5-4.天才の観測計画
工房の中に入ると、今日もあまり人はいなかった。
「ようソーヤ、久しぶりだな」
「おやっさん……他の職人さんは?」
「ん、聞いてねえのか?」
「なにを?」
「ナカバヤシにだよ。あいつの手伝いで、いまうちの連中はみんなバルチミ家だ」
「は? マジで?」
聞いてない。ていうか、報告しろよ。
まあ、俺が聞いてなくとも、守衛のおっさんは知っているんだろうけど。さらに言えば、キリィの許可も得ているのだろう。でないと、それだけ大勢をバルチミ家に連れ込むのは許されないだろうし。
しかしあいつ、そこまでこの工房に浸透してるのか……いや、ここのところほぼ毎日出かけてるなとは思ってたけど。
「あら、珍しいわね。宗谷がこっちに来るなんて」
と、そこで奥から出てきた中林が言った。
「なにやってんだ? おまえ」
「今日は観測の相談よ。いろいろ調べたいことがあるから」
「観測って……」
「日食だそうだ」
おやっさんが言った
「日食? マジで?」
「ああ。ナカバヤシがバルチミ家の書斎で見つけた本に計算法が載っていてな。それを適用すると、十日後に日食が見える計算になる」
「……ここんとこなにかやってると思ったら、そんなことしてたのかよ」
そういえば書斎に立ち入る許可をした覚えはあった。もちろん、キリィにも報告済みだ。
俺も、中林がエリアム語の読み書きに精通している程度ではいまさら驚かないが……専門書を読んでいたとはさすがに驚きである。俺も一応簡単な読み書きは修得しているが、専門書は無理だろう。
しかし日食。日食か……
「そっか。エリアムにも月がある以上、そういうこともあるのか……」
「? 月が関係しているのか?」
おやっさんは首をかしげた。
日食というのは、月が太陽の前をさえぎる現象だ。これは日本では常識だが、どうもおやっさんの反応を見るに、エリアムでは常識ではないようである。
「なんでもない。それより観測って、なにをだ?」
「秋の星空を見たいのよ」
中林は即答した。
俺はその言葉に少し考え、
「あー、そっか。日食だと昼間だから、太陽をはさんで反対側の星空が見えるのか」
「そういうこと。飲み込みが早いわね、宗谷」
中林は言った。
まあ、もっとも。俺は秋の星空を見ることでなにがわかるのか、皆目見当がつかなかったが。
一方でおやっさんは感心した様子で、
「すげえなソーヤは。太陽の国の人間ってのは、天の動きも全部頭に入ってるのかね?」
「人によるんじゃないかしらね。宗谷じゃなければ、もう少し説明が必要だったかも」
「ま、いいけどな。とにかくそれ以外にも、例の模型の方も作業しないとな……」
「頼むわね。……ところで、宗谷はなにをしに来たの?」
「ああ、実はおまえに用事があったんだよ」
言って、俺は状況を説明した。
「なるほど……商売、商売ね」
「頼むよ。この際、頼れる人手はおまえだけだから」
「べつにいいけど、扱う商品を決めないと話が始まらないわよ」
「そこなんだよなあ……なにかおまえ、いい案はないか?」
「あいにくと。私も商売については詳しくないからね。ま、でも」
中林は言って、微笑んだ。
「金策については、別方面で考えがあるわ」
「え、マジで?」
「私だって、バルチミ家の復興について多少は考えているのよ。まあ、すぐに結果が出る話じゃないけど、期待しといて」
「了解。まあ、期待しとくよ」
俺は請け合った。
と、そこで
「うう……逃げられたのだ……」
「ようナイエリ、遅かったな」
ふらふらになりながら、ナイエリが工房を訪れた。
おやっさんは首をかしげて、
「そちらのお嬢さんは?」
「ああ、こいつはナイエリと言って、」
「宗谷の新しい彼女よ」
「ぶはっ!?」
「違うわ! 貴様なにをデタラメを言うか!」
思わず吹き出した俺と、大慌てで否定するナイエリ。
「え、違うの?」
「断じて違うわ気色悪い! どこをどう見たらそうなるのだ!」
「でもここのところずっと一緒に行動しているからそうかなって」
「あたしは単に金策を手伝っていただけだ!」
「なるほど。宗谷の愛人になって金策を」
「おまえもう殺す!」
ぎゃーぎゃーわめき合う二人を眺めていると、おやっさんがやってきた。
「……なんだよ?」
「おまえ、いつの間にまたハーレムを築いたんだ?」
「ハーレム言うな。ていうかまたってなんだ、またって」
「最初に会ったときは三人も女の子引き連れてただろうが。うらやまけしからん」
「それは別の話だし、いまの状況ともなんの関係もないだろ」
「そうだな。いまも三人の女の子と一緒に寝泊まりしてるんだよな、おまえは」
「……ひょっとして、また奥さんとなにかあった?」
「なにもねーから言ってるんだよ! くそ、あいつ家を出て行っておいて毎月金だけ無心しやがって!」
切実に叫ぶおやっさんを見て、ため息。
今日は、長めの愚痴に付き合わされそうだった。
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そんなわけで、帰り道。
「結局、おやっさんの愚痴にひたすら付き合っただけの結果に終わったな……」
「あたしはもっと散々なのだ……あの悪魔女め、いつかぎゃふんと言わせてやるのだ」
疲れ切った顔で、俺とナイエリはつぶやいた。
ちなみに、ナイエリの恨みの対象が中林に向かっている理由は、うかつにも早めに帰ってきてしまったリシラを殴り倒すことに成功し、すっきりしたからである。
因果応報。ざまーみやがれ。
「しかし日食、日食かあ……」
「? 日食がどうかしたのだ?」
「いや、中林が言ってたんだよ。十日後に日食が起こるんだと」
「ななな、なんだと!? それは一大事なのだ!」
ぴーん、とねこしっぽを立てて、ナイエリ。
「あれ? おまえひょっとして日食苦手なの?」
「当たり前だ! 太陽が死んでしまうのだぞ!」
ナイエリが言った。……そういう認識なのか。
ちょっと興味が湧いたので、俺は尋ねた。
「ちょうどいいから聞かせてくれよ。エリアム人から見て、日食ってのはどういう現象なんだ?」
「は? いや、だから太陽が死んでしまうのではないのか?」
「そういう感じなの? 太陽の神様とかがいるわけではなく?」
「? 太陽は神様だろ? なに言ってんだおまえ」
ナイエリはさらっと言った。……そういう信仰形態なのか、この国。
俺もまだ一年しかエリアムにいないから、宗教についてはあまり詳しくないのだが。もしナイエリの反応が一般的なエリアム人の考えだとすれば、おそらくは森羅万象を神として祀るタイプの信仰なのだろう。
「あ、そうか、おまえは太陽の国出身だったな! だから太陽にやたら詳しいのか!」
「いや、それは通称だからな? 実際に太陽から来たわけじゃないぞ?」
「ううー、日食怖いのだ。今年もろうそくいっぱい立てて早めの復活を祈るのだ……」
ガチで怖そうに、ナイエリ。
……ろうそく?
「ちょっと待て。ろうそくってなに?」
「ん? だからろうそくなのだ。日食があったらろうそくを立てて、死んだ太陽が火の力で復活するのを祈るのが普通なのだ」
「そういうものか。事前告知とかあるの?」
「おう。日食の一週間前になると、神殿の星見役から告知があるのだ! それでみんなでろうそくを買って太陽の復活を祈るのだな!」
「そうなのか……」
「太陽の国ではどうだったのだ? やっぱり日食があると大騒ぎなのでは?」
「どっちかって言うと、珍しい現象だから大喜びで見物する人間が多いな」
「……やっぱ、おまえらは変なのだ」
ぷるぷるとしっぽを震わせながら、ナイエリ。
しかしろうそく、ろうそくか……
「なあ」
「なんだ」
「確認するが、一週間前になると告知があって、それでみんなろうそくを買うんだよな?」
「おう、そうなるな」
「買い占めとけば値上がりするんじゃね?」
「…………」
「…………」
策は決まった。




