表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
芳香  作者: りん
1/2

【1】

華世(かよ)、城址公園の桜が来週に満開の予報らしいから混む前に行かない? 気分転換にいいよ、お花見! お弁当作るか、買ってもいいしさあ』

「ん、うーん。やめとく。まだそんな気になれない。ごめん、由美(ゆみ)

 数少ない友達の由美からの誘いの電話は、謝りつつも拒否した。

 気に掛けてくれるのはありがたいけど、今はほっといて欲しいのよ。

 前回部屋に来たのをすぐに追い返したせいもあるのかな。


「余計なお世話よ!」って突っぱねられなかったのは、彼女が本当に私を心配してくれてるのがわかるから。

 「花見」なのもこの部屋を見たからね、きっと。

 あの日、いくつもの花瓶やコップに飾られた切り花に驚いていた由美の表情が浮かぶ。



    ◇  ◇  ◇

「うわ、華世ってそんなにお花好きだった? なんかいい匂いだけどすごいね。あ、あたしごはん作るから食べなよ。顔色悪いって。材料ある? なかったら買いに──」

「なにもない。空っぽで恥ずかしいから開けないで! いまは食べたくないわ」

 話しながら冷蔵庫に近づくのを腕を掴んで止めた私に、彼女は溜息吐いただけだった。


「しっかしどうしちゃったのかな、宗間(そうま)くん。なんか野川(のがわ)先生がすごい慌てて探し回ってたって、サークルで大学行ってた子に聞いた。再試掛かってんのに連絡取れないって。あたしが知ってる範囲では、どの再試験(科目)でも誰も見てないみたいよ。このままじゃマズいんじゃないのかなあ」

 一月で試験期間が終わって、合格さえすれば二月からは休み。

 もちろん不合格なら再試験で、受からなければ、……そもそも受けなければ単位はもらえない。

 蓮也(れんや)、──宗間 蓮也ははっきり言って成績はあんまり良くなかったから、再試験も一科目では済まなかった。

 ほとんど落ちてたって別に意外でも何でもないし、実際合格した科目の方が少なかった、筈。


 野川先生は真面目で親切だからわざわざ気に掛けてくれてるだけで、他の先生は未受験ならそのまま不合格で単位不認定、でおしまい。

 普通は学内連絡用のネット掲示板に「再試験者」として発表されるだけだから、同時に日時と教室が指定される再試験に行かなきゃそれまでなのよ。

 ……もし大半が不認定だったら、進級は無条件でできるけど四年で卒業はできない、と思う。


「ねえ、華世。簡単に『忘れな』なんて言う気ないし、そんなもんじゃないのもわかってる。でも、……あたし元々あいつと華世は合わないと思ってたわ。ごめん」

 もう帰って、と玄関先へ押しやろうとした私に、友達が真剣な顔で告げて来た。

 わかってるのよ、そんなこと。──よく、わかってる。

 二月に入って、いきなり姿を消した彼。


 由美には月が替わって一週間ほど経った先週に、メッセージが来て事情訊かれたわ。

 今月はもう二人とも大学に行く必要はなかったから、顔も合わせてないもの。私も由美も再試験なんてなかったし。

 そういえば試験の最終日以降誰も会ってない、あの遊び好きの出歩きたがりが、って噂になってたんだって。


《知らない。私も会ってないし連絡もないから。》

 私の答えに、由美は《試験終わった~! で何も考えずにふらふら旅行でも行ったんじゃないのぉ?》なんて鼻で笑う感じだったわ。その時は。

 でもその翌週の今日、同じく彼女からのメッセージへの《まだ何の連絡もない。》って私の返信で、由美が部屋まで来た。

「『彼女』にも何も言わずにいなくなるなんて酷い。あんまりだ!」って自分のことみたいに怒って。


 私が蓮也と付き合ってたのを知ってる人はほとんどいない。彼が言いたがらなかったから。

 私も由美にしか知られてないと思う。一緒にいるのを見られて訊かれたから答えたの。

 自分からは言わないけど、隠すことじゃないから。私には。

 向こうはもっといい相手がいたらいつでも乗り換えるつもりだったんでしょ。

 そう、例えば、……「可愛らしい」ので有名な下級生とか?


 ──そういう男だったわ。



    ◇  ◇  ◇

「華世、大丈夫なの!?」

「うん。全然平気、とまでは行かないけど別に」

 由美がこの部屋を訪ねて来て、飾られた花を見てから一ヶ月以上が経った。もう三月も終わりが近い。

 花見を断った私にその足で来たらしい彼女は、ドアを少し開けただけで対応しようとした私を押し切るようにして、強引に部屋に上がり込んだ。


「なんかまた花増えてない? すっごい匂い。いや、いい香りだけどさあ。……()せそう」

「それがいいの。気分いいから」

 狭い部屋の机や棚の上に並べられた、咲き誇る花瓶やコップ類に差された切り花と、床に置かれた鉢植え。


 「香りの強い」種類を選んでるの。

 今回探して初めて知ったけど、意外とないのよね。特に今の時期は。だからメインはフリージア。値段も高くなくてちょうどいいわ。

 ……花瓶やコップの数自体はこの前から変わらないのよ。置き場所が限られてるんだもの。鉢が増えただけ。


「なんか食べられそう? いろいろ買って来たから、……なにこれ? あんた、ちゃんと食事してんの?」

「食べてるよ。だからそれ(・・)なんじゃない」

 由美が見たのはキッチンのゴミ箱。お弁当やお惣菜の空容器で溢れそうな。

 私がもともとお料理好きでほぼ自炊だって知ってるからね。一人暮らしで外食やお弁当ばっかり、って人なんて今どき珍しくもないでしょ。

 実際、今の私だってそれでどうにかなってるんだし。


「そうじゃなくて! そりゃあ全然食べられないよりは、ずっといいけどさあ。もっとちゃんとしたもの食べなきゃダメ!」

「あ、──」

 止める間もなく、彼女が冷蔵庫を無造作に開けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ