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高校戦争  作者: 波島祐一
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第七話:決心

 午前八時。教室の座席でいつも通り授業の予習をする孝の腰には、拳銃と警棒が無く、顔には絆創膏やガーゼが何枚も貼られていた。


「大丈夫? 緒方くん……!」 登校してきた美菜が、驚いた様子で尋ねた。

「ああ、軽傷だから心配ない」

「もうひとつ……。拳銃、持たなくていいの?」

「いいんだ」

「……何があったの?」


 孝はため息を()き、昨日の乱闘騒ぎのことを美菜に話した。乱闘のあと、孝と斉木と岡田は司令室に呼ばれ、倉田に大目玉を食らったことは、言うまでもない。結果、孝と斉木は三日間、警棒を使用した岡田は七日間の停職処分を受けたのだった。免職にならずに済んだのは、三人とも『正当防衛』 という名の言い訳があったからに過ぎない。

 乱闘に参加していた、山崎を除くバスケ部員七人のうち四人は孝や斉木と同じく軽傷で済んだが、残りの三人は岡田の警棒打撃を食らい、一人は松葉杖をつく有様だという。ちなみに岡田は、以前にも喧嘩騒ぎの前科があるらしい。

 結果、岡田は三日間の停学処分も併せて受けたため、今日は学校に来ていないはずだ。


「そうだったんだ……。大変だったね」

「おれよりも、山崎がどうしてるかが心配だ」 昨日の乱闘のあと、山崎はすぐに職員室に連行されてしまったため、話すタイミングがなかった。そして今日、山崎は教室に姿を現さなかった。

 杏子曰く、「気にしなくていいわよ。どうせすぐ立ち直るって」。だが孝は、そんな気がしなかった。





 七月十三日。乱闘から二日が経ったが、山崎は登校して来なかった。

 そして放課後。停職中の孝は、家に帰っても特にすることがないので、教室に居残って勉強することにした。開け放たれた窓の外から、SDFのランニングの掛け声が聞こえる。なんとも、もどかしい気分だ。

 一時間ほど勉強を続けて、気分転換がしたくなった。

 屋上でも、行ってみようか。

 坂ヶ丘高校の校舎屋上は、生徒の立ち入りは基本的に禁止となっている。逆に言えば、行ったとしても誰もいないということだ。巡回のルートにも入っており、下校時間まで施錠されないことも知っていた。孝は階段を上ってゆく。拳銃と警棒がない分、かなり身体が軽く感じる。屋上のドアを開けると、わずかに冷たく感じる風が全身に吹きつけた。

 ドアから一歩出たところで、孝は足を止めた。

 音がする。楽器の音だ。

 孝は音のする方に視線を向けた。案の定、吹奏楽部の生徒と思しき女子が一人、屋上の貯水塔の近くに座っていた。こちらに背を向けていて、顔は分からない。あの髪型は……。


「……あれ?」 気配に気づいたのか、美菜はこちらを振り返った。手にはカタツムリのような形をした金管楽器、ホルンを持っている。

「内田……」

「どうしたの? こんな時間に」

「内田こそ、どうして屋上で練習してるんだ?」

「ここ、好きなの。前に一回ここで吹いてたら、やみつきになっちゃて……」 美菜は微笑する。

「へぇ……。おれは、停職中だから。教室で勉強してたんだ」

「そっか」

「ここ、立ち入り禁止だろ? クラス会長が来てるなんて、意外だな」

「ごめんなさい。……でも緒方くんこそ、処分受けてる最中なんでしょ? いいの?」


 美菜が言い返してくるなんて、珍しい。孝は苦笑し、「そうだよな」と返し、美菜の隣に座った。


「せっかくだし、なんか演奏してくれない?」

「うーん。そうだなぁ……」 美菜は少し困ったような表情をした。「じゃあ、あたしの得意な曲、吹くね」


 美菜はホルンのマウスピースを咥え、曲を演奏し始めた。やわらかい音色が響き、孝は耳を澄まして聴いた。孝は美菜の横顔を見た。肩の辺りで切った髪が風に(なび)き、なんとなく艶めかしく見え、慌てて目を逸らした。

 何分くらい経っただろう? 演奏が終わり、孝は軽く拍手をした。

 美菜は軽く頭を下げ、「どうだったでしょうか。ご感想は?」 と微笑みながら言った。


「良かったよ。きれいだった」

「……ありがとう」 美菜は、少し照れたように言った。





 午後六時。孝は校門を出て、マンションに向かって歩き出した。

 山崎はどうしているだろう。あれから、メールすら来ない。こちらから送ってみるか?

 孝は文章を考えたが、出だしのところで早くもつまづいた。「大丈夫か?」 では不自然だ、大丈夫なら学校に来ない理由がない。「元気か?」 これも前に同じ。「学校来いよ」 これは、なんとなく押し付けがましい。山崎に使うと逆効果だ。いっそ「今から遊ぶか?」……空気を読んでなさ過ぎる。

 結局メールを送るのを諦めた孝は、マンションの前まで来て、足を止めた。

 することがない。駅前でも行ってみるか。



 駅前の大通り。車道は乗用車や満員のバス、タクシーで埋め尽くされ、歩道は学生などの通行人で溢れていた。この時間帯では珍しくもない、帰宅ラッシュの光景だ。

 学生に人気のある大型ショッピングセンターの前で、孝は前方から見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。「山崎……」

 ジャージの短パンにTシャツという出で立ちの山崎もこちらに気づく。「緒方、お前どうしてこんなところに……」




「停職!?」 山崎は、孝が予想していた以上に驚いたようだった。

「ああ。おかげで今こうやって、のんびりできるわけだ」

「あのときは、ありがとうな。助けてくれて……」

「あの人数相手じゃ、さすがのおまえも歯が立たないだろうからね」

「……おれ、部活やめるよ。もう続けても意味ないし」


 そう言った山崎の目は、どこか遠くを見つめていた。孝は反論するつもりはないし、これは山崎本人が決めたことだ。


「……そうか」

「で、おれは決心した。おれ、SDFに入るよ」

「は?」 一瞬、山崎が何を言ったのか分からなかった。数秒後、孝はその言葉の意味を理解した。「……本気か、おまえ」

「当然。あの喧嘩のとき、おれはあのSDF隊員の身のこなしに感動した! 無駄のない動き、鮮やかな体さばき……。それで、おれもあんな強い人になることにしたんだ」


 斉木と岡田のことか。……なんて単純明快な。孝は半ば呆れた。「あのな、あれだけ強いのはそれ相応の訓練を積んでるからであって……」


「分かってる分かってる。で、次の入隊試験っていつあるんだ? 来月か? それとも再来月?」 山崎は完全にその気らしい。

「ご冗談。SDFの入隊試験は年に一回。つまり次は来年の一月だ」

「……は?」

「まだ半年ある。今から試験勉強始めれば、間に合うかもな」

「試験勉強なんているのか?」

「当たり前だ! 採用試験の倍率は二倍だぞ」

「二人に一人落ちるってことか!」

「そうだ」

「マジかよ……! 二倍、試験勉強、二倍……」 山崎は本気で悩み始めた。


 そんなに入りたいのなら、ちょっとは自分で調べろよ。

 孝は心の内で呟いた。だが山崎が元に戻って、とりあえず一件落着と言えそうだった。





 翌朝、教室。


「おい山崎、頼まれてたやつ持ってきたぞ」


 孝はバッグから三冊の本を取り出した。孝がSDF入隊試験の勉強に使っていた、専門書と過去問題集だった。


「サンキュー、緒方。さっそく今日から読んでみるよ。あと体力試験のために、ランニングと筋トレもすることにしたぜ」

「おまえ、あんまり張り切りすぎると長続きしないぞ。まだ半年もあるのに……」

「心配するな。おれはこう見えても粘り強いんだ」


 嘘つけ。孝は声に出さずに言っておいた。


「まぁ、出来る範囲で頑張れ」

「おう、必ず合格してやるぜ!」


 やれやれ、だ。しかし、部活を辞めてからも運動を続けるのは悪いことじゃない。いつまで続くか見物ではあるが。

 山崎がSDFに入りたがっているということを友井に話すと、「本気かよ……。難しいと思うけどなぁ」 という微妙な反応だった。

 友人としては面白いやつだが、あまりSDFの部下にはしたくない。孝は正直、そう思っていた。

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