本物 side千代
「明日、足引っ張ったら殺すから」
試験で私のペアとなった佐木島。
私は開口一番に悪態をつく。
今まで見下してきた奴をペアと思うのは私には無理だった。
「うん」
返事が返ってきた。
いや、当然と言ったらそうなんだけど朝から無視されてたから少し嬉しかった。
「じろじろ見ないで。気持ち悪い」
打ち合いをしていたら、佐木島があからさまに私の方を見ていた。
でも他の男子のようにいやらしい感じはしなかった。
私の動きを視ているような感じだった。
その後も打ち合いを続けてその日は終わった。
明日の試験に不安を抱きながら私はベッドに入ることになった。
◆◇◆◇◆◇
「はああっ」
剣を持ちモンスターへ振り下ろす。
小さいウサギみたいなモンスターだ。
佐木島は初めから戦力として見ていないから、私がしなきゃいけない。
やった、と思った。
でもウサギは一瞬で消え去り私の背後へ。
その尖った爪を私の背中に突きさ――
グサッ
「……え?」
幻だろうか。
さっきまで離れて歩いていた佐木島が自分の背後にいる。
しかも、学校で支給された剣先には息を引き取ったウサギが。
いつもの佐木島じゃない。
どうして?佐木島はジョブ無しじゃ……。
「大丈夫?」
佐木島が私に手を差し伸べる。
「足が滑っただけよ」
私を見下すな。
さっきのはまぐれだ。
しかし、何度やってもモンスターには手も足も出ない。そして、殺されそうになった瞬間に佐木島に助けられる。
私ってやっぱり無能だった。
「柊木さん、大丈夫?」
さっきと同じように手を差し伸べてくる。
「……何で、そんなに優しくしてくれるの?」
自嘲気味に呟く。
頭がグラグラする。わけが分からない。
「柊木さん?」
「何よ。もしかして嘲笑ってる?それもそうね。粋がっていたくせに自分の力が通用しないとなれば戦うことを止め、自分が見下していた奴に助けられる」
思わず暴言が出てしまう。
助けられてばかりなのに、やっぱり最低だ。
「お、落ち着いて」
「落ち着けないわよ!?こんなに自分に才能がないことを思い知らされて!」
自分の意志で止められない。
「怖いの?」
「……は?怖いに決まってるでしょ!Eランクダンジョンがこんなにレベルが高いとか知らなかった!私たちこのままじゃ、死んじゃ――」
「大丈夫、俺がいるからには誰も死なせない」
知ってる。もう佐木島の実力は分かった。
佐木島がいれば試験合格はほぼ確定だろう。
「あなたなんかに何ができるの?確かに私よりかは強いみたいだけど……」
どうして、私は素直になれないのだろう。
「黙ってついて来い!こっちには一日分の水と食料しかねぇんだ!とっとと合格して帰るぞ!補習なんかしたくねぇ!」
佐木島がキレた。
無理やり私の手を引っ張って、私の目を見て怒鳴る。
ダメ、これむり。
「は、はぃ」
私は胸が高なっているのを自覚した。
◆◇◆◇◆◇
佐木島によればここはCランクダンジョンらしい。
十中八九、アイツらに嵌められた。
それにしても、Cランクダンジョンのモンスターを簡単に倒す佐木島って何者なんだろう。
実はジョブ無しなんかじゃなくて、剣士だったりとか。
「よし。そろそろ行こうか」
佐木島がボスの部屋の扉をゆっくりと開いていく。
佐木島の後に続き中に入る。
「……ははっ。嘘だろ」
佐木島の乾いた笑い声が聞こえる。
理由は言われるまでもなく理解できた。
私たちの目の前に立ちふさがるボス。
ケルベロスだ。
有名過ぎるが故に私でも知っている、Aランクダンジョンのボスモンスター。
どうしてここに、だとかそういう疑問はなかった。
ただただ目の前の威圧感に呑まれ身体が震えた。
「後ろに下がってて。俺が絶対に守るから」
佐木島の声に従い後ろへゆっくりと下がる。
対して佐木島は一歩も動かずにポケットから黒い玉を握っていた。
数秒後に身体全体を何か温かいものが包んだ。何かは分からないけど、佐木島が何かをしたのは分かった。
「武器召喚『剣』」
「え?その武器って、佐木島ってまさか……」
黒い玉を剣に変えた佐木島。
ネットなどで何度も見たことがある。
黒い玉を色々な武器に変えて戦う冒険者。
常に仮面を被っていて。
色々なジョブを使いこなし。
最速最年少のAランク冒険者。
『夜』というパーティーのリーダー。
名は『マスター』
ありえない。
でも、心のどこかでそうであってほしいと願う気持ちがある。
本物だった。
ケルベロスを倒し、私を守ってくれた。
私を見てくれた。
彼なら私に本物の愛をくれるのかもしれない。
違う。彼に愛されるような人間になろう。私はもう諦めない。