期待外れの婚約破棄
「モニカ・ホワイトレド!今日この時をもってお前との婚約を破棄する!」
無駄に声高な腹式呼吸での宣言。
伯爵家を背負う長男としていかがなものでしょうか。
声量だけが申し分ない…どこぞの劇場にいる売れない契約劇団員のよう。
「30点」
一瞬で、ただの一言で、その場を魅了するような役者は数少ないけれど…それを補うような衣装や空間プロデュースも含めてどの舞台も楽しめるので観劇は大好き。
「ああやっぱり25点かしら」
何でこんな花も咲かない中途半端な季節に、しかもギャラリーの数も中途半端な自由登校日を選んだの。
さらによりによって午前中。
お忙しいなか選択授業を受けにくる高位貴族の皆さまがまだ登校もしていらっしゃらないわよ。
そもそも婚約破棄なんて一大イベント、華やかな舞踏会や卒業式が相場ではなくって?断罪センスまでないのね。
「モニカ様…本当に申し訳ないのだけれど私たち真…」
「真実の愛とか仰られたらさらに10点減点ですけど宜しいかしら?ああきっとそんな安っぽいセリフは劇の中だけでしか聞けませんわよね」
相手役も物足りないにもほどがありますわ。
「伯爵家」「長男」の看板があってなぜ同格の「伯爵家」「次女」なんて普通すぎるヒロインをキャスティングするの?
もっとこう…「庶民」だとか!「男爵家」だとか!なんなら次女じゃなくて「侍女」だとか!
手を取りあって苦難を乗り越えるような分かりやすいエピソードが芽生える相手じゃないと盛り上がらないでしょう!
強制的につまらないものを見せられているお客様…クラスメイトの気持ちを少しは考えてくださらないのかしら!?
いっそわたくしが虐げられるような最高位貴族と盲目な恋をしてくだされば良かったのに!
「何だそのこれみよがしな溜息は!何様だ!!」
「あなた方と同じ伯爵家で長女の国家統一試験10位以内のモニカ・ホワイトレドと申しますが…ご存知ですわよね?婚約もしておりましたのに…圏外ですと記憶能力にそれほど欠陥がございますの?」
学内試験だけではなく1年に2度、国土全域で試験が行われるのですが…ああそもそもお受けになっていらっしゃらないのかもしれません。
血筋以外の評価は必要とされない家門も多数いらっしゃいます。
それが悪とは申しませんが、50年後、100年後を見据えれば…勢力図は変わっていることでしょう。
わたくしどもの爵位では時代の流れを作ることは出来ませんが、先読みし上手く流れに乗ることが使命であり、なおかつ国を乱すことなく豊かにする責務が貴族にはございます。
「ああ皆さま本当に申し訳ございません。先生、まもなく休憩時間が終わってしまいますが…このまま少しお時間を頂戴しても宜しいでしょうか」
「ホワイトレド様が宜しいのでしたら…」
「ありがとうございます、すぐ終わらせますので…もう少しだけお付き合いくださいませ」
「お労しい…」
「モニカ様、私たちに何か出来ることがあって?」
「ありがとうございます、先ほど緊急連絡を致しましたのでお手は煩わせませんわ」
「・・・まぁ!」
皆さまへと手のひらに隠していた発信機をお見せした。
ペンよりも太めの筒状のそれは、緊急連絡用で女性の多くが持っているもの。
市井の女性は登録先を保安兵待機所などに設定されたものを持っているのですが、貴族になると少しお金を掛けて登録先をカスタマイズしている、とても便利な道具。
いま筒状のスティックには赤いランプが3つ点灯しており、呼び出し先の印が3つ光っている。
一般的に登録されている盾の形は保安待機所ですが…
「ハヤブサの御旗…王家ではないですか!」
「なんだって!?」
「えぇ、一刻も早く婚約破棄を受理して頂きたくて…」
世界中にいらっしゃる富める方も貧する方も…どなたの時間も有限ですし、コストカットは重要です。
わたくしが必要ないとおっしゃるのでしたら、削っていただいて良いのです。
最後のお手伝いとして早急に解決して差し上げたい…そんな善意で関係各所への根回しと多少面倒な書類の準備もさせていただきました。
決して安っぽい劇の舞台に無理矢理立たされたまま、ただ我慢して耐えるだけなんてわたくしにはとても無理…とかちょびっとしか考えていません。
「あら?もう受理されましたわ…まぁっ…ふふっ」
赤いライトが青に変わり、点滅信号で『お・め・で・と・う』と祝福されてしまいました。
こんな小粋なことをするのは末っ子のアルデジオ殿下ですね。
わたくしの弟がご学友になって早4年。
とても9歳とは思えない利発で芸術にとても造詣が深い、ちょっとおませさんな男の子です。
学院の小等部はもう終業しているので今日も弟と楽しく過ごしてくださっているでしょうか。
わたくしも久しぶりにお会いしたくなりました。
「何故だ!?何故そんな用意が出来ている!?」
「まぁ…マイナス5点」
本気でおっしゃっているのかしら?
わたくしを放っておいて婚約者以外の子女と、学園内でも学園外でも連れ立っていればどれだけ人目を憚っていようが耳に入ってまいりますし、実際何度もお見かけしておりますし…何なら丸々1日尾行デーと称して何度かツアーを組んだこともございます。
え、多少離れてはおりましたが結構賑やかだったのですけれど…全く気付かなかったのかしら?
アルデジオ殿下の素晴らしい比喩表現を駆使した悪態の数々は勿論、あなたの弟、ジェーニオ様が参加した実況解説付きの回はとても人気で予約がいっぱいになりましたわ。
もっと逢引きの回数を増やして欲しかったくらいです。
「ああ、ご覧になって皆さま。両家どちらも青信号ですわ」
「おめでとうで宜しいのかしらモニカ様」
「ええ、ええ勿論です。ありがとうございます」
「王家の青信号が婚約破棄受理というのは分かりましたが…ご両家の青信号はどのような意味が?」
「あの…じ、実はですね…滞りなくこの冬に破棄が済むのが条件でですね…」
「ふふふふふ、焦れったいですよモニカ様、早くおっしゃって」
「春にはジェーニオ様と婚約致しますの…」
「素敵ねおめで「なんだって!?」
「「「「・・・・マイナス10点ですわ」」」」
あら大変、もう残り10点になってしまいましたわ。
こう、場の雰囲気だとか状況を察することも出来ないのかしら。
「皆さまそう怖い顔なさらないで、まだ続きがございますの」
「もうっ…モニカ様ったらお優しすぎるわ…それで何かしら?」
「社交シーズンではございませんが…いらして頂けるかしら…?」
「まぁ!こちらもハヤブサの蝋封ではございませんか!」
「えぇ、実はアルデジオ殿下たちが婚約破棄祝勝パーティを開いてくださるそうなの…きっと今ごろ王城で余興の企画会議なるものを大臣たちのマネをしながら開いていらっしゃるわ」
「ええぇぇぇぇ!!!なんってお可愛らしい…!」
「うふふ…祝われる身としてはちょっと恥ずかしいのだけれど…是非いらしてね?」
「「「「「「何があっても絶対参加致しますわ!!!!!」」」」」」
「モニカ!」
きゃあああ!!!!と黄色い歓声に包まれながら扉の前で一礼をして入室していらしたのは…
「ジェーニオ様!?」
「まさか授業中に我が家へ緊急連絡があるなんて驚いたよ!!本当なの!?」
「えっええ!もう国にも受理されましたけれど…なぜここに?」
「そりゃあ連絡があれば僕にも連絡を回すようにしているに決まってる!本当の本当に兄上と!?」
「ええ、もう無関係ですし、…あの、その…春には」
「ああ!僕の愛しい婚約者だ!ゆくゆくは我がラセット家の伯爵夫人だよ!」
「!?どういうことだジェーニオ!貴様ァ!」
「「「「「「本当にお邪魔虫ねぇ…いいところなのに…マイナス5点」」」」」」
ああもう瀕死の残数5点ですわ。どうしましょうデッドライン越えてます。
皆さまもわたくしを可愛いだとかコソコソとおっしゃらないで!存外恥ずかしいんですのよ!
「どうやったら醜聞まみれの『ゴシップの星』が爵位を継げると?モニカが支えてくれるからこそ父上も見限らずに居たのに」
そう、貴族の目には滅多に触れない媒体というものがございまして…それが城下の一部地域のみで発行されているゴシップ紙『クズ新聞』。
民が募らせる鬱憤のガス抜きにと、目こぼしされながらひっそりと売られている新聞があり、部数の売上にも重要なポイントである人気のコーナーが『ゴシップの星』。
度々エントリーされては、7冠を取り殿堂入りしたのがこの元婚約者。
何をしでかすか分からない本人には直撃できないということで、婚約者であるわたくしにコメントを求めて記者の方がいらっしゃいました。
婚約前からどのようなことをされていたのか詳しく存じませんでしたので、その後の方針を定めるためにもバックナンバーを頂戴することを条件にコメントを出せば…増刷するほどの人気が出たとか。
あれから街に出掛けると…たまに握手を求められるのよね…あれも恥ずかしいわ…。
「で?兄上の点数は何点になったの?まだ下がるようなら煽ってみようか?」
「それがねジェーニオ、大変なの!10点を下回ってしまったわ!」
「…ッ!?ほ、本当に…!?」
そうよね、信じられないわよね、わたくしもまさかこんな結果になるなんて思わなかったのよ!
婚約破棄イベントなんて実行しようとする殿方はてっきり時と場所を選んだ最高の舞台を用意してくれると思ったんだもの!
お相手のヒロイン役がちょっと物足りない分、緩急をつけて詰ったりだとか謝罪したフリをしてみるだとか色々手札を揃えてあると思ったのに!
まさかの30点スタートでずっとドキドキしたままだから心臓が痛いのよ!
「兄上…残念です…20点までならホワイトレド家と交渉しつつも我が家の裁量で少しは穏やかな生活になったものを…」
「ジェーニオ…ごめんなさい…わたくしが至らないせいで…あなたからお兄様を奪ってしまって…」
「モニカのせいじゃない!君が頑張ってくれていたことは誰もが知っている!」
「何なんだお前たち!?さっきから10点だ20点だと何を言っている!!!」
「ああ…10点ですら無いのよ…ラセット様…いいえラセット家の名はもう名乗れないでしょうね…シェーモさん」
10点ならホワイトレド家が責任を持って実験…いえ人格矯正を最後の日まで見届けたでしょうけれど…予想も出来なかった、まさかの5点。
デッドラインを越えてしまいましたので、王家主導で処分されます。
婚約期間、何も育まれたものは無くとも、情はございました。
お義父上のラセット伯は、こんな小娘に何度も頭を下げ、その度にどうにか少しでも良い方向へ修正できないかとお互い悩みましたし、その分シェーモさんのことを考えている時間も長く、子育てとは申しませんが教師になったようなつもりで諭しておりましたのに…。
「ああ、ラセット様…早くおふたりでお帰りになって、モニカ様の顔色が悪いわ」
「そうね、それがいいわ」
「先生宜しいですか」
「ええ、勿論です。少しの間大変でしょうけれど…」
「大丈夫です、僕がモニカを支えます。…皆さんどうもありがとう」
「ご、ごきげんよう皆さま…お先ですぅ…」
「「「…ッきゃああああーーーー!!!!」」」
「ご覧になりました!?」
「「「一瞬口付けていらっしゃいましたわ!!!!」」」
「春の婚約式が楽しみですわぁ!!!」
「いえ!その前にある婚約破棄祝勝パーティもですわ!!!」
「私たちも何か出来る余興はあるかしら…!?」
「ああ!殿下に色々お尋ねしたいわ!!」
「また瞬きできないようなシチュエーションでモニカ様を翻弄していただきたーーーいぃ!!」
もうっ…教室を出ても聞こえて来る声に顔から火が出そう…!
「ねぇねぇモニカ、僕は婚約者として合格かな?」
「~~~~~ッ」
「ずっと好きだったんだ。ずっとずっとモニカだけが好きで、我慢して耐えた甲斐があったよ」
「~~~~~ッ!」
「もうっ!もう!もう!~~~もうっ!」
「ねぇモニカ、…お願い、こっち向いて?」
「ジェーニオのバカ!聞かなくても分かるんでしょう?!」
「そんなことないよ、モニカの心はモニカが言葉にしてくれないと」
「…婚約者としてじゃないわ…だ、旦那様として満点なんだからぁーーー!!」
「ちょっ…そんな全速力で走って逃げないで!?早ッ!!」
一度くらい婚約破棄モノ書いてみたいなと挑戦しました。
難しいものですね…こんなに書きづらいとは思わなかったです。