やってられるか、引退だ
俺はジョブ無しだ。
ジョブ無しは無能の印。
でも、思ったんだ。ジョブが無いなら、自分で成ればいい。
◆◇◆◇◆◇
薄暗く幅広い道。奥から物凄いスピードで迫る、無数の狼。
一匹一匹がCランクダンジョンのボスと同じくらいの実力を持っている。
「私が魔法で殲滅するわ。マスター、足止めお願い」
「分かった」
俺は手に黒い水晶を取る。
「武器召喚『大盾』」
手に持つ黒い水晶が大盾に変化していく。
武器召喚は俺が望む武器に変わる魔道具である。絶対不壊の。
「『身体能力強化』『挑発』『障壁』」
『身体能力強化』と『挑発』は付与術士の技。
『障壁』は魔術士の技だ。
ジョブ無しであるが故に俺はほとんどのジョブを扱える。
『グアァァァ!!』
道いっぱいに広がり進んでいた狼が『挑発』の影響で俺の方へ来る。
そして、狼は俺の構える大盾に衝突する。
『ッ?!』
俺が吹き飛ばないことに驚いた様子の狼。
まあ、身体能力強化しているし体に障壁も纏ってるからな。
「できた」
凪沙の声が背中越しに聞こえた。
やっぱり凪沙は呪文構築が早いな。
「おう。武器召喚『弓矢』」
後ろに矢を放ちながら下がる。
狼は矢に阻まれ前に攻めあぐねる。
「『砲撃』」
火炎放射器のように炎が狼を焼き尽くす。
凪沙が魔法を消したときには魔物は既に灰すら残っていなかった。
「あ〜!アイスやりすぎだってば!魔石残ってないじゃん?!」
魔石を回収しようとした乃々愛が凪沙に詰め寄る。
「しょうがないじゃない。久しぶりのマスターとの共同作業に胸が踊ったのよ」
凪沙は悪気がないように言うが、ちゃんと魔石は残しといてほしかった。
お金ほしかったから。
「次は私の番だからね!」
あ、これ一人ずつするやつね。
◆◇◆◇◆◇
また、やって来た狼。
「マスター!援護よろしく!」
乃々愛が剣を片手に特攻して行った。
知らない人が見たら小学生が遊んでいるように見えるかも。
「『身体能力強化』『強化』」
俺は、乃々愛に『身体能力強化』を。乃々愛の持つ剣に『強化』を付与した。
「えいやー!」
ふざけたような掛け声で狼を次々に葬っていく乃々愛。声はふざけていても剣筋はきれいなんだよな。
「武器召喚『弓矢』。『貫通力強化』」
乃々愛が仕留め損なった狼を遠くから弓で倒す。
これを繰り返し、狼はだんだんと数を減らして行く。
俺は、たまに矢を撃つだけで乃々愛の様子をずっと見ていた。
そして、気になることがあった。
あいつ、わざと魔石狙ってやがる。
魔石とは、モンスターの心臓。
魔石は回収し、ギルドに持っていけばお金になる。
冒険者はその金で生活を送っているのだ。
魔石はモンスターにとっての心臓だから、魔石を壊せば確実に死ぬ。
だけど、金にはならない。
あいつ、絶対に狙ってやがる。
乃々愛の実力なら首をはねることもできるだろう。
いや、むしろあんなに速く動く敵の小さい魔石を狙う方が難しい。
はあ、もういいや。
俺が仕留めた奴の魔石は俺のだからな!
◆◇◆◇◆◇
「次は私」
美奈がボソボソと呟く。
「あいあい」
目の前から来る狼。もう疲れた。帰りたい。
「武器召喚『剣』。『挑発』『身体能力強化』」
いっぱいの狼が俺のところへ。きもい。
俺は、狼の身体を次々に切断していく。
さっきまで隣にいたはずの美奈はもういない。
おそらく気配を消してモンスターの最後列にいるのだろう。
後ろから無防備な背中から刺し殺す。
他のモンスターは敵を探すがどこにもいない。
そんな場面が容易く想像でき、思わずほくそ笑む。
数分後、狼は一匹も残らず殺しきる。
そして、やはり美奈も魔石を残していなかった。
◆◇◆◇◆◇
「それでは、よろしくお願いします」
陽菜乃が微笑む。
対する俺は、俺は……もうヤダ。
「やっぱり止めない?俺、ヤダよ〜」
「え?なんでですか?兄さん私だけやらないって、兄さんは監禁をお望みなんですね」
「やるに決まっているだろう」
怒った陽菜乃に監禁されるのが一番怖い。
「武器召喚『ナックルダスター』。『挑発』『身体能力強化』」
前から大量の狼が……来てしまった。
俺はさっきから皆のジョブを生かした立ち回りをしている。
だから、回復術士である陽菜乃に対しては、怪我をし続けなければならない。
ちくしょう。
陽菜乃の腕は信じている。だけども、痛いものは痛いのだ。
もう、どうにでもなれ。
ジョブは、拳闘士。
ただただ殴って殴って、噛まれて引っ掻かれて。
狼の癖して何故か体毛が硬いから殴るのも痛い。
身体の欠損も陽菜乃によって一瞬で治される。でも、その一瞬の間の激痛がヤバい。
どれくらい経っただろう。
ようやく終わった地獄の時間。
俺はもうボロボロだった。
身体に外傷はない。陽菜乃が逐一治してくれたから。
でも、精神的に疲れた。
俺はもう二度とダンジョンには潜らないと決めた。
引退です。