転生した乙女ゲーの世界に知らないキャラがいた件 中
カルステア・ボルドゲート。
こういうゲームにつきものな所謂悪役令嬢だ。
貴族の名家、ボルドゲート家の令嬢でフレグ様の婚約者。
地位とコネを利用して社交界で確固たる地位を築いていた彼女の栄華はメイリーが現れたことで少しずつ狂っていく。
フレグ様がメイリーに惹かれていくことに嫉妬したカルステアは平民が魅了の呪いをかけていると思い込みフレグ様と別れるよう脅しかけてきた。
それが命を脅かすようなものにまでエスカレートしたことに怒ったフレグ様が夜会で婚約破棄を宣言。
感情のまま行動し続けた悪女は最後まで考えを変えることなく国外追放された。
それが一周目のカルステアだ。
そんな性格だから一周目クリア後のプレイヤーからの評価はすこぶる悪くゲーム発売当初に行われた人気投票ではぶっちぎりの最下位だった。
それがなんということでしょう。
とても穏やかな笑顔を浮かべてミアレヴィーナと楽しそうに話しているではありませんか。
「スミラネシオが咲いているわ。もう春ね」
「えぇ。綺麗な花に惹かれて虫が寄ってきそうね」
「うえぇ・・・。それはやだなぁ」
「紫の花弁はとても目立つみたいね。虫も見惚れているみたいよ」
「どう見ても桃色じゃない。何言ってるの?」
校庭に咲く綺麗な花を愛でる姿は慈愛に満ちた慈母のよう。これが憤怒と嫉妬で全てを失った人間には見えない。
しばらく花を眺めていた二人は急いでいることを思い出して足早に立ち去って行った。
本当ならよく知る相手の変貌ぶりに驚き立ち尽くすところだろう。けど、私はそうならなかった。
ミアナというあだ名に聞き覚えがあったからだ。
「ミアナ・・・ミアナ・・・。あっ!思い出した!!」
カルステアはとても面白いキャラで一周目と二周目以降では見え方が全く違ってくる。
その契機となるのは二周目以降に解放される誰かの日記というイベントだ。
メイリーが誰かの日記を拾うところから始まり選択肢次第では中を見ることができる。
そこに書かれているのは子供の頃にミアナという友達を病気で亡くしたある人の独白。
悲しい別れから大切な人を守りたいという気持ちが強くなってどんどん意固地になっていくその人が誰かは明言されない。
その後、何かを探すカルステアが出てきて日記の持ち主が分かるという構成になっている。
少女は本当に悪だったのかと考えさせられる深いイベントとしてファンの間でも人気のイベントだ。
「ってことは、ミアナが生きてるルートってこと?」
たった一人の人間が生きてるだけでこんなにも変わるものなのか。
こういう現象に名前があった気がする。確か、バタフライエフェクトだったかな?
この世界では本編に名前だけしか出てこないミアナが生きててカルステアの友達になっているようだ。そのおかげで彼女の性格が改善されているらしい。
ミアレヴィーナの正体とカルステアが変わった理由は分かった。けど、新しい疑問が解決した側から生えてくる。
「あれ?じゃあなんでミアナに見覚えあったんだろ?」
モブの立ち絵もしっかり描かれてる福カンといえど出てこないキャラの立ち絵はない。それなら名前しか出てこないミアナに見覚えがあるのはおかしい。
「トークショーとかで出てた?それとも没キャラのページ?」
心当たりを羅列するもどれもしっくりこない。
アルティメットマニアや考察サイトが見れれば何か分かるかもしれないがそれはできない相談だ。
「はぁ。手をかざしたらメニューとか出てきたらいいのに」
できたら二年も暇に生きていない。
何度も試してみたけどメニューやステータスのようなゲーム的メタ要素は一切ないらしい。あくまで現代人の記憶と知識を持ってメイリーになったに過ぎないようだ。
「・・・待てよ。名前じゃなくて家を調べればいいじゃん!うぉーっ!私ってば頭いい!」
「ほぅ?ではその頭の良さを課題で見せてもらおうか?」
「げぇっ!先公!?」
「初日からサボりとはいい度胸だなヒエロフ!!来い!貴様に勉学がなんたるかをみっちりと叩き込んでやる!!」
「お、お助けぇ~!!」
「ってわけでさぁ。本当ひどいよねー」
「それは全面的にメイリーが悪いかと」
「ごめん。言ってみただけだからそんなドブ川に浮いてる白骨化したネズミを見るような目で見ないで」
その夜。
教師にこってり絞られペナルティとして出された山盛りの課題にヒィヒィ言いながら今日あったことを話した。
フレンカは課題を手伝うことはしないものの夜遅くまで私について熱い紅茶を淹れてくれた。
紅茶の温もりとフレンカの優しさが身に沁みる・・・!ありがてぇ・・・!!
「そっちはどう?ミアレヴィーナのメイドに会えた?」
「はい。同年代とは思えないほど包容力に溢れた方でした」
「なにそれ超羨ましい」
「・・・」
「すみません。何でもありません」
私も包容力のあるメイドさんに全力で甘えたい。
「何か聞けた?」
「申し訳ありません。世間話はできましたがセレディポリス様のことは頑なに話そうとしませんでした」
「しっかりしてるなぁ。プライバシーゆるゆるだからころっと話してくれると思ったけど」
「プライバシー?」
「ううん。こっちの話」
セレディポリスは末端のメイドにも教育が行き届いているらしい。あるいは主人を守ろうとする個人的な理由があるのか・・・。
「ねぇ、フレンカ」
「はい」
「セレディポリス家って知ってる?」
「知ってる、とは?」
「どんな家でどういう仕事してるかとか知らない?」
「何故それを私に?」
「メイド同士の情報網とかで知らないかなーって」
半分嘘である。
フレンカが没落した元貴族という設定を利用したメタ戦法だ。メイドとしては知らなくても貴族としては知ってるかもしれない。
真意を推し測るように私の目を覗き込んだフレンカは少しして口元に手を当てて何かを考え始めた。
口元に手を当てるのは考え事をする時の癖だ。
「詳しくは存じ上げませんが、主に不動産業などで利益を得ていると聞いたことがあります。婦人を病で亡くし今は当主と娘の二人暮らしなのだとか」
「ありがとう!さっすがフレンカ」
「お役に立てて光栄です」
フレンカから情報を得られたはいいけどやっぱり心当たりがない。
アルティメットマニアに載っていた貴族一覧にも載ってなかったからだ。
一瞬しか出てこないような下級貴族の家ですら載っていたのにセレディポリス家が載ってなかった理由・・・
「もしかして没落した?」
「はい?」
空白のノートに没落貴族にまつわるイベントを思い出せる限り書き込んでいく。
福カンでは貴族と平民だけでなくフレンカのような没落した元貴族も度々登場する。
彼らは市民の一人として商売をして生計を立てていたり農夫として働いていたりとかつての栄華が嘘のような生活を送っていて中には浮浪者同然の生活をしている人も少なくない。
そんな没落貴族が出てくるイベントの中に栄華の果てというものがある。
街に繰り出したメイリーが子供に鞄を盗まれ、追いかけた先で浮浪者達が暮らす裏路地を見つけるというイベントだ。
そこではまともな仕事にありつけなかった人や事業が失敗した人、そして没落した貴族など多種多様な人達が暮らしていて栄華は永遠に続くものじゃないということをプレイヤーに訴えかけるイベントとして人気を集めている。
そのイベントに出てくる没落貴族のおじいさんが俺は○○の当主だとかつての家名を言っていた。
その名前が確か・・・
「セレディポリス」
「メイリー?」
「そっか。ミアナが死んだら家が潰れちゃうんだ・・・」
「先ほどから何を?」
その家が今もあるということはあのおじいさんは当主として悠々自適に暮らしているんだろう。
これでセレディポリス家のこととミアナのことは分かった。
でも、ミアナに見覚えがある理由が分からない。
「ねぇフレンカ」
「はい」
「ちょっと考え事したいから後やっといて」
「時間が足りなくて困っていらっしゃるなら10日間眠らずに働ける秘伝の紅茶を淹れますよ?」
「ごめんなさい!言ってみただけです!あー、課題楽しいなー」
あっぶな・・・!目がマジだったよ・・・
ここはカルターラクル魔法学校という名前だが貴族の子女を養成する場所でもある。
魔法だけでなく歴史や外国語、数学等の座学に始まり社交界のマナーや乗馬、剣術、果ては盤上遊戯といった教養の授業もある。
貴族と言っても懐具合はピンキリ。
平民からしたら誰もが贅沢な暮らしをしている天上人に見えるかもしれないがそんな家は一握り。
その多くは地方領主の延長線上みたいな存在で子供達に教養を身につけさせるほどの余裕がない家も珍しくない。
魔法学校はそういった家が安く習い事をさせるのにうってつけな場所でもある。
授業は男女の別なく行われ、女子であろうと乗馬や剣術等を習うことになっている。
今日は剣術の授業。
先生から手ほどきを受けた後、相手を変えて何度も試合するという実戦形式の授業になっているのだが・・・
「はぁ。やっぱリアルとゲームは違いますなぁ」
あっちゅーまに惨敗しました。
ゲームではタイミングよくボタンを押して戦うミニゲームだったけど今はここがリアル。
前世はただのOL、現在はチート能力がない平民の女の子な私に剣術などできるわけがない。
手も足も出せずボコられて今は膝を抱えて見学しているというわけだ。
いいもん・・・剣なんて使えなくたって魔法があるもん。
「いやー、清々しい負けっぷりだったねぇ」
見学している私の隣に青い髪の女の子が座る。
彼女はサフォルハウナ・エリヤモンド。通称サリヤちゃん。
メイリーの最初の友達で学園に馴染めなかったメイリーにとても親切にしてくれる優しい女の子だ。
「剣なんて振ったことないんだもん。勝てるわけないよ」
「めげないめげない。あたしだって兄貴達にボコられて覚えたんだよ」
「だからあんなに強かったんだね。女子の中じゃ一番強いんじゃない?」
「まっさかー。あいつには負けるよ」
そう言ってある一角に視線を移す。
そこではミアナが手合わせを願い出た生徒達を次々に撃破していた。
訓練用のものとはいえそれなりに重い木剣を軽々と振って攻撃をかわし、神速の踏み込みで相手の隙を的確に突く。
手習い程度の剣術しか身に付けていない生徒ではまるで歯が立たず一太刀振るう間もなく負ける生徒までいた。
華麗で美しくありながら堅実で合理的な動きは見る者の視線を捕えて離さない。
更に驚くべきは既に十戦以上やってるのに汗一つかいていないことだ。
防具の下の素顔は授業が始まる前のそれと全く同じでどんな相手であろうと礼を忘れない。
気がつけばミアナの動きをずっと目で追っていた。
「セレディポリスの秘蔵っ子はすごいねぇ。病弱だったとか絶対嘘でしょ」
「病弱?」
「昔は体が弱かったんだってさ」
「そうなんだ」
正史のミアナは多分その病気で死んだんだろう。治ってからこれほどの剣術を修めるまでに一体どれほどの努力をしたんだろうか?
そんなことを考えていると一人の生徒が手合わせを申し込んだ。
カルステアだ。
「ミアナ!今日こそあんたに勝ってみせるわ!」
「お手柔らかにね」
二人は一礼して木剣を構える。
校庭で試合をしていた生徒達も二人の戦いに興味を持って集まってきた。
「これまでの戦績、忘れてないでしょうね?」
「48戦48勝。だったかしら?」
「いいえ!今日で48勝1敗よ!」
「大した自信ね。優秀な先生がついたのかしら?」
「さぁ。どうかしら・・・ねっ!」
先に仕掛けたのはカルステア。
ミアナに負けずとも劣らない踏み込みで利き手を狙う。
しかし、それを読んでいたのかミアナはあっさりと剣を弾き返す剣で篭手を強襲。
それを後ろに跳んでかわしたカルステアの体勢が不安定になったところにミアナが猛攻を仕掛ける。
剣が十本以上あるのではないかと思うほど素早い突きの応酬を体勢を立て直しながら捌くカルステア。
まるで真剣同士で打ち合っているかのような迫力満点な激闘に誰もが息を呑む。
華麗でありながらも苛烈なぶつかり合いは永遠にも思えるほど長く、そして短い。
「はぁっ!」
「くぅっ!!」
攻守が変わり、カルステアが烈火の如き攻勢を仕掛ける。
ミアナはそれを的確に捌いていくものの反撃の糸口が掴めず防戦一方になっていた。
どれほどの間打ち合っていただろうか?
何十合と打ち合ううちにカルステアの剣が疲れからかわずかにぶれ、そのわずかが命取りとなった。
攻撃を捌き続けていたミアナはぶれた剣をかわして懐に潜り込み、カルステアの喉元に木剣の切っ先を突きつけた。
「勝負あり」
「あぁ~~!!また負けたぁっ!!」
「これで49勝ね」
「次は負けないわ!50勝目は渡さないんだから!」
「ふふっ。私もうかうかしていられないわ」
二人は握手をかわしてお互いの健闘を讃え合う。
いつの間にか輪になって観戦していた生徒達も二人のナイスバウトに惜しみない拍手を送っていた。
「す、すごい・・・!」
フレグ様も文武両道な御方だけどミアナもそれに劣らない逸材だった。
もしフレグ様と戦ったらどっちが勝つんだろう?
前の私なら当然フレグ様と即答していたかもしれない。でも、あんなものを見せられたら迷ってしまう。
「ミアレヴィーナ、か・・・」
メタ知識だけで彼女を推し測るにも限界がある。次は彼女自身をこの目で見てみよう。
そんな決意を胸に二人に拍手を送るのだった。
メタ知識を元に推理していくメタ推理パートを書いててクトゥルフTRPGを思い出しました