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第十話「魔族軍の襲来」

サリエリを気絶させたリイニャは、騒然とする周囲の者たちを無視して、続いて双子の兄のギルスにも切先を向けた。


「戦るか?」


「い、いや、やめておく。元々本心では親父の命には不服だったが、立場上従わざるをえなかっただけだ」


「ライオスと比べ卑怯な輩となったものだ。我が子のためにすら、父上に逆らえぬとは」


吐き捨てるようにそう言って、リイニャはギルスの横っ面を殴り飛ばした。

「うぎゃ!」と悲鳴を上げて、後ろに倒れたギルスの胸ぐら掴んでまた無理やり起こした。


「父上の代わりにライオスと警備隊を指揮し、老人や女子供を連れて里を出ろ」


「し、しかしそれではすぐに魔族軍の追っ手に追いつかれてしまうではないか」


「私が逃げる時間を稼ごう」


リイニャがそう告げると、ライオスが横から割って入った。


「リイニャがいくら強くてもそりゃ無謀だ! 俺も残って足止めのために戦う!」


「ふむ…では警備隊の半数は皆を連れて里を出て、残り半数は足止めのために里に残り戦う。それでどうだろう」


リイニャがそう提案すると、その場にいた警備隊の面々も顔を見合わせた後に、互いに頷きあった。

それからは早かった。

里を出る者と残る者に分かれ、すぐさま行動に移った。


「リイニャ殿、申し訳ございません。ボクも残って戦いたいのですが、姫様を一人にするわけにもいかず…!」


「セルティアを守るのが貴女の仕事なのだから当然だ。気にせず、セルティアを国まで無事に送り届けることだけ考えるといい」


「はい! リイニャ殿、ご武運を…!」


そう言って去っていくリリーベルトの背中を見送り、リイニャは警備隊の面々との作戦会議を始めた。

残ったのは、ライオスを含め十人の警備隊員たちだった。一方のギルスは、皆の避難を誘導する役を担い、気絶したままのサリエリを担いで里を出ていった。


残った者たちの作戦会議は、隊長であるサリエリを倒したリイニャが自然と場を仕切るようになっていた。


「魔族の軍が里に来るまでは、あとどれくらいだろうか」


「親父や兄貴たちが魔族のオーク軍と会敵したのは、里から北東に三里の場所だったらしい。恐らく後一刻も経たずに里までやってくるはずだ」


「さほど時間はないな。誰か策があるものはいるか」


そう言ってリイニャがその場にいる面々を見渡すが、誰も口を開かず、困ったように眉を寄せるだけだった。


「では私の策を聞いてもらう」


そう言ってリイニャは思いついた作戦を伝え、皆の同意を得ることができた。



*****



それからちょうど一刻が過ぎた頃、オークの軍勢が里の入り口にたどり着いた。

それぞれが魔物に革で作った鎧を着込んでおり、手には槍や斧や剣など無骨な意匠の武器を持っていた。


オークたちはエルフ族や人族よりも一回り以上大きな身体を持ち、分厚い脂肪と筋肉をまとったその身体は頑丈で、恐ろしい怪力を秘めている。

近接戦闘においては無類の強さを誇り、繁殖力も高いため、魔族の中で最も人口の多い種族の一つでもあった。


「我は魔帝国軍、鉄棘大隊所属、第七中隊の長ゾルティールである! 耳長共よ、大人しく降参すれば命は助けてやろう! 歯向かえば皆殺しだ!」


その中でも一際立派な巨躯を誇るオークが一歩前に出ると、大声でそう言い放った。


「…反応がない。すでに里を捨て逃げ出したか。いかにも臆病な耳長共らしい選択だ」


ゾルティールがそう言うと、周りの兵士たちも嘲けるかのように、ゲラゲラと笑い声を上げた。


その時ヒュン、と風切音が鳴り、笑っていたオークの兵士の頭を吹き飛ばした。

風切音は連続し、二体目、三体目の骸が生まれた。


「魔法か!? 盾兵を前に!」


ゾルティールがそう声をかけ、盾兵が前方に展開したが、風切音と共にその盾をも貫いて盾兵の腹に大穴が空いた。


「グッ! 散会して物陰に隠れよ!」


盾ですら防げないと知ったゾルティールはそう指揮を飛ばすと、自らも建物の影に身を潜めた。


「ゾルティール様! あの屋敷の屋根の上に人影があります!」


「なんだと!?」


ゾルティールが部下に言われて視線をやると、確かに一人のエルフが大きな屋敷の屋根の上で弓矢を構えているのが見えた。


「馬鹿な!? 魔法ではなく弓だと!? あの距離からこの威力とは、どれほどの剛弓を使っているというのだっ!」


近接戦闘は得意だが、魔法が使えないオークの遠距離での攻撃方法は投石くらいであった。


「魔法を用いるエルフが、弓を使うとは聞いたことがないが…物陰に隠れながらあの屋敷に侵入し、弓兵をなぶり殺しにしろ!」


そう号令をかけると、オークの軍勢は一気に屋敷に向かって動き出した。

その後も剛弓による狙撃は続き、更に十匹ほどのオークを骸に変えたが、軍勢は遂に屋敷まで辿り着き、ゾルティールが選んだ精鋭二十が一気に屋敷内へと侵入を開始した。


「ぎゃあ!」「うげえ」「ごひゅ!」


屋敷内に入った精鋭たちの断末魔が次々と屋敷から響いてきた。そしてすぐにまた静寂が降りた。


「参った。オークとはまこと身の脂が多い種族だな。まともに斬っては、すぐに刀が脂で斬れなくなる」


呑気な口調でそんなことをボヤキながら、一人の女エルフが屋敷の入り口から出てきた。


奇妙な格好をした女エルフだ。

ゾルティールは現れたエルフが手にした反りのある見慣れない剣と、普通のエルフが着るものと意匠がまるで異なる服装に、不気味さを覚えた。


「貴様、我の部下をどうした」


「斬った。そして貴方たちも斬る」


女エルフがそう言って、剣を空に向けて掲げた瞬間、屋敷の屋根に新手のエルフが十名現れ、オークの軍勢に向かって麻袋を投げつけた。


それはエルフ族が家庭で備蓄している木の実をすり潰して作られた粉が詰め込まれたものだった。

粉の煙がゾルティールを含む軍勢を包んだ。


視界を奪う魂胆か!

敵の思惑を見抜いたゾルティールだったが、視界を失った部下たちは混乱している様子だった。


「落ち着け! 同士討ちにならぬよう、無闇に武器を振るうな! 後退して煙を抜けるのだ!」


この視界の中では、敵のエルフも攻撃はできないと判断しての指示であったが、唐突に煙の中から仲間たちの悲鳴があちらこちらで起こり始めた。


すると恐怖に呑まれたオークたちは視界のない中でも武器を振るうようになり、同士討ちが起こり始め、悲鳴の数が格段に増え始めた。


奇妙なことに、煙はすぐに晴れることなく、しつこく絡みつくようにオークの軍勢の視界を奪い続けた。


粉の煙を風魔法で操っているな!

ゾルティールはカラクリを見抜いたが、だからといって事態が好転するわけでもない。


「全軍、全力で煙幕の中から抜け出せ!」


そう号令をかけるとゾルティールは一目散に駆け出した。方角もわからないが、とにかく煙が薄い方へとかけ続け、遂に煙が充満する範囲から抜け出すことができた。


あたりを見渡すと、わずか三十程度の部下しかおらず、目の前の煙幕の中で今も部下たちの悲鳴が上がり続けていた。

必死に煙幕の内側にいる部下たちに向かって後退するように声をかけるが、声がけも虚しく悲鳴が上がり続け、遂には静けさが戻った。


「もういいぞ」


先ほどの女エルフの声が聞こえた。すると風魔法を解いたのか、しだいに煙は晴れていき、ゾルティールは呻き声を漏らした。


血の海とはこのことだろう。

部下たちは一人残らず倒れ、地面は血で赤黒く濡れていた。唯一立っている女エルフは、返り血で顔が判別できないほど汚れていた。


「貴様…たった一人で我の部下百名以上を殺したというのか!?」


「? すまない、返り血が耳に入ってよく聞こえん。刀の切れ味を保つため、肉を斬らず太い動脈だけを狙って斬ったのだが、考えものだな」


首を傾けて頭を叩き、耳の中の血を抜こうとする女エルフに、ゾルティールは畏れを抱いてしまった。


「ああ、ようやく抜けた。それでなんだって?」


「…化け物め!」


耳の血が抜けて微笑んだ女エルフに、ゾルティールはそう吐き捨てると、覚悟を決めて自慢の大斧を向けた。


「残ったものたちで命を賭して奴の動きを止めろ。一瞬でいい。そこに我の全力の一撃を見舞い、殺す!」


ゾルティールは大斧を構えて、部下たちにそう命じた。怯んだ顔を見せた部下を、言い訳する隙も与えず頭から唐竹割りにして殺して見せると、残った部下たちは怒号なのか悲鳴なのかわからないような声を上げながら、女エルフに襲いかかっていった。


一瞬の隙でいい。

オーク随一の怪力を持つゾルティールは、過去に赤竜の首すらその大斧で刎ねたことがあった。

女エルフがいかに強かろうと、己の一撃を当てることができれば必ず殺すことができる。

ゾルティールはそう考えた。


「遅い」


そう呟いて、襲いかかるオークたちの隙間を縫うように縦横無尽に駆け抜ける女エルフは立ち止まることがなく、あっという間にゾルティールに近づいてきた。


部下たちでは足止めにもならないとわかったゾルティールは、近くにいた部下の襟首を掴むと、こちらに向かってくる女エルフへと物のように投げつけた。


呆気なくスパン、と胴体が真っ二つに切り裂かれた部下だったが、剣を振るわせ一瞬の足止めには成功した。

その隙に、残った部下たちが女エルフへと殺到した。


ゾルティールも好機と見てすぐに駆け出し、部下共々女エルフを大斧で斬ってやろうと、思い切り振りかぶった。


「死に晒えええ!!!」


部下のオークたちを四、五人巻き込んで振るった大斧は、臓物を撒き散らしながら赤い軌跡を描いた。

しかし勢い余ったのか、大斧がそのまま飛んでいってしまった。

確かにしっかりと柄を握りしめていたはずだが、どうしたことか。


ゾルティールが訝しげに大斧に目を向けると、地面に落ちた大斧の柄を、今も己の両の手首がしっかりと握っていた。


「グギャアアアア!!!」


切断された両手首から、遅れて血が吹き出した。

ドクドクと血が滴るが止める手立てもなく、ゾルティールは目の前で生き残った部下たちが女エルフに皆殺しにされるのを黙って見ていることしかできなかった。


「貴様…何者だ…?」


「私はリイニャ。侍だ」


全ての部下を殺し終わった女エルフは、ゾルティールに止めを刺しに歩み寄ってきた。


「サムライだと? クックック、かつて魔大帝様が弑した人族の男がサムライと名乗っていたそうだが、貴様…その男に連なる者か」


「なに? それは一刀斎様のことか?」


「名は知らんが魔族の将軍を何人も暗殺した恐ろしい剣豪だったそうだ。まだ末席の将だったかつての魔大帝様が倒し、その名声を高めるきっかけとなった逸話として有名よ」


「ほう、いいことを教えてもらった。感謝する」


妖しい笑みを浮かべたリイニャは、そのままゾルティールの首を落としたのだった。

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