第十七話「侵略戦争」
セルティアはそれから直ぐに第一王子であるダンウェルとの面会を希望する旨の書簡を送った。
そして返事を待たずにセルティアとリイニャ、リリーベルトの三人は馬車に乗ってダンウェルがいる王国西端の青獅騎士団が治める砦へと向かった。
出発から四日後の早朝、
王国が誇る難攻不落の砦として名高きジグリース砦を視界に納めたリイニャは感嘆の声を上げた。
一刀斎と共に数々の砦を見てきたリイニャからしても、防衛の観点から細部まで計算が行き渡った素晴らしい設計の砦であった。
「セルティア、書簡は届いていたぞ。ようやく派閥に組みする気になったそうだな」
「はい。ダンウェル兄様とミーティア姉様、両者のお話を伺い、どちらを次代の王としてお支えするべきか考えたいと思って参りました」
「趨勢に流されるだけの風見鶏ではなく、己の意思で未来を決めようというその心掛けは結構。話し合いにはアッシュゲルも同席するが構わないか」
「お久しぶりです、セルティア様。リリーベルトも先の舞踏会以来だね。二人が無事で本当に良かった」
アッシュゲルと呼ばれた男は、一見金髪の優男風ではあるが、リイニャは男の鍛え抜かれた身体と強者の気配を見逃さなかった。
「エルフのお嬢さんは初めましてですね。青獅騎士団の団長を務めるアッシュゲルと申します」
「私はエルフのリイニャ、侍だ。なるほど、王国三宝剣のうちの一人が貴方か。シャリオン同様、強そうだ」
「いや、僕なんかシャリオン様に比べたらまだまだ未熟者ですよ」
そうアッシュゲルは謙遜をして見せるが、リイニャはその言葉を素直に信じはしなかった。
ミーティアの時と同様に、執務室に通されたリイニャたちはそこで壁一面に貼られた精密な大陸の地図に目を奪われた。
「まず、セルティアは現状この王国とその隣接国との関係について、理解しているか?」
「ある程度は。我が王国と国境を接する三国のうち、東のルーミラとは同盟関係を築いていますが、南のリコストとは停戦状態を継続中です」
そう言ってセルティアは壁の地図にある一つの国を指差した。
「そしてこの西端のジグリース砦が睨みを利かす西のコルバードは、この十年で三度の大規模侵攻をかけて来た最も警戒すべき敵国です」
「その通りだ。コルバードは今代の王の治世で二つの小国を征服し、急速に力を伸ばした侵略国家だ。奴らが次に狙いを定めたのが我がローグリア。二年前の侵攻ではこちらも二千の兵を失った」
未だ新鮮な痛みとして記憶しているのか、王子は奥歯を噛み締め、瞳を爛爛と熱く輝かせた。
「俺は今こそ我ら全軍で侵攻をかけ、コルバードを攻め滅ぼすべきと考えている。だが陛下は守りに徹し、ルーミラとの同盟を強化しつつ、コルバードと和睦の道を探れという。そのような悠長さではこの国は滅びかねん」
「どういうことでしょう?」
セルティアは、先日ミーティアからダンウェルやその配下の軍人たちのことを「無駄に戦争をしたがる厄介者」とこき下ろす様な説明を受けたばかりだった。
「ローグリアの国力はコルバードに未だ大きく勝る。だが奴らは国民に重税を課し、税収の大半を軍備増強に費やしている。その比率は我が王国の倍以上だ。故にあと数年で、軍事力では奴らが上回ると推計している」
「っ! 陛下やミーティア姉様はそのことを知っているのですか?」
「当然報告はあげている。しかし我らを戦争狂いと決めつけ、提出した推計値をろくに信じようとはせん。部下たちが命懸けでコルバードに潜入し、得てきた情報だというのにだ!」
苛立たしげに机を叩くダンウェルに続いて、アッシュゲルもため息をついた。
「やはり近衛騎士団や、大賢者様と魔導塔の魔法使いたちもコルバード侵攻に動員させろと迫ったのが不味かったのですかね?」
「日頃、王都に引きこもっている連中にも働いてもらわねば犠牲は多大なものとなる。また戦況が長期化すれば他の隣国も動き出しかねん。総力戦での短期決着こそ最良の道だ。陛下もミーティアも戦というものをまるで理解していない」
吐き捨てる様にそう話すダンウェルに、セルティアはまるで出口のない迷宮に迷い込んでしまった様な顔となった。
リイニャはそんなセルティアを見ながら、思わず笑みを漏らしてしまった。
ミーティアの話を聞いて、セルティアの心はほとんどミーティア陣営に傾いていただろうが、今はどうだ?
ダンウェルとミーティア。
二人ともが真剣に国を思い、全く異なる未来を描き出し、反目しあっている。
両者の信じる正解があり、どちらの側に付くべきか、簡単に答えは出ないだろう。
異なる流派の剣術家たちの立ち合いを見ているようで、無責任にもリイニャは一人楽しんでいた。
「…それでは、ダンウェル兄様が陛下に毒を盛ったのも、コルバードへの侵攻を早期に実現するためだったということですか」
思い切ってセルティアは、ダンウェルが最も触れられたくないであろう事柄について切り出した。
その返答をもって兄の器を見定めようと思っていた。
するとダンウェルは一瞬固まり、ゆっくりと口を開いた。
「陛下に毒だと? それはどういうことだ?」
「ミーティア姉様が言っていました。ダンウェル兄様が陛下に毒を盛り、その命はあと持って一年だと」
「俺は毒など盛ってはおらぬ。ミーティアの虚偽ではないのか?」
ダンウェルは認めなかった。
セルティアはその言葉が嘘か真か判断がつかず、思わず助けを求める様にリイニャに視線を向けた。
「ふむ、心音を聞く限りダンウェルは嘘をついていない。そしてミーティアもまた本気で兄の仕業だと信じていた」
「えっ? つ、つまりはどういうことでしょうか?」
ますます混乱して目を白黒させるセルティアだったが、リイニャは簡潔に答えた。
「ダンウェルでもミーティアでもない第三者が、国王に毒を盛った、ということだろう」
「「「なっ!?」」」
一同は息を呑んで、リイニャに視線が集まった。
「ですが、誰がなんのために?」
セルティアがリイニャに向かって問いかけると、リイニャも首を傾げた。
「さあな。ダンウェルやミーティアの部下の独断行動か、他国が送り込んだ刺客か、はたまた王国内に潜む別の思惑を持つ何者かが仕組んだことかもしれない」
その場で思いついた可能性をリイニャが述べると、ダンウェルは黙り込み、しばらく思案に暮れた。
「アッシュゲル、そのうちで最悪の答えはなんだ?」
「そうですね…最悪は二大派閥以外の第三勢力による犯行であった場合でしょう。ぱっと思いつくところでいうと、近衛騎士団が怪しそうですが」
「未だ勢力が拮抗しているうちに我々とミーティアの軍勢を争わせ、互いに消耗したところで無傷の近衛騎士団が両方を叩き潰し、セルティアを新王にした上で傀儡として国を操る。そんな筋書きか」
ダンウェルがそんな仮説を唱えると、リイニャの隣に立っていたリリーベルトが顔を赤く染め上げていた。
「ボクの父上は、そんな卑劣なことを企てる方ではありません! 父上への侮辱、ダンウェル王子といえど許せません!」
「俺とて本気でお前の父を疑っているわけではない。高潔で忠義に篤い人柄は知っているつもりだ。しかし常に最悪を想定して備えることが戦では肝要なのだ」
諭すようにそうダンウェルに告げられて、リリーベルトは唇を嚙みながらも、自制して引き下がった。
「至急、王都に内偵を送り、陛下の容態と毒を持った犯人を探らせよう」
ダンウェルがそう宣言をした直後、慌ただしく執務室に入ってくる者がいた。
「ウィル、何事だ?」
「会議中失礼致します! 先ほど、王都より早馬が参りました! 宰相様より至急、こちらの書状を確認せよとのことです!」
そういってウィルが手渡した書状をその場で確認したダンウェルは顔を大いにしかめた。
「どうされましたか、お兄様?」
「陛下が…崩御なされた」
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