第五話:過去
戦闘終了から数分後、坂ヶ丘高校の校門前に三台の救急車と二台のパトカーが到着した。戦闘が終わると、SDF隊員たちは後片付けに追われることになる。まず、逮捕したFDT隊員を武装解除し、警察に引き渡すか、救急車に乗せる。
あとから聞いた話だが、今回の襲撃に参加していたFDT十二名のうち二人はこの坂ヶ丘高校の在校生だったらしい。
FDTは、七人が銃創と骨折で病院送りになった。いずれも命に別条はない。対して坂ヶ丘高校SDFは、SSTの一人が軽い擦過傷を負っただけで済んだ。むしろ、校舎が受けた無数の弾痕や、銃撃で蜂の巣にされたロッカーなどの被害に対する生徒たちの憤りの方が深刻だった。
孝はFDT隊員を警察に引き渡すのを手伝ってから、現場の後片付けに参加した。
まず散らばった空薬莢を全て回収し、割れたガラスや砕けた壁の破片などを収集。続いてコンクリートの血痕を水道水で洗い流し、取りあえず片付けは終了。校舎や備品の修理は後日、業者にやってもらうことになる。
中断していた授業は、四時限目から再開された。もっとも、SDF隊員たちは全員、午後二時頃まで片付けに専念していたので、授業復帰は六時限目の途中からとなった。
今日の戦闘で発砲したのはSSTの隊員だけで、普通部隊の発砲はなかった。今回の場合、負傷したFDTの七人のうち、四人は屋上に配置したSSTのスナイパーが撃ったらしい。
孝や友井ら一年生にとっては初めての実戦だったわけだが、発砲していないこともあって、孝は実感が湧かなかった。
「すごかったよね、銃声」「怖かったー」「なんかロッカーがヤバいことになってるらしいぜ」「おれ、あそこに教科書置いてあるのに……」
クラスメイトたちは六時限目と七時限目の休み時間、そんな話をしていた。自然と、現場にいた孝や友井に質問の矛先が向けられた。
「どうだった、実戦?」「人が撃たれるのって、どんな感じだった?」「緒方くん撃ったの?」「え、血とか飛び散ったりしてたわけ?」
正直、うっとうしい。孝はなるべく棘のないように「そういうのは守秘義務があるんだ。悪いな」 と適当な返事をしておいた。
※
午後七時三分。今日は戦闘があったため、SDFの訓練は早めに終了した。孝はさっさと拳銃と警棒を返却し、SDF棟を出た。
校門のところで、女子生徒に会った。暗いため、遠目には誰か分からなかったが、玄関から出てきたのは美奈だった。「……内田か」
「あ、緒方くん」
美菜も徒歩で通学しているらしい。二人は並んで歩き出した。
「へぇ。内田は吹奏楽部だったのか」
「うん。ホルンやってるの」
「クラス会長やってるくらいだから、部活はやってないのかと思ってたよ」
そう言うと、美菜は微笑した。「会長って言っても、そんなに忙しくはないんだよ?」
孝は、ふーん、とだけ答えた。しばらく、沈黙が訪れる。
「あのさ」「あの」 同時だった。孝は先を譲った。
「みんな、不謹慎だよね。怪我した人が何人もいるのに、あんな質問ばっかりして」 美菜は真剣な表情で言った。「気にすることないよ。緒方くんは何も悪くないんだから」
「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽だ」
「うん……」
美菜は孝から目を逸らし、頷いた。日が暮れているので、表情はよく分からなかった。
「……緒方くん、ひとつ質問していい?」
「ああ」
「どうしてSDFに入ったの?」
その一言で、孝の心臓が大きな脈を打った。今まで、同級生にこの話をしたことはなかった。
どうする? 適当に作り話で乗り切るか?
だめだ。孝は直感でそう思った。はっきりした理由は分からないが、今じっとこちらを見つめている美菜に、嘘をつく気にはなれなかった。孝はひと呼吸おいてから、口を開く。「……二年前の高校占拠事件、覚えてるか? 八人が死んだ事件」
高校生十三人が死に、FDT発足の原因となった八年前の事件に次いで、二番目に最悪と呼ばれる事件だ。
「うん。隣の県だったよね?」
「そう。そのとき、おれの四つ上の兄は、SDFの一曹で、戦闘に参加した。兄さんと同期だった人に聞いたんだけど、兄さんは優秀で、SSTの選抜試験もパスしていたらしい。兄さんは戦闘中に気を失い、教室に一人で取り残された」
美菜は次第に、顔を青くしていった。聞くべきではなかったと思ったのだろうか。
「兄さんは、最後までFDTに抵抗した。そしてFDTは、手榴弾を使った。どっから入手したんだが、軍用の破砕手榴弾だったらしい」
孝自身、あまり思い出したくないことだった。美菜は口を手で覆う。
「兄さんの上官が、救出に飛び出していった。でも、もう手遅れだった。兄さんを助けようとしたその上官も、手榴弾の破片をくらって、大怪我を負ったらしい。……血まみれになった兄さんの遺体を見て、おれは誓ったんだ。兄さんの仇を討つ、ってね。心が憎しみであふれた。おれはそのあと、FDTをぶっ壊せばいいと考えるようになったんだ。
でも、SDF入隊試験の勉強をしているうちに、それは何か間違ってるんじゃないかと思うようになった。兄さんが死んだのは、曲がりなりにも存在するルール、それを破って殺傷性の高い爆発物を使った一部のFDT隊員のせいだ。他のFDT隊員は、自分が正しいと思った信念を貫いて行動してる。その点では、SDFも、FDTも同じだ。
だからおれは、兄さんの敵討ちじゃなく、兄さんがやりたくても出来なかったことをやってみようと思った。それで、おれはSDFに入ったんだ」
美菜は、いつの間にか両目に涙を浮かべていた。「ごめんなさい。あたし、何も知らずに……」
いきなり目の前で泣き出され、孝は動揺する。「な、泣くなよ……。このことは、他の連中には内緒ってことで」
「うん……」
その後、美菜を自宅の近くまで送った孝は、自分のマンションに帰った。
まさか泣かれるとは思わなかった。孝は一抹の後悔を抱く。
そもそも、なんであいつにあんなことを話したんだろう。知り合って二ヶ月ちょっとしか経ってないクラスメイトに……。
その夜、孝は寝つけなかった。脳裏に蘇った兄さんの姿が、どうしても頭から離れなかったからだ。
孝が兄の毅に再会したとき、彼はすでに死んでいた。ズタズタに引き裂かれた全身は血まみれで、ボロ切れ同然となった戦闘服と見分けがつかなくなっていた。ところどころ、ガラス片だか手榴弾の破片だか分からない鋭利な物質が、深く食い込んでいた。顔は……覚えていない。おそらく見るに耐えない光景だったはずだ。
思い出すだけで、気分が悪くなる。結局、孝はほとんど眠れずに朝を迎えた。