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第十六話「角砂糖」

「お姉様がわたくしを暗殺しようとしたのは事実ですね?」


「ええそうよ。貴女邪魔だったから」


取り巻きの令嬢たちを帰らせたあと、改めてセルティアとミーティアは対面して座ると、ミーティアは悪気もなくあっさりと白状した。


「民の人気が高く、三宝剣の一人である近衛騎士団長とも親しい。そんな貴女が派閥に入らず、中立の立場を取るなんて表明するから」


「それだけで…殺そうと?」


「それだけ、ねえ。貴女を時期国王に担ぎ上げようと狙う自称中立派の貴族たちが相当数いることは知っていて?」


「…そういう方々がいる事は存じていましたが、それほどの数が?」


その存在は知っていたが、正確な実態までを知ろうとしなかったセルティアは己の不明を恥じた。


「近衛騎士団長を筆頭に、特に近衛騎士団に属する貴族たちに多いわね。彼らは高位貴族の出も多いし、単純な数以上の影響力を持っているのも厄介なの」


そんなことも知らなかったのかと言う様に、ミーティアはわざとらしいため息をついて続けた。


「私の派閥には、大賢者様が統べる魔法研究機関、魔導塔に属する魔法使いたち、そして三宝剣の魔砲騎士団長とその部下たちが主に属しているのは知っているわね」


「はい、存じております」


「一方のダンウェル兄様は、三宝剣の青獅騎士団長とその団員の騎士たち、そして斑鳩騎士団、黒豹騎士団の三騎士団を己の派閥に加えている」


ミーティアは優雅にティーカップを傾けつつ、テーブルの上の角砂糖を派閥の陣営に見立てて並べ出した。


「現状、両派閥はほぼ互角。中立派の多い近衛騎士団がどちらにつくかで、形勢は大きく傾く。その鍵を握るのが貴女なのよ、セルティア」


そう言って、ミーティアはセルティアに見立てた角砂糖をつまむと、そのまま紅茶の中に入れてスプーンでかき回してみせた。


「こうやって貴女を消せば、中立派も崩れて二大派閥のどちらかに流れるでしょう。そうなれば軍人として前線で活動するお兄様よりも、王都で内政に携わる私の方が近衛騎士団との関係値がある。派閥への引き抜き合いでは勝機があると見込んだわけ」


「なるほど…聞けば納得するに十分な理由ですね」


リリーベルトは今にも飛び掛かるのではと危惧するほどに怒りを顔に浮かべていたが、セルティアは冷静に頷いて返した。


「動機はわかりました。ですが、性急ではありませんか。まだ陛下はご健在。王位争いも当分先になるのでは」


「陛下は一年以内に死ぬわ。お兄様が微量の毒を食事に盛り続けていたようで、半年前に気づいた頃には陛下の内臓は取り返しのつかないほど腐っていた」


「そんな…!」


初めて聞く話にセルティアは衝撃を受け、口を抑えた。それを馬鹿にするかの様な目で見つめるミーティアは酷薄な笑みを浮かべた。


「本当になーんにも知らないのね、貴女は。無知で愚かで鈍感で、ただ愛されるだけの存在よね」


「…そうかも知れませんね」


セルティアも否定せず、自虐めいた口調でそう呟いた。


「ねえ、セルティア。悪いようにはしないから、大人しく私の派閥に入りなさいな。汚い事は全部私が手を汚す。貴女は私の横で万人から愛されているだけでいいわ」


「それではまるで愛玩動物ですね」


「それも才能よ。私だって貴女の様にはなりたくてもなれないのだから」


ミーティアは真剣だった。

その言葉に嘘はなく、実際にそこには羨望の感情すら混ざっていた。


「そうですね…確かにお姉様の派閥に入る事を検討してもいいです」


「セルティア様!?」


セルティアの言葉を聞いて、リリーベルトは思わず声を上げた。

一方でリイニャは感心していた。


己を殺そうとした相手の配下に入る。

それはそう簡単に割り切れることではないはずだが、それができるセルティアもまた、傑物なのかも知れない。


「ただし、それはお兄様とお姉様のどちらがこの国の未来を背負うに足るかを見極めてからです」


「ダンウェル兄様は陛下に毒を盛っていたのよ? 親を手にかけようとする男が次代の王に相応しいと?」


「笑わせないでください。妹を殺そうとしたお姉様も同類でしょう?」


「あら、それはそうね」


クスクスと楽しそうに笑ったミーティアは、急に笑顔を引っ込めると、ダンウェル王子について語り出した。


「お兄様も馬鹿ではないけど、その思考は軍人のそれでしかない。軍人が求めるものは戦場であり、お兄様も玉座を得れば侵略戦争を他国に仕掛けることでしょう。そうなれば、戦争に勝とうが負けようが多くの血が流れる」


「お姉様が玉座に付けば戦争は起こさないと?」


「私が他国に仕掛けるのは経済戦争ね。王国内の商売を活性化させ、貿易をもって金を稼ぎ、国を強くする。そのための布石を何年も前から打ってきた。具体的に説明すれば一晩ではたりないけれど聞く気はある?」


「もちろんです!」


セルティアは勢い良くそう答えた。

するとミーティアは己の執務室へと場所を移動することを提案し、そこで様々な資料や契約書を見せながら予定している数々の経済施策について解説を始めた。


難しい話だったので、リイニャは半分も理解できなかったが、リリーベルトも同じだった様で途中から理解することを放棄して遠い目をし始めた。

しかしセルティアは必死で食い下がり、分からない事は質問を挟み、なんとか理解しようと努め続けた。


ミーティアの言葉通り説明は一晩では終わらず、結果としてそのまま丸二日間、休みや食事を挟みながら、ミーティアはセルティアに己が思い描くローグリア王国の商売の未来像を話し続けた。


「ーーというのが、私の大まかなビジョン。どう? 私の派閥に入る気になった?」


「…ありがとうございます。素直に言えば感服しました。お姉様はすごいです!」


セルティアはミーティアのことを真っ直ぐに称賛した。


「ですが、ダンウェル兄様の考えも同様に聞いてこそ、どちらが次代の王に相応しいかわかるというもの。お兄様にも話を伺ってまいりますので、お返事はそれからとさせてください」


「はぁ〜…まあいいわ。好きになさいな。私は寝る」


語り続けて喉を枯らしたミーティアはそのまま寝所へと下がっていった。



 *****



寝所に戻ったミーティアがドレスを脱いでネグリジェに着替え、豪奢なベッドに横たわると、それまでじっと言葉を発さず影のように侍っていたシスカーンが口を開いた。


「セルティア嬢ちゃんはお嬢を選んでくれますかね?」


「さあ? 話すことは全て話したわ。あとはお兄様に丸め込まれない程度にはセルティアが賢いことを祈るしかないわね」


「もし丸め込まれたら?」


「改めて消すだけよ。次は貴方という私の最強の手札を切る。私のために手を汚してもらうわ」


横になったまま、視線だけシスカーンに向けたミーティアは当然のようにそう断言した。


「そりゃあ構わないですがねえ。期待に応えられるかは約束できねえかも知れませんぜ」


「大賢者様の一番弟子が珍しく弱気じゃない。魔法使いとしては、三宝剣の魔砲騎士団長にも劣らぬ実力者と、大賢者様ご自身から評されていたと記憶しているけど」


「その自負はありますがねえ。あのエルフの嬢ちゃん、ありゃあヤバい」


「貴方でも勝てるか分からないほどの剣士だというの?」


ミーティアはシスカーンの言葉が気になり、ベッドから身を起こした。

髑髏烏を一人で潰したというエルフの護衛。

ミーティアの中でも要注意人物ではあったものの、さすがにシスカーンの障害にはなるまいと考えていた。


「実際、三宝剣のレベルには見えないんですがねえ」


肩をすくめながらも、シスカーンはいつになく真剣なまなざしでミーティアを見つめた。


「ただ、俺の勘が囁くんでさあ。あいつは三宝剣どころか、大賢者様並の怪物なんじゃねえかって」


「…あの娘が一人で一個騎士団相当の戦力と言われる大賢者と同様だと言うの? 流石に信じ難いわね」


「ま、俺の勘なんざよく外れるんで、杞憂だといいんですがねえ。できれば敵に回したくないんでさあ」


「エルフのリイニャ。一体何者なのかしら…?」


シスカーンの話を聞いて、ミーティアは直前までの眠気も失せ、苛立たし気に爪を噛んだ。

ここまで本作をお読みいただきありがとうございます。

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