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第三話「暴力の快楽」

翌日もまた日課の家の雑用をこなした後、リイニャは一刀斎のいる湖を訪ねた。


「またこっぴどくやられたな」


「弟たちにやられた」


昨日双子の弟たちから受けた暴力で、リイニャの右目には見事な青タンが出来上がっていた。


「ほう、娘。貴様は家族とは不仲であるのか」


「…私は魔法を使えないから…父親も私を落ちこぼれ扱いするし、継母と腹違いの弟たちもいびってくる。だから強くなってあんな家すぐに出て行ってやるんだ」


「家を出ていくだけでは、唯の負け犬であろう」


一刀斎は唐突にそう告げると、リイニャの目の青タンを指さして続けた。


「某の弟子に負け犬はいらん。まずは貴様にその痣を作った弟たちに仕返しをするのだ」


「で、でも弟たちは私より頭一つ分も大きいし、簡単な風魔法だって使えるから…」


「二度も言わん。仕返しをするのだ。そのための技と策を叩き込んでやる」


妖しい笑みを浮かべた一刀斎に、リイニャは震えながら頷くしかできなかった。

ただし一刀斎は弟たちへの仕返しに、木刀を用いることを禁じた。


「武器を使って丸腰の相手を倒したところで、心までは折れん」


殺したいのであれば別だがな、と続けた一刀斎にリイニャは全力で首を横に振った。


その日から、木刀の素振りと立ち合いに加えて、体術の鍛錬が始まった。

サムライとは、戦場では甲冑を着込んだ相手と戦うこともあるため、剣術以外にも相手を組み伏せるための体術を磨くのだそうだ。


生き物の急所がどこであるか、殴るなら蹴るならどのような角度でどの箇所を攻めるべきか、どの関節を極めるべきかなどなど、一刀斎の教えは細部に至り、思っていた以上に覚えることが多くてリイニャの頭はパンク寸前になった。


しかし一刀斎との取っ組み合いを重ねるにつれ、自分の動きやすい形を見出していき、その形に磨きをかけていくことで成長をしていった。


「ふむ、そろそろいいだろう。貴様の弟たちの心をへし折ってこい」


そして体術の鍛錬を始めて十日後、ようやくリイニャの右目の腫れも治ってきたタイミングで一刀斎は弟たちへの仕返しを命じた。


翌日の昼頃、

普段は一刀斎との鍛錬に充てている時間帯に、リイニャは一人近くの川辺に来ていた。

双子の弟たちギルスとライオスはこの時間、よくその川辺で釣りをしたり、仲間たちと遊んでいることを知っていた。


ちょうど都合良くその日は仲間はおらず、弟たちが二人だけで釣りをしたため、リイニャは後ろから声をかけた。


「ギルス、ライオス。この間の借りを返しに来た」


突然現れたリイニャに驚いた様子の弟たちだったが、リイニャがそう告げると互いに顔を見合わせて、ゲラゲラと笑い出した。


「おいおい、落ちこぼれ! 遂に頭までおかしくなっちまったのかよ!」


「仕返しに来たってわけか! テメーみたいな落ちこぼれが俺らに勝てるわけねえだろ」


そう言って二人は立ち上がると、余裕な態度で歩み寄ってきた。二人ともリイニャを完全に舐め切っていた。


その態度に過去に受けてきた数々の暴力や嫌がらせの記憶がよみがえってきて、リイニャは自分の足が震えているのに気が付いた。


「逃げちゃダメ…! 震えてないで戦うんだ…!」


リイニャは小声で一人呟き、自分自身を鼓舞するために太ももを叩いて足の震えをどうにか抑えると、拳を鳴らしながら近づいてくる双子の兄であるギルスを睨みつけた。


そして突然弾かれたように駆け出したリイニャは、そのままの勢いでギルスの股間を思い切り蹴り上げた。


「ギャッ!」と悲鳴をあげてうずくまったギルスの顎先を掠めるようにして殴りつけると、白目を剥いてギルスはその場に倒れた。

顎先を殴られると頭が揺れて気を失うことがあると一刀斎が言った通りだった。


「テメエ、何しやがった!?」


目の前で急にギルスが倒れたことに動揺したのか、双子の弟のライオスは途端に余裕をなくして動揺を見せた。

リイニャは黙ったままライオスの懐に入ると、服の胸袖をつかんでから足をはらって、転ばせた。

そしてすかさず馬乗りになって、上から拳を鼻先目掛けて打ち下ろした。


「イテッ! やめろ! ギャッ! まっ待て! 落ち着け!」


鼻血が出てすぐに涙目になったライオスは、戦意を喪失したのか顔を守るので精一杯で、反撃してくる様子もなかった。


「降参する?」


「あっ、ああ! 悪かった! おれの負けだ!」


悲鳴をあげながら降参したライオスを見て、リイニャは殴るのをやめて立ち上がった。


「て、テメエ! グズがよくもやってくれたなあ!」


声がした方を振り返ると意識を取り戻したギルスがよろめきながらも立ち上がって、こちらに右手の人差し指と中指を立てて向けていた。


「風精霊よ、彼のものを切り刻め! 『風切』!」


魔法の詠唱と共に、複数の風の刃が撃ち出された。

リイニャはそれを自ら斜め前に跳ぶことで、回避した。


『鉄砲は火薬を用いて銃身から鉛弾を恐ろしい速さで撃ち出す武器だ。当たれば鎧をも貫くが、銃の口がこちらを向いた瞬間に跳べば、早々当たりはしない』


一刀斎に魔法の説明をした際に、異界に存在する鉄砲という武器に似ていると語った。

魔法を行使する際に、魔法使いはまず指先で対象を指定し、詠唱を唱えることで魔法を発現させる。

詠唱が終わった瞬間に相手の指先から己の姿を外してしまえば避けられるはずだ、という一刀斎の仮説は正しかった。


「くそっ! ちょこまかと!」


焦りをにじませながらも、ギルスはより早口で詠唱を行い、二発目を放ってきた。

それも詠唱が終わる直前で回避行動を取ることで、リイニャはかわすことができた。


「ぎあっ!!」


リイニャが避けた二発目は、未だ倒れていたライオスに当たってしまったらしく、後ろから悲鳴が上がった。

だが、リイニャにも振り返る余裕などない。


「風精霊よ、彼のものっ! うおっ!」


三発目の詠唱に取り掛かっていたギルスに向けて、先ほど地面に転がった隙に拾い上げた河原の石を投げつけると、狙い通り動揺したギルスの詠唱を中断させることができた。


その隙に一気に駆け寄り、未だ構えられていた右腕を両手でつかんで捻り上げ、肘の関節を極めることで地面に組み伏せた。


「いてええ! テメエ、このボケ! こんなことして後でどうなるかわかってんのか!?」


ギリギリと肘を極められていても、未だに憎まれ口をたたくギルスの耳元でリイニャはささやいた。


「ギルスが私の耳を石で折ったように、ギルスの耳も石で潰すか、肘をこのまま折るか、どっちか好きな方を選んで?」


「じょ! 冗談だろ!? 投げた石が耳に当たったのは謝る! あれは事故だったんだ!」


「10、9、8、7、6…」


ギルスの言い訳を無視して、カウントダウンを始めたリイニャに本気を感じ取ったのか、一気に冷や汗をかき始めたギルスは、懇願するように謝罪を始めた。


「すまない! 今まで俺らが悪かった! もう二度とあんたに絡んだり、からかったりしないと約束する! だから許してくれ!」


「その約束、森神様に誓える?」


「ああ、エコーテの森神様に誓う! 誓うからどうか許してくれ!」


泣き叫ぶような声をあげてそう告げたギルスのことを、一瞬迷ったあと、リイニャは解放することにした。

森神に誓うということは、エルフ族にとってはとても重たい意味を持つ。

さすがの悪ガキである弟たちでもその誓いを破るほど愚かではないだろう。


先ほど悲鳴を上げたまま声が聞こえなくなったライオスのことが気になって見に行くと、腕から頬にかけて『風切』の魔法で皮膚を切り裂かれ、血がにじんでいた。

本人は出血のショックで失神をしたようだが、縫う必要はない程度の浅い傷だったので、リイニャは内心ほっと胸をなでおろした。


「ライオスをおぶって家に帰って、手当してあげて」


リイニャがそう告げると、ギルスは言われた通り大人しく弟を担ぎ上げて、いそいそと振り返ることもなく家の方へと消えていった。


「勝った…」


その時になってようやく緊張がほどけて、リイニャはその場でへたりこんだ。


そしてしばらくするとゾクゾクと、勝利の快感が背筋を登ってきた。


「勝った勝った勝った!」


今まで自分をいじめてきた弟たちの心をへし折った、あの瞬間。

生まれてきて一番気持ちがよかった。


「あはっ! 戦うって、楽しい!」


それは、リイニャが暴力と勝利の快楽に目覚めた瞬間でもあった。

ここまで本作をお読みいただきありがとうございます。

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