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第十五話「茶会」

「昨夜は大変だったそうですわね。何よりあなたが無事でよかったわ、セルティア」


「ご心配痛み入ります、ミーティア姉様」


翌日、あろうことかミーティアから茶会の誘いを受けたセルティアは、リイニャとリリーベルトを伴ってミーティアの住まう離宮まで足を運んだ。


ミーティアの派閥に属する有力者たちの令嬢たちも数名同席しており、一見なごやかな茶会ではあるが、昨晩暗殺者を送り込んできた張本人であろうミーティアが何を考えて呼び出したのか、リイニャにはその腹の底が見えなかった。


セルティアの毒殺でも企てているのだろうか。

しかし、ならば護衛を帯刀させたまま侍らせはしないだろう。


「そちらのエルフの護衛の方が、悪名高い髑髏烏をお一人でやっつけてしまったとか。凄腕の護衛を雇っているのですねえ」


「ええ、リイニャ様にはエコーテ大森林で出会いまして、リイニャ様のご助力なければこうして無事に帰還することも叶いませんでした」


「まあ! わたくし、ぜひセルティアが辿った旅のお話を聞きたいと思っていましたの。今日は詳しくお話してくださるかしら」


「ええ、喜んで」


せがまれるがままに、エコーテ大森林から王都へと戻ってくるまでの日々を語るセルティアに、ミーティアやその取り巻きの令嬢たちはまるで冒険譚を聞くような興奮した面持ちで楽しそうに耳を傾けていた。


「リイニャ殿…本当にミーティア様がセルティア様に刺客を差し向けたのでしょうか。やっぱりボクにはそのような方に見えないのですが…」


壁際でミーティアの様子を観察しながら、リリーベルトは小声でそうリイニャに問いかけてきたが、リイニャも首をかしげた。


「髑髏烏の連中もミーティアの名を口にしていた。間違いはないはずだ。だが、今こうしてセルティアの話に耳を傾けているミーティアも、本心から楽しんでいる」


昨夜殺そうとした相手と、こうして自然と談笑することができるミーティアという王女は底知れなさがあった。


リイニャは誰にも気づかれない様に刀の鯉口を切り、戯れにミーティアに殺気を飛ばしてみた。

そこらの町娘であればわけもわからず恐慌状態に陥るだろう濃密な死の気配に纏わりつかれ、ミーティアは一瞬体を硬直させたが、直ぐにこちらに視線を向けると生意気にも笑みを浮かべてみせた。


なるほど、胆力も持ち合わせるか。

フンと鼻を鳴らして、リイニャは殺気を収めた。


「案外、ミーティアは君主に向いているかもしれんな」


「なんでですか⁉」


リリーベルトは驚いたのか少し大きな声を出したが、慌てて口をふさいで小声で続けた。


「…セルティア様を暗殺しようとしたんですよね…?

そんな卑劣な真似をする者が、君主の器だと?」


「清廉で慈悲深い君主は有事の際、往々として暗君となる。逆に狡賢く冷酷な君主は有事の際、名君となる…と師匠が昔言っていたのを思い出した」


一刀斎の語る君主論は、日ノ本という異界の国の歴史から生じた論であったため、この世界でも同じことが言えるかは不明だった。

ただ、リイニャも戦いの中で狡さと冷徹さを持つことの重要性は、痛いほどに理解していた。


「魔族が大森林に道を築き、侵攻を企てる今は人族全体にとっての有事といえよう。ならばミーティアを次代の君主に戴くことは、この国にとって悪いことではないかもしれない」


「で、でもボクは許せませんよ! 断固、反対です!」


「リリーの気持ちもわかるがな」


リイニャとて人族の政に関心などない。

だが、セルティアとリリーベルトが暗殺されるなど、あっては欲しくなかった。

それだけ共に旅をする中で情が湧いていた。


「エルフのリイニャさん。こちらにいらしてくださいませんか?」


ふいに、ミーティアからそう声をかけられたリイニャは、リリーベルトに目配せをしたのちに、頷いて歩み寄った。


「リイニャさんはサムライという異界の戦士に剣を習ったのだと伺ったところでしたの。見たこともない出で立ちに、変わった形の剣ですね。その剣、見せてくださいますか」


「いいぞ」


そういってリイニャは刀を抜き、刀身を顕わとした。

窓から差し込む日の光を反射して冷たく光る鋼の鋭さに、取り巻きの令嬢たちの中にはゴクリと生唾を飲む者もいた。


「見事な剣ですね。冷たく恐ろしく、それでいて美しい。どうでしょう? セルティアの護衛など辞めて、わたくしの配下になりませんか。五倍の給金は約束しますわ」


当のセルティアを目の前に、堂々とした引き抜きの交渉だった。

だがリイニャが揺らぐ気配は毛ほどもないことは、その場にいる誰もが見ても明らかだった。


「…なんて、冗談ですわよ、セルティア? そんな怖い顔しないで。ちょっとからかっただけなんですから」


「…もう、お姉様は昔から冗談がお好きでしたね」


互いに作り笑顔を浮かべ合うセルティアとミーティアだったが、リイニャはそんな二人の空気も読まずに、ただミーティアの首を刎ねることのできる間合いだなとだけ思った。


ならばここで殺しておくか?


「『氷槍』」


わずかに刀の柄を握りこんだ瞬間、魔法が発現し、死角から巨大な氷の槍がリイニャを襲った。


スパンッと、一刀に斬り裂いたリイニャだったが、その隙に魔法を放った男はミーティアを抱きかかえて距離を取り、こちらに指先を向けていた。


「油断しすぎだ、お嬢。この女は生粋の殺し屋。もう少しで、胴と首が離れてましたぜえ」


「――っ! 調子に乗りました。助かりましたわ、シスカーン」


冷や汗を流すミーティアだったが、リイニャは不服そうな顔で口を開いた。


「お前は昨夜の無精ひげか。人のことを殺し屋などとは失礼な。確かに一瞬殺そうかとも思ったが、ここで私が殺せばセルティアの立場がまずくなるだろう。殺すなら貴様ら同様、暗殺に限る」


そう憮然と返したリイニャに、シスカーンと呼ばれた男は苦笑いを浮かべた。


「そーかい、こっちの早とちりだったか。すまなかったなあ、エルフの嬢ちゃん」


突然の修羅場に、カタカタと取り巻きの令嬢たちの奥歯が恐怖で鳴っていた。

リリーベルトも慌てた様子で駆け寄ってきて、セルティアをその背中に隠すと、剣を抜いて構えた。


さて、ミーティアがどう出るか。

シスカーンと呼ばれた魔法使いにこの場で皆殺しを命じるか?


リイニャはシスカーンのことを相当に高位な魔法使いであると推察していた。

先ほどの魔法による攻撃も、放たれる直前まで何の予兆もなかった。

どころか、リイニャの鋭敏な五感をもってしてもシスカーンの存在の気配を察知できておらず、どこに潜んでいたのかさえも未だに把握できていなかった。

そう、それはまるでこの場に瞬間移動でもしてきたかのような奇妙な現れ方であった。


肌を焦がすような一触即発の空気が流れた。

だが、ミーティアが何か口を開く前に、セルティアが先手を取ってミーティアに問いかけた。


「…お姉様、ここまで来たら一度互いに腹を割ってお話しませんか?」


「ええ、そうですね…そうしましょうか」


セルティアとミーティアがそう合意したことで、ようやくシスカーンは臨戦態勢を解き、リイニャも刀を鞘に納めた。


強敵との死闘に期待していたリイニャは、誰にも気づかれないように小さくため息を漏らした。

ここまで本作をお読みいただきありがとうございます。

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