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高校戦争  作者: 波島祐一
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第二十話:不吉な雲

改訂しました。(2017.4.5)

 一月初旬の冷気の中、緩い坂道を上り、その先にある校門へ。SDF棟に入る前、孝は部室棟の前に人だかりができていることに気づいたが、気にかけなかった。

 SST室で拳銃と警棒を身につけ、冬休み明け初日の教室に入った。

 室内には、数人のクラスメイトがいた。孝は窓際の自分の座席につき、机に(ひじ)をついて外を眺める。暖冬を象徴するかのような晴れ空が、地上を見下ろしていた。

 数分後、教室に山崎が入ってきた。「よ、緒方」


「山崎。久しぶり」

「冬休みも終わっちまったな……。ところで、部室棟の騒ぎ、知ってるか?」 山崎は孝の前の座席に腰を下ろした。

「部室棟……?」 孝は部室棟の前の人だかりを思い出した。「何かあったのか?」

「どうやら、部室荒らしが出たらしいぜ。冬休みの間に不審者でも入ったんじゃないか」

「まさか」 孝は苦笑した。冬休み中も休みなく、SDFが二十四時間体制で警備に就いていたのだ。生徒以外の侵入者はHSRS(高校警備通報システム)が検知するし、部室荒らしのような真似をすれば、巡回中の隊員が気付く。


 おそらく、個人のいたずらのような行為が、多少度を過ぎていたのだろう。SDFには関係のないことだと、孝は考えた。





 午前九時三十分。

 一時間ほど前に多目的ホールで始まった始業式は、校長の終わりの見えない長話の最中にあった。隣の席に座るクラスメイトが退屈そうに欠伸をするのを視界の隅に捉えながら、孝はホールの出入口付近に意識を向けた。

 立ったままの教師たちが、何やら落ち着きなく小声で話している。さらに、生徒のひとりが教頭と何か話しているのも見えた。ロン毛をセンター分けにした華奢な男子生徒は、確か放送部の部長。教頭は座席に戻るよう促しているが、彼は教頭に何かを懇願しているように見える。

 数分後。ようやく校長の話が終わり、司会の教師がマイクを取った。


『えー、それでは、始業式を終わります。生徒は順番に教室に戻って下さい。最初は三年八組……』

「待った! みんな聞いてくれ!」


 教師の声を遮り、スピーカーを介さない声がホールに響き渡った。いきなり演壇に上がった放送部の部長が、司会の教師からマイクをひったくる。生徒や教師の視線を一手に受けつつ、彼は続けた。


『私は放送部部長の鎌田(かまた)です。冬休み中に、わが放送部の機器が何者かによって破壊されていました! 状況からして、何者かが故意にした行為と断定できる。非常に悪質かつ陰湿な行為であり、わが放送部への冒涜(ぼうとく)だ! もしこの中に犯人がいるのなら、いますぐ申告しなさい! また、何か情報があれば、提供をお願いする』

 

 放送部らしく、滑舌よく発せられた言葉に、ホールがざわめいた。


「許可しとらんぞ! 君、いますぐそこから降りなさい!」 教師のひとりが怒鳴った。

「私たち吹奏楽部もです!」 立ち上がった女子生徒が叫んだ。たしか、吹奏楽部の部長だ。「楽器のいくつかが、壊されました!」

「美術部は、展示してあった作品の一部が破られました!」

「文芸部、原稿を破られ、部室を荒らされた!」

「えーと、造形部、鉄道模型が破壊されました……。被害総額八万五千円です」


 各部の部長が矢継ぎ早に立ち上がり、叫ぶように言った。ほとんどが文化系の部活だった。


『このように、どの部も、冬休みの間に被害を受けている。手口も同じであり、同一犯と見て間違いない』 鎌田が言った。


 教師たちは彼を止めることを忘れ、唖然としているようだった。


『この期間、SDFが警備に就いていたはずだが、何か知っていれば教えてもらいたい』


 沈黙。


『……何も知りませんか。まあいいでしょう。今回の事件は、すべて部室内で起きているが、鍵はかけられていた。鍵を入手できたということは、スペアキーのある職員室に行ったということです。これは内部犯、つまりこの学校の生徒か教師が犯人である可能性が高いと言える』 再び生徒たちがざわめいたが、鎌田が口元にマイクを持っていくと、静かになった。『警備に就いていたSDF隊員の中に犯人がいる可能性が高いのでは?』


「なんだとっ!」 そう怒鳴った太い声の持ち主は、先日の試験で三等学尉に昇進した岡田清二だった。「憶測でものを言うな!」


『おや、SSTの方にご返答いただけるとは光栄です。私が言っているのは憶測、ではなく可能性の問題ですよ。犯人がSDF隊員でないという証拠はありますか?』

「おれたちはそんなくだらん悪戯をやってられるほど暇じゃないんだよ! あんたには分からんだろうが」

『それは証拠になりません。あたなが言ってることこそ憶測です』

「喧嘩を売っとるのか!」


 岡田が演壇に向かおうとすると、近くにいた渡瀬が止めた。「よせ、岡田」


『なるほど、あなた方SDFは本校の文化部すべてを敵に回す気ですか? いいかもしれません。その勢いで、本校からSDFを廃止するというのはどうでしょう』

「なんだと……」 

『SDFという戦闘集団があるからこそ、学校を攻撃する輩があとを絶たないんです。SDFを廃止すれば、誰も襲撃してきたりしませんよ。これこそが本当の平和です。これは、私が自衛隊の廃止を訴えているのと同じ理由です。武器をもたなければ、戦闘は起きない。万一に備えてバカ高い装備を買い揃えるなんて、ナンセンスだと思いませんか?』


 いったい、彼は何の話をしているんだ。孝は呆れた心持ちで演壇を眺めた。


『SDFを無くせば、学校での戦闘はなくなり、日本も以前のように厳しい銃規制社会を取り戻し……』

「いい加減にせんか!」 突然発した野太い声が、鎌田の言葉を遮った。ホールに入ってきた体育教師兼SDF司令の倉田が、演壇に近づく。「誰も独演会を許可しとらんぞ、馬鹿者!」


 演壇に登った倉田の巨体が、鎌田からマイクを奪い取る。あっけなくマイクを失った鎌田は、「さっさと席に戻らんか!」 と怒鳴られると、慌てて演壇から降りていった。倉田はマイクを口に近づける。


『全員、教室に戻れ。その後は担任の指示に従うこと』





「始業早々、落ち着かないわよねぇ……」


 同日、昼休み。窓の外に視線を向けて、宗方杏子が言った。


「何が?」


 焼きそばパンを頬張る山崎が言うと、杏子は呆れ顔になった。「始業式のことに決まってんでしょ」


「ああ、あの放送部の三年? 名前は……何だっけ」

「受験シーズンで、ピリピリしてるんだろ。でも、なんでこの時期になって部活に留まってるんだ?」 孝は食べ終わった弁当箱を片付けながら言った。ほとんどの三年生は、春から夏にかけて部活を引退し、受験勉強に専念する。冬まで続けている三年生は珍しい。

「運動部と違って、文化部は時間に縛られないしね……。にしても、証拠もないのにSDFを犯人扱いして、嫌な感じよね。だいたい、なんでそこからSDF不要論に発展するのよ」

「あの言い草だと、あの部長、相当な”左”だな」 山崎が苦笑する。


 ちらと教室内を見ると、集まって弁当を食べている文化部の女子数人が、こちらに怪訝な視線を向けていることに気づいてしまい、孝は窓に視線を戻した。


「それで、どうするのよ、SDFとしては」 杏子が訊いた。

「どうするって?」 孝はバッグからペットボトルを取り出した。

「あんな好き放題言ってるのに、黙って見過ごすわけ? あの鎌田って三年、他の文化部を味方につけて、もっと調子に乗るわよ、きっと」

「つっても、おれたちに出来るのは校内の治安維持だからな……。校内で暴動でも起こすっていうなら、話は別だけど」

「暴動……」 内田美奈が、不安そうな表情で呟いた。

「大丈夫よ、美奈。何かあったら緒方が何とかしてくれるんだし」 杏子はにこりと笑った。

「簡単に言う……」 孝は杏子に不満そうな声で返す。

「何よ、そのために税金から給料もらってんでしょーが」


 そう言われると反論できない。孝は窓の外の空を見た。朝は雲ひとつなかったが、今は空の半分を覆っている厚く低い雲が、その面積を増やしつつあった。

 これは、降るな。そう予測した孝は、ひとつため息をついて、ペットボトルの水を(あお)った。

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