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第二十話「闘技場」

王都の中心部に建てられた円形の闘技場。

約三万人を収容できる堂々たる巨大建築物は、傭兵王が民の娯楽のために建てさせた物だった。


かつては剣闘士を戦わせて人気を博していたが、四代前の国王によって血生臭い剣闘は禁止され、今では劇場やコンサートホールとして使われる様になっていた。


そんな闘技場にてリイニャと三宝剣の決闘は執り行われることとなった。

約一世紀ぶりに本来の闘技場としての役割を果たすことになったわけだが、ミーティアの発案で高額な入場券を販売し観客を入れることとなった。


決闘は調査隊が戻った翌日の開催となったが入場券は即完し、王国の税収一年分にも及ぶ収益が上がったと喜ぶミーティアを見て、リイニャはその商根の逞しさに呆れてしまった。


貴族たちや教会の有力者、大商人、軍人やマフィアなど金を持つ人々で闘技場の席は埋め尽くされ、そればかりか入場券が買えなかった庶民たちまでもが闘技場周辺に集まり、出店が立ち並んだ。


「闘技場の外からでは、戦いも見れないだろうに」


「雰囲気や物音だけでも味わいたいんだろうさ。民は娯楽に飢えてるからなあ」


リイニャはシスカーンとそんな会話を交わしながら、闘技場の中央舞台へとつながる通路を歩いていた。


ミーティアとセルティアはすでに王族用の観覧席で、決闘人の登場を待っていることだろう。


「一人で三宝剣を三人とも相手にしようってんだから、嬢ちゃんも大概頭がおかしい。命が惜しくないのかねえ」


「ずっと一人で修行をしてきたからな。更に強くなるには命懸けの戦いが必要なのだ」


「まだ強くなりたいのかい」


「目指すは天下無双だからな」


そして通路が終わり、リイニャが闘技場の舞台中央に歩みを進めると、満席の観客席からは一斉に罵声や怒声が投げかけられた。


「裏切り者!」

「余所者の恥知らず!」

「金の亡者め!」

「耳長は森に帰れ!」


そのあまりの騒がしさに、リイニャは顔を顰めた。


「ずいぶんな嫌われようだ」


「三宝剣側が噂を流したのさ。セルティアの嬢ちゃんの護衛だったエルフが、金に目をくらませて裏切り、ミーティアの代理の決闘人になったってなあ」


「自分たちが裏切っておいてよくもまあ」


呆れると同時に、民衆が敵にまわるのも仕方ないことだと納得した。

ただでさえ三宝剣は国の英雄で、セルティアは民からの人気が高い。

わざわざ余所者のエルフを応援する奇特な者はまずいないだろう。


「三宝剣もようやくお出ましのようだ」


反対側の通路から三宝剣たちが姿を現すと、それまでとは一転して観客からは大きな歓声が上がった。

三宝剣の三人はまるで舞台役者の様な堂々とした立ち振る舞いで観客たちの声援に応え、笑顔を見せていた。


三人のその表情に緊張はなく、自信に裏付けされた余裕を感じさせた。


それからラッパ隊の音が響き渡ると、観客たちも徐々に静まり返っていった。

拡声の魔法を用いているのだろう、宰相のサザンが闘技場に響き渡る声で語り出した。


この決闘が次期国王を決めるための戦いであること。

リイニャ側の希望により、三宝剣側は三人が決闘人であること。

決闘には武具や魔法の使用制限はないこと。

決闘は片方が降参するか死ぬまで続けられること。

そのほか細々した説明がなされたが、リイニャはまるで聞いていなかった。


視線の先には完全武装をした三宝剣がおり、すでに闘気を漲らせていた。


「シスカーン」


「なんだ?」


「セルティアとミーティアに伝えてくれ。極上の戦いの場を用意してくれたこと感謝する、とな」


肉食獣が獲物を前に舌なめずりするような顔で三宝剣を見つめるリイニャに、シスカーンは悪寒を覚えた。


そして遂に決闘開始の時刻となり、リイニャは闘技場の舞台中央へと歩いて行った。

だが三宝剣の方はそのうちの一人、青獅騎士団の騎士団長であるアッシュゲルのみが歩き出した。


「なんだ、貴方一人か」


「ええ、君を殺すなら僕一人で十分でしょう?」


「三人同時が良かったが仕方ないか」


リイニャはゆっくりと刀を抜き、その切先をアッシュゲルに向けた。


「さあ存分に死合おうか」



*****



アッシュゲル・クロスライト。

子爵家の長男に生まれ、幼い頃より剣と魔法の才を見出され、神童と呼ばれてきた。


同世代の子供達に武芸で負けたことはなく、齢十三の頃には大人の騎士相手にも互角以上の戦いをするようになった。


第一王子のダンウェルとは同い年で、互いに武芸を好むこともあって学生時代を通して親交を深め、無二の友人と言える間柄となっていった。


そんなアッシュゲルが唯一勝てなかったのは、十五歳上のシャリオンだった。

四年に一度王国で開催される剣術大会に、十四歳で初出場したアッシュゲルは準決勝でシャリオンに敗れた。

十八歳、二十二歳の年にもシャリオンに敗れ、準優勝に終わった。


だがシャリオンも才能あふれるアッシュゲルを目にかけ、剣術を通して師弟とも好敵手とも言える仲となり、アッシュゲルは次第にシャリオンに心酔するようになっていった。


史上最年少の二十歳で騎士団長に任命され、次期国王の座をかけた派閥争いが激化する中、当然ダンウェルを友として支えることを誓ったアッシュゲルだったが、昨年のある夜シャリオンに極秘で呼び出され、語る機会があった。


『ともにセルティア様を次代の王にしないか?』


シャリオンは第二王女のセルティアを次代の王にしたいと話し、アッシュゲルにも仲間になって欲しいと告げてきた。


最初は断ったが、憧れでもあったシャリオン直々の勧誘に心は揺らいだ。


『…なぜ僕なんですか?』


『セルティア様を王にした後、お前はセルティア様の伴侶となり強き子を産ませるのだ。今の王家は傭兵王の血が薄まり、軟弱者ばかりとなった。故に他国にも舐められる。再び真に強国となるために、お前の様な強者の血を王家に入れねばならない』


『僕の血を王家に? シャリオン様ではなく?』


『お前の戦士の才は俺を遥かに凌ぐ。だからお前に頼んでいるのだ』


己のことをシャリオンがそれほどまでに認めているという告白にアッシュゲルはその場で感涙した。

そして同時にダンウェルを裏切り、シャリオンの仲間になることを決意したのだった。



*****



「あとは君さえ殺せば、全ては計画通りうまくいく」


アッシュゲルは、刀を構えるリイニャに向かってそう呟くと、羽織っていたマントを左右に開いた。

マントの内側には、薄く研がれた剣身のみが六本、括られていた。


「『雷操』」


そうアッシュゲルが魔法を唱えると、雷を帯びた六本の剣身はそれぞれが意思を持ったかのように宙に浮かび、その切先がリイニャへと向けられた。

そしてアッシュゲルが指を鳴らすと、六本の剣身は恐ろしい速さで、リイニャへと襲いかかった。


「っ! 曲芸じみた技だな!」


前後上下左右、全方向から立体的に絶え間なく襲いかかる剣を避け切れるものはまずいない。

事実、西のコルバード王国からの侵攻を迎え討った際、アッシュゲルは『雷操』で三百の敵兵の首をあげてみせた。


「…なるほど、君も優れた才を持っているようだね」


しかし予想に反してリイニャは刀で弾き返し、体捌きでかわし、襲いかかる六本の剣身の攻撃を防ぎ続けた。

アッシュゲルはその動きに目を細め、警戒心を一段高く設定することにした。


「油断はしない。確実に殺す。『雷脚』」


新たな魔法を詠唱すると、脚に雷を纏わせた。


「ほう、二重魔法を使うか」


それを見たリイニャが驚いたような視線を向けてきたので、アッシュゲルは微笑みを返した。


『雷操』を継続しながら、『雷脚』を同時に発動させてみせたアッシュゲルだが、同時に二つ以上の魔法を発動できる者は万に一人と言われる程に希少だった。


剣の天稟に加えて、魔法使いとしても稀有な才能を持つ。故にアッシュゲルは史上最年少でローグリア王国騎士団の団長にまで上り詰めたのだ。


「これで、さよならだ」


『雷脚』は雷の如き超高速の移動を可能とする魔法であり、アッシュゲルの必殺の魔法だった。

『雷操』で六本の剣身を操り、敵の意識をそちらに向けさせ、『雷脚』による超高速移動をもって敵の死角から急所を貫く。

この一連の技を防いだのは、今までシャリオンただ一人。


アッシュゲルは爆発的な速度で駆け、リイニャの背後に回ると同時にその心臓目掛けて必殺の刺突を突き出した。


「止めた…だと!?」


突き出されたアッシュゲルの必殺の刺突は、紙一重のところでリイニャの刀身の腹に防がれ、弾き返された。


「動揺が魔法の操作に出ているぞ」


リイニャは『雷操』で動く剣身のわずかな乱れを見逃さず、そのうちの二本を刀の柄頭で叩き折った。


「くっ!」


慌てて『雷操』に意識を再び集中させるが、本数の減った剣身は余裕をもってリイニャにかわされるようになったばかりか、一本一本リイニャはへし折っていき、直ぐに全ての剣身を砕かれてしまった。


「さて次は何で楽しませてくれる?」


ここまで完璧な形で、『雷操』を攻略されたことはアッシュゲルにとって初めての経験だった。

期待するような眼差しを向けてくるリイニャに、アッシュゲルは唇を噛むと、一度リイニャから距離をとって『雷脚』を解除した。


「これ、本当はシャリオンさんを倒すために用意していた奥の手なんですけどね。君に敬意を表して初披露といきましょうか」


アッシュゲルはそういうと、剣で己の両手両足を斬り裂いた。


「雷神よ。我が血肉を贄とし、我が敵を滅する雷を纏わせたまえ。『雷鳴纏衣』!」


その詠唱と共に、落雷の如き強烈な眩さが闘技場を満たした。

そして観客たちの視界が戻ると、そこにいたのは雷を全身に纏ったアッシュゲルであった。


「この魔法は『雷脚』以上の高速移動を可能としながら、僕の剣に触れたもの全てを焼き殺す雷を宿させる。先ほどと同じように剣を受ければ、即死だと思った方がいい」


アッシュゲルがリイニャに魔法の説明をしたのは、それが防ぎ切れるものではないという確固たる自信があるからに他ならない。


対するリイニャはだらりと刀を下げると、下段の構えを取った。

体も脱力しきっており、一見勝負を投げたかのようにも見えたが、対峙するアッシュゲルはリイニャの極限まで研ぎ澄まされた刃の如き鋭い眼光を見て、唾を飲んだ。


これは…怯え…? 

まさか、なぜ僕が?


一瞬よぎった不安を振り払うように、首を振ったアッシュゲルは、息をゆっくり整え、そして水面を奔る稲妻のような恐ろしい速度で地面を駆けた。


観客からはその姿が突如消えたようにしか見えなかっただろう。

雷の残滓のみが、その移動の軌跡に残された。


アッシュゲルはあえてリイニャの真正面から斬りかかった。


慢心と自信、その両方。

防御不可の雷速の横一閃。

時間が引き延ばされたかのような超感覚。


しかし、アッシュゲルは確かにその瞬間、リイニャが笑うのをはっきりと見た。


キンッ!


と、涼やかな音と共に、振るったアッシュゲルの愛剣が半ばで断たれた。

同時に腹に氷柱が差し込まれたような冷たさを感じた。


「ごふっ!」


アッシュゲルの口から血が吹き出し、腹を見てみるとそこにリイニャの刀が深々と刺さっていた。


「速い。だが剣の技に工夫が足りぬな」


リイニャが刀を腹から引き抜くと、ようやく腑が燃えるような痛みが襲ってきて、アッシュゲルは苦悶の表情を浮かべた。


「急所は外した。生きて剣の修行に励め」


刀についた血を払いながら諭すようなリイニャの言葉を聞いた直後、アッシュゲルは意識を失った。

本日、18:10に次話投稿予定です。

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