2-3.天才の状況整理
「なるほど、結婚詐欺ね……」
中林はサラダにフォークをぶっ刺して格闘しながら、そうつぶやいた。
「よくわかったわ。つまり復讐のためにその詐欺師を見つけ出して八つ裂きにすればいいのね」
「いやそっちじゃねえよ! 普通にこの家の財政を建て直せば十分だよ!」
突っ込みながら俺は豚串にかじりついた。塩味が効いてていい感じ。
奴隷商との交渉が終わったら、時間はもう夕方。さすがにこれ以上はなにもできないということで、俺たちはリシラと別れて、屋台でいくつか食事および食材を買ってきて、家に帰って夕食にすることにしたのだった。
ちなみにこの場にはキリィもいるが、こちらは一心不乱に飯を食いまくっている。外の屋台の味をいままで味わっていなかった分、新鮮なのだろう。
もう少し経ったら飽きてきていろいろ言うようになるかもしれないが、当面は食料については外からの買い食いでなんとかなりそうだった。
まあ、そうは言いつつ、サラダは作ったけどね……簡単なドレッシングを自作して。最近は柑橘系がマイブーム。
野菜は大事である。
「財政を立て直すっていうけど、そもそも宗谷には当てはあるの?」
「秋になれば税収があるそうだ。それまでの辛抱じゃないかな」
「そんな悠長な話でいいの? 貴族って臨時の出費とかあるんじゃないの?」
「それは……」
考えていなかったので、俺はキリィを見た。
キリィはいったん食べる手を止めて、
「どしたの? ソーヤ」
「いや、いまの会話の件。臨時の出費とか、あるのか?」
「うーん……あるといえばある、かな……」
キリィは考えながら、言った。
「どういう出費か、教えておいてくれないか?」
「ええとね、基本的にわたしたち貴族は、領地の民を代表していることになるんだけれど」
「うん。それで?」
「だから税金と引き換えに、わたしは領地の代表として、情報を集めて、領地のみんながより幸せになれるようにする義務があるのよ」
「……あー、なるほど」
だいたい、想像はついた。
おそらく古代ローマの『パトロキニウム-クリエンテラ』の関係と類似の制度か。貴族と平民が互いに共生する制度。貴族は特権を得る代わりに、庇護下の平民たちをよりよくする義務を負う。
まあ、古代ローマでは貴族側が享受する恩恵は税収ではなくて選挙における『票田』だったわけだが……エリアムで選挙があるという話は聞いたことがないので、そこはあくまで似ている別の制度ということなのだろう。
「てことは、貴族のネットワークで情報を集めたり、困っている領民に金を貸したり?」
「うん。そういうことができるのが、いい貴族。できないとダメ貴族って言われちゃう」
「くあー……じゃあ、秋まで待っているわけにはいかないか」
計画、練り直しである。残金、金貨八枚では到底足りない。
俺がうなっていると、中林が鳥串にかじりつきながら言った。
「まあ、この際、借金しかないんじゃないかしら?」
「借金ねえ……でも、この家を抵当に金を借りるって案は、依頼主のシグから禁止されちゃったからなあ」
「そのあたりは、事情を話して認めてもらうしかないんじゃないかしら。なにも家を出て行く必要まではないと思うし、健全な返済計画が立てられるなら、相手の人も安心してもらえるはずよ」
「なるほど……とはいえ、逆に言うと返済計画をきちんと立てないといけない。まずはそこからだな」
「そうね。キリィに聞くけど、領地からの税収ってどのくらい?」
「ええと、十六ドートカスムくらいだけど……」
「なるほど。十六ドートカスムか……」
言って、中林は考え込んだ。
俺は気まずい顔でおずおずと手を上げ、
「あの、ごめん。俺、その単位知らないんだけど」
「うん。私も知らない」
「っておまえも知らないのかよ!」
知らないのに、無駄に「わかってます」オーラを出すのはやめてほしい。
中林は笑って、
「こんな有様だから、キリィ。悪いけど、金貨に換算してどのくらいになるかを教えてくれない?」
「んー……その年の相場次第だけど、たぶん千枚くらいじゃないかな……」
「なるほど……じゃあ、一年ごとに千枚の予算がついてると考えていいわけね」
「となると、税収が発生するのはいまから半年だから……借りる金額は半分で、五百枚?」
「そのくらいになるかしらね」
中林はうなずいた。
俺は少し考えて、
「よし……ともかく、明日はその線で動くか。まずはシグの屋敷に行って、相談して。すべてはそれからだな」
「そうね。あとは、出てきた問題を見てから対処するのがいいんじゃないかしらね」
中林の言葉に、俺とキリィはうなずいた。
まだまだ課題山積ではあるが、少しずつ目処が立ちつつある。この調子でがんばっていこう。