表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高校戦争  作者: 波島祐一
20/26

第十九話:年越し警備

改定しました。(2017/2/18)

 十二月三十一日、大晦日。

 SDFキラーの襲撃から、二日が経った。撃たれたSDF隊員二人は命に別条はないものの、しばらくは入院が必要だという。友美と葵は軽傷で済んだ。

 今日は、SDFも警備当直以外は休みだった。午後七時に昼の当直隊員たちが帰ると、坂ヶ丘高校に残ったのは年越し夜間警備の当直隊員だけになった。SST四人と普通部隊四人の八人で、SSTは渡瀬、理香、孝、葵のメンバーだった。休暇申請を出している隊員が多いため、変則的な組み合わせとなっている。

 SDF隊員たちは持ち込んだ食事を摂ったり、冬休みの宿題を進めるなどして待機時間を過ごす。巡回時間以外は、SDF棟内にいれば、時間の使い方は自由だ。

 午後八時。

 戦闘服にボディアーマー、抗弾ヘルメットで身を固め、実包を装填した銃で武装した孝と葵は、校内の定時巡回に出発した。少ない常夜灯を頼りに、校舎の廊下を歩く。


「この前の怪我、まだ痛むんじゃないか」


 孝は足を止めずに葵に話しかけた。軽傷とはいえ、葵の口元には青く痛々しい痣ができていた。


「大したことないよ。ちょっとしみるくらい」

「そっか」

「あたしより、友美さんの方がひどいかな。利き腕じゃなくで幸いだけど、数針縫ったみたいだし」


 二階、職員室の前を通る。当然だが、誰もいない。角を曲がり、階段を上ってゆく。

 三階に上り切ろうとしたとき、葵がつまづき、前のめりに倒れそうになった。孝は反射的に、葵の肩を掴んで支えた。


「大丈夫か?」

「ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって」

「中原らしくないな」 ぼーっとしていたというよりは、先ほどから考え事でもしている様子に見えていたが、孝はそのことは言わないことにした。「体調が悪いなら、SST室に戻るか?」

「ううん、そういうのじゃないの。大丈夫」


 葵はM4を持ち直し、廊下を歩き出した。孝は小さく息をついて、そのあとを追う。やはり、いつもよりあからさまに元気がない。落ち込んでいるというよりは、思いつめている感じか。おとといのFDTとの戦闘と関係があることは想像に難くないが、無闇に聞き出そうとする気にはなれなかった。

 いや、バディとして、不安要素は取り除いておくべきか? 数秒間悩んでから、孝は「あのさ」 と声を掛けた。


「ん?」

「その……何でも相談してくれていいから。おれにできることがあれば協力するし」

 

 葵は少し驚いたふうな顔をしてから、微笑んだ。「ありがとう」


「相談したいときは……遠慮なくさせてもらうね」

「うん」


 今は、そのときではないということか。無理に訊き出すつもりは毛頭ないし、これでいいのだと自分に言い聞かせ、孝は巡回に意識を戻した。言いたいことは言った。あとは葵がどう判断し、行動するかに任せよう。





 孝と葵が巡回に出ている頃、SST室には渡瀬と理香が残っていた。柴犬のテツは、専用に与えられたペット用のベッドで眠っている。冬休み明けの模試に向け、テーブルで数学の問題集を解いていた渡瀬は、理香がため息をつくのを聞いて、シャープペンを走らせる手を止めた。顔を上げると、作業机でM4のメンテナンスを行っている理香の背中が見えるが、その手は動いていない。

 ”SDFキラー”の襲撃から、どうも理香と葵の様子がおかしい。落ち込んでいるようにも見えるが、強敵と戦って自信をなくしたのだろうか。SDFキラーと、もう一人のFDT構成員−H&K USPを使っていたらしい–は確かに、強かった。なにしろ理香と友美のタッグと交戦し、二階に後退させたのだ。

 SDFキラーは全国を周って戦っていると聞くが、USPの男も相当に実戦経験を積んでいるはずだ。


「ため息なんて、らしくないな」

「……気づかれちゃったか」 理香は力なく微笑した。

「おとといのことなら、気にするな。ああいうこともある」


 理香はグリスで汚れたビニール手袋を外し、椅子を回転させ、こちらと正対するように座り直した。「でもね……」


「あんたも見たでしょ、あのUSPの男……」


 やはりそれか、と渡瀬は納得した。


「超かっこよかった」

「はぁ?」 渡瀬は呆れた声を出した。

「それは置いといて」 と、理香は微笑を消して真面目な顔になった。「あいつの腕はSST(うちら)クラスよ。初めて見た顔だけど、うちの高校じゃないわね」

「ま、FDTも馬鹿だらけじゃないってことだ」

「正直、今までナメてたからね……。落ちこぼれの集まりだって」

「FDTに手練れが一人や二人いたところで、こっちが不利にはならないさ」

「本当に、そうかな……」 と、理香は視線を床に落とした。

「どうしたんだよ。三沢らしくない」


 一年の時は理香と同じクラスだったが、いつも明るく、姉御肌で、弱音を吐くところはまったく見たことがない。SDFの業務中もそれは変わらず、リーダーシップを発揮できると認められたからこそ、彼女はアルファ・チームの班長を任されているのだ。

 しかし……と渡瀬は思った。ブラボー・チームのおれも同じだが、まだ班長を拝命して二ヶ月ほどしか経っていない。リーダーとしての完全な自信がないのは、当然といえば当然かもしれない。


「だって、あたし……みんなの命を預かってるのに……。友美に怪我させちゃって。葵は捕まって、ひどい目に遭わされそうになって……」


 次第に辛そうな表情になり、理香は目の端に涙を浮かべた。言葉に嗚咽が混じる。

 泣くとは思わなかった。動揺させられた渡瀬は、とりあえずテーブルのボックスティッシュを取った。ソファを立ち上がり、理香の横に立ってティッシュを差し出す。彼女はそれを受け取り、顔を俯けたまま涙を拭った。


「中原はブラボー・チームの一員だ。その件は、班長のおれに責任がある」

「でも、あのときあたしが二階に後退しなければ……!」 理香は椅子から立ち上がった。充血して赤くなった瞳がまっすぐ渡瀬を向く。


 USPの男たちが生徒玄関から侵入したあと、理香と友美が後退せず持ち堪えてくれていれば、確かに葵は連中に遭遇せずにSDF棟に戻れていただろう。

 だが、二人がミスを犯したわけではないし、理香ではなくおれがその場にいたとしても、持ち堪えられたと言える自信はない。やはり、班員に何かあれば、その責を負うのは班長だ。


「もしそうしていれば、三沢や大倉が撃たれていたはずだ。三沢の判断は間違ってないよ」

「渡瀬……」 


 理香と目を合わせた渡瀬は、心臓が跳ねた気がした。そのままだと未知の感情が溢れ出しそうになり、渡瀬は反射的に視線を横にずらした。「おれは思ったことを言っただけだ」

 沈黙。

 何と声を掛ければいいのか分からず、渡瀬は再び理香と視線を合わせた。彼女は上気した顔でこちらを見ているが、何も言わず、半歩、こちらに近づいた。

 思考回路がうまく機能せず、エラーを起こしているようだった。

 同じSST要員で、一年次は同じクラスだったので、理香は高校生活で最も顔を合わせている生徒の一人だ。普段から学業や訓練に忙殺されているので、仲間として親しくなりこそすれ、異性として意識しているつもりはないつもり……だった。だが、こうしてすぐ近くで向かい合うと、どうしようもなく鼓動が速くなっている自分がいた。

 全身の冷却が追いつかない。オーバーヒートしているようだった。

 理香はもう一歩こちらに近づく。相手の呼吸音が聞こえそうな距離。時間が止まったように錯覚した渡瀬は、電子ロックが解除される音を聞き、その場に固まった。

 廊下へと続くドアが開き、葵が姿を見せる。「巡回終わりま……」 と言い終えず、ドアノブを握ったまま固まった葵の後ろから、続こうとした孝もこちらを見て足を止めた。


「失礼しました!」 と葵は踵を返す。反射的に「ちょっと待て」 と言った渡瀬の言葉にも反応せず、葵は孝を突き飛ばすようにして廊下に戻って行った。


 ドアが閉まり、再びオートロックがかかる。 


「あちゃー」 理香は苦笑しながらドアの方を見ていた。

「仕方ない、ちょっと連れ戻してくる」 渡瀬は制服のブレザーを羽織った。

「わざわざ行かなくても、すぐ戻ってくるんじゃない?」

「変に気を遣わせたくないからな」


 廊下に出ると、すでに二人の姿はなかった。熱くなった体に、冷たい空気が刺さる。

 どこに行ったんだか。渡瀬はSDF棟の中から探すことにした。



 


 SST室から飛び出すようにして、孝の手を引いて走っていた葵は、SDF棟から本校舎に戻り、廊下の踊り場で足を止めた。


「ごめん、反射的に走り出しちゃった」 顔を若干赤らめている葵が謝った。

「いや、いいけど……」

「緒方も見たよね?」

「ああ。でも驚いたな」

「ね。あたしもびっくりした」

「しかし……SST室に戻りづらいな」 寒いので、早く暖房の効いたSST室に戻りたいところだが、どうしたものか。


 足音が聞こえた。近づいてくる。

 現れたのは、渡瀬だった。「こんなところにいたのか」


「さっきは、すみませんでした」 悪いことはしていないが、孝はとりあえず謝った。

「勘違いするな。ちょっと三沢の目にごみが入ってな……」


 大真面目な表情で言ってのけた渡瀬に、孝と葵は言葉を失った。

 さすがに誤魔化せていないことに気づいたらしい渡瀬は、さらに何か言おうと口を開けたが、言葉を出せずに固まったようだった。


「あたしも緒方も、別に言いふらしたりはしませんから、大丈夫ですよ?」 葵がフォローする。

「いや、だから本当にそういうのじゃ……」


 珍しく口が回らなくなっている渡瀬を見て、葵は苦笑した。


「とにかく、さっきのは何でもないんだ。誤解しないでくれ」

「わかりました」 孝はうなずいた。

「誰かに言ったら殺す」

「ひどい」

「冗談だ。とにかく、ここは寒い。SST室に戻るぞ」


 渡瀬に促され、SST室に戻ると、作業机に突っ伏したまま眠っている理香がいた。





 目の前は、地獄だった。

 弱者が次々と殺されてゆく。悪意と暴力に満ちた世界。

 ぼくは、それを見ていた。

 無抵抗の、ぼくと同年代の若者たちが、次々と死んでゆく。よく見ると、殺しているのも同年代の若者だった。

 怒りがこみ上げた。こんなのはおかしい。

 気がつくと、ぼくの手には自動拳銃が握られていた。

 反射的にスライドを引いて、照準を付けた。トリガーを引く。

 悪人面をした少年が、ぼくの撃った銃弾で死んだ。立ち止まっている暇はない。悪人はまだ腐るほどいる。

 ぼくは、トリガーを引き続けた。不思議なことに、弾が切れることはなかった。

 どのくらい時間が経っただろう。目の前には、死体の山ができていた。

 ぼくは、その死体たちに背を向けた。

 これは正義だ。死んで当然の悪人を殺して何が悪い。ぼくは何も恥じることはないんだ。


「そうかな?」


 振り向くと、死体の一人が立ってこちらを見ていた。額を撃たれたはずの死体が。

 化け物め。ぼくは迷わずトリガーを引く。死体は倒れた。


「警察官でもない、裁判官でもないおまえが、自分の勝手な判断で殺すのが、正しいことだって? 笑わせるぜ」


 別の死体が立って、嘲笑していた。そいつに向けて銃を構えると、また別の死体が起き上がり、喋り始める。


「いつまで殺し続ける気か知らんが、いつか足を洗っても、おまえがおれを殺したという事実は消えない」

「それが何だと言うんだ。おまえは死んで当然のクズだ!」 ぼくは怒鳴った。

「そうだとしても、おまえの行動は正義と言えるのかな?」

「その通り、正義だよ。違うというなら根拠を言ってみたらどうだ!」

「では、おまえは”彼女”にもそのことを言えるんだな?」

「なに……」

「凌馬くん」 すぐ隣に、ぼくの見知った少女が立っていた。

「どうしてここに……!」

「これ……全部、凌馬くんが殺したの?」 少女は、眼前の死体の山を見て、怯えたような顔をした。

「これは……そうだよ。何の罪のない人たちを殺そうとした連中だ。だからぼくが殺したんだ」


 ぼくを見る少女の表情に拒絶の色が浮かび、彼女はあとずさった。


「これは正しいことなんだ。これでたくさんの人が救われたんだよ」

「でも……」 

「いいんだ。ぼくの手は、もう血で汚れてしまった。きみに触れる資格はない。ぼくはただ、少しでもこの世界を正しい方向に向かわせることができれば、それでいいんだ。きみが幸せに暮らせさえすれば、ぼくは……」

「違うよ、凌馬くん」


 ぼくは自分の目を疑った。少女は、自動拳銃を両手で構えていた。ぼくに向かって。


「なんで……」

「あなたがしていることは、正義じゃない」

「そんなことはない!」

「あたしが、あなたを止めないと……」 少女は震える両手で銃を保持し、今にもトリガーを引こうとしている。

「やめろ!」


 ぼくは、少女に自分の拳銃を向けた。

 撃たれる前に撃つ。戦闘に慣れきったぼくの体は、当然の対処行動を取っていた。

 銃声。

 少女は胸から血の筋を引いて、倒れた。

 なぜ。どうして。

 ぼくが一番守りたかったのは、きみなんだ。きみが笑って過ごせるなら、ぼくはどんなことでもすると誓った。

 それなのに、どうして……!


 凌馬は布団をはねのけるようにして、目を覚ました。鼓動は早く、背中は汗で濡れていた。

 ベッド脇の置き時計を見る。一月一日、午前零時四分。

 周囲を見回す。見慣れた自室だった。

 これは、現実。

 さっきまで見ていたのは、夢だ。

 唐突に、ベッド脇に置いたスマートフォンの画面が光った。メッセージの着信。差出人は、夢に出てきた少女の名前だった。


『明けましておめでとう。今年もよろしくね』


 ただの電子メール。だが、”彼女”が生きているという証。そう、さっきのは悪い夢だ。”彼女”は死んじゃいないし、ぼくは誰も殺していない。

 いや……一人、殺した。

 坂ヶ丘高校で、SSTの女子を撃とうとしたFDT構成員を射殺した。あれは現実だ。

 初めて、人を殺した。これまでは、脚や手を撃って無力化することはあっても、命を奪うことはしなかった。だけどあのときは、SSTの少女を撃とうとした少年に対し、無性に怒りを覚えた。生きるに値しない人間だと、心から思った。だから殺した。

 だが、あれは本当に正しい判断だったのか? 冷静さを欠き、反射的に撃ったあの行動が……。

 悩んでも仕方がない。過去の行動の結果は、すべて受け入れるしかない。だが……気をつけなければ。銃という強力な武器を扱う者として、冷静さを欠いた行動は許されない。今日の夢のように、気づいたときには取り返しのつかないことになってしまうだろう。

 ぼくもまだ未熟……だな。凌馬は、再びベッドに倒れこんだ。





 午前六時。


「お疲れさまー」「明けましておめでとうございます!」 交代の隊員たちが、次々とSDF棟に入っていく。


 年越し警備を終えたSSTの四人は、揃ってSDF棟を出た。


「今から初詣(はつもうで)行きませんか? みんなで」 校門を出ると、葵が言った。

「今から、家族と行くんだ。悪いが三人で行ってくれ。じゃあな」 渡瀬は片手を挙げると、バス停の方に歩いていった。

「ごめん、あたしも用事あるからパス!」 理香も駆けていった。


「二人とも付き合いわる……」 葵はぼそりと呟いてから、孝の方を見た。「緒方は?」

「あぁ、えと……」

「行く?」

「……ああ。行くよ」


 学校から歩いて数分のところに、小さな神社がある。そこに着くと、葵が孝に話しかけた。「緒方」


「ん?」 孝は足を止めて振り向いた。

「今年もよろしくね」 葵は手袋に包まれた右手を差し出す。


 孝は、その手を握り返した。「ああ、よろしく」


 これからも、SDFとFDTは戦うことになるだろう。互いに傷つけあい、犠牲者を出し合うだろう。

 それは、何のためなのか?

 その答えを、孝は探している。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ