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高校戦争  作者: 波島祐一
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第二十四話:決裂

 午後七時。小架羽高校近くのお好み焼き店で、今回の合同訓練の懇親会が始まった。それぞれのテーブルで適当に注文し、鉄板でお好み焼きを作り始める。

 渡瀬の正面は、偶然にも木村だった。隣には、あまり話したことのない横崎高校の二年男子が座っている。斜め前も、横崎の一年女子だった。


「渡瀬。SSTはどうだ」


 完成したお好み焼きを口に運び始めたころ、木村が突然訊いた。渡瀬は「どうって言われても……」 と苦笑したが、木村は笑っておらず、まっすぐこちらを見ている。なんだ? 木村が何を考えているか分からないまま、「充実してるよ」 と言葉を選びつつ話す。


「学校の治安維持の最前線にいるんだからな」

「それで、満足か?」 木村が続ける。

「どういう意味だよ」

「そのまま、三年で退官して、大学では自警団にでも入って、そして普通に就職するのか?」

「他に、何があるっていうんだ」 渡瀬は少し苛立ちを覚えた。

「それだけでは、莉子は浮かばれない」


 こちらから目を逸らした木村の言葉に、渡瀬は嫌な予感を覚える。中学のときもそうだった。木村は自分の意地を通すときには、危険なことを考えて暴走する傾向がある。

 次の言葉が浮かばず、周囲の喧騒が脳内を通り過ぎてゆく。


「おれは、莉子を死に追いやったこの国の”状況”を、許す気はない」


 木村の隣に座っている横崎の女子が、ちらと木村の方に目をやったのが見えた。彼女はすぐに反対側に顔を向け、元の会話に戻る。奥のテーブルに座っているSDF担当教師の一人も、こちらを見たようだった。多人数がいるこの場で話す内容ではないと思った渡瀬は、「官僚か国会議員にでもなって、銃規制を強化するのか?」 と茶化すように言った。

 烏龍茶を噴き出しそうになった木村は、「それは名案だ」 と笑った。



 懇親会も、中盤といったところか。孝は最初のお好み焼きを平らげ、次に頼んだ焼きそばに箸をつけていた。参加者の三分の一ほどは最初の席を離れ、グラスや皿を持って好きな場所へ移動している。始めは右隣にいた小架羽の一年男子と話していたが、彼は別のテーブルに移動してしまった。正面の結城はと言えば、いつの間にか両隣を横崎と小架羽の二年女子に挟まれ、質問攻めに合っていた。積極的に攻めていく両隣の女子に、結城は適当に相槌を打ちながら対応していた。甘いマスクとクールな雰囲気で、結城は女子にもてる。いつもの光景といえば、いつもの光景だった。

 もう一人、同じテーブル、孝の左隣にいるのは……。


「それ、もらっていいですか」


 ほとんど喋らなかった灰川知恵が、孝が頼んで、鉄板に半分ほど残っていた焼きそばを見て言った。なんだか、エサを見つめるネコのようだと孝は思った。「ああ、どうぞ」 と返すと、「どうも」 と知恵は焼きそばを皿に移し、美味しそうに食べ始めた。彼女はすでに、お好み焼き三枚を平らげているはずだが。


「けっこう食べるね」 と言うと、ネコのような少女は箸を止め、少し頬を赤くしたようだった。

「体は小さいですけどもともと大食いなんですほっといて下さい」 と棒読みで早口に言った知恵は、焼きそばをかきこみ始めた。


 そういうつもりではなかったが、女子には失礼だったか。「ごめん、感心しただけだから」 と慌てて謝った孝は、テーブルのメニューに視線を逃した。

 しばらく眺めていると、焼きそばを食べ終えた知恵が孝の手元のメニューを見つめていた。やはりネコを想起させる。


「なんですか」 視線に気づいた知恵が、怒ったような顔で孝を見た。

「いや」 孝はメニューを知恵に渡した。「ネコっぽいなと思って」 思わず、本音をそのまま言ってしまった。訓練の疲れで、頭が働いていないのだろう。さっきから変なことを口走っている気がする。

「ネコ……?」 知恵は首を傾げた。


 すると、「きみもそう思う!?」 と隣のテーブルから別の女子の声がした。

 隣のテーブルから立ち上がり、近づいてきたのは、小架羽の紋別優里。確か二年生で三尉だ。


「知恵ちゃん、ネコみたいでかわいいのよね」 と優里は知恵の頭を撫でる。知恵の緩やかにくせのかかったショートヘアが揺れる。

「や、やめて下さい」 と言いながらも、知恵は撫でられるがまま、抵抗しない。

「確かにネコっぽい」「ほんとだ、かわいー」 と、結城の隣にいる女子たちまで言い出した。


 ふふと笑い、優里は別のテーブルに向かって行った。知恵はゆでダコのように耳まで真っ赤になってしまった。


「なにしてんの」


 頭を叩かれた孝が右を見上げると、いつの間にか中原葵が立っていた。ちょっと怖い顔をしている。


「葵ちゃん」 と知恵は少し表情を明るくした。

「知恵ちゃん、今日はお疲れさま」


 前回の合同演習の際に聞いたが、葵と知恵は去年のSST狙撃課程で一緒だったらしい。狙撃課程は参加人数が限られているため、効率化のため県内の全高校の参加者を集めて行われる。そこで同じ一年生だったため話す機会が多く、仲良くなったということらしい。


「さ、どいて」 と葵に強引に押され、孝は右隣の空席に移動した。孝と知恵の間に葵が着席する。「緒方はお好み焼きでも焼いててよ」 とメニューを渡され、孝はしぶしぶ呼び鈴を押した。


 談笑を始めた女子たちを横目に、孝は数点のメニューを注文した。





 午後九時。懇親会が終了したあと、誰から言い出すでもなく、渡瀬、木村、優里の三人は並んで歩き出した。同じ公立中学の出身なので、帰り道は同じ方向だった。


『おれは、莉子を死に追いやったこの国の”状況”を、許す気はない』


 周りの目があったため茶化して終わらせたが、木村のあの言葉には続きがあるのではないか? 渡瀬はそんな気がしていた。


「今日は疲れたね」 優里が眠そうな声を出した。

「なかなかハードだったよな」 と木村。

「今度はさ、三人でご飯行こうよ」 と、優里は渡瀬と木村を交互に見た。「ね?」


 街灯に照らされた優里の顔は、少し大人びて見えた。一緒にいた時間は中学時代の方が圧倒的に長いから、こうしてたまに会うたび、大人に近づいてゆくのが分かる。莉子が生きていたら、今ごろどんな容姿になっていただろうか。想像しようとして、同時にどす黒い絶望が湧き上がりそうになった。慌てて想像を振り払った渡瀬は、「そうだな」 と意識して普通の声を出した。


「渡瀬」 木村が足を止めた。


 渡瀬は数歩進んだ先で木村と優里を振り向く。「なんだよ。深刻な顔して」


「おれたちは、この国の銃規制を復活させる」


 渡瀬は、嫌な予感が当たりつつあることを実感した。おれたちとは、誰のことだ? 銃規制を復活、どうやって?


「強引なやり方ではある。死人も出るだろう。だが、これから先も死に続けるならば、一度で終わらせてしまうのは正しい選択だ」

「何を言ってるのか分からん」 渡瀬は感情を込めずに返す。

「クーデターを起こす」


 クーデター。想定できる最悪なパターンだと思い、渡瀬は「冗談だろう?」 と返していた。


「人質を取り、日本政府に銃規制復活とSDF廃止を要求する」


 SDF廃止? 渡瀬は木村の意図が理解できなかった。


「無論、即座には不可能だろう。銃の輸入を完全停止させ、民間に流通している銃を排除する。それで銃犯罪がなくなれば、最終的にSDFは不要になる」

「理想だな。それを、どう要求するって? 人質?」

「そうよ」 優里が口を開く。「人質を取って、ネット中継するの」


 優里もグルなのか。渡瀬の心中に、絶望に似た感情が湧き上がる。


「銃規制を認めなければ、人質を殺す」 木村の口調は、淡々としていた。

「人質ってのは、日本版NRAを標榜してる銃規制反対団体とかからとるのか?」

「いや、連中は国民からも嫌われてる。効果は薄い」 木村は渡瀬から視線を逸らし、数秒の間を置いた。「高校生を人質にする」

「ほう」 渡瀬は感心したような声で言った。「それで、国が応じなければ殺すのか? 無関係な高校生を?」

「そうだ」


 渡瀬は鼻で笑った。「そうか」

 木村は表情を変えずに続ける。「それを生中継すれば、世論は銃規制に動く」


「直接おれたちの要求を国が呑まなくても、何の罪もない若者が死ぬってのはどういうことか、国民ははっきり認識することになる。それで、この国の”状況”は変わる」

「ふざけるな!」 渡瀬は怒鳴りながらバッグを地面に叩きつけた。「おれたちSDFは学校と生徒を守るのが任務だ。おまえが生徒に危害を加えるというのなら、おまえはFDTと同じ敵だ!」

「智久くん、分かって」 優里が渡瀬の正面に立った。「あたしたちだって、本当はそんなことしたくない」

「優里らしくない。何を分かれっていうんだ」

「ダメだったの。いくら署名を集めても、デモに参加しても、何をしてもこの国の”状況”は変わらなかった。

 でも、莉子ちゃんの死を忘れて、のうのうと生きていくなんて、あたしにはできない。それは智久くんも誠司くんも同じはずよ。莉子ちゃんだけじゃなく、これまで犠牲になった人たちの死を無駄にしないために、あたしたちが行動を起こさなくちゃいけないの」

「冷静になれ」 渡瀬は、木村や優里が危険な状況にいることが分かった。これっぽっちも共感できない。「おまえたちがしようとしていることは、中東やアフリカのテロリストと同じだ。分かるか?」


 どうすればいい。何と言えば、こいつらを止められる。渡瀬は理解できなかった。どうしてこんなことになった。


「分かった、渡瀬」 木村の声は、思いのほか落ち着いていた。「おまえの協力が得られないのなら、計画は中止する」

「なに……」

「正直、おれたちだけじゃ成功する見込みは薄い。おまえを頼っての計画だったんだ。だから、もう白紙に戻す。安心してくれ」


 嘘だ。おれを仲間に引き込めなかったから、木村はそう言うしかないのだ。もうこちらを見ることはせず、片手を挙げて歩き去ってゆく木村と、そのあとに続く優里。この二人は、計画を止めることはしない。いつ、どこか知らないが、確実にやる。それも、おれから情報が上がり、対策が打たれないよう近いうちにだ。

 渡瀬は立ち尽くしたまま、暗闇の空に輝く星々を見上げた。莉子、教えてくれ。おれはいったい、どうすればいい。もしおまえがこの場にいたら、絶対に二人に反対したはずだ。そうだろう……?

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