イレギュラー
ちくしょう。いっきに余裕がなくなった。
ランクはどのくらい上がる?1つ?2つ?
Bランクならまだいける。でも、Aランクだったら。
果たして俺は柊木さんを守りながら戦えるのか?
俺は、横目で柊木さんを見る。
柊木さんの表情は若干の恐怖が出ていて、足は小刻みに震えていた。
違うだろ。
守るんだよ。
確かに俺は面倒事が嫌いだが、友人を見捨てられるほど腐りきってはいない。
部屋全体に明かりが灯る。
中央に堂々と立っていたのは、
「ケルベロス、Aランクか……」
「ひぃっ」
柊木さんの小さな悲鳴が上がる。
「後ろに下がってて。俺が絶対に守るから」
俺は学校から配布された剣を捨て、武器召喚を装備する。
「『障壁』」
防御魔法を発動し、俺の体と柊木さんの体に張る。
これで攻撃を喰らってもダメージを軽減できる。
「『身体能力強化』」
身体強化を行う。そして、武器召喚を剣に変える。
「え?その武器って、佐木島ってまさか……」
どうやら柊木さんが俺の正体に気づきつつあるらしい。
まあ、いい。隠している余裕なんてない。
ケルベロス。
敏捷力が高く、頭が三つあるため反応が早く隙がない。さらに、硬い皮膚を持つ。
だから、遠距離攻撃がベストだけどそれだと柊木さんが狙われるかもしれない。
「はああああっ!」
剣を居合抜きの構えで持ち、駆ける。
一瞬で距離はゼロになり、剣を放つ。
剣は音速を超え、ケルベロスの左首を切り飛ばす。
よし、最初の奇襲は成功だ。
『ガアァァァァァァァァァァァァァッッ』
うるっさい!
ケルベロスが痛みで悶ている間に後ろに下がる。
「『千本矢』」
しかし、攻撃はやめない。
魔力で練られた千の矢がケルベロスへと向かう。
よし、少しでもダメージを蓄積させる。
武器召喚を弓に変形し、俺も射つ。
狙うは眼だ。
『グガアァァァァ』
立て直したか。
しかもダメージを全く与えきれなかった。
ケルベロスが上体を低くする。
来る。
「ッ!!」
直感に従い顔面の前で腕をクロスさせる。
直後、腕に重い衝撃が走り浮遊感に襲われる。
ケルベロスが刹那で俺との距離を埋め体当たりをしたのだ。
想像の何倍も速かった。防御魔法なかったら腕折れてた。
後ろに飛ばされている俺に、ケルベロスは追い打ちをかけるように突進する。
でも、させない。
武器召喚を小型ナイフに変形。
それをケルベロスに向かい力一杯投げる。
『ガッッ?!』
目の前から迫るナイフが、迎えるような形で真ん中の頭の右目に刺さった。
俺は、後ろから壁が迫っていた。
壁が背に当たった瞬間に柔道の受け身のように壁を叩き衝撃を逃がす。
壁にクレーターができる。俺は、ほぼノーダメージ。
でも、武器召喚が手元になくなったな。
正直、舐めてた。
だから、もう少し真面目にやろう。
まず、あの硬い皮膚じゃ剣も槍も矢も通らない。
ましてや素手なんかじゃ手も足も出ない。
それなら……。
「『纏炎』」
ケルベロスに青い炎が纏わりつく。
『ギャァァァァッッ』
ケルベロスは身を焦がされ苦しみ悶える。
しかし、すぐに攻撃態勢に移り突進を繰り出す。
「よっ」
炎のおかげでスピードが落ちたのか避けるのは容易い。
じゃあ、そろそろやるか。
俺が捨てた剣を拾う。
それで、自分の腕を斬り落とす。
猛烈な痛みが自分を襲う。
「『十二の悪魔を操りし魔王よ。我の名を元に顕現せよ』」
俺のジョブは不明となっている。
俺は考えた。何故、ジョブがないのか。
そもそも、ジョブとはなんなのか。
ジョブとは、自分の能力にあったもの。
足が速い人は、剣士。
手先が器用な人は、弓士。
頭が良い人は、魔術士。
たぶんジョブはそんなふうに決まっている。
じゃあ、何故俺にはジョブがないのか。
たぶん、どれにもなれないほど全ての能力が低かった。
まあ、何にせよ俺は思った。
ジョブ無しにはジョブ無しにしかできないことがある、と。
「『サタン』」
これは、召喚術士の技能。
代償を払って悪魔や、天使を召喚する。
代償は、召喚するものが強ければ強いほど大きくなる。
俺の召喚したのはサタン。
サタンは強い部類に入るので、代償は腕一本だ。
普通の召喚術士なら躊躇してしまうだろう。
でも、ジョブ無しの俺ならできる。
「『再生』」
回復術士の欠損した体の一部を治す魔法。
十分経てば元通りになるだろう。
「てか、早く出てこい!」
地面にあった俺の腕はいつの間にか消えていて、広範囲に黒い霧が張っていた。
『だって、お前腕生えてくるからさ。何かズルくね?
分かる?俺、サタンだよ?同じ人にそうポンポン呼び出されると、なんだかさ』
黒い霧から現れる悪魔。
目に入れただけで恐怖から体が竦む……ことはなかった。
確かに見た目は怖い。だけど性格がダメだ。
「うるせぇ、俺だってちゃんと痛いんだ。現在進行系で。体力だって結構消耗するし。
お前みたいな劣化品を誰が好んで使うか。
ほら、早くそのケルベロスを倒せ」
サタンが現れてからこの場の嫌な雰囲気がなくなった。
『れ、劣化品?!この俺を、劣化品だと?!
もう、赦さん!見てろよ!
おい、そこの犬。いつまで立っている。伏せろ』
サタンがケルベロスに魔力をのせた声で言う。
『キャンッ』
ケルベロスはサタンの威圧に圧され子犬のように従う。
まあ、流石はサタンといったところか。
『見たか!』
喧しい。そんなにドヤ顔するなうざい。
「俺は倒せって言ったんだぞ。使えねえな」
『なっ?!』
俺が落胆を込めて言うとサタンは慌てて指を鳴らしケルベロスを原子レベルに滅ぼす。
ケルベロスの右目に刺さっていたナイフが音を鳴らして落ちる。
こう見えて実力だけは確かなんだ。
「よし、帰っていいぞ」
『言われなくても!二度と呼ぶなよ』
サタンが足元に黒い霧を出す。
「ああ、二度と呼ばねえ」
お前、面倒だからな。
『……たまには呼んでいいぞ』
「……」
『無視するな!』
サタンは霧の中に戻っていった。
この場に残るのは俺と柊木さんだけとなり、なんとも言えない空気となった。