9. 炎と水のクエリー
とはいえ、僕たちはまだ知る由もない。
今も食料調達をしようと呑気に話し合っているところだ。
「でかい森だし、その辺走ってるのとっ捕まえたらいいんじゃないか?」
「狩ったところですぐは食べられないから。獣を捌ける包丁もないし、まず無理」
「んじゃ木の実とか野草とかか。けど腹減るだろうな…」
「川があれば魚もいるだろうから一番いいんだけどね」
全く指針がまとまらず、ああでもないこうでもないと言い合うこと数分。
「あの」
僕らの会話をずっと聞いていたオーベルが、何かを思いついたように手を挙げた。
「もしかしたら、お役に立てるかもしれません」
彼の言葉に、僕とケーザーは顔を見合わせた。
何か考えがあるのならばぜひ聞きたいが、今のところだと回復魔法を腹にかけて空腹を満たすという絵面しか頭に浮かばない。
そしてなるべくならばそれは避けたい。
「うん?どういうこと?」
「失礼、言葉足らずでしたね」
もちろんオーベルの策は全く違うものだろうが、魔法の魔の字も心得ていない僕たちでは察する力量が足りない。
なので代表して僕が尋ねると、今一番いいアイディアと言ってもいい答えが返ってきた。
「魔法を扱う際に魔素操作というものが必要不可欠になるのですが。その原理を利用して水源を見つけられないかというご提案です」
「魔素操作……文字だけで考えると、空気中の魔素を自分の意思で操る、って解釈になるけど合ってる?」
「はい、相違ありません」
「じゃあ原理を利用っていうのはどうやって?」
魔道士であれば当たり前に心得ているべきであろう質問にも、オーベルは懇切丁寧に答えてくれた。
「魔法には空気中の魔素を用います。例えば炎魔法ですと、燃えやすい魔素同士を擦り合わせて発火させる、といった要領ですね」
「悪い全く分からん」
「簡単に言うと、炎魔法は静電気の行き過ぎたバージョンってこと」
「へえー、じゃあ俺も手擦り合わせまくったら火柱起こせるかもしれないってことか」
「そうだね、じゃあ向こうでやってていいよ。出来たら呼んで」
「炎使えるようになったら火起こしも楽だもんな。ちょっと練習してくる」
「うんうん、行ってらっしゃい──…さて、おばかはほっといて続きは?」
「何がとは言いませんが、お見事です」
彼らが使う魔法は大まかに七つの属性に分類され、空気中に含まれる魔素の数と比例している。
加えて人それぞれ魔素との相性、耐性があり、成長するにつれ一人一つの属性に体が適応するようになるのだという。
オーベルの場合は光魔素と相性がよく、その属性の中で扱える魔法はいくつでも習得できるそうだ。
「魔道士それぞれ相性のいいものしか扱うことは出来ませんが、空気中に何の魔素がどれだけ含まれているかの識別はある程度ならば可能です」
当たり前といえば当たり前なのだが、自分と相性の悪い魔素を一生懸命操ろうとしてもうんともすんとも言わない。
なので魔道士はまず魔素を判別する術を習うのだが、今回利用するのはそれだ。
「魔素の含有量によって、地形や天候などの判断も容易に行えます。その特性を利用して、水魔素の多い地帯で水辺を探したらどうかと考えたのですが…いかがでしょう?」
いかがでしょうも何も、今以上に現実的なアイディアがあるのなら僕が聞きたい。
「構わないどころかむしろありがたいくらいだけど…いいの?」
しかし、いくらいい策とはいえオーベルだけに負担がかかり過ぎだろうと僕は思わず言い淀んだ。
何せだだっ広い森の中だ、一人でこなす仕事にしてはあまりに多すぎる。
安易に頼んで倒れでもしたら、と過ぎるのは常に最悪の事態ばかりだ。
「ええ、ですが…手は時々抜きますので悪しからず」
そんな、若干神経質気味になりかけていた僕に気づいたのだろうか。
オーベルは軽い冗談を挟み、同じくらい軽く笑った。
まるで気にすることではないと暗に僕に伝えているかのようだった。
「…うん、ありがとう」
ここまでされて断る方が無神経だろう。
僕も軽く笑って返した。
分かった、気にしないと、本当のメッセージは言葉にしないまま。
「じゃあ、一度やってみてもらってもいい?」
とはいえ初めての試みに違いはないだろうと、僕は場慣れも兼ねた軽いお試しのつもりで言ったのだが、オーベルはどうやら違ったらしい。
「はい、承知致しました」
快諾したと同時に、彼の纏う空気が変わった。
「……すごい」
一切魔法が使えない僕でも分かるほどのものすごい魔力が、ただの人一人から伝わって来る。
さも当然のようにやってのけているが、やはり並々ならぬ努力がなければ成し得ないことだろう。
もしくはオーベル自身の魔法のセンスがずば抜けているか。
いずれにしてもど素人の僕は感嘆しっぱなしだ、思わず漏れた言葉も無意識である。
「下に数百メートル進んだあたりに水魔素の反応がかなりあるようです。行ってみますか?」
そして入ったのは朗報だった。
水魔素のこともそうだが、意外と近場ということもあり労力を無駄に消費する必要もなさそうだ。
まだ見つかった訳でもないのにとりあえず安堵する。
「もちろん。ほら、ケーザー行くよ」
「まじか。もうちょっとで出来そうな気がしたんだけどな」
まだ若干名残惜しそうなケーザーだったが、つい数分前に僕に単独行動の云々を説いた手前、駄々をこねることはしなかった。
無論こねられたとて、静電気だけで火を起こせるわけもないと言ってしまえば一言だから構わないのだが。
「そんなすぐ出来るもの?」
「俺も驚いたんだけど、いきなり手のひらがじわあって熱くなってさ。多分後十秒くらいやれば火出てたと思うんだよな」
しかし純粋な思いを踏みにじるのは後味も悪いから、スパッと切り上げてくれてよかったのもまた事実。
と、一生懸命に語るケーザーの無垢な目を見ながら思うのだった。