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中林さんの天球儀  作者: すたりむ
第1章:結婚詐欺編
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1-4.英雄崩れと武芸者

「お、おいしいー!」


 目をきらきらさせて、キリィは言った。

 屋台で頼んだのは、なんの変哲もない串焼き肉とパン、そして果物のジュース。

 だがどうやら、キリィのお眼鏡にはかなったようだ。


「な、食いに来てよかっただろ」

「うん! こんなに近くにこんなおいしいものが売ってるなんて知らなかった! ソーヤはすごいね!」


 めちゃくちゃいい笑顔で言うキリィ。反応からして、買い食いという経験自体が初めてなのだろう。


「普段はこの辺に来ないのか?」

「神殿には行くけど……貴族としての義務だから。寄り道とかできないし、そもそもこのあたりにあるのがお店だってことも知らなかった」

「あー、なるほど」


 完全な箱入りお嬢様なんだな……


「よし、帰ったら自炊の方法を教えてやろう」

「じすい?」

「自分で飯を作る方法だ。おもしろい上に役に立つぞ」

「ホント!? ソーヤ、料理作れるの!?」

「まあ、簡単なものならな」


 俺は胸を張って言った。

 一応これでも、高校進学をきっかけに一人暮らししていた身である。多少の心得はある。エリアムの食材を扱った経験もあるし、まあなんとかなるだろう。


「それより、今後のことを考えないとな。貴族ってなにが収入なんだ?」

「領地からの税収かな……他にもいくつかあるけど、一番はそれ」

「そうか、徴税権があるのか。……手放してないよな?」

「うん。……泣いて止められたから」

「そっか……」


 つまり、手放そうとはしたわけだ。危ないところだった。


「そうすると、収入が確保できるまでの間をどうにかしないとな。次の税収はいつだ?」

「秋の収穫祭の後だけど……」

「うげ、けっこうあるな……」


 まだ春先である。そうなると、最低半年はなんとかするプランを立てないといけない。


「……なんとかなりそう?」

「まあ、考えてみる。とりあえず、まずは飯を食い終わってからだな。リシラの親父さんなら相談に乗ってくれるかな……」


 などとのんびり、手持ちの串焼きを頬張るキリィを見ながら俺は言う。

 あまりに大きな事件があったからだろう。後から考えてみれば、俺はこのとき、感覚が麻痺していた。

 いくら高級住宅街に近い場所と言っても、高価なドレスを着飾った女の子が大通りの屋台で買い食いするのは、エリアムでもおかしな光景である。

 その結果、どうなったかというと……


「き、キリアニム様!?」


 声に振り向くと、一人の男が愕然とした顔で俺たちの方を見ていた。

 その手には長い棒状の武器。武器の先は刃物になっているので、地球だったらグレイブとかそんな名前で呼ばれるタイプのものだろう。男は俺たちの様子を見て即座に駆け出して、


「死ねえっ!」

「うわあああああ!?」


 がしっ! と、俺はとっさに前に出て、いままさに振り下ろされそうになったグレイブの柄をかろうじてつかんで阻止した。


「ちょ、なんだおまえ! いきなりなにすんだよ!」

「やかましい! 通報を受けて駆けつけてみればキリアニム様におかしなものを食わせおって、貴様さては例の詐欺師の同類だな! 死を以て罪を償うがいい!」

「いやいや誤解だって! くそ、この……!」


 ぐぐぐぐぐ、と押し込まれて俺はうなる。

 横でキリィがあわあわしながらなにか言おうとしているが、このままだとフォローが入る前に殺される。

 仕方がない。俺は覚悟を決めた。


拳よ打て(フィ・ド)!」

「――魔術だと!?」


 ばきっ、とグレイブの柄の部分がへし折れ、男がたたらを踏む。

 その隙を逃さず、俺はすかさず腕を取って、


「悪いが、かなり痛いぞ!」

「あ、このっ……」


 投げた。

 きれいな一本背負いが決まり、男の身体は一回転して地面にたたきつけられ、


加護よ(クレイ)!」

「うわっ!?」


 ばがんっ! と音がして、地面にたたきつけられたはずの男の身体がものすごい勢いで跳ね上がった。

 そのまま宙で一回転して、男は二メートルくらい後方に華麗に着地する。


「おのれ、太陽の国の体術か! だが残念だったな、その程度ならば対策は容易だ!」

「マジかよ……!」


 俺はうなった。

 エリアムでは、武器が一般的であるためか、徒手格闘があまり発達していない。だから柔道技はエリアム人に対しては非常に有効な技、のはずだったのだが……

 初見でいなされてしまった。しかも、防御魔術で受け身を強化するなんて方法は初めて見た。


(こいつ、いっぱしの武芸者か!)

「もはや油断はするまい! 我が剣を受けるがよい!」


 相手が曲刀をすらりと抜き放つのを見て、俺は覚悟を決めた。

 まわりからの援護はなし。キリィもまだ、パニックで固まっている。相手からの油断も消えた。これでは勝ち目はない。

 いや……


(まだある! 最後の手段が、ただひとつだけ……!)

「ち、ちくしょう!」


 俺は、だっ、と逃げ出した。


「逃がすか! 距離を奪え(ナヴァ・マハ)!」


 相手が加速魔法を発動して、一気に距離を詰めてくる。

 俺はそれを視界の隅に確認して、取り得る剣の軌道を予測し――そこで、地面にけつまずいた。

 否、()()()()()()()


「う、うわあっ!」


 倒れ込みながら、俺は自分の身体が仰向けになるように身体をひねり込む。

 右手は身体に引きつけ、左手は天を指すように上げて。

 男の剣の一撃が俺の身体の上を通過し、勢い余って男の身体が俺の方へ身を乗り出してきて。

 ――そこで、男の顔が驚愕に歪んだ。


「貴様、まさかこれを――」

疾風の矢弾(フオリイ・ガン)!」

「! 加護よ(クレイ)!」


 とっさに防御魔法を張った男は、おそらく有能だと言ってよかっただろう。

 だが、それでもこれは俺に分があった。

 俺の放った『弓矢』の魔法。右手と左手で引き絞られた仮想の弓から放たれた光る魔法の矢は、真下から男の身体にぶち当たると、衝撃で防御魔法を弾き飛ばして炸裂した。


「ぐっはああああああああ!」


 男は数メートルは先の地面に吹っ飛ばされると、ごろごろと数回地面を転がり、そして動かなくなった。

 これが俺の作戦。

 万策尽きて無様に逃げると見せかけての、再度の奇襲である。


「教えてやる。『いまの自分に油断はない』――その考えがもう、すでに『油断』なんだぜ」


 立ち上がって、渋く決め台詞を言った俺だったが。


「いや、まだだっ!」

「うええええ!?」


 がばあっ、と起き上がってきた男を見て、悲鳴を上げる。

 男は血走った目で剣を構えようとしたが、


「い、いたたた……」


 と言って、うずくまった。

 よ、よかった……本当によかった……もう完全に万策尽きてたし、それ以前にこれでダメージがないような不死身の相手なんて絶対勝てない。

 と。


「ソーヤ、すごい!」

「うわっ!」


 飛びついてきたキリィに俺は倒れそうになった。


「すごい、すごい! シグをやっつけちゃうなんて、すごい!」

「いや、まあ、相手が話を聞かなかったから仕方なく、な?」

「とっても強いんだね、ソーヤって! わたし、びっくりしちゃった!」


 キラキラした目で言うキリィ。あれ、俺、追い込まれてない?


(俺の、『運良く勝てたがおまえの方が強かったよ』と相手を持ち上げて取りなして、なんとか平穏に事を済ませる計画……いまのキリィの言葉で、完全に破綻してないか?)

「き、貴様、キリアニム様の前で俺にこのような恥をかかせおって……」


 案の定、男は憎悪に満ちた眼光で俺をにらんでいる。

 俺はため息をついた。もうこうなったら、腹をくくるしかない。


「知らねえよ。そもそも事情を知らないのにいきなり斬りかかってきたおまえが悪いんだろ」

「抵抗しなければ手加減はしてたわ! いや、そうじゃない、ええい、とにかく誰だ貴様は!」

「宗谷だよ。宗谷俊平。今日からバルチミ家で奉公する予定だった人間だ」


 言うと、ぴたり、と男……シグの身体が止まった。


「……奉公?」

「そうだよ。貴族に一ヶ月奉公して市民権をもらうっての、エリアムじゃ普通だろ?」

「だ……だが、いまバルチミ家は大変なことになっていて」

「それも知ってる。キリィから料理人もやめてご飯食べてないって聞いたから、とりあえず飯を食わせにここに来たんだ」

「そ、そうか……なるほど。筋は通っているな……」


 男はばつが悪そうに言って、


「……いや! たとえそうだとしても屋台はないだろう、屋台は!」

「キリィ、めっちゃおいしいって言ってたぞ?」

「ぬぐぐ、だが、食べるものにも品格というものが……」

「それよりおまえは誰なんだよ。元使用人か?」

「い、いや。我が名はシグ・ナズム。ここの神殿と懇意にしてもらっている武術家だ。バルチミ家と付き合いはあるが、雇用関係にはない」

「そうか……」


 若干期待していたのだが、どうやら使用人ではなかったらしい。

 使用人であれば、襲ってきた負い目を利用して少しだけ家に戻ってもらい、働いてもらっている間に俺が金を工面するというのも考えられたんだが……


「どう考えても、家の用事を済ませながら金の工面をするのは無理だよなあ……やっぱ引っ越すしかないか。あの屋敷を抵当に入れて、南側に住宅借りれば……」

「きえええええええええええっ!」

「うわああああああああああ!?」


 奇声を上げられて、俺は身をすくませる。


「貴様、それで許されると思っているのか! き、き、キリアニム様が、や、屋敷を出るなど……」

「いや、そうは言うがな。あの規模の邸宅を秋口まで維持するのは無理だろ。使用人、俺しかいないんだぞ?」

「なんとかしろ! おまえならできる! そう、この俺を打ち破ったおまえにならば!」

「いや、それ関係ない技能――」

「神殿前を通行の諸君!」


 いきなりシグは言って、まわりを見回した。

 俺はそのときになって初めて、事態に気がついた。


(え、うっそ、なんでこんな大勢の人間が集まってるの!?)

「諸君らも噂には聞いていることと思う。いまバルチミ家は未曾有の危機にあると!

 だが、バルチミ家にはいま、このソーヤ・シュンペーなる男がいる。そう、諸君らも見たとおり、命がけでキリアニム様を守り、このシグ・ナズムをすら退けた剛の者である!」

「いや、そもそもおまえが狙ってきたのはキリィじゃなく俺――」


 俺の言葉は、観衆たちの怒号のような歓声によってかき消された。

 俺はようやく、事態を飲み込み始めてきた。

 ここは街道の交差点付近の屋台。そのすぐ近くには大きな神殿がある。

 つまり、ここはエリアムでも非常に重要な地区であった。そこでドレスで目立つキリィを連れ、シグと大立ち回りを演じてしまえば、見物客が大量に現れるのも道理である。


「彼は私に約束してくれた! 必ずやバルチミ家を立て直し、邸宅を維持し、権威を守り、キリアニム様を救ってくれると! 安心するがよい! 以上だ!」

「よろしくね、ソーヤ!」


 あまり状況を理解してなさそうなキリィが、無邪気な笑顔で俺に言った。

 おおおおおおー! と、観客は沸きに沸いている。ちょっとしたお祭りムードだ。

 シグははっはっはと観衆たちに笑いかけると、


「よし、ではこれを受け取れ、ソーヤよ」

「これは……?」

「俺の手持ちだ。金貨二十枚ほどある。前払いとしては少ないが、取っておけ」

「前払いって……」

「言っただろう? バルチミ家を立て直すのだ。これはそのための依頼料だ」


 シグは小声で言った。


「太陽の国ではどうか知らんが、エリアムの貴族には相応のしがらみがある。邸宅も維持できないとなれば家名に傷がつくのだ。

 そこをなんとかせよ。面目を保ったまま、バルチミ家を再興するのだ。頼むぞ」

「簡単に言うなあ……」

「なに、このシグ・ナズムを破ったほどの男だ。おまえにならできる!」

「だからそれ関係ない技能――」

「どのみち、ここでおまえは俺に約束したのだ。ここにいた観客全員が証人だ。裏切ればキンバリアにはいられないと思え」

「めちゃくちゃ悪質な嘘ですよねえそれ!」


 俺の抗議もどこ吹く風。シグはさわやかに微笑むと、


「では任せたぞ、ソーヤよ。さらばだ」


 と言って、足早に去って行った。



 というわけで。

 市民権を得るために貴族に一ヶ月だけ奉公する予定だった俺、宗谷俊平は、なぜか成り行きでその貴族、バルチミ家のお家復興のために働かされることになってしまったのだった。

 どうしてこうなったのか、誰か説明して欲しい。マジで。

【魔術紹介】


1)『拳よ打て(フィ・ド)

方式:エリアム式 難易度:D 知名度:A 備考:武器にも使用可

 エリアムでは標準的な近接打撃強化魔術。拳よ、と書いてあるが、べつに拳である必要はなく、棒にかければ棒が強化され、剣にかければ剣が強化され、槍にかければ槍が強化される。ただし、叩いた際の衝撃威力を強化するタイプの魔術なので、刺突の強化にはあまり向いていない。

 とはいえ、エリアムで魔術戦をする際に使わない人間はまずいないというレベルの基本魔術である。当然、使い手も多い。


2)『加護よ(クレイ)

方式:エリアム式 難易度:D 知名度:B+

 簡単な衝撃吸収バリアーを張る魔術。戦闘だけではなく、日常生活でも有益であり、工作・工事中の事故防止などのために覚えている者も多い。

 とはいえ、この魔術で受け身を取るという発想は普通湧かない。そもそも、エリアムではレアな『投げ技』への対応をとっさに行えた時点で、シグの戦闘センスはそうとうレベルが高いと言える。


3)『距離を奪え(ナヴァ・マハ)

方式:エリアム式 難易度:C 知名度:B

 脚力を強化する魔術。中時間型と分類され、数分間の持続を期待できる。

 もっと短距離走に特化した魔術や、逆に長距離に特化した魔術もあるのだが、この魔術はバランス型であり、そこそこ持続しそこそこ早くそこそこ小回りが利いてそこそこの燃費。つまりはごく標準的な魔術であり、どの方面にも対応できるよう油断をしなかったシグの判断が光る。……はずだった。


4)『疾風の矢弾(フオリイ・ガン)

方式:エリアム式 難易度:B- 知名度:C

 ガチの軍事用攻撃魔術。対魔術・対物理双方の装甲貫通に特化した射撃攻撃魔術である。習得難易度も高いが、その分簡単には防げないだけの大威力を誇る。日常で使うような魔術ではないので、この魔術を習得している人間は過去に(あるいは現在も)なんらかの荒事に関わっていた可能性がある。ただし、趣味や、あるいはなんらかの家庭の事情などで習得する人間もたまにいる。

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