4-3.英雄崩れとマズメシ
その日の晩。
市場から買ってきた具材をどう調理したものかと考えながら厨房に入ろうとしたら、
「待て、貴様!」
と、見覚えのあるねこしっぽに止められた。
とりあえず俺はなにも聞かずにねこしっぽをわしづかんだ。
「ふぎゃっ!?」
びたーん! と盛大にそいつはすっころんだ。
「ななな、なにをする貴様!?」
「いや、なんかこの尻尾に惹かれて……感触がね。いいんだよね」
「やめろ、触るな! あ、こら、ふにふにすな! 離せ!」
「その前に理由を言えよ。なんでおまえここにいるの? シオじいさんの話じゃ、来るのは明日からって話だったじゃん」
「それは、おまえたちが……って、いや待て、ごまかすな! 理由より先にしっぽを離せ!」
「ちぇっ、バレたか」
俺はぽいっとねこしっぽを手放した。
いい感触だったのでもうちょっと楽しみたかったが……これ以上引き延ばすとまた攻撃魔術が飛んできそうなので、致し方がない。
「じゃあそういうわけでねこしっぽ、俺はこれから料理だから、泊まるなら使う部屋は自分で決めるようにな」
「誰がねこしっぽだ馬鹿! あたしの名前はナイエリだ! ナイエリ・ボナペド!」
「あーうん。わかった。じゃあな」
「あ、こらスルーするな! あたしはおまえに用があるのだ!」
「ねこしっぽ触っていい?」
「話を逸らすな! ごまかすな! 誠実に答えろ!」
「じゃあ誠実に答えるからねこしっぽ触っていい?」
「いやだ!」
「ちぇっ」
俺は仕方なく、わきわきさせていた手を引っ込めた。
ナイエリはどことなくほっとした様子で、
「……って、だから無言で厨房に入るな!」
「しつこいな。なんだよ。おまえがいるならなおさら、俺はさっさとみんなの飯を作らないといけないんだよ。手伝わないならあっち行け、あっち」
「おまえの飯なんか誰が……いや、待て。まさか貴様、キリアニムさまと同じ飯を食べるつもりか!?」
「当たり前だろ。ていうか、おまえも食うんだぞ」
「そ、そんな恐れ多いことができるか! ていうかまさか、あの奴隷女も一緒に食卓を囲ませているのか!?」
「そりゃそうだろ。わざわざ分けて作る時間的余裕なんかねえよ」
「キリアニムさまが終わるまで食べるのを待てばいいのだ!」
「それは特別扱いではなく仲間はずれだろ。第一、キリィが喜ばない」
「だ、だが、下々の者とキリアニムさまが同じ食卓など……」
「この人数で気取ってどうするんだよ」
元のバルチミ家のように三十人も召し抱えていれば話は違ったのかもしれないが、いまの俺たちは奴隷の中林を含めてもたったの四名。この状況で食卓を分けてもキリィが孤立するだけだし、なにより不経済だ。
「というか、おまえの分があるなら追加で作らないといけないな……これ材料足りるか? ちょっとおまえ、屋台までひとっ走りして買い足してきてくれない?」
「誰がやるか! ていうか待て、まさか屋台の飯をキリアニムさまに食べさせているのか!?」
「メインはな。でもそれだけじゃ味気ないから、昨日はサラダのドレッシングだけ自作したんだ。今日はもうちょっと凝ってスープくらい作ろうかと思ってるけど……」
「うがーっ!」
ナイエリがキレた。
「わかった! それならいまからあたしが材料買って料理人やってやる! だからキリアニムさまに屋台飯を食わせるのはやめるのだ!」
「そこまで言うなら……じゃあいまから材料、買ってこいよ。キリィには待ってもらうから」
「がってんなのだ! まかせろ!」
「早めに頼むぞー。みんな腹減ってるんだからな」
と、こんなわけで。今日の飯はナイエリが用意することになったわけだが……
「おいしくない」
「ぐはっ!?」
キリィの容赦のない言葉がナイエリをえぐった。
「こらキリィ。作ってもらったご飯を悪く言うんじゃありません」
「うん、それはわかってるけど……でもこれは、さすがにひどいと思う」
「俺の屋台ごはんと交換するか? もう買ってきてだいぶ経つから、冷めちゃってるけど」
「そうする。たぶんそっちの方がずっとおいしい」
「がはあああっ!」
ナイエリが深刻なダメージを受け、テーブルに轟沈した。
俺はキリィから受け取った飯を口に放り込んだ。
「……うえ、マジかよこれ」
「ねえ、どんな味? どんな味?」
「中林も食うか? すげえぞ。こんなシンプルな料理なのに、素材の味すらしねえんだ。ただひたすら虚無」
「ホント? 食べたい食べたい! そのメシマズには興味ある!」
「うがああああっ!」
ナイエリがキレた。
「貴様、いわれのない風評被害はやめろ! あたしの飯が食えないというのか!」
「うん。食えたもんじゃねえわこれ」
「どれどれ。……うわ。確かにすごいわねこれ。ある種才能では?」
「ど、奴隷女ー! 貴様まであたしを愚弄するか!」
「ふふん、まあでもこんなこともあろうかと、こちらでもちょちょいと用意があるのよ」
「お、なんだそれ?」
「さっき市場でこっそり買っておいた果物とまんじゅう。おやつにしようと思ってたんだけど、この際だからみんなで食べましょ。口直しにはこれよ」
「おまえ、さっきなんか余分に買ってると思ったらそれだったのか」
「え、果物って、これ直接食べていいの?」
「あー、ちょっと待て、キリィ。いまナイフで皮剥いてやる。直接かじりついてもいいんだが、俺の経験だとこれ系はちょっと皮が分厚くて渋みがあって、剥いたほうがずっとうまい」
「すごい! 器用なんだね、ソーヤ!」
「なんならキリィにもやり方教えようか? 自炊って言うにはだいぶ簡単な技術だけど、できるだけで自信がつくぞ」
和気あいあいとした食卓の中、ナイエリだけが完全に撃沈していた。
「ど、どうしてこうなった……?」
「まあまあ、いいからおまえもこのうまい果物で口直ししろ、ねこしっぽ」
「ね、ねこしっぽ言うな! ていうか口直し言うな! あたしの飯を悪く言うな!」
「じゃあおまえ、自分で作った飯食えよ。責任持って」
「お、おう! 任せろなのだ!」
ナイエリはやけっぱちになったように言った。
その後の結果だけ言うと、ナイエリはその料理を食い切れず。
仕方なくナイエリの口直し用に余り物の材料で適当に作ってやったスープを中林とキリィも欲しがり、全員であったまった。
そして、全会一致(ナイエリも含む)で、料理については俺に一任するということに決まったのだった。
……おかしい。ナイエリのやらかしなのに、なんで俺の負担が増えてるんだ?




