1-1.英雄崩れと美少女の朝
朝起きたら、俺、宗谷俊平の横で美少女が眠っていた。
「むにゃ……えへへ、だめだようシュンペー、そんなとこ……」
美少女は幸せそうな寝顔でそんなことをつぶやいた。上着は着ているが、だいぶはだけていて鎖骨のあたりが大きく露出している。かなり扇情的だ。
俺はそんな美少女を見てやわらかく微笑むと、美少女をいったん置いておいてベッドから降り、鞄から呪符を取り出して床にそっと置いた。
そして音を立てないようにゆっくりと部屋を出て、扉を閉めて、一息。
「起爆」
直後、爆音と悲鳴が、朝の宿に響き渡った。
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「いくらなんでもあれはないだろ! シュンペーのばか!」
「いいから黙って食え」
ぷんすこしている焦げた美少女を前に、俺はしかめっ面でそう言ってからベーコンを口に放り込み、それから黒豆茶をすすった。
この異世界の中で、茶の文化があったのは幸いである。朝の飲み物はこれに限る。欲を言えば牛乳がほしかったが、このあたりだと少しお高い値段になるので、俺は数日に一度しか頼まないことにしていた。
と、その横にどん、と置かれる牛乳のジョッキ。
置いた人間を見ると、この宿のおかみさんであるマギおばさんだった。にんまりと笑っている。
「おかみさん……?」
「朝から元気でいいねえ、あんたたち。
ソーヤ、今日は記念日だろ? こいつはおごりだ。飲んでいきな」
「ああ、ありがと……」
恐縮しつつ受け取る。
この宿にも、思えばだいぶ長く滞在している。一階が食事処で二階が宿泊所。この地方の標準的な作りだが、この宿はレンガを使ったしっかりとした造りで、しかも大通りから遠くないのに、さほど高くない。それが気に入って、俺はここを拠点に選んだのだ。
……まあ、それも、今日で終わりなのだが。
「マギさんマギさん! 僕には!? 僕にはないの!?」
「あんたはなにもめでたくないし、そもそも宿泊客じゃないだろ、リシラ」
素っ気なく言われて、美少女……リシラはうぐぐ、とうなった。
「みんな美少女に冷たい……なんなんだよもう!」
「美少女じゃないからだろ」
「シュンペーも、美少女にベッドに潜り込まれたら普通は喜ぶところでしょうが! それを情けなくビビって逃げ出した挙げ句爆破とか、男として恥ずかしくないの!?」
「だから美少女じゃないからだろ。いや、美少女だとしても十分問題なんだが。鍵かけてた部屋に、なんで入ってきてんの?」
「ふっふー。鍛冶屋の子供をなめんなっての。この程度の宿の鍵なんて金属片でちょちょいのちょいよ」
「普通に犯罪だからな。爆破されても文句言えないレベルの」
俺はジト目で言った。
ここまでの会話でわかるように、この目の前の美少女、リシラ・ファグニは、美少女ではない。
「ていうか、おまえ自分で美少女を名乗って恥ずかしくないの?」
「見た目はアドバンテージでしょ。有効に使わないとね、この体質は」
にしし、と笑いながら言ったこいつの外見は、幻覚である。
こいつの正体は魔族。人間と似ているが、「魔族特性」と言われる特殊な魔術の力を持っていて、普通の人間には使えない魔術が使えるのだ。
そしてその、こいつが使える魔術というのが「幻覚纏」。視覚、聴覚、触覚などの五感レベルに至るまですべてを侵食し、なにがなんでも相手に自分を美少女と認識させるという、驚異の体質だった。
ちなみに性別は男。『黙っていれば美少女』というレベルを超えて、完全に詐欺である。年齢は俺より四、五歳ほど下、つまりまだ中学生くらいのはずだが、鍛冶屋の息子なので力持ち。普段から鉄の塊とかを普通にほいほい運んでます。
「お、なんだいなんだいじろじろ見て。あ、ひょっとして僕に恋した?」
「そうか死にたいか。右の睾丸と左の睾丸、どっちがいい?」
「ちょ、やめてよそういうの僕は美少女だっつってんだろ!」
「嫌なら口をつぐめ。言っていいことと悪いことがある」
「ちゅーすれば止まるよ?」
「そうかやはり睾丸か。いっそ両方行くか?」
「やめてー! 美少女の股間になにする気だ、この変質者!」
「おまえは美少女じゃなくて、怪人美少女男とかそういうのだろ」
ぎゃいぎゃいと、くだらない話で騒ぐ俺たち。
まわりにも宿泊客や、あるいは朝食に来た近所の人がいるのだが、爆発音含めて誰も動じていない。つまり、それだけこの種のやりとりが日常茶飯事なのである。
おかみさんはそんな俺たちを見てやれやれとつぶやいて、それから言った。
「しょうがない。リシラにもちょっとだけサービスだ。ほれ、卵だよ」
「わーい、ありがとマギさん! 大好き!」
やりとりを見ながら、俺は黒パンを口に運んだ。
いや、正確に言うとたぶん黒パンではない。
この異世界では、動物、特に大型動物は地球と同じ種類のものが多いのだが、植物はけっこう違う。
だからこの黒パンも、「小麦のように見える植物」を使って作られた「黒パンみたいなもの」なのだ。
異世界に来てからもう一年が経つ。こういうことはだいぶいろいろと調べた。
たとえば、海の見えるところまで行って、どのくらい遠くに見えるか調べたりした。
(ほら、ここまで登ると対岸が見えるでしょう? 目線が上がると見える範囲が広がるってことは、やっぱりこの世界の大地も丸いってことよね――)
「シュンペー、どしたん?」
「なんでもない」
俺はリシラの言葉に適当に答えて、黒パンの残りを一気にほおばった。
……どのみち、これは終わった話。
俺、宗谷俊平は。
(英雄に、なれなかったんだ)
この作品ではしばしば後書きを用いて世界観の補足をしていきます。
特に魔術については、新しい魔術が出てきた場合には簡単に方式と難易度、それから知名度を記述することにします。
難易度はE-~A+みたいな感じで。基本的に、たとえば難易度Eなら魔術をかじったことがあればだいたい使えるもので、Cだったらいっぱしの魔術師なら使える、Aは使えること自体が勲章みたいな大魔術です。そのひとしか使えないであろう特殊な魔術は難易度Sとします。
知名度も同様のルールとします。Eはほとんど知られていない、Aはめちゃくちゃ知られている魔術です。普通は難易度が高いほど使い手がいないため知名度が低いです。したがって難易度Aの魔術は知名度E、難易度Bなら知名度D、というのがだいたいの相場ですが、このルールは目安であり、実際にはずれることが多いです。
あと、必要なものとかがある場合には特記事項がつくことがあります。
【魔術紹介】
『起爆』
方式:エリアム式 難易度:C+ 知名度:C- 呪符魔術
呪符を使って簡単な爆発を遠隔起動する術。威力は術者だけでなく呪符のランクに大きく依存し、簡単な呪符ならびっくり花火レベル、複雑で高度な呪符なら人を殺傷可能な威力になる。ただし、高度な呪符は取引が禁止されているため、本気で殺傷に使いたいならば呪符を自作する必要がある。そしてそのレベルの呪符を作れる魔術師はだいたいの場合呪符なしでもっと威力のある魔術が使えるため、実質的には攻撃魔術としては実用性がない。びっくり花火お手軽作成魔術としては有用。