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高校戦争  作者: 波島祐一
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第三話:週末

 土曜日、午前八時。坂ヶ丘高校のグラウンドに、第二小隊のSDF隊員十九名が集合していた。全員、黒色の戦闘服の上からボディアーマー、膝・肘当て(ニー・エルボーパッド)を装着し、ヘルメットにインカム、レッグホルスターにP220、手にはMP5サブマシンガンという戦闘装備だった。ボディアーマーの背中と胸に、『SDF』と白色のゴシック体表記がされている。

 今日は、校舎での室内戦闘訓練だった。二個小隊で攻撃・防衛に分かれて模擬戦闘を行い、先に全員を倒した方の勝ちという分かりやすい訓練だ。弾はペイント弾を使用。ちなみに、審判兼指導役はSST所属の隊員が務める。孝たち一年生にとって、初めて行う方式の訓練だった。学校には本来なら部活動を行う生徒がいるが、こういった訓練の場合は登校禁止とされている。


「集合」 斉木が指示し、小隊全員が集まる。折りたたみテーブルに置かれた校内の見取り図を取り囲む。「説明する。すでに校舎内に、第一小隊の隊員たちが待ち構えている。おれたちは校舎とSDF棟の間にある連絡通路から校内へ突入し、このルートで索敵行動(クリアリング)を実施する」


 斉木が見取り図の上をペンでなぞる。


「使うのはペイント弾だが、当たると痛いぞ。射撃モードはセミオートのみ。クリアリングの際は、ハンドサインを見落とすな。あとはさっきのブリーフィング通りだ。……質問は?」


 全員、無言だった。


「よし」 斉木はインカムのスイッチを入れた。「レッドチーム・リーダーより訓練本部。教練戦闘、開始準備よし」


 レッドチームは攻撃側、つまり孝たち第二小隊のことで、防御側の第一小隊はブルーチームである。


(訓練本部よりオールハンド。これより教練戦闘を開始する)


 第二小隊の面々はゴーグルをかけた。それぞれ、MP5のコッキングレバーを引いて初弾を装填。斉木が号令をかける。「状況開始!」

 数名ずつ固まって前進するスタックの隊形をとり、MP5を構えつつ校舎へ走る。当然、窓から銃撃される可能性もあるわけで、隊員は各自の死角(デッドアングル)を補いつつMP5を構える。

 校舎の出入口に着いた。

 斉木がハンドサインで突入を指示する。

 先頭の隊員がドアを開け、一気に十名ほどが校舎に入った。残りの隊員は突入路の確保を待つ。


(玄関エントランス、二名制圧。クリア。突入OKだ) 最初に突入した岡田清二(おかだ せいじ)二等学曹が告げた。

「よし。行くぞ」 斉木の声で、残りの九人も校舎に入った。通路脇に、オレンジ色のペイント弾を食らった二人の隊員が座っていた。「死亡」した第一小隊の隊員だ。最初に突入した隊員たちはすでに二階に上がっていて、姿が見えない。上階から発砲音が響き始めた。

(一班、二階廊下で接敵、交戦中!)

(二階は三班に任せろ! 一班、二班は三階に向かえ)

(了解)

(こちら一班、三階から銃撃を受け、踊り場で応戦している)

(三班、二名死亡)

(二班の山田がやられた!)

(チンタラ動くな、隙だらけだぞ!) 報告の声に混じって、指導役SST隊員の怒鳴り声が聞こえる。(後方警戒怠るな!)


 孝の所属する三班は、二階の教室をクリアリングしていた。孝は班長である学曹長の「突入」のハンドサインに従い、教室の入口でMP5を構える。

 ドアをスライドさせ、一気に飛び込む。

 MP5を構えた「敵」が見えた刹那、乾いた発砲音が響き、頭と腹に衝撃を受けた。ゴーグルの視界が半分ほど、オレンジ色に染まっていた。ボディアーマーにもペイント弾が命中していた。あっけなかった。一緒に突入した学曹長もやられた。

 死んだら、報告。「三班緒方、死亡」 マイクに吹き込み、その場に座る。一発も撃たずに死んでしまった。


(二班の黒川、死にました。これで全滅です)

(こちら一班、人が足りない! 誰か回してくれ)

(四班、敵の背後に回りこむ!)

 

 イヤホンからは緊迫した声が流れ続けた。

 

(うわっ、待ち伏せだ!)

(撃て撃て!)

(た、退避します)

(おい、勝手に後退するな!)

(三名死亡、一班全滅です)

(こ、こちら四班山本! 前後を囲まれて三年二組教室に退避!) 


 しばし沈黙。四班の山本も一年生だ。


(誰か応答してくださいよ!)

(もうおまえしか残ってないぞ、山本!) SST隊員の突っ込みが入った。

(そんなぁ……! うわ、痛い!) 山本の声に発砲音が混じる。(四班山本、死亡しました)

(……訓練本部よりオールハンド、教練戦闘終了。繰り返す、教練戦闘終了。勝者、ブルーチーム)


 全滅してしまったようだ。緒方はため息をついた。

 その後、三個小隊で攻守を交代しつつ訓練を続け、全員で片付けをし、午後四時前に解散となった。しかし、孝は夜間警備の当直だったため、他の当直隊員たちと学校に残った。SDF棟で待機だ。


「そういえば昼メシまだだったな。食堂行くヤツいるか?」 警備当直の隊員たちが集うSDF棟の待機室で、二年の岡田が言った。身長百八十センチメートルで、肩幅も広い大柄な男である。

「岡田さん、今日は土曜で食堂閉まってますよ」 誰かのツッコミが飛んだ。

「しまった。これから巡回で外出できないんだよなぁ」


 警備担当のSDF隊員は待機するだけではなく、学校敷地内の巡回もしなければならない。

 孝は昼食を準備していなかった。巡回までは一時間以上ある。


「おれ、今からコンビニ行きますけど。なんか買って来ましょうか?」


 すると、岡田は嬉しそうな表情になって、孝の肩をぼんぼん叩いた。「本当か、サンキュー緒方! じゃあウイダーのプロテインを一本頼む。釣りはいいぞ」 そう言って、岡田は孝に500円硬貨を渡して、巡回に出て行った。

 昼食にプロテイン?

 疑問を口にする間も無く、岡田は巡回に向かった。


「じゃあ、コンビニ行って来ます」

「うぃーす」「行ってらっしゃい」


 孝はSDF棟を出て、校門に向かった。午後四時半。

 コンビニで自分のざるそばと岡田のウイダーを買った孝は、SDF棟へと続くグラウンド脇のランニングコースを歩いていた。

 前方から一人の少女が走ってきた。下は黒色のジャージ、上は白色のTシャツ。運動靴ではなく、タクティカルブーツを履いている。今日はSDF隊員以外の生徒は登校禁止だから、間違いなくSDF隊員だ。

 今日の訓練は全て終わっているはずだから、自主トレだろう。

 すれ違う直前、その少女と目が合った。見覚えのある顔だった。確か、二人いる一年生の女子SDF隊員の一人だ。クラスも所属小隊も違うので、名前は知らない。

 少女はそのままランニングコースを走っていった。



 午後五時。孝はSDF棟の待機室に戻り、巡回の担当隊員が書かれたホワイトボードを見た。次回の定時巡回の位置に『ルートA』とマジックで書かれ、横に『進藤』と『緒方』のネームプレートが張ってある。巡回は、二人一組のバディシステムで行われる。バディは小隊関係なく組み合わされ、毎回変わる。

 時間があるので、孝は買っておいたざるそばを食べることにした。いま待機室にいるのは、孝と、将棋に興じている隊員が二人、テレビを見ているのと読書中の隊員が一人ずつ、合計五人のみだ。待機室は、三十人の隊員が一斉にブリーフィングできる広さと座席がある。待機中にくつろげるよう、テレビ、書籍、簡易ゲームなどが置いてあった。飲み物の自動販売機もある。

 待機室の隣にはもうひとつ似たような部屋がある。SST室だ。SST隊員のみが入室を許される部屋で、SSTの銃器などはそちらに分けて管理されている。

 ざるそばを食べ終えた孝は、更衣室に行き、制服から戦闘服に着替え、プロテクターを装着した。基本的に、巡回は戦闘時と同じ装備で行うことになっている。サブマシンガンも携行する。

 更衣室から出ると、ちょうど岡田と(さかい)士長が巡回から戻ってきたところだった。


「お疲れ様です。頼まれてたやつ、冷蔵庫に入れてあります」 孝は休憩室の冷蔵庫を指差した。

「おお、サンキューな。緒方は今から巡回か」

「ええ」

「外はクソ暑いぞ。水分補給しといた方がいいぜ」

「分かりました」



 三十分後、巡回は終了した。バディは二年の進藤(しんどう)という、第一小隊の一等学曹だった。

 孝はSDF待機室に戻ったが、次の巡回まですることがないので図書室で自習した。そしてまた巡回……。そういった感じで、警備当直の午後は過ぎていった。

 日が暮れてからも、当然ローテーションは止まることなく回ってくる。

 そして、翌朝五時。この日の当直隊員たちが集合し、巡回警備を引き継いだ。


「あー、眠い……」 孝は呟きながら、SDF棟を後にした。仮眠室の硬いベッドでは、いまいち熟睡できなかった。


 部屋に帰ってから、もうひと眠りしよう。孝は帰路についた。





 孝は、携帯の着信音で目を覚ました。ベッドから起き上がり、画面表示も見ずに通話ボタンを押す。「もしもし」


(緒方、時間あるか?) 山崎の声だ。

「何だよ、朝っぱらから……」

(朝? なに言ってんだよ。寝ぼけてんのかー? 時計見てみな)


 孝は目を擦りながら壁掛け時計を見た。まだ朝だろうと思っていたら、午後一時だった。


「もう昼……!」

(大丈夫か?……本題だが、遊びに行こうぜ)

「オーケー。場所は?」

(坂ヶ丘駅の西口に三十分後で)

「了解。じゃあまた後で」


 駅までは、歩いて十五分。孝は顔を洗い、服を着替え、一時二十三分にマンションを出た。

 西口には、すでに山崎が待っていた。「よ、緒方」


「どこに行く?」

「そうだな。とりあえずボーリングでも行こう。この前のリベンジだ」


 一ヵ月ほど前、ボーリングで山崎に圧勝していた。

 ボーリング場の受付に行くと、日曜というだけあって、混雑していた。突然、山崎が「ん?」 と目を細めた。


「どうした?」

「あ、あれって……」


 山崎は、すでに受付に並んでいる二人組を指差した。ポニーテールと、肩までの髪。杏子と美菜だった。


「あ、緒方くん」 こちらに気づいた美菜が言った。杏子もこちらを振り返り、 「……緒方はともかく、なんであんたがここにいるのよ」 とため息混じりに呟いた。

「おれが緒方とボーリングに来ることがそんなに不自然なことかよ!?」 と山崎。

「噂は聞いたわよ。山崎、前にボーリングで緒方にコテンパンに負けたんですって?」 ニヤニヤしながら言う杏子。


 そんなつまらない噂話があるか。……盗み聴きだな。孝は呆れて、ため息をつく。


「お、緒方が強すぎたんだよ! 仕方ねえだろ!」 憤る山崎。

「言い訳は見苦しいわよ?」

「この二人、なんでこんなに仲悪いのかな?」 と美菜。

「さあ」 と孝は肩をすくめる。


 山崎は続ける。「ま、おれに言わせりゃ、おまえなんか敵じゃねえけど」

 今度は杏子が頭に血が昇ってきたようだ。


「……口先だけじゃないでしょうね? あたしと勝負しなさい!」

「ああ、望むところだ! その代わり負けたら奢れよ」

「いいわよ、寿司でも焼肉でも奢ってやろうじゃないの。でも負けたらあんたが奢りなさいよ」


 寿司? 焼肉? それはいいな。


「杏子ちゃん……!」 美菜はさすがに不安そうな表情になった。

 


 三時間後。


「お、緒方ぁ」 今にも泣き出しそうな顔の山崎が言う。

「知らん。自業自得だろうが」


 四人は、ボーリング場近くの回転寿司にいた。


「おいしいわね、美菜」 中トロを頬張りながら、満足げな杏子が言った。

「うん。でもなんか悪いね、奢ってもらっちゃって」 言いつつも、美菜は控えめにかっぱ巻きを食べている。

「え? 内田の分も奢るなんて聞いてないよ!」 山崎は本当に泣きかけていた。

「負けたのに文句を言わない!」 杏子はどこまでも意地が悪い。……などと思いつつ、孝はネギトロを取り、味噌汁を注文した。

「緒方、お前まで食う気か!」

「心配するな。おれは自分で支払う」

「良かった……いや良くない! 二人分も払えるわけないだろ!」 山崎は一口も食べていない。

「そうなの? あんた貧乏ねぇ」 とさらに切り込む杏子。


 拳を握りなから、山崎は何か言おうと口をパクパクさせてから、肩をがっくりとうなだれた。


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