第十三話「王子と王女」
「魔族がエコーテの森に道を…。それは真か、セルティア」
「はい、事実ここにいるリイニャ様の里はオークの中隊規模の軍勢に襲われました。道の建設の話はまず真実であると、わたくしは思います」
王都に到着後、リイニャたちはそのまま国王との謁見の間に通された。
セルティアの父親である国王シュバルツ三世にそう告げると、その場にいた側近の貴族たちからざわめきが起こった。
「事はあまねく人族の命運を脅かす一大事かも知れぬ。至急、各騎士団から精鋭を集め調査隊を結成し、シャリオン指揮の下、エコーテ大森林へ向かわせ真相を確かめさせよう」
国王は即座に大胆な決断を下し、セルティアに向かって話しかけた。
「セルティア。よくぞ苦難を乗り越え底無しの森から生還を果たし、更には貴重な情報まで持ち帰った。我が娘として誇りに思う」
「ありがとうございます、陛下」
恭しく頭を下げるセルティアは、わずかに瞳を潤ませていた。
「リリーベルトよ。そなたが共におらねばセルティアが余の元に戻る事はなかったであろう。さすがはシャリオンの娘だ」
「はっ! ありがたきお言葉、至極恐悦に存じます」
リリーベルトは国王に跪き、緊張からかわずかに声を上擦らせながら、そう答えた。
「そしてエルフ族のリイニャ。そなたの護衛としての働きには、望みの恩賞をもって答えたい」
「恐れながら陛下。リイニャ様はエルフの誇り高き戦士。強者と剣を交えることこそがリイニャ様の望みと聞き、誠に勝手ながらシャリオンとの立ち合いをお約束して護衛の任を請けていただきました」
セルティアがそう説明をすると、国王は興味をそそられたのか、じっとリイニャを観察するような視線を向けてきた。
「先ほどそなたの里がオークの軍により襲われたと聞いたが、里はどうなったのだ? 復興のための援助などは要らぬのか?」
「不要だ。オークは全て殺した」
「貴様! 陛下に向かってなんという口の聞き方か!」
国王の側近の一人が怒鳴り声を上げたが、当の国王は気にしたそぶりも見せず、視線だけでその側近に黙るよう促した。
「ほう、中隊規模のオークを全てか。そなたの里には優秀な戦士が多くいるのだな」
「そうだな」
リイニャがそう頷くと、なぜかセルティアとリリーベルトが不満気な顔で頬を膨らませた。
「いいえ、違います陛下! リイニャ様はお一人で百以上のオークを倒したのです! 一見、妖精のように可憐で愛らしいですが、とてつもない剣の使い手です!」
「一人で百のオークを倒したとな。シャリオン、そんな芸当ができる者は、この王国に何人いる?」
国王はそうシャリオンに問いかけると、シャリオンはしばし考え込んでから口を開いた。
「完全武装した軍属のオークが百となれば、『三宝剣』である魔砲騎士団長のパンジー、青獅騎士団長のアッシュゲル、そして私の三人。加えて、大賢者様ならば可能かと存じます」
シャリオンの答えを聞いて頷いた国王は、続いてリイニャに問いかけた。
「エルフは魔法が得意と聞く。そなたは魔法も扱う剣士であるか?」
「私は魔法が使えない。扱うのはこの刀だけだ」
リイニャがそう答えると、側近の貴族たちの何人かは嘲りの色が混ざった失笑を漏らした。
到底信じられていない様子に、セルティアとリリーベルトの二人は眉をひそめたが、リイニャは周りの反応など気にする様子はなかった。
「リイニャよ、セルティアがそなたと交わした約束は必ず履行しよう。しかしシャリオンには調査隊を率いて、すぐにでも出発してもらう。調査隊が戻るまで、立ち合いは待ってもらいたい」
「承知した」
長寿を誇るエルフ族のリイニャにとって、待つ事は苦ではない。
ただ、一つ懸念があるとすればセルティアの身辺に関することだった。
「それまでセルティアの護衛を引き続き務めよう。この宮廷内はセルティアにとって安全とは言えぬのだろう?」
「これは耳が痛いことを言う。確かに、セルティアを移転魔法で大森林に飛ばした刺客は、その後すぐ自害したため黒幕の正体は未だ掴めておれん」
苦々しい表情となった国王に、リイニャは続けて口を開いた。
「先ほどの帰還パレードの最中、群衆の中に紛れてセルティアに害意を向ける者がいた」
「…まだ敵は王都内に潜んでいるというか?」
「恐らくは。そしてこの場においてもセルティアに害意を抱く者がいる。そこの男と、そちらの女だ」
リイニャは、国王の近くに侍る、二人の男女を指さした。
「…無礼な。俺が妹にそのような感情を抱くなど断じてありえん」
「あらあら、わたくしも心外です。エルフさんは何か勘違いなさっているのでは。わたくしとセルティアは、それはもう仲の良い姉妹なんですから」
二人はセルティアの兄と姉に当たる、この国の王子と王女であった。
無論、リイニャも年齢や立ち位置、セルティアや国王との外見の類似などから、彼らが王族に連なるものであろうことは見抜いていた。
一気に場の空気が張り詰めた。
「そうか、ならば私の勘違いかも知れぬ。申し訳なかった」
リイニャが素直に頭を下げたので、肩透かしを食らった形となった王子と王女は、それ以上自ら口を開かなかった。
「はっはっは! その豪胆さ、気に入った。それではリイニャよ。調査隊が戻るまで、引き続きエスティアの護衛を頼む。その報酬は別に用意しよう」
国王が笑い飛ばしたことで、ようやく空気は緩み、その後はいくつかの簡単な確認事項だけ交わされ、リイニャはセルティアたちと共に退席することとなった。
「…リイニャ様。その、本当にお兄様とお姉様のお二人が、わたくしに害意を抱いていたのでしょうか?」
謁見の間から離れ、セルティアの私室まで移動してから、恐る恐るといった様子でセルティアはリイニャに訊ねてきた。
「いや、鎌をかけただけだ。やけに真剣にこちらを測るような視線を向けてきていたのでな」
「もうっ! リイニャ様! わたくし、寿命が縮みましたよ!」
リイニャの返事を聞いて、セルティアは頬を膨らませて怒った顔を見せた。
「先ほどのお二人は、第一王子のダンウェル様と第一王女のミーティア様です。次期国王の座を争うお二人であり、王国は水面下でお二人の二大派閥の内、どちらに属するかで二分しています。この国では決して敵に回してはいけないお二人なんですからね」
リリーベルトは子供をたしなめるような口調でそう説明してきたが、リイニャとしてもただいたずらにあの様な発言をしたわけではなかった。
「リリーベルトとシャリオンはどちらに属しているのだ?」
「ボクと父上は、どちらにも属しておりません。ボク個人の本音を言えば、もちろんセルティア様に次の国王になってほしいと思っています」
リリーベルトは、胸に手を当てながらそう答えた。
「もう、リリーったら。いつも言っているでしょう。わたくしは王位継承権でいえば第三位。国王になるなどまずありえない、と」
「セルティア自身はどちらかの派閥についているのか?」
「いえ…わたくしはどちらの派閥には属しておりません。誰が国王になろうと、王族としてその方をお支えするのがわたくしの使命だと考えております」
セルティアの返事を聞いて、リイニャはその立場の危うさを感じ取った。
「セルティア、おそらく貴女は自身を過小評価している」
「え?」
「近衛騎士団長とその愛娘に慕われ、民からの人気も高い。そんな貴方がどちらかの派閥に加われば、次の王位継承戦において拮抗した天秤を傾かせるだけの重しになりうるのではないか?」
「それは…」
セルティアは言いよどんだが、代わりにリリーベルトが口を開いた。
「リイニャ殿の言う通りです。今は中庸を決め込んでいる父上も、セルティア様がどちらかの派閥に加わり、父上にも支持するよう説得すれば傾くやもしれません」
「つまりセルティアの存在は、ダンウェルとミーティアの両者にとって喉から手が出るほど欲しい駒である一方、均衡を崩す危険な駒でもあるということだ」
「…だから消すために、どちらかがわたくしに刺客を差し向けられた…と?」
口元を抑えて、わずかに震える声でセルティアは問い直してきた。
「恐らくそうだろう。そして、鎌をかけて指差された際の心音の乱れを聞いた。黒は王女の方だったぞ」
エルフ族の優れた聴覚ではっきりと聞き分けていたリイニャは、そう断言した。
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