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第八話「新たな出会い」

日の出とともに、リイニャは古代樹のウロに自前で作った寝床から起き上がると、近くの沢で入浴を済ませて朝食を取った。

そしてゆっくりと身体をほぐし、軽く動いてある程度筋肉が温まってきてから一息に刀を抜いた。


その瞬間、

それまで賑やかだった森には静寂が訪れた。


エコーテの森に潜むネズミなどの小動物から猛獣や魔物もが逃げ出し、鳥の声や虫の音に至るまでピタリと止んだ。

リイニャから発される闘気を恐れてのことだった。


そして静寂の中、リイニャの刀が空を斬る音だけが鳴り響く。

それが、リイニャが三百年間続けてきた鍛錬の当たり前の日常となっていた。


だが、その日は違った。

精神を統一させて、一振り一振りに神経を行き届かせ、丁寧に鋭く刀を操る。そんな鍛錬を繰り返すリイニャの耳に、普段は聞こえてこないはずの騒音が風に乗って届いてきた。


エルフの長耳に神経を集中させて聞こえてきた騒音を拾ってみると、どうやら人族の女が魔物と交戦しているらしい。


「人族がこんな森の奥に来るなど珍しいな」


興味を持ったリイニャは刀を鞘に収め、その音のする方向へと手遅れになる前に駆け出した。


しばらくすると前方に、丸太ほどの胴を持つ巨大毒蛇ゴルゴンスネークを相手取り、一人勇敢に立ち向かう赤髪の女騎士と、どう見ても森の中ではふさわしくない豪華なドレスを着たブロンドの少女がその後ろで震えていた。


女騎士の方はそれなりの手練のようだが、少女を守りながら立ち回る必要があるためか、劣勢を強いられていた。

そこに頭上の枝から二匹目のゴルゴンスネークが落ちてきたことで、女騎士は絶望に顔を歪めた。


ゴルゴンスネークは番いで行動する習性を持つ。一匹と遭遇したら、必ずもう一匹も近くにいると思えというのはエコーテの森に暮らすものであれば誰でも知っている知識だった。


「助太刀致そう」


リイニャはそう言ってまずは自分に背を向けていたゴルゴンスネークの胴を切断し、落ちてきた頭を縦に二つに斬り裂いた。


続いて、リイニャを威嚇して噛み付いてきたもう一匹も、かわしざまに首だけ落とし、脳天を突き刺すことで頭を地面と縫い止めた。


「ふむ、こちらが雌か。確かゴルゴンスネークは雌の方が身が旨かったな」


確実に息の根を止めたことを確認して刀を地面から抜き出すと、刀を振るって蛇の血を飛ばし、鞘に収めた。


「ゴルゴンスネークを二匹とも一瞬で!? な、なんと見事な剣捌き! 騎士団の中隊が壊滅させられたこともある魔物ですよ!?」


「エコーテの奥地では、中の下と言った魔物だ。この程度に手こずるようでは命がいくつあっても足りない。そんな場所に貴方たちは何故いる?」


リイニャがそう訊ねると、女騎士の方は我に返ったように勢いよく頭を下げた。


「申し遅れました! ボクはローグリア王国の近衛騎士、リリーベルト・ナイトライト。そしてこちらのお方が…」


「わたくしはローグリア王国の第二王女、セルティア・ローグリアと申します。危ないところをお助けいただき、ありがとうございます」


リリーベルトの後ろで震えていた少女も、自ら一歩前に出ると、そう名乗りをあげた。


セルティアとリリーベルトの歳の頃は十五、六といったところか。

二人とも薄汚れてはいたが、輝くようなブロンドの髪を腰まで伸ばしたセルティアは稀に見る美貌の持ち主であった。

リリーベルトはそのセルティアよりも頭ひとつ分背が高く、赤髪を短く切り揃えた中性的な顔立ちをしていた。


「私はエルフ族のリイニャ。侍だ」


「サムライ…?」


聞きなれない言葉の響きに、首を横に倒したセルティアだったが、説明する前にリイニャはリリーベルトと名乗った女騎士に向き直った。


「肩をやられたのか?」


リリーベルトの肩からは血が滲んでいた。


「はい、先ほどゴルゴンスネークの毒牙が掠りました。恐らくボクの命はそう長くないでしょう」


すでに死を受け入れているのか、諦念を滲ませた表情でそう語ったリリーベルトは、両手でリイニャの手をとって握りしめた。


「不躾なお願いとは理解しています。ですが死にゆくボクの代わりにどうか姫様だけは無事に王国まで送り届けていただけないでしょうか?」


「ああっ、リリー…!」


リリーベルトの言葉を聞いて、セルティアは大粒の涙をこぼした。どうやらただの近衛騎士とお姫様という関係以上に、二人は親しい間柄のようだった。


「エルフ族の里にならば、ゴルゴンスネークの解毒剤があるかもしれぬ」


「この近くにエルフの里が?」


「ここから南へ五十里ほど行ったところに私の故郷の里がある」


一瞬、希望に顔を輝かせたセルティアだったが、リイニャの返事を聞いて失望の色を浮かべた。


「五十里…。ゴルゴンスネークの毒は、毒を負ってから半日以内に解毒剤を打たねばならないと聞き及んでいます。とてもその距離では間に合いませんね」


「いや、間に合う」


剣術において踏み込みの脚力は重要であると、耳にタコができるほど一刀斎に教えられてきたリイニャは、三百年の間、足腰の鍛錬を積み重ねてきた。


そうした鍛錬の結果、リリーベルトを背負い、セルティアを両手で抱きかかえて走り出したリイニャは、二人分の体重の負荷が掛かっているにも関わらず森の中を翔ぶように駆けることができた。


「すごいすごい! リイニャ様、速いです!」


セルティアは興奮したように腕の中ではしゃいだ。


「なんという脚力…魔法としか思えません…!」


信じられないといった口調で、背中でリリーベルトは呟いた。


「貴方たちはどうやってこの森の奥地までやってきたのだ?」


「王宮での舞踏会で、わたくしの命を狙った刺客が転移魔法を使ったのです。リリーベルトはわたくしを庇って、魔法に巻き込まれてしまいました」


「気づいたらエコーテの森の最深部に飛ばされていたんです。リイニャ殿に出会うまで、ボクたちは森の中を二日間、彷徨っていました」


転移魔法。

エルフ族のリイニャからしても聞き馴染みのない魔法だった。どうやら魔法技術も森に引きこもっていた三百年で新しい発展を遂げているらしい。


「あの場でリイニャ様に出会えたのは素晴らしい幸運でした。王国に無事戻ることが叶いましたら、ぜひわたくしからお礼をさせてください」


「不要だ」


リイニャが即答をしたので、セルティアは珍しい珍獣でも見るかのような視線を向けてきた。


「多額の謝礼金はもちろん、お望みであれば優れた武具や爵位などもご用意できるかと思いますが?」


「そんなものはいらない」


リイニャが重ねてそう返すと、セルティアはますます困惑した顔となった。


「ではリイニャ様には何か望みはないのですか?」


「望みならある。剣で師を超え、天下無双となることだ」


「テンカムソウ? それはなんでしょうか?」


「この世に並ぶもの無き、強者のことだ。まだ私は道半ば。もっと強くならねば」


リイニャに独り言のような説明に、セルティアが何か続けて口を開こうとしたが、その前に眼前の森が開けてリイニャが一刀斎と出会った湖が現れた。


「もう里はすぐそこだ。それまで耐えよ」


毒のせいで発熱が始まり、苦しそうな呼吸をしていたリリーベルトに、背中越しにそう声をかけたリイニャは、蘇ってくる師との思い出を密かに胸に奥にしまい込んで、足を止めることなく湖のほとりを駆け抜けた。


そしてわずかな後に、見慣れた生まれ故郷であるリシャルカ氏族の里の入り口にたどり着いた。

リイニャにとって実に三百年ぶりの里戻りだった。

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