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第二十三話「復讐」

突然の決着と近衛騎士団長の敗北と言う結果に、闘技場に詰めかけた三万の観客たちからは悲鳴や動揺の声が上がり、その場は騒然となった。


地面に倒れ臥したシャリオンを見下ろしながら、リイニャはわずかに唇を噛んだ。

リイニャの振るった『雪桜』は、確実にシャリオンに致命傷を与えていた。シャリオンから流れ出る血だまりは、止まることなく広がり続けた。


リリーベルトの父親であるシャリオンを殺したくはなかった。

だが、手加減して勝てるほどに甘い相手ではなかった。


「『縫合』『操血』『治癒』」


「…っ!」


思わずリイニャは後ろに跳んで距離を作った。

いつの間にか気配もなく、一人の白髭を長く伸ばした老人がシャリオンの隣に立っており、杖を向けて魔法を行使したのだ。


腰が曲がった老人は、リイニャよりも小さく見えたが、持っている杖は身長の二倍ほどもある大杖であり、豪華な装飾が施されていた。


そして驚くことに、目の前でシャリオンの傷口が魔力で編まれた糸で縫合され、体外に出てしまった血液が空に浮かび上がり、再びシャリオンの体内へと戻り始めた。


すると先ほどまで死人のような青白い顔をしていたシャリオンの顔色にも、赤みがさした。


「貴方が大賢者か」


その鮮やかなまでの魔法操作を見たリイニャは、確信を持ってそう訊ねた。


「その通りじゃ。儂の名はソマリ・ルルーシラ。どの様な野心を腹に抱えていようと今この国はシャリオンを失うわけにいかぬ故、神聖な決闘の場に踏み入ったこと許されよ」


大賢者はそう言ってリイニャの腹の傷を指差した。


「お嬢さんの傷も治して良いか?」


「ああ、それは助かる」


リイニャが頷き返すと、大賢者は杖の先をリイニャに向けて魔法を唱えた。


「『光輪束縛』」


途端に、光でできた複数の輪がリイニャの手足を拘束し、リイニャはバランスを崩してその場で倒れ込んだ。


「…どういうつもりだ?」


「久しいの、狂剣鬼の弟子」


「なななななななんのことだ!?」


リイニャは、冷や汗を盛大にかきながらも惚けてみせたが、動揺でどもりまくったために、大賢者から冷ややかな視線を向けられた。


「誤魔化されるものか。その声、その容姿、その折れ耳、その刀…貴様一人に私とその部下たちは足止めをされ、傭兵王は狂剣鬼に殺された。あの夜の無念は、ひと時も忘れたことはない」


どうも言い逃れができる様な気配はなかったため、リイニャは観念することにした。


「そうか、あの夜に戦った戦士の一人だったか。いかにも、私は狂剣鬼と呼ばれた伊東一刀斎の弟子のリイニャだ」


「ほほ、素直に認めるか」


「ああ、煮るなり焼くなり好きにしろ。ただし、唯では死なんがな」


腹をくくったリイニャは、毅然とした態度で見下ろしてくる大賢者を睨み返した。


「ほっほっほ、今すぐ殺してやりたいところではあるが、この衆目の中で決闘の勝者を殺すのは些かまずいのう。

『昏睡』」


大賢者は当たり前の様に魔法の二重詠唱を行ってきた。

リイニャは途端に強烈な眠気に襲われたが、舌を思い切り噛み潰し、痛みで意識をどうにか繋げた。


「耐えるか。『昏睡』『昏睡』『昏睡』」


更に重ねて魔法を唱えてきた大賢者だったが、強靭な意思で耐え続けるリイニャに、大賢者は苦々しく顔を歪めた。


「仕方ないのう。『撃雷』」


バチンッと言う音と共に強烈な電撃でリイニャの体は跳ね上がり、ようやくリイニャは意識を手放した。



*****



目を覚ますと、リイニャは牢獄に閉じ込められていた。両手には木製の手枷をはめられており、愛刀は取り上げられていたが、シャリオンに刺された腹を見ると丁寧な手当がされていた。


「目を覚ましたか」


「その声…シャリオンか」


姿は見えないが隣の牢から声をかけられた。声の主はシャリオンであり、リイニャと同様にシャリオンも牢に閉じ込められているようだった。


「どうして貴方まで牢にいる?」


「決闘の後にミーティア様が正式に玉座を継いだ。俺は近衛騎士団長の任を解かれ、国家反逆罪に問われて投獄されたのさ」


己の顛末を語るシャリオンの口ぶりには、どこか清々しさがあった。


「あの決闘からどれだけの日が経った?」


「もう二日が経った。よく寝ていたな。セルティア様やリリーベルトがあまりに目覚めないので心配していたぞ」


「貴方に放った『雪桜』は、一度振るうとしばらく動けないほどに消耗する技でな。今回は連戦の疲労や、腹の傷も重なってずいぶん寝ていたようだ」


「『雪桜』か。あの技は…美しかった。剣の極致を見たようだった」


シャリオンは憧憬にも似た感情をリイニャに抱いていた。剣の天才と人々から言われ続け、己を超える剣士と出会ったことのなかったシャリオンだったが、リイニャの剣を見て改めて剣の奥深さを知ったような気がしていた。


「まさか。あんなものが剣の極致な訳がない。まだ粗削りで未完成な技だ。少しずつ磨き上げてはいるが、未だ師匠は殺せないだろう」


「師匠か…まさか、お前が傭兵王を暗殺した狂剣鬼の弟子だったとはな。王国ではお前の処遇を巡って意見が二分しているそうだ。傭兵王の仇として処刑するべきか、過去の遺恨は水に流して解放するべきか」


「そうか」


リイニャは興味なさげに返答すると、さっさと脱獄してしまおうと辺りを見回した。しかし鉄格子にも煉瓦造りの壁にも、細かな魔法陣が施されているようで、ただの牢ではないことが見受けられた。


「この牢は魔導塔の地下に作られた大賢者特製の特別牢だ。幾重にも魔法が張り巡らせれており、脱獄は不可能だろう」


そんなリイニャの様子を察したのか、シャリオンはそう説明をしてきた。

しかし試してみなければわからないとリイニャも壁を蹴ったり、よじ登って天井を叩いたりと色々と試してみたもののまるで効果はなく、一刻程して諦めたリイニャはごろんと横になった。


「傭兵王の側近であったという大賢者とは顔を合わせないようにしようと思っていたのに。貴方が妙な企てをするから、あんな大観衆の前で決闘することになって、大賢者に見つかったのだ」


不貞腐れたようにそう語るリイニャに、シャリオンは思わず苦笑した。


「それを言うなら、お前のせいで私の長年の計画は潰されたんだがな。お前はこの国のために動いたのではなく、ただ私たちと戦ってみたかっただけだろう」


「ああ、素晴らしい戦いだった。だが、決闘に挑んだのはセルティアとリリーベルトのためでもあった」


「…そうか」


シャリオンはそう呟くと押し黙った。


「貴方の剣には俗物の曇りはなかった。多くの人間を裏切ってまで、貴方は何をしたかったのだ?」


「…妻の…亡き妻の復讐をかなえてやりたかった」


「リリーベルトの母親か」


「ああ、美しく気高い女性だった」


そうして、シャリオンがポツポツと語り出したのは、亡き妻アルメリアとの思い出だった。


シャリオンとアルメリアが初めて出会ったのは、まだ二人が二十歳の頃だった。

青獅騎士団の前団長の下で副団長を務めていたシャリオンは、外交官の護衛として同盟国であったスワロニア王国を訪ねた。

その際にスワロニア側の騎士としてアルメリアは外交会議の場に参席していた。

アルメリアの燃えるような赤髪と、勝気な黄色の瞳にシャリオンは一瞬で目を奪われた。


アルメリアは女性の身でありながら、その剣術はシャリオンをもってしても舌を巻くほどの実力で、互いの剣を認め合ったシャリオンとアルメリアはすぐに恋仲となった。

手紙のやり取りを重ねて愛を育み、アルメリアがシャリオンに嫁いだのは出会ってから三年後のこと。

その翌年に、アルメリアはリリーベルトを生んだ。

それからの数年間はシャリオンの人生で最も幸福な時期となった。


しかし、今から十二年前。

西の軍事国家コルバードがスワロニアに宣戦布告をし、急襲した。

スワロニアはすぐに同盟国のローグリアに救援を要請したが、ローグリア王が送った兵はわずか三百であった。

そしてすでに近衛騎士団の団長となっていたシャリオンは、王に直談判をしたもののスワロニアへ赴くことすら許されなかった。


『ローグリアはスワロニアを見捨てたのですね』


『待て、アルメリア! どこへ行こうというのだ!?』


『祖国を守りに行くのです。リリーを頼みました』


シャリオンの制止も聞かず、アルメリアは一人馬を駆け、戦場へと向かってしまった。

そしてその一月後、シャリオンはスワロニアが滅ぼされたことを知った。

王都は焼け落ち、王族は一人残らず首を刎ねられ、民も虐殺されたという報を聞いたシャリオンは、居てもたってもいられず密かに単身スワロニアへと向かった。


そこで見た景色はまさに地獄だった。

かつては白壁と青緑瓦の美しく活気のある街並みであった王都は灰燼と化し、そこかしこに死体が転がっていた。すでに略奪の限りを尽くしたコルバードの兵たちは立ち去っており、わずかに生き残った民たちが屋根の残る廃墟の中で焚火に身を寄せ合っていた。

その誰もが表情の抜け落ちた空虚な顔をしていた。


絶望に飲み込まれそうになりながら、シャリオンは必死にアルメリアの行方を捜した。

そして捜索を始めて四日後、シャリオンは奇跡的にアルメリアを見つけることができた。


『君…なのか? アルメリア?』


敵兵に嬲られ、四肢を欠損し、鼻や耳をそがれた状態のアルメリアが全身をぼろ布で包まれた状態でまだかすかに息をしていた。

スワロニアの貴族や騎士たちがこぞって国外に逃げ出す中、アルメリアは民を避難させるために最後まで勇敢に戦い続けた。

生き残った民たちはその雄姿を見ていたため、自分たちの少ない食料をアルメリアに分け与えながら、食事の世話と最低限の治療をしてどうにか命を繋がせていた。


しかし未だ生きているのが不思議な重傷であり、どう見てもアルメリアが助かる見込みはなかった。


『シャ…リ…オン』


『ああ、俺はここだ』


声を聴いて初めて目の前の存在が愛した妻だと確信したシャリオンは、その場で跪き、頬に手を添えた。


『復讐を…コルバードに…ローグリア王に復讐を』


残りの命を絞り切り、呪詛のように紡がれた言葉がアルメリアの最期となった。

その言葉は呪いとしてシャリオンの心の奥底に根付いた。


その後、アルメリアの遺体をローグリアまで持ち帰ったシャリオンは、妻は病死したのだと周囲の者たちには告げた。

葬式も上げず、自らの手で妻を埋葬したシャリオンはその後の人生を復讐に捧げると誓った。


長い語りを終えたシャリオンは、話し疲れたのか一度深く息を吐いた。


「――亡き妻のための復讐、か」


「そのためにローグリア王を殺して自ら国の実権を握り、軍を率いてコルバードを殲滅する。そして、奴らの国でスワロニアの地獄を再現してみせる。それが私の思い描いた復讐だった」


「第一王子のダンウェルもコルバードへ侵攻するつもりでいたはずだ。ダンウェルを次の王に戴こうとは考えなかったのか」


「あの王子は清廉すぎる。憎き敵国とはいえど虐殺など許さないだろう」


そう言われてリイニャも素直に納得してしまった。

一度砦で会話を交わしたダンウェルは良くも悪くもまっすぐな性格であり、必要以上の殺人は許さない潔癖さの持ち主である様に思えた。


「復讐など愚かなこととはわかっている。だが、妻のために戦ってやれなかった私ができる、せめてもの手向けだった」


「愚かとは思わない。私の師匠は異界から来た侍だったが、師匠の故郷では肉親のための復讐を果たすことは立派だと称賛されたそうだぞ」


「…そうか、国や土地が変われば価値観も変わるものだな」


自虐的なシャリオンの言葉にリイニャがそう返すと、シャリオンは小さく笑った。


「ここだけの話、私も仇討ちをしようと思っている」


「ほう、リイニャにも復讐したいほど憎い相手がいるのか。誰が仇だ?」


リイニャがそう切り出すと、シャリオンも興味を持ったように訊ねてきた。


「三百年前に私の師匠を殺した魔族だ。余命いくばくもない老境の師匠が、自ら死に場所を求めて戦った結果だと気に留めていなかったが、その魔族は己が師匠を討ったと殊更に喧伝しているらしい」


リイニャはかつてエルフの里で戦ったオークの将から聞いた話を思い出していた。


「故に弟子の私がその魔族の首を刎ねて、改めて天下に知らしめなければならない。私の師匠は真に天下無双だったとな」


「…その魔族が誰かはわかっているのか?」


「今の魔皇帝らしい」


リイニャがそう語ると、しばらくしてシャリオンは突然腹を抱えて笑い出した。


「クックック、あの魔皇帝を斬るか! それは壮大な復讐だな! まさか魔皇帝も三百年越しに弟子に命を狙われることになろうとは思っていないだろう!」


そんなことを言って尚も笑い続けるものだから、話したリイニャの方は憮然としてしまった。


「――いや、笑ってすまない。だが私は今、己を打ち負かしたのがお前でよかったと思っているぞ、リイニャ」


「なんだそれは?」


褒められたのか馬鹿にされたのかよくわからなかったリイニャは、釈然としない気持ちを抱えたまま不貞寝したのだった。

ここまで本作をお読みいただきありがとうございます。

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