は速度を落とした。ツゥと汗でなく血が滴り落ちる感覚で何が起こったのかを悟る。
「てめぇ噛みやがったな」
「馬鹿な害獣は害獣らしくしただけです」
首筋に流れる血を感じていると怒りだけの気分に冷静さ訪れる。身体の危機に冷静にならざるを得ない状況。敵はテンだけなく大ムカデがいる。怒りが視野を狭めていた。
「……そうか、自分が助かるためには藁にも縋るってことか」
逸海の言葉は落ち着いていた。だが普段から聞き慣れる声色ではなくどこか黒を感じる音。濁り、微睡み、それでなお穏やかという聞き心地の悪い声。
「えぇそうです。私は私で必死ですから」
「なら俺がこうするのは当然だな」
逸海の言葉は芥川龍之介の羅生門を彷彿とさせる。因果応報が最適な言葉である。
テンが言葉を返す前に逸海はテンの首筋を掴んだ。
「ほぇ?」
状況の理解が追い付かないテンが間の抜けた声を出すが逸海には無関係。踵を返し大ムカデと対峙すると大きく振りかぶる。
「人間の都合で殺される獣を擁護する団体もあるが……」
テンは逸海の二の句が救いであることを信じていた。だが文節から待ち受けるは絶望である。
「怪異はこの限りではないよな。だって人間が創り出した空想の産物だからな」
「いやあああああああああああああああ」
何度目の絶叫だろうか。テンの悲鳴が住宅街に響き渡る。窓を揺らし、鼓膜を振動させ、大ムカデめがけて悲鳴が飛んでいく。それと同時に逸海はテンを投げると断末魔に耳を貸さずに高校へ向けて再び走り出す。
大ムカデ:藤原秀郷が退治したとされる三上山を七巻き半するほどの超巨大なムカデ(を参考に)