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高校戦争  作者: 波島祐一
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第二話:クラスメイト

 七時四十分。孝はいつも通り、マンションの玄関を出た。六階からエレベータで一階に降りる。エントランスで、エレベータを待っていた住人らしい初老の男に会った。


「おはようございます」


 孝が言うと、男は孝の制服に付いたSDFの階級章を見て、明らかに訝しむような顔つきになると、「……おはよう」 と石でも放るように言い、エレベーターに乗っていった。

 あからさまだな。不快に思いつつ、孝はエントランスから出る。

 理屈はどうあれ、「高校生に軍事教練を施し、武器を与えて戦わせる」というのがSDF法の主旨だ。いくら治安が悪くなったとはいえ、反対する意見が多いのは当然とも言える。

 SDFの一員という理由だけで差別的な扱いを受ける、といった事案も全国で報じられている。

 孝の周囲ではそういった空気は”それほど”感じられなかったが、入学三ヶ月で実情が理解できているとは言い難い。まだ未熟な十六歳の精神は、さきほどの男の反応に対して冷静さを欠いていた。

 少しばかり苛立ちながら、高校に向かって表通りを歩き出す。

 ちょうど通勤時間帯だ。横を通り過ぎていくバスには学生やサラリーマンがぎっしり詰め込まれている。住居が学校の近くなのは幸運だな、とつくづく思う。実家は通学するには遠い地域にあるため、こうして一人暮らしをしている。

 唐突に、背後で自転車のベルが鳴った。孝は振り返った。


「どいてー!」 叫びながら突進してくる、自転車に乗った少女。


 孝は反射的に自転車をかわした。甲高いブレーキ音と共に、自転車が孝の目前で急停車。乗っていたのは、同じ坂ヶ丘高校の制服を着た女子生徒だった。どこかで見たようなポニーテールがこちらを睨みつけ、怒鳴る。「ちょっとあんた、危ないでしょ!」

 その少女は、孝のクラスメイトだった。名前は確か、宗像杏子(むなかた きょうこ)。まだほとんど話したことはない。

 苛立ちが爆発的に増殖するのを感じつつ、孝は怒鳴り返す。


「危ないのはそっちだろうが! 自転車で歩道を暴走すんな!」


 杏子は多少バツの悪そうな表情になりつつ、「ブレーキの効きが悪いのよ」 と機械に責任を転化した。

 おれが知るかと思いつつ、孝は杏子の自転車を観察した。いわゆる普通のママチャリだが、前輪のブレーキシューがほとんどなくなっていた。


「整備不良だ、自転車屋に持って行くといい」 

「そうなの?」 杏子は悲しそうな顔で自転車を見て、ブレーキレバーを数回引いた。


 孝は再び歩き出す。もう校門が見える距離まで来ていた。杏子は自転車に乗るのを諦め、押し始めた。


「あなた……あたしのクラスメイトだよね?」

「ああ、そうだよ」 孝はぶっきらぼうに答えた。

「えと、名前は……」 杏子は拳を口に当てて間をあけ、考えるような顔をした。「……何だっけ?」


 危うく、孝はコケそうになった。「あのな……」


「ごめんごめん、冗談だって。緒方孝でしょ?」


 いきなり呼び捨てかよ。孝は心の中で毒づいた。文句を言おうとすると、杏子は「じゃあ、またあとでね」 と手を振り、自転車を押しながら、足早に校門に入っていった。

 なんてマイペースな。孝は当初の三倍ほどに膨れ上がった苛立ちを感じながら校門をくぐり、SDF棟に向かった。IDカードと指紋認証で入口を開け、武器庫に向かう。武器庫当直の隊員にIDカードを見せ、「第二小隊の緒方一士です」 と告げると、隊員がホルスターに収まったシグザウアーP220自動拳銃と特殊警棒を持ってきた。孝は隊員に礼を言い、ホルスターをベルトに通す。校舎に向かおうとしたとき、一人の見知った男子生徒に出くわした。


「緒方、おはよう」 孝のクラスメイトであり、第三小隊の友井宏樹(ともい ひろき)二等学士だった。同じSDF隊員ということで、入学時から話す機会は多い。

「おはよう。夜勤明け?」


 友井は眠そうな顔でP220のホルスターをベルトに通していた。「ああ。不審者騒ぎがあって、仮眠も十分に取れなくてさ……」


「不審者?」

「うん。結局誤報だったみたいだけど、いい迷惑だ」

「ご愁傷様」


 七時五十九分。孝は教室に入ったが、室内にいたのは五人のみだった。うちのクラスメイトは登校が遅い。

 席に座り、授業の予習を始めようとしたとき、「緒方!」 と登校中に聞いたばかりの声が耳朶(じだ)を打った。内心、舌打ちして顔をノートから上げると、すぐ横に杏子が立っていた。


「なんだ、宗像杏子?」

「フルネームで呼ばないでよ」

「はいはい。どうかしたのか」

「その拳銃、ちょっと見せてくれない?」 杏子は孝のP220を指差した。

「駄目」 即座に返し、ノートに目を戻す。視界の端で、友井がそそくさと教室から出て行くのが見えた。このクラスのSDF隊員は孝と友井だけだった。

「いいでしょ、ちょっとくらい」

「駄目と言ったら駄目だ」

「じゃあ持つだけにするから。お願い!」

「持つだけじゃないなら、どうするつもりだったんだよ」

「ちょっと撃たせてもらおうかと」 杏子は右手で銃の形を作ってみせた。


 バカか。孝は戦慄を覚えた。「……持つだけ、な」 今まで男子生徒に拳銃を見せてくれと頼まれたことは数回あったが、女子生徒から頼まれたのは初めてだった。


 銃をSDF隊員以外の生徒に貸して、万一のことがあれば、減給や停職、懲戒免職はもちろん、停学や退学もあり得る。孝はP220をホルスターから抜くと、マガジンを外し、念のためチャンバーに弾が入っていないか確認した上で、杏子に渡した。銃本体はピストルランヤードで孝のベルトと繋がっているため、そのまま持ち逃げされることはない。


「わぁ、やっぱり重いな。なんか年季入ってるね」 P220は自衛隊の払い下げである。杏子は黒い鉄の塊をじろじろと眺め、両手でグリップを握る。そしてニヤリと笑い、銃口を近くの、読書中の男子生徒に向けて構えた。「おい!」


 眼鏡をかけた男子生徒は、向けられた銃口に気づくと「うぎゃぁ!?」 と奇声を上げて、立ち上がろうとして椅子ごと後方に倒れた。

 その様子を見てケラケラ笑っていた杏子から、孝はP220をひったくる。「遊ぶな」


「……ケチ」 ぷいと顔を背けると、杏子は教室から出て行った。


 まったく。孝はP220にマガジンを突っ込み、ホルスターに戻した。


「朝から大変だねぇ、緒方」 登校してきた山崎が孝の前の座席に着いた。

「なんだか疲れたよ」

「前から聞こうと思ってたんだけど、その拳銃なんていうの?」

「シグザウアーP220」

「ふーん。SSTも同じ銃使ってるのか?」


 SST。学校特殊部隊(School Special Team)の通称で、普通部隊から選抜された優秀な隊員のみで構成されている。当然その規模は小さく、この坂ヶ丘高校には十人ほどしかいない。より専門的な訓練を行い、FDTとの戦闘時には比較的危険な配置で戦う。アルファ・チームとブラボー・チームの二組に分けられ、相互補完しつつ任務を遂行する。


「いや、SSTにはP226っていう拳銃が支給されてる。長物も普通部隊と違って、自動小銃(アサルトライフル)から狙撃銃(スナイパーライフル)まで使ってる」

「すごいらしいな、SSTって」


 制服につけられたSST徽章は、SDF内だけでなく一般生徒からも一目置かれるのだという。ほとんどが三年生や二年生だけで、一年生でSSTに配属されるのは稀だと聞く。


「緒方もSSTに配属される可能性はあるんだろ?」

「まさか。おれはそこまで優秀じゃないよ」


 SSTに入るにはまず、SDF担当教員の推薦が必要で、推薦されたとしても、地獄のような選抜試験が待ち構えているらしい。

 チャイムが鳴り、授業が始まった。





 昼休み。食事を終えた孝は、強い眠気に襲われていた。

 時計を見る。十二時三十四分。五時限目開始までまだ時間がある。

 ちょっと眠るか……。

 机にうずくまり、意識が落ちかけたとき、誰かの気配に気づいた。すぐ横に誰かが立っている。数は二人。孝は寝たふりで様子を伺った。


「やっぱりまずいよ、やめといたほうが……」「いいから、ちょっとくらい平気だって」 そんな小声のやり取りで、孝は嫌な予感がした。


 案の定、誰かの手が腰のホルスターの留め具を外した。その手がゆっくりと拳銃の銃把(グリップ)を握り、ホルスターから抜こうとしたところで、孝はその手首を掴んだ。


「きゃっ!?」

「……何の真似だ。宗像杏子」


 驚いたらしく、杏子の手はP220のグリップを放した。ストンとホルスターに戻る。孝は杏子の左手首を掴んだまま、その顔を軽く睨み付けた。


「お、緒方くん! これは、その、悪気があった訳じゃなくて……」 杏子の横に立つ内田美菜が慌てて言った。

「騙したわね……。緒方」 そう言った杏子の挑発的な態度に、孝は立ち上がった。

「いい加減にしないと、業務執行妨害で逮捕するぞ」


 SDF隊員には、ある程度の警察権が認められている。


「え、なに。あたしを殴って拘束して牢屋にでもぶち込もうっての? やれるもんならやってみなさいよ!」

「誰も殴るとは言ってない」

「揚げ足取るな!」 杏子はいきなり孝のネクタイを引っ張った。あまりに突然で孝は対応できなかった。首が急激に締め付けられる。

「ぐっ! ……おい、い、息が……!」


 息ができない……殺す気なのか!


「杏子ちゃん!」 美菜が慌てて杏子を引っ張り、孝はようやく死の恐怖から開放された。身体中に再び酸素が供給されていく。

「大丈夫? 緒方くん」 美菜が心配そうな目でこちらを見た。孝は数回深呼吸してから、「ああ、なんとか」 と返した。

「ごめん、ちょっとやり過ぎた」 杏子が申し訳なさそうな顔で立っていた。

「ああ、なんか意識が……」 孝は足をふらつかせ、そのまま床に崩れ落ちた。

「緒方!」 「緒方くん!」 二人が孝を揺さぶるが、彼はぴくりともしない。「やばい……! 美菜、はやく保健室に運ぶわよ」 「うん!」


 近くにいたクラスメイトたちが、何事かと集まってくる。杏子と美菜が孝を持ち上げようとしたとき、


「……ったく」 孝はひょっこりと立ち上がった。

「は?」 間抜けな声を上げたのは杏子。美菜は呆然としている。

「演技だよ、演技」 

「あ、あんたって人は……!」

「ははは」 勝ち誇った笑みを浮かべ、孝は教室を後にした。


 



 放課後。今日の訓練は座学が中心だ。座学の内容は、戦闘行動、武器弾薬の取り扱い、法律、逮捕術など多岐に渡るが、今日は銃器についての講義だった。ちなみに講師は、SST所属の|渡瀬

《わたせ》という二年生だった。


「SDFが制式採用するMP5サブマシンガンは、この図のように発砲までボルトが閉鎖した状態となる、クローズドボルト方式を採用している。この方式のメリットが分かるか? では黒木一士」

「はい。銃本体のブレが少なく、優れた命中精度を発揮する点です」

「では、そのデメリットは?」

「待機状態でエジェクションポートが閉じた状態になるため、発砲時の熱がチャンバーにこもり、暴発の可能性が高くなります」

「よし、座れ。MP5には、いま言ってもらったような特徴があるわけだが、デメリットとして、構造が複雑なクローズドボルトは発砲後のメンテナンスが非常に重要となってくる。SDFで採用しているMP5は無論、H&KヘッケラーアンドコッホのMP5を基本としている訳だが、ライセンス生産を行うにあたり、担当の峰和(ほうわ)工業で独自に改良を加えている。これは実弾を撃てないようにするよう、銃本体の強度を落とし、完全に弱装弾のみに対応したMP5としているのに加え、発射機構、とくにボルト・チャンバーの構造を簡略化することにより、優れた整備性を獲得したことだ」


 延々と銃器についての説明が行われるわけだが、戦闘時には、銃は身を守る重要な道具であるだけに、手を抜くわけにはいかなかった。

 続いて法律、逮捕術の講義があり、全て終わったのが午後七時。夜間警備当直の隊員を除いてそこで解散となったが、孝はなぜか、第二小隊長の斉木に残るよう言われていた。


「斉木さん、用件は何でしょうか?」 まさか、宗像に銃を持たせたことがバレて、その叱責……?

「おれじゃなくて、倉田一佐が話があるらしいんだ」 斉木は柔和な笑みを浮かべていた。


 倉田昇造(くらた しょうぞう)一等学佐は、この高校の体育科教師であり、坂ヶ丘高校SDFの最高指揮官でもある。普通部隊とSSTの両方を統括している。 


「倉田一佐が、おれにですか」 普段は倉田先生と呼ぶが、SDFの勤務中は階級をつける。

「ああ。だから司令室に行ってくれ。たぶんもういるだろうから」

「了解」


 孝は斉木に敬礼し、教室を出た。SDF棟に向かい、二階の奥にある司令室をノックする。「第二小隊、緒方二士です」


「入れ」 野太い声が返ってきた。


 孝はドアを開けた。「失礼します」

 デスクに座った倉田が立ち上がる。校内では、厳しいことで有名な教師だ。

 頬を冷や汗が伝う。やはり、銃を持たせた件なのか……?


「そこに座れ」

「はい」


 皮製のソファに腰掛ける。倉田はA4の書類を持って、孝の向かいに座った。


「突然呼び出してすまんな。……君の訓練期間中の成績を見させてもらったが、どれも優秀だった。特に射撃と格闘は飛び抜けているな」

「ありがとうございます」 褒められて、孝は少し頭が混乱した。

「なにか習っていたのかね?」

「……中学のときに、合気道を少し」

「ふむ。……結論から言おうか。緒方、SSTに入る気はあるか」

「え?」 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「君には、SSTの一員となりうる資質があると私は思っている。選抜試験は厳しいものだが、挑戦する価値はあると思う。どうだ?」

「え、あの……推薦していただけるということなら、受けたいです」 頭が混乱を極めていた。

「よし。緒方二士、来月下旬のSST選抜試験に推薦する。詳細は追って連絡する」 倉田は書類を孝に渡した。

「は、はい。了解です」 

「下がってよし」


 敬礼して、司令室から出た。一階に降りると、武器庫から出てきた友井に会った。今日は夜間警備で泊まり込みらしい。


「SST!?」 司令室でのことを話すと、友井は素っ頓狂な声を上げた。

「おれも驚いたよ。冗談かと思った」

「いや、すごいな。おめでとう」

「待て、まだ選抜試験があるんだぞ?」

「まあ、そうだけど……。緒方なら大丈夫だ、たぶんな」

「全然自信ないけどな。じゃあ頑張れよ、夜間警備」

「ああ。お疲れ」


 孝はSDF棟を出て、帰路についた。午後八時、辺りは真っ暗だった。

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