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中林さんの天球儀  作者: すたりむ
第1章:結婚詐欺編
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3-4.英雄崩れとねこしっぽ

「結局、こんな時間になっちゃったな……」


 俺はすでに夕景になったキンバリアの街を見て、肩をすくめた。

 背中にはキリィを背負っている。キリッとした顔で『女の子の中林を一人で置いていくわけにはいかない』と言った彼女だったが、やっぱり退屈だったのだろう。すっかり寝こけていた。

 一方で天体望遠鏡の入ったバッグを持った中林は、未だに元気でピンピンしている。すごい集中力と体力である。


「なんかうれしそうだな、おまえ」

「そりゃそうでしょ。あんなにとんとん拍子に話がまとまるとは思わなかったもの」


 中林はにっこにこでそう言った。

 ……太陽の温度を測るという中林の考えが、おもしろいのは間違いない。

 ただ、もう一つの実験の方は、その後一切の説明がなかったので、ちょっと気になっていた。


「なあ……塩を炎にふりかけて、なにがわかるんだ?」

「え? ああ、炎色反応って知らない?」

「聞いたことはあるような……」

「ほら、日本にはあったでしょ、色つき花火。あの色を付ける原理よ。元素によって燃やしたときに出る色が異なるってやつ」

「ああ、そう言われるとわかるな。それも星の性質と関係あるのか?」

「ええ。というか、同じ話よ。両方揃って初めて、私は太陽の表面温度を推定できる」

「え、でもさっきの話はあれで完結じゃないのか?」

「宗谷。エリアムに数千度の物体の温度を測る計測機械、あると思う?」

「…………。

 ない……んじゃないかな」

「でしょうね。ということは、たとえば鉄を熱して私の予想通り白く光ったとして、その光ったときの温度は地球と全然違う可能性、あるわよね」

「そうなるな」

「だから、()()()()()()が関係しているもう一つの現象を調べたいわけ。そちらが地球と同じなら、たぶん法則自体が同じなんでしょ」

「同じ物理法則……?」

「正確には定数ね。プランク定数。黒体放射も炎色反応も、これが関わってるから。二つとも地球と同じなら、そのまわりの物理法則はまるっと同じでしょう。たぶんね」


 たぶんね、という突き放した言い方をしながらも、中林は楽しそうだった。

 俺は知識がないので中林のやり方に口をはさめなかったが、しかし。


「ずいぶん疑り深いんだな、物理法則について」

「そりゃあそうでしょ。魔術なんてものがある異世界で、地球と物理法則がまるっきり同じなんてあり得ない。

 でもその割には、地球とこの世界はひどく似ている。じゃあどの程度似てるのかって、まずはそこからでしょ。その検証が済まないと、先に進めないわよ」

「それが確認できたなら、次はどうする?」

「まあ、いくつか構想はあるけど……」


 中林は言って、ため息をついた。


「まだ構想段階。人様に教えられる状態にはなってないわ」

「そっか」


 屋台のところを通り過ぎ、夕飯の材料を適当に見繕って買いながら、俺たちは話を続けた。

 真面目な話はすぐ終わり、主にどうでもいい話ばかりした気がする。リシラの体質のこととか、おやっさんが奥さんに逃げられて別居してることとか。

 リシラの幻術は一瞬だけなら剥がせると聞いた中林は、目を輝かせて自分もやりたいと言っていた。リシラにとっては生皮剥ぐみたいな感覚ですげー痛いらしい、と聞いたらなおさらやりたいと言ったので、俺はこいつにやり方は一生教えないことをこっそり誓った。

 そんなこんなでバルチミ邸について、キリィを起こして守衛のおじさんにお金を返しがてら、なにか変わったことがなかったかを聞くと、


「ああ、あったぞ」


 と、意外な返答。


「なにがあったんですか?」

「俺もここから離れられないんで、細かくは見えなかったんだがね。正門の付近で、なにか言い争いをしていたのが聞こえたな」

「へえ……そんなことが」

「さすがに喧嘩になったら止めに行くつもりだったんだが、言い争いで収まったみたいでな。だからそれ以上は俺は知らんし、他の兵士も知らんだろうな」

「なるほど。ありがとうございました」


 なにかがあった、ということだけを胸に刻んで、そして俺たちは家に帰った。



--------------------



「むむむむ……どうするのがいいか、迷うのだ」

「なにを迷うのだ?」


 ひょいっ、と俺は目の前のねこしっぽをつまみ上げながら聞いた。


「ふぎゃあああああああっ!? な、なん、なんで後ろ、なんなのだおまえは!?」

「おー、これはまた見事なしっぽで……」


 なんか騒いでいる女の子は置いておいて、俺は手の中のねこしっぽをまじまじと観察した。

 これもまた魔族特性というやつだろう。リシラの幻覚と同じ、人ならざるものの特徴。ただこっちは、単に物理的に生えているだけだ。おそらくしっぽを自在に操れる以外には特に害のない、ひとに優しいタイプの魔族特性である。


「は、離せこのっ、はーなーせーっ! あ、こら、揉むな、こら、撫でるな!」

「感触いいなあこれ。マジで猫っぽい」

「話を聞けーっ! この、疾風の矢弾(フオリイ・ガン)!」

「あぶなっ!?」


 俺があわててねこしっぽを離して避けると、矢は少し離れた家の壁に当たり、ばちんとはじけて消えた。

 危ない危ない……当たったら昨日のシグみたいになるところだった。いや、防御魔術が使えてない以上、もっとひどいことになったかもしれない。


「おまえ、いまの本物の殺傷用射撃魔術じゃん。壁に傷つけたらどうしてくれるんだよ」

「知るか! おまえのせいだろ!」

「いま俺が弁償するってなったらバルチミ家の負債になるんだよ。そこのところはわかってんのか?」

「そ、それは……」


 女の子はぷいっ、と目を背けた。

 俺は、ふう、とため息をついて、


「やっぱりな。予想通りおまえ、バルチミ家の関係者か」

「へあっ!? だ、だましたな貴様っ!? 誘導尋問だ!」

「そもそもじーっと物陰からバルチミ家をにらんでる時点で十分怪しかったんだよ。どうせ今日正門の近くでもめてたってのもおまえだろう。おら、とっとと正体を吐け」

「誰が吐くか馬鹿! おま、おまえなんか、おまえなんかにっ……!」

「ナイエリ?」

「うあっ!?」


 俺の後ろから声をかけられて、女の子はしっぽを逆立てて硬直した。

 果たして、そこにいたのは。


「なんであなたがここにいるの?」

「はははははいい!? なぜキリアニムさまがここに!?」

「そうだよ。待っててくれって言ったのに、なんでおまえがここにいるんだ、キリィ?」

「ごめんごめん。なんか楽しそうだからつい、けしかけて追いかけちゃった」


 ひょこっ、と横から現れたのは、中林である。

 帰宅した後、屋敷の二階から外を見てこの怪しいねこしっぽを見つけた俺は、先に飯食っててくれと言って通用口から出て、こいつの後ろに回り込んだわけだが……どうやら、その後ろをさらにつけられてしまっていたようだ。

 まあ、そうなるともう、ここで話し込む必要もないだろう。


「とりあえず……家、帰ってから詳しい話を聞こうか」

「あ、あうぅ……なんでこうなったのだ……?」


 ぐるぐる目で、ねこしっぽの女の子、ナイエリがつぶやいた。

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