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高校戦争  作者: 波島祐一
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第二十五話:発端

 三年前の夏、おれが通っていた中学校が、銃で武装した若者たちに襲撃された。

 全校集会の最中だった。彼らは突然体育館に押し入り、教師の一人を撃って重傷を負わせた。若者たちは、外国人だった。彼らは紛争地域から難民として日本にやってきた者たちだった。

 近年、日本は難民の受入れを進め、世界中から多くの難民が日本にやってきていた。難民は政府から少なくはない生活支援を受けていたが、この若者たちは、事件後に判明したことだが、日本人の生活を見て、自分たちの境遇との違いに不満を募らせたらしい。

 おれたち日本人から見れば、無償で支援してもらっている身で何と身勝手な、と憤りを感じるが、当人たち、特に若い年代にはそういった意識はなく、豊かな生活を送る日本人を見て日々ストレスを溜め込んでいったらしい。

 闇ルートで手に入れた銃を持った彼らは、大人よりも抵抗されにくい子供が集まる学校を狙った。

 最初に撃たれた教師は腹から大量出血しており、緊急搬送が必要だったが、犯行グループはそれを許さなかった。そのままでは教師は死んでしまうが、銃を向けられたおれたちは、何もできずに見守るしかなかった。

 そんな中、一人の女子が廊下に向けて駆け出した。撃たれた教師と仲の良い一年生だったらしい。周りの制止も聞かず、救助を呼ぼうと、教師を助けたい一心での行動だった。

 その女子に、犯行グループの銃口が向けられた。彼女を庇おうと、一人の二年生が飛び出した。

 その二年生、宮坂(みやさか)莉子は、二発の銃弾を受けて即死した。その代わり、一年生は助かった。教師は結局治療を受けられず、出血性ショックで死亡した。

 莉子が後頭部と背中に小銃弾を受ける光景を、おれは生涯忘れることはないだろう。三年経った今でも、その様子はまるで映像を再生するかのように、鮮明に思い出すことができる。

 何の罪もない彼女が、なぜ死ななければならなかったのか。つくづくこの世界は理不尽だと思わずにはいられないが、残されたおれたちは、彼女の死を無駄にしてはいけないと思った。その気持ちは、木村や優里も同じだったろう。

 だが、どこで歯車が狂ってしまたのか。二人は、おれたちが味わったのと同じ悲しみを、さらに生み出そうとしている。



 気がつくと、カーテンから外の光がうっすらと漏れていた。

 渡瀬はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。日の出が近く、空が明るくなってきていた。

 ようやく朝か。

 昨夜はあまり眠れなかった。木村たちを止めるには、どうすればいいのか。彼らがどこまで計画を進めているのかは分からないが、実行させる前に止めなければならない。とにかく、直接会って話そうと決めた。

 今日は日曜日。まずは木村と優里に連絡を取ろうと、渡瀬は携帯でメールを打った。





 三月七日、日曜日。

 休日だが、私立小架羽高校には部活動に勤しむ生徒たちの姿があった。スポーツや文化活動に打ち込む彼らを横目に、異質な出で立ちの生徒が廊下を歩く。二人のSDF隊員。戦闘服にボディアーマー、抗弾ヘルメットに身を包み、M4A1自動小銃を携えている。黒い戦闘服とボディアーマーには、白文字でSSTと書かれたパッチが付けられていた。


「状況開始、五分前」


 腕時計で午前十一時四十五分の時刻を確認した木村誠司は、訓練時と変わらない声音を出した。骨伝導マイクで拾われた声は、校内の各員に届き、各々が返答を寄越した。隣を歩く灰川知恵は、無言で頷いた。

 ようやく、この時が来た。木村はM4のグリップを握りしめた。この銃、この弾丸で、おれたちは正義を実行する。

 引き金を引くだけで簡単に人を殺せる銃という武器は、きちんと統制された組織、すなわち軍隊や警察によってのみ使われるべきで、個人が特別な理由もなく持つべきものではない。銃の流通を認め、それを是正しようとしないこの国の頭を蹴り飛ばさなければならない。

 おそらく、世間はおれたちをテロリストと呼ぶだろう。だが、いつかこの国から大量の銃器がなくなり、平和が戻ったとき、人々は気づくはずだ。おれたちが正しかったことに。

 だが、そんな評価などどうでもいい。おれはただ、莉子の無念を晴らすことができれば、それだけでいい。彼女は、下級生を庇うため、誰よりも勇敢に行動した。教師も生徒も、銃を向けられて動けなかったのに、莉子だけは違った。そして、殺された。

 撃ったのは難民の若者だが、原因を作ったのはこの国だ。そう、全てこの国が悪いんだ。この状況を変えなければ、何の罪もない人が死に続ける。見過ごすわけにはいかない。

 二人は、両開き式の大きな扉の前で足を止めた。わずかに、楽器の音が漏れている。この高校の演奏ホールだった。今は、吹奏楽部が練習に使っている。

 状況開始、二分前。各班から配置完了の連絡が入った。

 M4のチャージングハンドルを引き、初弾を薬室に送り込んだ木村は、重い扉を開いた。





 ほぼ同時刻。

 私服姿の渡瀬は坂ヶ丘高校のSDF棟に着くと、SST室に入った。室内には誰もいなかった。今日はSDFの訓練はない。学校にいるのは警備当直だけだ。隊員の予定を記入するホワイトボードを見ると、今日の当直は緒方孝と中原葵。巡回か射撃場に行っているのだろう。

 木村が話した計画について、SDF担当教師の倉田にはすでに電話で伝えた。倉田から小架羽高校の教師とSDF管理局に連絡を入れ、対応策を練ってもらうことになっている。

 ポケットから携帯を取り出す。新着メールなし。朝、木村と優里にメールを送ったが、どちらからも返信が来ていなかった。日曜なので寝ている可能性もあるが、もうすぐ正午だ。

 嫌な予感がしていた。

 渡瀬は射撃場に向かう。案の定、孝と葵が小銃の射撃訓練を始めようとしていた。


「渡瀬さん。どうしたんですか、非番なのに」


 孝が渡瀬に気づいて声を掛けた。隣の射撃ブースにいた葵も銃を置いてこちらに来た。


「いや、ちょっと暇ができたんだ。特に異常はないか?」

「ええ、大丈夫ですよ」 孝は少し不思議そうな顔で頷いた。


 携帯の着信音。孝の携帯だった。「倉田先生だ」 孝は通話ボタンを押した。


「はい、緒方です。……ええ、学校です。……え、小架羽高校ですか!?」


 渡瀬は、嫌な予感が当たったと思った。


「ええ。……はい、分かりました。……はい、失礼します」

 

 孝は険しい表情で通話を終えた。


「小架羽高校がどうしたんだ?」 渡瀬はすぐに訊いた。

「武装集団に襲われた、とだけ……。とりあえず出動準備を整えて、SST室で待機するようにって指示でした」

「武装集団……」


 それだけでは判断できないが、木村たちの可能性は十二分にある。


「じゃあ、情報待ちですね」 葵は射撃台の上に並べたM4の弾倉を集め始めた。


 今度は、渡瀬の携帯が着信音を鳴らした。慌てて画面を見ると、倉田からだった。「はい」


(渡瀬、今どこにいる?)

「緒方と一緒です。話は聞きました」

(いいタイミングだ。詳細は確認中だが、小架羽のSDFが叛乱を起こしたらしい)

「やはり……」

(とりあえず待機していてくれ。情報は都度伝える)

「分かりました」


 通話を終え、渡瀬は携帯を握りしめた。


「何か知ってるんですか、渡瀬さん?」 葵が問う。

「後で話す。先にSST室に戻っててくれ」

「了解です」


 銃と弾薬を抱えてSDF棟に戻ってゆく二人の背中を見送りながら、渡瀬は木村誠司の電話番号に発信した。


(早かったな、渡瀬)

「木村、今どこにいる」

(我が高校の演奏ホールだ)


 木村の声は、心なしかいつもよりトーンが高く感じられた。


「SDFを辞めて吹奏楽部にでも入部したのか?」

(つまらん冗談だ。もう現状は聞いたんだろう?)

「そっちの高校で、とち狂ったSDFが叛乱を起こしたってな。まさかとは思うが、おまえじゃないだろうな?」


 スピーカーの向こうで、木村は鼻で笑った。


(まあ見ていろ。莉子の仇を討つ。じゃあな)

「待て……!」 


 いきなり通話が切られ、渡瀬は絶句した。今度は優里に掛けてみるが、こちらは呼び出し音が鳴りっぱなしで応答がない。

 舌打ちし、渡瀬はSDF棟に向けて走り出した。





 トリガーを引く。

 銃声と共に手首に反動が伝わり、後退したスライドから薬莢が弾け飛ぶ。正面に配置された人型のターゲットから視線を外さずに、一秒に一発の速度で全弾を撃ち尽くす。

 コンクリート壁に囲まれ、窓の一つもないそこは、地下に造られた射撃場だった。スライドがホールドオープンしたH&K USP自動拳銃を下ろした瀬戸凌馬は、弾痕のついたマンターゲットを見つめた。

 集弾率は良い。空になったマガジンを交換しようとしたとき、ズボンのポケットに入ったスマートフォンが震えていることに気づく。着信だった。ディスプレイに表示されていたのは、佐倉結衣(さくらゆい)——幼馴染の名前だった。

 今日は、彼女は吹奏楽部の練習で、隣県の小架羽高校に行っているはず。昼飯どきになんの用件かと思いつつ、凌馬は通話を開く。「もしもし……」


(凌馬くん、大変なの!)


 小声だが、切羽詰まった声音だった。どうした、と凌馬が聞き返す間もなく、結衣は続ける。


(銃を持った人たちが演奏ホールに押し入ってきて、あたしたち……)

(おまえ、何をしている!) 男の怒鳴り声が混じった。

(きゃっ!)


 結衣の悲鳴と物音がした直後、通話が切れた。「結衣!」 何があったんだ。銃を持った人が押し入った? FDT関東の活動予定は把握しているが、今日襲撃の予定はない。では、一体なんだ。

 とにかく、行くしかない。凌馬はUSPとその予備マガジンを掴み、射撃場に併設された武器庫に駆けながら、使用人に電話をかけた。


「車を回してくれ。大至急だ!」

(承知しました)


 武器庫に駆け込んだ凌馬は、ミリタリースペックのバックパックに武器を放り込んでいった。

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