0.英雄崩れと天才の話
「帰るんだ。いつか、わたしたちの世界へ」
異世界に飛ばされたとき、人はなにを思うだろうか。
まあ、人それぞれ、と言ってしまえば、それまでの話だろう。
英雄になれると喜ぶ者もいれば、いままでの人生を失って途方に暮れる者もいるかもしれない。あるいはどちらでもなく、淡々と状況に対処するというのもあるだろう。
俺の場合は、最初は途方に暮れていたように思う。なにがなんだかわからなかったのだ。
ただ、守らなければいけない女の子がいて。
その女の子が、『元の世界に帰る』という目的を持っていて。
女の子を守って大冒険をして、一人前に魔術なんかも使えるようになっちゃったりして、次々と来る荒事も、なんとかくぐり抜けた。
そんな体験をすれば、自分が『選ばれた英雄である』と思い込むのも、無理はないだろう。
ヒロインを守りながら、異世界を旅する大冒険。そんな物語の主人公となって、縦横無尽に駆け抜けるのは、夢のような日々だった。
なんと幸せな思い上がりだったのだろう。
現実には、選ばれた英雄なんていない。
俺が成功したのはたまたまだったし、誰に選ばれたわけでもなかったし、そもそも俺たちの人生は、物語ではなくてただの現実だった。
俺はそんな勘違いの代償を、『失敗』という形で、否応なく味わうことになる。
そして、ここにもう一人の女がいる。
彼女が異世界に飛ばされたとき、なにを思ったか。それを、俺は知らない。
そもそも、彼女は俺と違って、異世界でずっと苦労したタイプだった。大冒険など望むべくもなく、だからこそ、思い上がるような余地もなかった。
しかし……と、俺は思う。
そんな環境の問題ではないのだ。
そんな環境の差などなくとも、彼女は思い上がったりはしなかっただろう。
なにしろ、彼女は。たった一本の、質がいいとは決して言えない望遠鏡を与えられて、空を見つめ続けて。
そしてある日、唐突に俺に向かって、こう言ったのだ。
『私たちは間違っていた。突如としてファンタジーな世界に呼び出されて、異世界召喚もの作品の主人公みたいな状況に置かれて、それでうっかり、異世界だと思い込んでいたのよ。
だからいままで、誰も気づかなかった。私たちはみんなだまされていた。いや、正確には思い込んでいたの。この世界は、異世界なんかじゃない』
これは、そんな俺たちの話。
英雄になり損なった俺と、英雄になんて興味のなかった彼女が、この馬鹿げた異世界転移もどきの真実を暴き、地球へと帰ろうとする物語だ。
それはとある朝、いつものようなアクシデントから始まる――
本日(2023/8/1)より更新開始。とりあえず初日はきりのいい場所まで、8時から2時間おきに22時まで連続更新します。
明日以降はしばらくの間一日一回、8時投稿となります。よろしくお願いします。