第二十一話「爆裂」
「爆ぜやがれ!」
アッシュゲルとの戦いの余韻に浸る暇はなく、リイニャが声のした頭上を見上げると、跳躍した魔砲騎士団長のパンジーが鎖で繋がれた人の頭ほどある鉄球を振り下ろしてきた。
咄嗟に気絶したアッシュゲルの襟首を掴んで、共に横に飛んだリイニャだったが、パンジーの鉄球は地面に当たると同時に爆発を起こし、直撃を避けたリイニャも爆風に巻かれて地面を転がされた。
「ガハハハ! よく避けたな、エルフ!」
「おいおい、アッシュゲルも巻き込んで殺す気か?」
「負け犬のことなんざ知らないね! あたしはあんたさえ殺せればそれでいい!」
そう言って今度は両手で二つの鉄球をそれぞれ振り回すと、その人並外れた腕力で投擲してきた。
魔法使いでありながら、シャリオンを超える巨躯と怪力を持つ女魔法使い。
その鉄球に込められた『爆散』の魔法はローグリア王国随一の破壊力を持ち、砦をも吹き飛ばすと敵国からは恐れられていた。
「ずいぶん乱暴な魔法使いだな!」
鉄球が地面に当たるたびに爆発が起こり、土煙で視界が塞がれた。
だがリイニャも爆音で耳鳴りが止まらなくなっており、敵の位置がわからない。
ひとまず抱えていたアッシュゲルを戦いに巻き込まれない通路側に放り投げ、どう接近しようかと考えていたリイニャだったが、土煙の中をパンジーの鉄球は正確にリイニャを狙って襲ってきた。
「索敵の魔法か?」
鉄球を避け、爆発の直撃は免れても、爆風によって地面を転がされてしまい態勢を崩される。
すでにリイニャは土砂まみれとなっていた。
だが流石にこれだけの高火力の魔法を連発すれば、すぐに魔力切れを起こすはずだ。
それまでかわし続ければ勝利すること自体は容易い。
そう思った矢先、ピタリと鉄球による爆発は止まり、不気味な静寂が降りた。
しばらくして土煙がおさまると、先ほどまでは人の頭ほどであった鉄球が、今ではリイニャの身長と同じくらいの大きさまで巨大化していた。
「この鉄球は魔喰銀の特別製でね。魔力を込めれば込めるほど質量が増す。出し惜しみはなしだ。今込めた魔力は先ほどまでの十倍! 爆破の威力も十倍さ!!」
パンジーの怪力を持って放たれた鉄球は、ゆっくりと弧を描いてリイニャの元まで降ってきた。
斬るか?
いや触れた瞬間に爆発すればタダでは済まない。
とすれば、どうするか。
リイニャは瞬時に判断して踵を返すと、パンジーに背中を向けて全力で逃げ出した。
闘技場の舞台と観客席には人三人分ほどの高さの隔たりがあり、そびえる壁の手前で鞘を地面に突き立て、それを足場にリイニャは飛び上がった。
更に壁を二、三度蹴って刀を壁に突き刺し楔として、あとは腕力で体を持ち上げると壁の上まで登ってみせた。
直後、背後で起こった大爆発に闘技場が揺れた。
観客席からも悲鳴が上がり、巻き上がった土煙はなかなか収まらなかった。
リイニャは注意深く様子を見ながら壁から降りて鞘を拾うと、再び腰に差した。
ようやく晴れてきた土煙の向こうから、パンジーが声をかけてきた。
「ガハハハ! 敵に背中を見せて逃げるとは騎士道に反するぞ!」
「私は騎士ではない、侍だ。師匠も危なくなったらよく逃げていた」
「そりゃあ、いい師に恵まれたな!」
パンジーは、そう言うと持っていた鉄球を無用とばかりに後ろに放り投げた。
「さっきの爆発にありったけの魔力を込めたから、もうすっからかんだ!」
「では降参するか?」
「まさか! こっからが本番ってやつさ!」
そう言って懐から、鉄甲を取り出すと両腕に嵌めて打ち鳴らした。
「魔法使いではないのか?」
「あたしは拳闘試合でも負けなしなんだよ!」
そう言うと、パンジーは元気よく駆け出してきた。
その魔法使いらしからぬ脳筋ぶりに半ば呆れつつ、リイニャは刀を鞘に収めた。
「ならば私も徒手でいこう」
「いいねえ! 気に入ったぜ!」
パンジーが嬉しそうに破顔しながら打ち出した拳を横から叩いて軌道をずらし、懐に潜り込んだリイニャは、そのままパンジーの鳩尾に拳を叩き込んだ。
「うげぇっ!」
腹を抑えて後退りしたパンジーは驚愕に目を見開いた。そこらの町娘と変わらない見た目のエルフの拳が、想像の何倍も重く、鋭かったからだ。
細く見えても長い鍛錬で鍛え抜かれたリイニャの鋼の体が秘める出力は、並の人間の比ではなかった。
更に一刀斎に叩き込まれた体術を磨き上げたリイニャは、拳で大森林に住まう凶暴な魔物たちの大半を撲殺できるまでになっていた。
だがパンジーとて怯まない。
今度は油断なく脇を締めて、鋭く拳を繰り出し、的確にリイニャの急所を狙ってきた。
その人間離れした怪力は凄まじく、一度パンジーの拳を腕で防御したリイニャは骨が軋むのを感じた。
まともに受けてはいけない。
リイニャは上体を前後左右に振ってパンジーの拳を避け、隙を見てはパンジーの鼻っ面に拳を叩き込み、前足の内腿を蹴っていった。
「やべえな、あんた! 女であたしと殴り合える奴なんざ、初めてだぜ!」
「ああ、私も楽しいぞ」
鼻血を噴き出しながらも嬉しそうなパンジーに、リイニャもにやりと笑みを返しながら容赦なく打撃を浴びせていった。
「うおりゃあ!」
パンジーが思い切り踏み込んで、下から掬い上げるように拳を振るってきたのを、リイニャは上体を後ろに倒してかわすと、パンジーの踏み込まれた左足膝の皿を踵で踏み抜いた。
バキリッという鈍い音と共に、皿の骨が割れる感触を足裏で確かに感じながら、体勢を崩したパンジーの顎先を思い切り殴りつけると、脳みそが揺れたパンジーは一歩二歩と下がり、膝をついた。
「えげつねえ技を使いやがる…! こりゃあ、まともに戦えばあたしの手には負えない。けどね…」
パンジーは不意にそれまで浮かべていた楽しそうな顔を引き締め、息を思い切り吸い込むと再び立ち上がった。
「あたしは負けられないんだよ!」
膝の皿を割られたと言うのに、気合いだけで地面を踏みしめ駆け出したパンジーは、思い切り拳を突き出してきた。
リイニャは余裕を持ってその腕を取ると、一本背負いの要領で腕を起点としてパンジーのことを地面へ叩きつけた。
「捕まえたっ!」
背骨が軋む音が響き、息を詰まらせたパンジーだったが、すかさず下からリイニャの襟首を握り込み、怪力で持ってリイニャを引き寄せると羽交い締めにした。
その力は凄まじく、リイニャといえど両手を動かすことすらままならなくなった。
「拳闘だけではなく寝技の心得もあるのか?」
「…悪いけど、あんたにはここであたしと死んでもらうよ。好いた男のためだ。恨んでくれて良い」
パンジーはそう言うと覚悟を決めた顔で、詠唱を始めた。
「火精霊よ。我が命を贄とし、豪爆の嵐を下せーー」
パンジーが唱え始めた魔法は、己の命を捧げ、大爆発を起こす自爆技であった。
*****
パンジーは平民の出自だった。
生まれながらにして膨大な魔力と怪力を持っていたパンジーは周りから化け物と恐れられてきた。
碌に教育など受けてこなかったが、その腕っぷし一つで傭兵から三宝剣にまで上り詰めた女傑であった。
己よりも弱い男に興味はなく、その強さゆえに恋愛も知らぬままに歳を重ねていった。
そんなパンジーが生まれて初めて己よりも強者であると認めた異性が、五歳下のシャリオンであった。
立ち合いに負けたことをきっかけにシャリオンに惚れ込み、シャリオンが病で妻を亡くして以降ずっと求婚を続けていたパンジーだったが、相手にされず長い間友人としての関係を続けてきた。
それが昨年、パンジーの誕生日を祝う夜会にてシャリオンからパンジーに提案があった。
共にセルティアを次代の王とし、三宝剣で実権を握るために協力してほしいのだという。
『政治に興味はないね。あたしが興味あるのは闘いと、あんただけさ。シャリオン』
『協力の見返りとして私はお前を妻に迎えよう。心から愛せるかはわからないが、望む数の子を為そう』
『その話、乗った!』
そして呆気なくパンジーはシャリオンの提案を受け入れたのだった。
*****
計画はすべて想定通りに進んでいた。
しかし、突如として立ちふさがったエルフの剣士は、アッシュゲルを倒した。
パンジーの爆撃魔法も通用せず、どころか殴り合いでも圧倒された。
真っ当に戦っても勝てない怪物だと、パンジー理解してしまった。
それでも、せめてシャリオンの野心をかなえてやりたい。
そんな女の純心が、パンジーに自爆という選択を取らせた。
「火精霊よ。我が命を贄とし、豪爆の嵐を下せ。『爆ーーっ!」
パンジーは最後まで詠唱ができなかった。
両手がふさがった状態のリイニャが、その喉元に飢えた狼のように噛み付いたからだった。
喉がつぶされ、呼吸が詰まったパンジーは耐えられずリイニャを突き飛ばした。
「そんなに死に急ぐものではない。貴女はまだ若いのだから」
いつの間にか鞘ごと刀を腰から抜いていたリイニャは、パンジーの顎を勢いよく弾き上げ、その意識を刈り取った。
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