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第十四話「髑髏烏」

ミーティアが黒である。

そうリイニャに教えられた、セルティアとリリーベルトは息を飲んだ。


「お姉様が…? 同腹の姉で特にわたくしと日頃から親しくしてくださっているのですよ…? 何かの間違いではないのですか?」


「身近だからこそ、よりセルティアを危険視しているのかも知れない」


「そんなこと…」


あり得ないと、セルティアは言おうとしたが言葉が続かなかった。

セルティアは長年の付き合いの中で、姉のミーティアが稀に見せる冷酷な一面も知っていた。それが故に、ミーティアを次代の王に推すという決断が下せないままともなっていた。


「リイニャ様の言う通り、お姉様ならわたくしを邪魔と判断すれば消そうとするかも知れません…」


「姫様…」


項垂れたセルティアの背中を、リリーベルトは慰める様に撫でた。


「調査隊が戻るまでの期間はシャリオンを筆頭に近衛兵の数が減り、王城内の警備は手薄になるだろう。その隙をついてまたセルティアに刺客を仕向けてくるかも知れない。決して油断はするなよ」


リイニャがそう告げると、セルティアとリリーベルトは深く頷き返した。


果たしてその予想は直ぐに当たった。

リイニャたちが王都に戻った七日後、夕方から大雨が降った。

雨が激しく屋根をうち、風が窓を震わせた。


セルティアは寝所で寝息を立てていたが、護衛として控えるリイニャは、夜が更けてもまだ止まない雨空を窓から見上げていた。

そして、突如として針の様に肌を刺す鋭い視線を感じ、密かに口角を上げた。


「リリーベルト、少し持ち場を離れる」


眠そうにしていたリリーベルトの肩を軽く叩いてからリイニャはセルティアの私室を離れ、そのまま王城内を歩いて傘もささずに中庭に出た。


「お前、俺の存在に気づいていたな?」


屋根の上からそんな声がかけられたかと思うと、黒ずくめの男が音もなく中庭に現れた。


「視線には敏感なのでな。ミーティアの子飼いの暗殺者か。たった一人で来るとは、ずいぶん信頼されているのだな」


リイニャがミーティアの名を出しても、暗殺者の男は全く反応を示さなかった。

そして無言のまま、黒く塗られたダガーを両手に持つと、猛然とリイニャに襲いかかってきた。


恐らく刃には毒も塗られている。

掠ることすら許されないだろう。


「まあ問題はない」


向かってくる敵に対して、居合で迎え打とうと、リイニャは相手に対して左足を引いて半身となり、腰溜めの構えを作った。


「プッ!」


しかし、両手にダガーを持った状態で、暗殺者の男は頬を膨らませて、何かを吹き出した。


「含み針か!」


リイニャは上体を仰け反らせることで、飛んできた針を紙一重で避けた。

しかしそのために構えが崩され、その隙に暗殺者をダガーの届く間合いまで踏み込ませてしまった。


「シャア!!」


長い腕を鞭の様にしならせて、ダガーを左右から同時に振るってくる。

真っ当な剣術にはない軌道とタイミングだった。


「変わった技だな」


リイニャは刀を抜かず、左足を前に踏み込むと同時に刀の柄の頭を思い切り突き出して、敵の鳩尾を打った。


「うぐっ!」


その衝撃で暗殺者は後ろに吹き飛び、苦悶の表情を浮かべた。


「ふむ、騎士を殺すならばその様な見慣れぬ技で撹乱するのも有効だろう。面白い、もっと見せてみよ」


リイニャは王道の剣も邪道の剣も等しく愛した。

どちらも目的に即した創意と工夫が秘められているために位の上下はない。

師の一刀斎もよく邪道な剣も好んで用いていた。


暗殺者の男は無言のまま再び立ち上がると、今度は魔法の詠唱を始めた。


「闇精霊よ。漆黒に我を呑み、敵を欺け。『闇歩』」


途端に暗殺者の男の姿は闇の中に溶け込み、視認することができなくなった。


「なるほど、暗殺業にはうってつけの魔法だな」


そんなことを呟いたリイニャだったが、姿が見えなくなった暗殺者は無言のままリイニャの後方に回り込むと、背中目掛けて鋭くダガーを突き出した。


「なにっ!?」


しかしその必殺の一撃は余裕を持って刀で弾かれてしまった。


「姿が消えたとて足音まで消せなければ、追う事は容易い」


エルフ族であるリイニャの優れた聴覚は、問題なく暗殺者の姿を音で捕捉していた。


「戯言を!」


暗殺者はそう吠えて、一度体制を立て直すと改めてリイニャの死角から襲いかかった。


「見えていると言ったであろう」


直前で正確に暗殺者の方に向き直ったリイニャは、刀を振り下ろし、突き出されたダガーを砕き、そのまま暗殺者の右腕を斬り飛ばした。


「っ! 闇精霊よ。漆黒に我を呑み、影へ跳べ。『闇跳』」


すかさず、暗殺者の男は別の魔法を唱え、姿をくらませた。


「逃げたか」


リイニャは消えた男の右腕を拾い上げ、雨空を見上げた。



*****



男は王城の外壁の暗がりから姿を現した。

『闇跳』は事前に指定した影へと移動する魔法であり、一日に一度しか使えない制約はあれども、逃走用の魔法としては重宝していた。


「右腕を失うとは…クソがっ!」


奥歯を噛み締め男は裾を切り裂くと、布と枝を使って右腕の動脈を締め上げ、止血をした。


男の名は、クロウリア。

王都に潜むマフィア組織の中でも武闘派で知られる『髑髏烏』の次期首領と目される男であった。


麻薬の売買、暗殺、誘拐、強盗、人身売買…。

髑髏烏が手がける犯罪は枚挙にいとまがない。


当然、憲兵たちからは追われる身であったが、半年前に第一王女のミーティア側から髑髏烏に接触があった。


ミーティアの要望は兄である第一王子、及び妹である第二王女の暗殺であった。

成功報酬としてミーティアは莫大な金銭と、己の治世のうちは髑髏烏のビジネスを見逃すという条件を提示してきた。

そんな破格の条件を受けない手はなかった。


第一王子の警護は固く、何度か髑髏烏から刺客を送り込んだが諦めて退却するか、返り討ちにあった。


一方、第二王女の暗殺は確かに成功したはずだった。

組織内でも貴重な魔法使いを捨て駒として、転移魔法にてエコーテ大森林の奥地へと飛ばした。

当然、生きて帰ってくる事などできないはずだった。


ミーティアもその成果に満足をし、約束通り成功報酬である金銭の半額を支払ってきた。

その資金を用いて、この数ヶ月の間で髑髏烏は裏社会での勢力を一気に拡大させ、現在は王都で最も力のあるマフィアの一つに成長していた。


そう、全ては順調に進んでいたはずだった。

死んだはずの第二王女が戻ってくるまでは。


「若!? 腕、どうされたんです!?」


「しくじった。第二王女の護衛のエルフ、あれは化け物だ」


王都内の裏路地に広がるスラム街。

その一角にあるなんの変哲もないボロ家屋が、髑髏烏の拠点だった。


痛みに耐えながら、拠点に戻ったクロウリアは直ぐに闇医者と幹部連を呼び出す様部下に告げ、己は雨に濡れた服を着替え、酒精の強い蒸留酒を煽って痛みを紛らわした。


しばらくして召集をかけた幹部連が続々と集まった。

外見からは想像もつかないほど豪華な調度品がそろえられたクロウリアの私室にて、クロウリアが腰掛けるベルベットのソファの前に幹部連は一列に並んだ。


「第二王女の暗殺に失敗した。二度の失敗をミーティアは許さないだろう。夜明けまでに再度襲撃をかける」


「うちの組で一番腕が立つ若がしくじるとは、とんでもねえ遣い手の護衛だったわけだ。んで、若はどうする?」


右腕であるジーギスにそう訊ねられたクロウリアは、酒を煽ってから吐き捨てるように答えた。


「当然俺も再び出る。俺とジーギス、サラメ、シーシャンでエルフの娘を引きつけ足止めをする。残り全員で王女を殺せ」


「「「応!」」」


血の気の多い荒くれ者たちは、威勢よくそう声を上げた。誰一人として臆している者がいないことに、クロウリアは頼もしさを感じた。


出入り口に最も近かったジーギスが踵を返して準備に取り掛かろうと扉に手をかけた際、急に立ち止まった。


「? どうしたジーギス」


クロウリアがそう声をかけたが、ジーギスから返事はなく、そのままゆっくりと後ろに倒れた。


床に倒れたジーギスの喉元に穴が空いており、血が吹き出していた。

そして扉から刀の切先が突き出ていた。


その刀が引っ込むと同時に扉が開かれ、先ほどのエルフの娘が何食わぬ顔で現れた。


「お前…どうしてここに!?」


「貴方の後を付けたまでだ。仲間を呼んだようだったので、集まったところで一網打尽にしようと思ってな」


仲間をやられて殺気立つ幹部連を前にしても、悠然とした態度を崩さないエルフの娘に、クロウリアは冷や汗を流した。


「悪いが容赦はせん」


エルフの娘はそう宣言すると、その言葉通りの冷酷さで髑髏烏の幹部たちを斬っていった。


ある者は頭蓋をかち割られ、ある者は腹を割かれて腸が飛び出し、同時に二人の胴が真っ二つにされたりもした。


断末魔が響き渡る中を、エルフの娘は一人また一人と、冷徹に洗練された動きで仲間の命を刈り取っていった。


ああ、死神ってのはこんな顔をしてたのか。


茫然とそのようなことを考えていたクロウリアは、その直後首に衝撃が走り、意識が途絶えた。



 *****



「ふう、これでひとまず全員か」


髑髏烏の幹部連中を皆殺しにし、セルティアの寝所に忍び込もうとしていたクロウリアを昏倒させたリイニャは、その後拠点に詰めていた髑髏烏の構成員たちを次々と斬り伏せ、建物内にいたマフィアたちを殲滅した。


それから地下に向かうと、誘拐されたであろう五人の子供と二人の女が檻に入れられており、すぐにリイニャは鍵を壊して助け出した。


「安全な場所まで送り届けよう。付いて参れ」


昏倒させた男を簀巻きにしてから担ぎ上げ、囚われていた女子供にそう告げて、リイニャは夜のスラム街を抜け、表の大通りまで出た。


「衛兵の詰め所までもうすぐだ。頑張れ」


囚われの間に衰弱したであろう子供たちに、そう声をかけて笑いかけたリイニャに、子供たちは素直にこくりと頷き返した。


「まーさか、一人で髑髏烏に殴り込みにいくとはねえ」


唐突に暗闇の中からそう声をかけてきたものがおり、リイニャはとっさに担いでいたクロウリアを放り投げ、刀を抜いた。


「あんたとまともに遣り合うつもりはないよ。怖いもん」


暗闇から出てきたのは、見るからに軽薄そうな三十代ほどの男で、無精髭を生やしていた。


「ミーティアの手のものか」


「さすがにそれを答えるほど口は軽くないねえ」


口調も軽い男だが、その余裕には不気味さが秘められて

おり、リイニャも警戒心を一段上げた。


「あんたと殺し合うつもりはないけど、クロウリアは始末しないといけなくてねえ。悪いけどそれ、置いてってもらえる?」


「素直に従うとでも」


「まーそうなるよねえ」


男は頭をかきながら、指先をこちらに向けた。

それだけで喉が締め上げられる様なプレッシャーがリイニャを襲い、後ろの女子供は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


「あんたを殺すのは難しそうだが、後ろの女子供を殺す事はできそうだ。クロウリアを渡すか、女子供を死なすか、どっちか選びなよ」


選択肢を突きつけられたリイニャは、ため息をついてから躊躇いもなく地面に転がしていたクロウリアの首を刎ねた。


「これで良いか?」


「あーあ、できれば殺さずに連れ帰れって言われてたんだけど、まあ仕方ないかあ」


男は口笛を吹いてからそう呟くと、そのまま暗闇へと姿を消した。


「…ミーティアが口封じのために寄越した刺客か。あれは相当な手練だな。なるほど、ミーティアからすれば髑髏烏も捨て駒に過ぎなかったわけか」


先回りされたことへの悔しさはあれども、女子供の命を優先したことに、リイニャはかけらの後悔もなかった。

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