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第十二話「帰還」

エルフの里を出てから、太陽と星々の位置を頼りに歩き続けること丸一月。

リイニャたちは遂にエコーテの森を抜けて、人族の領域へと足を踏み入れた。


「空が広いな」


森が終わった先には、大平野が地平線まで広がっていた。一刀斎と人族の国々を荒らし回った日から、実に三百年以上ぶりの景色に、リイニャは目を細めた。


「リイニャ様、本当にありがとうございました。ここまで来れたのもリイニャ様のおかげです」


元々着ていたドレスは脱ぎ捨て、エルフ族の女性が着る服装となっていたセルティアは、ところどころ切り傷があり汚れていたが、表情は明るかった。


「やはりボクだけでは姫様をここまでお連れすることは叶いませんでした。ダークウルフの群れに付け狙われた時は、本当にどうなることかと…!」


リリーベルトは先日の魔物との戦いを思い出したのか、今更になって身震いをしてみせた。


「まだ貴方たちの国に着いたわけではない。気を引き締めてゆくぞ」


リイニャからすれば、以前は一刀斎に放たれた刺客に四六時中命を狙われていたため、人族の領域の方がエコーテの森よりも断然危険であると刷り込まれていた。


そんなリイニャの緊張をよそに、一行は特に何事もなく半月後にはセルティアたちの王国の領地にたどり着くことができた。


辿り着いたのはローグリア王国最東端の街であった。

街の領主にセルティアが身分を明かすと、領主は目を剥いて驚き、すぐに王都へ早馬を飛ばした。

そして領主の館で寝食の世話をしてもらい、体力の回復に努めたリイニャたちだったが、五日後に王都からの馬車が迎えにきた。


馬車に乗られて王都の城壁が見える位置まで来た時、騎兵の一団が待ち構えていた。


「セルティア姫! まさか本当にご無事であられたとは! このシャリオン、感無量です!」


白銀の甲冑に真紅のマントを靡かせながら、先頭の金髪の男が颯爽と馬を降りてセルティアの前で跪いた。


「シャリオン、出迎えご苦労様です。リリーベルトと、こちらのエルフ族のリイニャ様が護衛してくださったおかげで無事帰還することが叶いました」


「リリーベルトよ。我が娘ながら、よく姫様を無事に連れて帰った。お前は自慢の娘だ!」


そういうとシャリオンは、リリーベルトのことを思い切り抱きしめた。


「痛いです恥ずかしいです父上!」


バンバンと甲冑を叩いた抗議の声を上げるリリーベルトを、シャリオンは「すまんすまん」と笑いながら放した。


「申し遅れました。私は王国近衛騎士団の長を務めるシャリオン・ナイトレイトと申します。リイニャ殿、此度は姫様と我が娘を助けていただき、誠にありがとうございます」


「ああ、貴方が近衛騎士団長か。通りで良い戦士の空気を纏っている」


セルティアは護衛の交換条件に、目の前の男との立ち合いの場を用意すると約束した。

期待外れでも責めるまいとは思っていたが、リイニャの勘が告げていた。

これは期待以上かもしれない、と。

リイニャは、強者との戦いの予感に思わず笑みをこぼした。


一方のセルティアは集まった騎士たちを見渡すと、首を傾げつつシャリオンに訊ねた。


「ところで、わざわざ近衛騎士団の騎馬部隊がどうして城門より手前で出迎えなど?」


「王からの勅令です。できるだけ派手に帰還せよ、との仰せです。まずはお召し物をご新調いただき、その後は我らが先導致しますので、姫様とリリーはこちらの輿へ。民も姫様のお戻りを今か今かとお待ちしております」


「なるほど、王女の奇跡の帰還を民の見せ物にする気ですね。相変わらず、陛下は抜け目ない」


「民は常に娯楽に飢えております。民を思う為政者であればこそ。どうぞ陛下のご深慮をご理解ください」


「わかりましたっ!」


すねたような態度を取るセルティアも本気で怒っているわけではなく、気の知れた相手だからこそ戯れているだけだとリイニャにもわかるほど、二人の仲は親しげだった。


用意された天幕で入浴を済ませ、侍女によって化粧が施され、新しいドレスに着替えたセルティアは、やはり一国の王女に相応しい輝きを放っていた。


続いてリリーベルトもついでに入浴させられ、薄い化粧をされると中性的な印象は薄れ、見事な貴族の令嬢に化けた。


「きれいだな、二人とも」


手放しにリイニャが褒めると、セルティアとリリーベルトはそろって顔を赤くして素直に照れた。


そうしてセルティアとリリーベルトは輿に乗り、リイニャは騎士団の馬に乗せてもらって輿の横に位置取り、一団に紛れて城門から王都へと入っていった。


すると城門から真っ直ぐに伸びる大通りには、王都中の民衆が集まっており、大歓声とともに絶えることなく祝福の花吹雪を浴び続けることとなった。


「すごい人の数だ。人気者なのだな、セルティアは」


「ええ、姫様は美しく聡明でお優しいですから、民からの人気は凄まじいのですよ!」


「リリー、恥ずかしいからやめてね。王位継承権も低いお飾りの王女ですので、慈善事業などを主に担当していて、民に顔を覚えられているだけです」


謙遜するセルティアだったが、これだけ民に愛される姿を見ると他の王位継承権を持つ王族からすれば疎ましいとすら思うだろう。

民に愛される分だけ、身内に敵が多そうだ。


止まぬ歓声を聞きながら、そんなことをリイニャは考えていた。


しばらく一団が大通りを進むと、王城が見えてきた。

そして王城前の広場には馬にまたがる男の巨大な銅像が建っており、つい目が留まった。


「ふむ、どこかで見たことのある顔だ…。セルティア、あの銅像の男は誰だ?」


「あの御方は、ローグリア王国を一代にして築き上げた初代国王ファルシオン様です。農奴から傭兵として成り上がり、百を超える戦場で勝利を収めた大英雄。民からは親しみを込め、傭兵王とも呼ばれる御方です」


「あっ!」


セルティアの説明を聞いて、リイニャは唐突に三百年前の一刀斎との武者修行の旅を思い出した。


傭兵王・ファルシオン。

師匠が殺した男ではないか…!

リイニャはその時のことを鮮明に思い出した。



*****



分厚い雲に月が隠された漆黒の夜。

傭兵王・ファルシオンが勝利した戦地から王都への帰還途中の野営地を、一刀斎は狙った。

崖を背負い建てられた傭兵王の天幕に、リイニャは師と共に忍び込んだ。


さすがの傭兵王は、すぐに寝所から跳ね起きると、添い寝をさせていた女たちを下がらせ、大剣を手に取った。


『暗殺者にしてはやけに堂々としておる…そうか、貴様が昨今、各国の要人を殺しまわっていると噂の狂剣鬼だな』


『某は伊東景久、侍だ。人はあれこれ好き勝手に呼んでいるようだがな』


すでに刀を抜いていた一刀斎は、リイニャに向き直ると、指示を出した。


『立ち合いを邪魔されぬよう、貴様が他を足止めをしておけ』


そう言い残すと、一刀斎は嬉々とした表情で傭兵王へと斬りかかっていった。


すると、すぐに異変に気付いた兵たちが傭兵王の天幕に押し寄せてきたが、リイニャは一刀斎の指示通り、それらを木刀で叩きのめしていった。


中には手練れの魔法使いや剣士たちもおり、リイニャは苦戦を強いられ、徐々に押し込まれて数多の傷を負ったが、それでもしぶとく粘り続けた。


『くっ、小娘一人に押し通せぬとは…!』


『その奇妙な剣技、狂剣鬼に弟子がいたのかい!?』


『そこをどけい! エルフの小娘!』


敵兵からは焦りと共に、怒号が上がった。


『通さない! 通せば私が師匠に殺される!』


リイニャも必死だった。

立ち合いを邪魔されることを何よりも嫌う師だ。

言いつけを守れなかった時のことなど、考えただけでも身震いがする。


『リイニャ、勝負はついた。逃げるぞ』


返り血で顔半分を赤く染め上げた一刀斎が、天幕から出てくると、詰め寄せていた兵士たちに動揺が走った。

その隙を見逃さず、一気に攻め込んで敵の戦列を崩すと、そのまま夜の闇に紛れて退散した。


『珍しく時間がかかりましたね、師匠』


『ああ、恐ろしい剛剣の遣い手あった。新たな技のひらめきが下りなければ、某が死んでいただろう』


これまた珍しく倒した敵を褒めた師は、うれしそうに顔をくしゃくしゃにして笑っていた。


『己の命を賭した強敵との戦いの中でしか、得られぬ気づきもある。貴様も強くなりたければ覚えておくとよい』


上機嫌な師はそういってリイニャの頭を乱暴に撫でた。



 *****



――それは今の今まですっかり忘れていた記憶であった。


セルティアはあの時の傭兵王の子孫か!

…黙ったまま墓場まで持っていくことにしよう。

三百年以上前の話なので、人族で私の顔を覚えているものもすでにいないだろうし…。


密かに背中に冷や汗をかきつつ、そう決意したリイニャは、セルティアに向かってとりあえず作り笑いを浮かべておいたが、逆にセルティアに訝し気な目を向けられる結果となった。

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