8. 初めての三人暮らし
外野から見ていてもとてもいい雰囲気だったので、邪魔しないように僕は辺りを見て回ろうと手近な空間に目を走らせる。
「うん、すごく森だ」
鬱蒼と茂る木々は到底草原のものではない。
先程の急を要する事態で転移先まで考えろというのは酷な話だろうから言えないが、いきなりサバイバルスタートと言われても若干困るものがある。
「こんなことなら唐揚げ取っておけばよかった」
何せ全員ほぼ丸腰に等しく、食料はおろか武器すら持ち合わせていないのだ。
どうしたものかと思考を巡らせる。
「とりあえず、木で何か作るか」
生憎材料はありすぎるくらいにある。
あとは何を作るかだが、剣のひとつでも作れたら楽だろうと思うあたりはやはり剣士の端くれだろう。
「でもかまどだろうな、最優先は」
とはいえ、他に作るべきものはある。
無闇に動くのも危険だ、まずは火の準備をしようと乾いた枝を集め出して数分。
「単独行動は死を近づけるって教わったろ、忘れたのか」
話が終わったのか、終わらせたのかは知らないが、ケーザーが若干怒ったように僕を見ていた。
何も言わなかったのが理由だろう、言わずもがな非は全面的に僕だ。
「ごめん。邪魔したら悪いと思って」
「なら突然お前が消えることは悪くないのか」
「…うん、悪い」
「はい、分かればよろしい。次やったら拳骨な」
でも何も無いのもばつが悪いからと、頭を軽く小突かれた。
茶化してくれる優しさがとてもありがたかった。
「で、何で枝を大量に集めてるんだ?」
そして空気が気まずくならないようにと、話題を変えてくれたのだろう。
十分すぎるくらいに貯まった枝葉を見て、ケーザーは不思議そうに首を傾けた。
「かまどを作ろうと思って」
「なるほど。ちなみにオーベル、お前火起こせるか?」
オーベル、という耳慣れない単語は名前だろう。
僕ではなく横の彼が返事をした。
「申し訳ない、治癒と転移しか。加えて転移も頻繁には扱えません」
「そうだよな。仕方ない、今だけ原始人の知恵を借りるわ」
言いつつよっこいしょと僕の隣に座り、腕まくりをしてまさに準備万端といったところか。
「火を起こすのはもう少し後の方がいいかな」
その支度を止めてしまったのは申し訳ないが、止めるに足る理由はある。
「ん?どういう意味だ?」
やる気満々だったためケーザーの僕を見る目が若干不満そうだが、手は止めてくれた。
ありがたく説明させてもらうことにする。
「火に気づいた魔物が寄ってくる可能性があるから、なるべく安全を確保してからにしたいんだ。いい?」
魔物、というのは直訳すると魔化した動物のことだ。
大気中に存在する魔素と呼ばれる物質に影響を受けたものの総称で、人間が扱う魔法とほぼ同程度の力を持つものも多い。
もちろんそうでないものもいるが、一番低い星であっても、今戦って勝てる相手ではないことだけは言えるだろう。
「ああ、確かに。けど安全確認ってこんな森じゃ途方もないな」
「それは大丈夫。ちょっと手伝ってもらえる?」
僕の申し出にケーザーはもちろん、オーベルも快諾してくれた。
人手は多ければ多いほどいいからとても助かる。
「まずは」
かくして、ちょっとした工作のお時間が始まった。
「凄いな、お前どうやって結んだんだ?」
「本結びをして、後の余った端で固結び」
「あの、大変申し上げにくいのですが、本結びというものは一体?」
「なんだ知らないのか、まず交差させて、んで捻って…」
「ケーザー、それ縦結びになってる」
「嘘だろ」
枝と枝を繋ぎ、蔓でしっかりと固定する。
葉が多いものを使うのは、擦れた時の音を少しでも大きくするためだ。
一枚は薄っぺらくとも、集まると意外とやかましい。数十メートル程度なら離れていても聞こえるだろう。
「慣れると案外楽しいものですね」
最初こそ苦心していたオーベルだったが、やっていくうちに徐々にコツを掴んだらしい。
気づくと僕の想定していたノルマをゆうに超えていた。
器用な男手はとても重宝するものだ。
「僕ひとりじゃもっと時間かかってたから、手伝ってもらえてよかった。ありがとう」
お礼を言うと、オーベルはやや気恥ずかしそうな顔をして笑った。
「いえいえ。ですがあなた程器用なら、私の手などなくても簡単に作れてしまうのではないですか?」
「うん、作るのは楽なんだけど。枝が何本も重なるとやっぱり重いから、何回も持ち運ぶと肩が死ぬんだよね。あと腰も」
「ああ、納得です。意外と腰痛って馬鹿にならないですからね」
「そうそう。屈むだけでビキィッって動けなくなるのがほんとに辛い」
「全く恐ろしいものです。子供の頃は何をやっても平気だったのに」
「戻ってきたらお爺あるあるに花咲いてんだけどお前らいつの間に老けた?」
早々に戦力外通告という名の草むしりをしていたケーザーは、完成した品と僕たちを見て感嘆半分、呆れ半分のため息をこぼした。
至極当然の反応だろう、まさか自分と同い年の人間がお爺トークを繰り広げているなど思うまい。
「おかえり。そっちは終わった?」
声をかけると、何故か心からのドヤ顔が返ってきた。
余程いい出来なのだろうか、後で見るのが楽しみである。
「おー、もうむしる草なんてないってぐらい」
「お疲れ様。早速で悪いんだけど、これ設置するの手伝ってくれる?」
これ、というのはもちろんこれだ。
付け焼き刃で作ったものだが、完成してみると結構頑丈な作りになった。加えて長さもある。
一夜を凌ぐには十分すぎるくらいだろう。
「オーベル、後一センチ下げて」
「これくらいでしょうか?」
「うん、そのまま」
とはいえ、上手く行くかどうかは状況次第だ。
地上にいくら策略を張り巡らせようとも、空から攻められれば僕らはあっという間に瓦解する。
要するに気休め程度のものでしかないのだ。
「ケーザー、本当に本気で引っ張ってる?」
「この顔を見ろ。マジだ」
「仕方ないな、よっと」
「…やっぱゴリラって森に帰るとイキイキするもんなんだな」
「なんか言った?」
「いや何も」
けれどもないよりはマシだろう、枝だってただ朽ち果てるより少なからずお役目がある方が嬉しいはずだ。
「そっか。ちなみに今度ゴリラって呼んだら森どころか土に還してあげるよ」
「がっつり聞こえてんじゃねえか」
なんて適当なことを考えていたが、後々僕は僕自身に感謝することになる。