2-1.英雄崩れの相談
「そうなると、まずは奴隷だろうな」
「奴隷?」
俺は聞き返した。
ここはリシラの実家。下町では割と有名な鍛冶屋である、ファグニ工房だ。
シグの陰謀によって、バルチミ家再興計画を担当せざるを得なくなった俺だが、やはり一人ではどう考えても無茶である。
というか、いくら一年滞在しているとはいえ、俺はしょせん日本人。エリアムの常識とはかけ離れた感性を持っているのだ。さすがに現地人の協力がないと、やっていけない。
というわけで、俺はこの街の知り合いの中で最も信頼できる、ファグニ工房の親方、通称おやっさんを訪ねてきていた。ここでアルバイトしたこともあるので、俺としては気心も知れているし、人柄も信頼できる。
そのおやっさんは重々しくうなずき、
「言っちゃ悪いが、その状況だと使用人は増やせないだろう。貴族の家だからな。きちんとした紹介がない使用人を雇えば、それだけで家名に傷がつきかねない」
「そういうものなのか」
「おまえがバルチミ家への奉公を認められるために苦労したのを思い出せよ、シュンペー。俺が紹介状書いて、紹介先と面接して、それから先もたくさん手続きを踏んだだろう?」
「ああ、なるほど。あれだけ厳重なことをしないといけないなら、たしかにすぐには無理だな」
俺はうなずいた。
もちろん、一ヶ月くらい時間をかけて手配すれば可能かもしれないが、『人手を増やす』というタスクは今回の場合、喫緊の課題だった。
「キリィ、家に一人でいるの、すげー嫌がったからな……今回も、守衛のおっさんと二人で必死で説得して、ようやく置いてこれたわけで。すぐにでも増やさないと、外に自由に出ることもできない」
「まあ、広い家に一人が嫌ってのは、なんとなくわかるぜ。それに貴族のお嬢ちゃんなら、一人で湯を沸かして茶を淹れるのも難しいだろうしな」
「だろうな……ん?」
そこで、俺は首をかしげた。
「どうした? シュンペー」
「いや、見落としてたんだが、そういえばあの守衛のおっさんは使用人じゃないのか?」
「守衛? いや、たぶんそれは領主様から貸し出されてるんじゃないか?」
「え、そうなの?」
「俺も貴族じゃないから詳しくは知らんが、大昔はともかくいまは領主様以外の貴族は兵士を直接雇えないはずだぞ。だからその守衛はバルチミ家と直接の雇用関係にはないはずだ」
「なるほど……」
俺はうなった。
中世の貴族制といえば、小領主が軍事権と徴税権を分散して持つ、いわゆる鎌倉幕府型の封建制度が定番だと思っていたのだが。どうやらエリアムでは、徴税権はともかく、軍事権は貴族にはもう残っていないらしい。
歴史、特に世界史好きとして、その経緯には若干の興味があったが、いまはその話は重要ではない。つまり、守衛さんは使用人として使えないということだ。
「で、奴隷か。でも高いんじゃないか?」
「高い。けど神殿のすぐそばには貴族にも卸している正式な奴隷業者がいて、そいつらのお墨付きならそうそう問題が起こるような奴隷には当たらない。貴族が買う奴隷としては、そこが一番重要だろ?」
「なるほど……相場は?」
「力仕事に向いた健康な男の奴隷なら、金貨三十枚ってところか」
「高いな……けどまあ、男は買えないだろ、この場合」
「ま、そうだな。留守を任せるのに、男とお嬢ちゃんをふたりきりにさせたらさすがにまずい」
おやっさんはうなずいた。
「女の奴隷で、信用ができて、こまごまとした家事ができるタイプか。力仕事を求めなければ、金貨二十枚くらいまでは抑えられるだろ」
「いや、金貨二十枚でも十分高いんだがな……ほぼ全財産だぞ」
昨日シグから受け取った金額は金貨二十枚と数枚の銀貨だった。俺が持っていた手持ちは十数枚の銀貨。キリィが言ってたバルチミ家の残り財産は銀貨十枚である。
この地方の金銀交換比率はだいたい1:15。つまり金貨一枚分くらいしか余剰はない。
「よし、ともかく行ってこい!」
「え、なに、どこに?」
「バルチミ家だ。そこでお嬢ちゃんと合流して、それから奴隷商に行く」
「は?」
「こういうのは急いだ方がいいんだよ。掘り出し物がいつあるか、わかったもんじゃないんだからな。うちからはリシラを出そう。あれでけっこうな交渉上手だ。任せるといい」
「いや、ちょっと待ってくれ。キリィと合流するのはなんで?」
「そりゃおまえ、身分保証だよ。身分がなくても奴隷商は相手してくれるだろうが、足下を見られるかもしれん。けど貴族が相手だったら舐めた商売は絶対できねえ」
親父さんは言って、にやりと笑った。
「この際、使えるものは全部使うんだシュンペー。貴族の名前ってのはそれだけで武器になる。なんなら、値引き交渉でも有利に働くかもしれんぞ」
「なるほど……ありがとよ、おやっさん。世話になった」
「なるべく美人買えよ! そんで紹介してくれ! な!」
「…………」
さてはそれが目的か、という言葉を、俺は一応飲み込んだ。